2-2.あれもこれも
さて。教室に残ったのは俺と坂元、長谷と有希だ。
「さて、俺と坂元は今からジュース買いに行ってくるから、まぁそれまでお二人仲良く、な」
「変なことすんなよ秋葉!」
「しねぇよ!」
「どーだかねぇ」
坂元と長谷がニヤニヤしつつ教室を出る。あいつら俺達をからかってるな絶対に……
「それで、秋葉?」
「ん、どうした?」
有希が近づく。
「さっき何か探してたようだったけど、どうしたの?」
「いや、なんでもない。気のせいだったよ」
「そう……あれだけキョロキョロしてるからなにかな、って思ってたの。……ところで、大事な話があるんだけど」
有希がもう一度ずいと近づく。俺の心臓が高鳴る。こんなに近くで彼女を見たことが無かった故か、なぜか激しく緊張した。
「大事な話?」
「ええ、秋葉には知ってもらった方がいいのかなって。なんだかんだで二人っきりになる機会がなかったし」
そういうと有希は少し目を伏せ、もう一度俺を見て話し始めた。
「私ね、気配が分かるの」
「気配が分かる?」
「ええ。以前貴方を襲った時があったでしょう?」
……体から力が抜けるとともに、嫌な事件を思い出した。そう、今俺の目の前にいる彼女、戸川有希は以前とある組織とやらに利用されて、その組織の悪い奴になんだかよくわからん「力」という名の超能力的なものを入れられてしまったのだ。そのまま有希は操られ、中学1年生、つまり過去の俺の命を狙っていたのだが、未来からやってきた俺が過去へ飛び、操られた状態の有希と戦い、俺が殺されることを防いだのだった。
その時に俺は未来の俺からもらったタブレットで、時間を止めるという能力を手に入れた。この能力は遅刻しそうな時や、物を落としそうになった時とか、そういう時にに2、3回使用した程度だ。まぁ何かとそういう時には重宝しているが、それ以外ではあまり使用方法が思いつかない。
「……聞いてる?」
「あっ、すまん」
「もう、ちゃんと聞いてよ。それでね。私が未来の貴方の手によって助けられたとき、貴方を元の時間に戻した後、未来の貴方が、私が気が付くまで看病してくれたの。……貴方への好きって気持ちがはっきりしたのもその時ね」
言ってから少し顔を赤らめて、有希は続けた。
「それで、目が覚めた私に、私に入れられた力とその内容を教えてくれたの」
「未来の俺が?」
「ええ。私の力は『物を探知することが出来る』能力なの」
「物を探知?」
「……疑うよね」
「いや、自分が時間を止められる。それなら物を探知するくらい普通になっちまったさ」
「……そう。たとえば、私の後ろに紙テープがあるでしょう?緑が3つと黄色が1つ」
俺は有希が振り向いていないことを確かめ、背後の机を見た。そこには紙テープがあった。確かに緑色が3つと黄色が1つだ。
「このように、自分の絶対空間……詳しい意味は解らないけど、自分の力の有効範囲のことらしいわ。その中にある物質を見つけ出すことなら可能、っていう能力らしいの。それだけじゃあまだ微妙でしょう?長谷君と坂元君が買ってくる飲み物を当てて見せるわ。今戻ってきているわ。どうやら購買で買ってきたようね。買ってきたのは全部で4本、コーラと緑茶、それと後2本は紅茶、アッサムとダージリンね」
「……覚えておこう」
「それで、この力は普段は使わないけど、未来の貴方が言うには『誰かを守るその時のために使え。ものを壊すために使うな』って。どういう意味か分かる?」
どういう意味って言われたって……俺は腕を組み、近くの椅子に座りこんだ。わかるわけがない。未来の俺が一体何者なのか、そしてこれから俺に降りかかる出来事が一体何なのか。それすら俺自身わかっていないというのに、有希の力に対して未来の俺が言った意味など、分かるわけがない。いや、待てよ……未来の俺が言うというなら、俺が考えていることと大差ないはずだ。
「俺が推測するには……そうだな、もともと有希には暴走するトンデモ能力があったんだろう。その爆発力が元々組織に利用された」
「そう、その組織についても。その組織については未来の秋葉は何も言ってくれなかった。ただ、私を利用して秋葉を殺そうとした組織が存在する、とだけ教えてくれたの……」
「そうなのか。もったいぶらずに教えてくれればいいのに……」
「そうね」
「それでだ。その爆発力が悪い組織にとっては脅威的かつ自分たちの目的に都合のいいものだったため利用した。しかしその利用を阻止されて、俺と未来の俺が有希を救った。しかしその組織は壊滅していない……つまりまだその組織とやらは生きていて、いつか俺達を襲おうとしてるってことなのか?」
「……かもしれないわね」
沈黙。俺は未来の俺が言っている意味を考えるのに必死だったが、有希はチラチラと俺を見ていた。すこし強張ったかのような表情をしていた。どうしたんだろう……?俺はふと思い出した話題を振ってみた。
「そうだ、有希」
「……なに?」
有希の表情が少し緩んだ。俺の気のせいかな……
「さっき桜井にいわれたんだが、にぶちんってどういう意味だ?」
「……知らない」
またぷいっと有希はそっぽを向いた。一体なんだんだ……?
「それはともかくとして俺n」
「しっ、静かにして」
有希が俺の口に人差し指を当てる。危うく俺は舌を噛みそうになったが、有希にしたがった。
「誰かドアの外にいる……長谷君でも坂元君でもない……」
すぐ近くの俺でさえ耳を澄ませないと聞こえない声で有希がしゃべった。俺は身振りと口パクで有希に伝えた。
(時間を止めてそこに誰かいるか見に行くか?)
(ええ、お願い)
有希がうなづいて口を動かした。俺は手を大きく掲げ、指を鳴らした。世界が灰色に反転する。時計の針が停止する。窓の外から見える野球のボールが空高くで静止している。風に舞う紙テープがぴたりと動かない。……時間が停止したのだ。
「さて、見に行くか」
「……ええ」
俺は前回初めて時間を止めてから今までの間にたくさんの術を手にした。手にしたほとんどは使っていないが、方法だけは覚えている。時間が静止した今、この「瞬間」を動けるのは俺と有希だけだ。ドアの外へ回り込む。
「こいつは……」
俺がさっき見たブレザー女子。そいつがドアの外で立っていた。見た目こそ聞き耳を立てているポーズなのだが、視線だけは異なった。明らかに俺達のことを見ている。俺達が立っている場所をしっかりと見据えている。まるで、時間を停止して様子見に来ることをわかっているかのように。
「誰……この子?」
「いや、知らない」
ウエーブのかかったロングヘアーがやけに目に生えるこの少女。俺と同い年かそれ以下……いや、それ以下ならこんな制服は来ていないだろう。
「この制服……私たちの高校じゃないわね」
「わからん。とにかく、こいつには近づかない方がよさそうだな。それと坂元と長谷にも会わせない方がいい。そんな気がする」
「ええ」
俺は有希の手を取り、坂元と長谷を探した。灰色に凍った時間を進む。
「あっ、あそこにいるわ」
有希が指を指す。長い廊下の先に2人はいた。俺は有希を廊下の隅へ引っ張り、時間停止を解除した。そして何気ないように廊下を歩く。
「にしても秋葉は本当に鈍い奴だな」
……坂元の声はよく響く。だから俺のどこが鈍いんだよ。廊下から顔を出す。
「おお、帰ってきたか坂元」
「どうした秋葉?教室で作業してたんじゃないのか?」
「ああ、ちょっとお前たちに言いたいことがあってな」
「ってかさっきの聞こえてた?」
「ああ。ばっちりな……」
「なんだよ深刻そうな顔をして」
「お前たち2人はブレザーの女子高生に見覚えはあるか?」
「ブレザー?そんなの隣の高校とか行けばいくらでも……」
「そうじゃない。この学校で、だ。見かけたら俺か有希に知らせてくれ」
「どうして?」
「どうしてもだ」
坂元と長谷は顔を見合わせ、
「ま、まぁ……そこまで言うなら」
と承知してくれた。ところで2人が買ってきた飲み物だが、全部で4本、コーラと緑茶、残りは紅茶、アッサムとダージリンだった。
教室に戻ると、すでにさっきのブレザー女子はいなくなっていた。作業を再開しようと長谷の音頭で机を並び替えていたら……
「ほぉ、やっておるのぉ」
緑色のローブを羽織った老人が現れた。我が校の最高権力者、校長だ。我が校では脇田担任先生様をはじめ変わった先生が多い。その中でもかなり異端なのが校長だ。なぜか緑色のローブを羽織り、常にグネグネと曲がった杖を持ち、髭をとても長く伸ばしている。
「ああ、校長先生!」
「長谷、調子はどうかね?」
「まぁまぁってとこですね」
「ふむ、原はサボっておったのかの?」
丁度ダージリンティーを飲んでいた俺を指す。
「違います。休憩です、休憩」
「ほっほ。そうじゃのう、時には休息も必要じゃ」
「ねぇ先生、先生は学祭の出し物何が気になります?」
「ふむ、坂元がいうにここのたこ焼き屋を挙げろ、と言っているように聞こえるな?」
「違いますよ~。ただ先生の興味を聞きたいだけです」
坂元は学祭のパンフレットを取り出した。校長はそれを手に取り、じっと見つめた。
「ふむ……茶道教室、気になるのぉ」
「茶道教室か……茶華道部が主催のやつですね。桜井が確か部長だったよな、長谷?」
「ああ。部員が少ないせいで1年なのに部長やらされてるらしいな。でもあいつの生け花はすげぇ上手いぞ」
「ほう……それは是非見に行かねばなるまい。では、みんな頑張るんじゃぞ」
「はい」
校長は杖をコツコツと叩きつつ帰って行った。たしか校長はお茶が好きだったな……
「ところでよー秋葉」
「なんだ?」
「さっき言っていたブレザーの女の子ってーのは、かわいい子なのか?」
ニヤニヤしながら坂元は紙テープを指にくるくると巻き上げる。
「ああ、顔は普通にかわいい方だと……思うぞ」
「ほぉう……」
ニヤニヤ顔をそのままに紙テープを飾り付ける。俺も呑んでいた茶を仕舞い、紙テープを手に取り、机やら窓枠やらに張り付ける作業へと戻った。