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ローダクロス  作者: 天猫紅楼
16/67

罪人として地獄へ

 パーーン!

 

 

 

 乾いた破裂音が部屋に響き、ジャクリンは思わず耳を塞いだ。 アァカンが彼女の体を抱き、守りながらロウキーを見ると、彼はさっきと同じ格好でそこに立っていた。 勿論その腕の中には、ルーシアが抱かれている。

「父さんっ!」

 我に返ったルーシアが、声を上げた。

 モーリスがセンジアートに体当たりをして、弾を反らせたのだ。 二人は床に転がってもみ合っていた。 センジアートの銃も、部屋の隅へと弾き飛ばされていた。

「このっ! どけっ!」

 必死で抵抗するセンジアートに、モーリスもまた必死で喰らいついていた。 細く痩せ細った同じような体型の二人に、勝負がつくかどうかも皆無だったが、モーリスはなんとかセンジアートを羽交い絞めにすると、ロウキーたちを見た。

「ルーシアを連れて行ってくれ!」

「父さん!」

 ルーシアがロウキーの腕の中から逃れようともがいた。

「下ろして、ロウキー!」

 抗うルーシアの腕がロウキーの顔や頭を何度も殴るが、彼はびくともせずに、モーリスを見つめていた。 モーリスは必死な顔でセンジアートを押さえつけながら、叫ぶように言った。

「ルーシア、生きなさい! お前は人として生きなくてはならない! 私はお前を、普通の人間として生かしたかった! 出来れば、クローンのことも言いたくなかったんだ!」

「うう……」

 ルーシアはロウキーの顔を押さえつけながら、涙の滲む瞳でモーリスを見つめていた。 彼はロウキーに汗の滲む頬を緩ませた。

「ロウキー君と言ったね……それから、友人の二人……ルーシアには友達が居なかった。 いや、作らせることが出来なかった。 一人ぼっちだったルーシアに、こんな素敵な友達ができたことは、親として本当に嬉しいことだ……何も怖がることなんてなかったんだな……どうか、娘を頼む!」

 訴えるように言うモーリスに、ロウキーは一言だけ静かに答えた。

「ルーシアはもう独りじゃねーよ」

 モーリスは満足そうに微笑むと、大きく頷いた。

「私はここを破壊して、全てを終わらせなくてはならん。 出来るだけ早く遠くに逃げてくれ!」

「やめろ! 貴様は自分の全てを失くす気かっ?」

 必死でもがくセンジアートを見下ろして、モーリスは静かに答えた。

 

 

「もう失くしたよ」

 

 

 センジアートはモーリスの覚悟を知り、目を見開いて悲鳴を上げた。

 それは恐怖だった。

 自分が長年流してきた汗と涙の研究が、消えて無くなってしまう。 彼は必死にモーリスを跳ね除けようともがいていたが、モーリスはがっちりと彼の体を押さえつけていた。 彼は父親として、娘のために最後の力を振り絞っていた。

 ロウキーはモーリスをじっと見つめ、そして意志を固めたように唇を結んだ。 アァカンとジャクリンもまた、モーリスの気持ちを受け取っていた。 三人は踵を返すと、部屋を出ようとした。

「父さん、あたしは、生きたくなんかないっ! 父さん、あたしは何なの? 何のために生きてきたの?」

 ルーシアの叫びが、ロウキーの足を止めた。 モーリスは、ロウキーの肩越しに必死で顔を覗かせるルーシアを見つめた。

「ルーシア。 私は大きな過ちを犯した。 人間として、決してやってはいけない一線を越えてしまったのだ。 だが、お前は何一つ悪くないんだ。 ルーシア、君が娘でいてくれて、私は幸せだったよ」

「父さ……」

 ロウキーは振り返らず、ルーシアの言葉を振り切るように部屋を飛び出した。

「下ろしてロウキー! お願い! お願いだからっ!」

 声が枯れるほど叫びながらもがくルーシアを必死で押さえながら、研究所の外へと脱出したロウキーは、だいぶ離れたところでやっと彼女を下ろした。 すぐに戻ろうとするルーシアの腕を、ロウキーはしっかりと掴んでいた。

「離して! 父さんの所へ行かせて!」

 涙ながらに訴えながら振り切ろうとしているルーシアを、ジャクリンとアァカンは何も出来ずに見守っていた。

 その時

 

 

 

 ドォォーーン!

 

 

 

 激しい爆音と共に、研究所の屋根と窓が吹き飛んだ。

「あぶないっ!」

 呆然とするルーシアとジャクリンを、ロウキーとアァカンが自分の体を盾にして守った。 いくつもの爆音と爆風が、頑丈そうな研究所のあちこちから噴出し、次々に崩壊していく。

「あ……あぁ……」

 ルーシアはまばたきも忘れ震えながら、地と空気を震わせて破壊されていく建物を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 瓦礫がボタボタと落ちる中を、モーリスがゆっくりと歩いていた。 その瞳には、何も映していなかった。 ぼんやりと前を見ながら、建物のあちこちに爆薬を仕掛けては起動していた。

 そして研究室に戻ると、床に倒れているセンジアートの傍らに膝を付くと、その体を抱き起こして見つめた。 その胸元には銃創がぱっくりと開き、その周りが赤く染まっていた。 床にも、鮮血が広がっていたが、モーリスは構わずに膝を染めていた。 センジアートの顔は蒼白で、しっかりと目が閉じられていた。 モーリスは彼の眼鏡を直し、囁くように言った。

「センジアート……お前は立派な科学者だった。 私の手助けをよくしてくれた。 それは感謝している。 だが、私たちは道を外れた。 罪は償わなくてはならん……」

 モーリスは顔を上げ、炎に包まれる水槽を見上げた。 中には、眠り姫のように穏やかな表情でふわふわと浮くルーシアのクローンが炎の色に染まってオレンジ色になっていた。 モーリスは水槽の機能もストップさせていた。

「もうすぐキミも、眠りにつくだろう。 そしてもう起こしはしない。 ゆっくりおやすみ……」

 そして今にも崩れそうな天井を見上げた。

「ファーレン、すまない。 私はやはり、お前の言い残した通り、罪人として地獄へ行くよ」

 モーリスは少し微笑みを浮かべて、手に握っていた銃を自分のこめかみに当てた。

「ルーシア、生きるんだ。 わが娘……愛していたよ……」

 銃声は、崩れ落ちる天井の音にかき消された。

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