夜更けの誘拐
「ジャクリンっ?」
アァカンが慌てて馬車の荷台を覗いたが、ジャクリンとルーシアの姿が無いことに気付くと、拳を握って唇を噛んだ。
そして勘が働くままに、声があった方へ向かって走って行った。 すぐにロウキーも
「セィボクたちはここに居ろ! 馬車の番だ!」
と言い残して剣をつかむと、アァカンを追った。
「ジャクリン!」
アァカンが湖畔に駆けつけると、そこには誰も居なかった。 ただ静かな湖が広がっているだけだった。
「くそっ! さらわれたのか?」
普段物静かなアァカンが珍しく取り乱す姿に、ロウキーは何も出来なかった。 彼もまた、おそらく抵抗したのであろう地面の土の荒れ模様を悔しく見つめるだけだった。 湖面から穏やかな風が二人をなでていき、アァカンの叫びが虚しく響いた。
「ジャクリーーン!」
ロウキーはアァカンと共に馬車へと戻ると、キツンたちに事情を説明した。 そしてキツンの肩をつかんだ。
「お前のチカラが必要だ! 頼むぞ!」
キツンは動物と話す能力を持っている。 小さいころにはすでに身についていたという、その不思議な力に頼るしかないと、ロウキーは彼に願いを託した。 キツンは引き締まった瞳で
「任せて!」
と大きく頷くと、空へ向かって指笛を吹いた。
ピィィィィィーーッ!
一筋の甲高い音が森の中を駆け巡った。 やがて暗闇の中を白い翼が音も無く滑空してきた。 キツンの差し出した腕にしっかりとつかまり乗ったのは、一羽の白いフクロウだった。 キツンはよく来てくれたね、と礼を言ったあと
「頼む。 僕たちの仲間、ルーシアとジャクリンを捜してくれ!」
と懇願した。 フクロウは丸い目をくりくりっと動かし、首を回した。
「ありがとう! ルーシアは紅い髪、ジャクリンは銀の長い髪だ。 多分、誰かにさらわれたんだと思うんだ!」
キツンが早口でそう伝えると、理解したようにフクロウは再びクルクルッと首を回し、くぐもった鳴き声を上げると白い翼を広げた。
キツンの振り上げた腕に合わせて空へと舞い上がると、森の彼方へ去っていった。
「頼むぞーー!」
あっという間に姿を消したフクロウに声を掛けた後、ロウキーたちに振り向いた。
「さっき、人間の団体を見た子がいたらしい。 二人をさらったのは、きっとそいつらだ。 夜の森の中に人が動き回るのは不自然だからな! すぐに見つかるよ! あの子達のコミュニケーションはすごく頼りになるからね!」
と、キツンは頼もしげに鼻を膨らませた。 ロウキーは固い表情で頷き、フクロウが飛び去っていった暗闇を見つめた。
「後はあいつらに任せるしかねーな。 ……アァカン、落ち着け!」
ロウキーがそう言う傍で、アァカンは何も出来ない自分に苛立ち、樹木を殴りつけていた。
――
「ルーちゃん、ルーちゃん!」
ルーシアは、ジャクリンが呼ぶ声に目を覚ました。 薄暗く何も無い部屋の中、体の不自由さに気付いた。
「んっ?」
体を動かすと、まるで体がひとまとめにされたように大きく揺れ動いた。
「ルーちゃん、私たち、縛られてるわ!」
ジャクリンとルーシアは、それぞれが木の椅子に座らされ、手足をロープで縛られていた。
「くそっ! 取れない!」
必死でロープを緩ませようと手足を動かそうとしたが、一向に緩まずむしろルーシアの手首足首には赤い傷が増えるばかりだった。
「ルーちゃん、無理しないで……」
ルーシアの血がにじむ腕を見て、ジャクリンが悲痛に言った。 唇を噛んで必死な形相のルーシアに、ジャクリンはあろうことか微笑みを向けていた。
「ジャクリン……何でそんなに落ち着いて居られるんだよ? あたしたち、誰かに捕まったんだよ? 何をされるかわかんないんだよ?」
と声を荒げるルーシアに、ジャクリンは相変わらず微笑みを絶やさずに
「大丈夫よ」
と言って、頷いた。 そして自信に満ちた声で言った。
「アァカンたちが来てくれるもの!」
「でも、ここがどこかも分からないのに……どうやって……」
ルーシアは絶望的な状況に激しく落ち込んでいた。 ジャクリンはそんな彼女に優しく声を掛けた。
「ルーちゃん、皆を信じるのよ」
「?」
ルーシアは顔を上げた。
「大丈夫!」
「ジャクリン……」
薄暗く狭い部屋の中にも関わらず、絶えないジャクリンの微笑みは、ルーシアの頑なな心を優しく包み込み、落ち着かせるのに充分だった。




