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僕達は北高生  作者: かっつん
第7章「僕達は北高生」
29/33

7-1.暗黒物質



 扉を開けると、薄暗い部屋があった。そこで行き止まりになっている。SSKの最深部。そこには長谷の叔父さんの大学にあるはずの高分子核加圧式原子計測器と、俺達に背を向けるように立っているスーツを着た男がいた。


「お前が、SSKのボスって奴か……」


 俺、原秋葉は決意の元に気合をこめてその男に話しかけた。男は背を向けたまま答えた。


「ああ。どうやらそうらしい。俺がSSKのボスって奴だ。それにしても、よくここまで辿り着いた。この事象は正解だった訳だ」

「事象……?」

「言い換えるならば、規定事項……とでも言っておこうか」


 俺の中で何かがつながる音が聞こえた気がした。有希、坂元、長谷の顔を見ると、俺と同じ事を考えていたのか、小さく頷いた。


「その様子ならば俺が振り向く前に、俺が誰だかわかっているようだな」

「ああ」

「ならば聞かせてもらおう。俺は「誰」なんだ」


 男は両手を広げ、わざとらしくポーズをとった。


「まずその1。暗黒物質は4つ。それが真実ならば侵食を進め暴走してしまった色は現時点で3色。お前は残りの1色って奴だ」

「次に2つめ。私達が知る限り、「規定事項」という言葉を使用したのはSSKの人間除いてただ1人」

「そして3つめ。俺達の行く末を知っているということは、俺達に近い人物」

「最後の4つめは、俺達はお前とよく似た後姿を知っている。そうだろ、未来の秋葉」


 俺達の言葉の解答の代わりに、男は高分子核加圧式原子計測器のスイッチを入れた。装置の内部で青い光がぽつりぽつりと現れる。その光が強くなり、薄暗いこの部屋の照明代わりになっていた。


「……その通り。よく辿り着けたな」


 振り向いた男は、確かに未来の俺だった。だが、俺達が知っている未来の俺ではなかった。もっと歳をとった……そう、ざっと20年くらい。


「あ……!?」

「驚いているな?未来は未来でも、お前達の知る未来よりもっと先の未来の原秋葉、それが俺だ」


 コツコツと音を立て歩き、機械の操作盤に腰掛ける。


「もっとも、可能性が潰えた分岐先の未来だがな」

「可能性?」

「お前達もいつか『こうしなくてよかった』なんて思う時が来る。その時に『こう』していた未来、ってことさ」

「その時の選択を間違えると何故SSKに俺がいる算段になるんだ」

「わからないのか?いや、判れないんだったな」


 未来の俺は手元の端末を手になにやら操作を始めた。俺達の左側の壁が突如明るく光り、これまで俺達が通ってきた道のりがカメラの映像越しに見える。


「ここに辿り着くまでにどれほどの犠牲を出した?何故抗う?新たな世界に魅力を感じないのか?」

「よせ秋葉、未来の自分の言葉に耳を貸すな」

「長谷。お前もそうだよなァ?どうして蒼を作り出した?」


 未来の俺の口調にノイズが走る。俺は何か違和感と既視感の2つを覚えた。フロアが明るくなったおかげで未来の俺の姿がよく見える。両手が黒く染まっていた。それを見た俺は言い返そうとする長谷を制して無意識に口走っていた。


「お前は……俺じゃない」

「ほォ、自分自身を否定するんだな?どうしてそう思ッた?」

「わからない、わからないが俺の中で何かが否定しているんだ。お前は俺だ。だけど俺はお前じゃない」

「……30点だな」


 急に口調が元に戻る。未来の俺が話すごとに入っていたノイズも消える。


「説明不足だ。理由としては不十分すぎる」

「秋葉!何故こんな馬鹿げたことをするんだ!」

「何故俺がこの世界を壊そうとしたか、そんなものは説明する必要も無い。聞くまでも無く、お前達は死ぬ」

「けっ!秋葉の癖に言ってくれるじゃねぇか!」


 坂元が竹刀を構え駆け出す。


「どりゃああああぁぁぁあっ!」


 一閃。未来の俺のいるところをまっすぐ縦に切り裂いた。未来の俺が腰掛けていたコンピュータは真っ二つに切れていたが、未来の俺はそこにいなかった。


「……一時の感情に流され力任せに攻撃するのは感心しないな。10点だ」


 声は反対側から聞こえてきた。俺達は振り向くと、有希の首元にナイフが突きつけられていた。


「今の俺にはこの首を掻っ切るのは容易だ、さて、どうする……?」

「私が攻撃できないと思ってるの?油断したわね、秋葉」


 有希が小さく回転すると、未来の俺の締めを容易く解き、肘鉄を繰り出す。ナイフは有希の肘に弾かれ飛んでいったが、未来の俺は驚く素振りも見せずに笑った。


「油断?これは余裕と言うものだ。何故過去の自分達に驚く必要がある?お前達の行動は手に取るようにわかる」

「てめぇ……」


 坂元が歯軋りしながら未来の俺を睨み付ける。俺はそんな坂元を制し、前へと進んだ。


「お前の相手は俺だ」







 坂元達を下がらせた後、俺は黑の方陣を展開する。未来の俺は指や首を鳴らしつつ、余裕の表情で話しかけてきた。


「なにもひとりで来なくてもいいのだが」

「そ、そうだよ秋葉!俺達がまとめてかかれば……」

「違う。これは俺自身との戦いなんだ。俺が撒いた種は、俺が刈り取る」

「……45点。決意は感じられるが、力が伴っていない」


 俺はナイフを空間から取り出し、目の前に居る、少し老けた自分を見つめる。


「お前は存在してはいけないんだ。俺が滅する!」

「可能性の産物風情が偉そうに!かかッて来い!」


 俺と未来の俺は同時に駆け出し、右手と右手が交差した。ナイフ同士が擦れあい、火花を散らせる。未来の俺は一瞬後ろに下がったが、俺は下がる気は無かった。さらに一歩踏み込み、未来の俺に近づいた。


「恐れず攻め込むか。それもまた良し。だが……」


 未来の俺は左手を伸ばし、俺の肩を掴んだ。そのままぐいと引き寄せ、俺を抱きしめた。いきなりの抱擁に俺は驚き、もがいた。


「な、なんだ、離せよ……」

「甘ェ。甘ェんだよお前は!何故だ、それだけのものを持ッていながらどうして欲を露にしねェ!?」


 ノイズ混じりの声で叫ぶ未来の俺。それと同時に、腹部に激痛が走る。唯一動ける左腕で腹を撫でると、ぬめっとした生暖かい液体の感触が手に触れた。


「か……はっ!」


 たまらず俺は倒れこむ。呼吸が上手く出来ない。鈍い痛みが心臓の鼓動と共に全身へと駆け巡る。痛みの根源である右の脇腹を見ると、そこにはナイフが深く突き刺さっていた。


「どうだ、痛ェだろ?怒れよ、俺を憎めよォ!」


 俺はすぐさまナイフを引き抜き、刺された腹を押さえつつ、追撃を転がって回避する。あたりに俺の血が飛び散る。制服が赤く染まるが、この際気にしない。していられない。押さえた手で、傷口の時間を止め、ゆっくりと手を離す。傷口から滴る血が止まった。一時的に感覚時間も止めた。後で痛みは来るだろうがしばらくは持つはずだ。


「憎む必要は無い。さっきも言ったが、お前は俺かもしれないが、俺はお前じゃない。否定はする。だが、同じ俺だ。憎む必要がどこにある」

「75点、だな。次だ。いくぞ!」


 上着を翻し、そこからナイフを展開。俺は勢い良く立ち上がり、高く飛び上がった。途中で足元の時間を止め、それに飛び乗る。未来の俺が繰り出したナイフは俺の足元ぎりぎりを超高速で通過していった。俺も負けじと空間からナイフを取り出し、投げつける。腹部を不自然に止めている為手元が少し狂うが、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、だ。高密度の弾幕勝負を仕掛けた。しかしそれを未来の俺は容易く回避。


「くっ、時間を……」


 時間を止めようと手を挙げるが、その手は未来の俺のナイフに弾かれ、邪魔された。


「仮に止めたとして、お前の黑の構造は知っている。無駄なことだ」

「構造……?」

「忘れたか?お前に初めて時間停止をさせた時の話だ」


 未来の俺は俺に駆け寄り攻撃しつつ、ナイフをどこかの空間から飛ばしてくる。俺はそれを捌くので必死だったが、未来の俺は話を続けた。


「構造を知る者、または使用者が止めてはならぬ物だけが、黑の世界に入ることが出来る。そう言った筈だ」


 左の回し蹴り。それと同時に背後からのナイフ。俺は蹴りとナイフをしゃがんで同時に回避し、後ろに下がりつつナイフを展開した。言われてみれば、そんなことを教えられたような記憶がある。


「だが真なる黑は違う。真なる黑はこの俺では扱うことが出来ない代物だ、時間という概念すら捨て置くだろう」

「じゃあ俺が今ここで新たな構造を元に時間を止めたらお前はどうなる……?」


 攻撃をかわした反動で勢い良く地面を蹴り、後ろへ飛び、指を鳴らす。


「や……」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 未来の俺の声が少しだけ聞こえた気がしたが、俺は気にせずナイフを展開した。右手方向から30本、左手方向から30本、上方向からも30本。正面からは多めに50本。もひとつおまけにダメ押しとして1本。


「これだけ展開しても、アイツには当たらないのかもしれないな……」


 一握どころか百握の不安だけが残るまま、地面に着地する。未来の俺の表情は止まったままだが、全身から滲み出る黒いなにかが蠢いている。


「あれが、黑か……?」


 どうやら時間切れのようだ。確認する間もなく、俺は未来の俺と距離をとった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ガアアアァァァァアアアァアッ!!!」


 未来の俺の身体が一瞬ドス黒く染まり、そこから異形の魔物が顔を出し、ナイフを弾き飛ばした。


「!?」


 最後に投げておいた1本だけが、未来の俺の胸を貫いていた。


「ガハッ……謀ッたな東雲ェ……ッ!」


 胸から大量の血を流しつつ、未来の俺は立ち上がる。全身がまた、黒く染まり始めていた。


「貴様が言ッていた『安全装置リミッター』とは……このことだッたのかァ……!」


 声にノイズが入る。明らかにこれは俺の声じゃない。すると、未来の俺の身体から、黒い煙が抜け出した。煙は次第に形をとり、先程一瞬だけ顔を出した異形の魔物の姿へと変貌した。SSK最深部での戦闘。俺と有希、長谷の命を狙う奴らのボスとの戦闘。それは自分と未来の自分の戦いだと思っていた。これまで戦った連中が話していた内容と、未来の俺が言っていたこと。これを全て統合すると、SSKの「ボス」として生き、命令を下していたのは未来の俺以外に考えられなかった。しかし、今俺が見ている光景は、それを超えたものだった。


「秋葉っ!」


 怯んだせいか、いつの間にか絶対空間が消え、長谷達が駆け寄っていた。みな、黑い獣を見て驚いた表情をしている。


「コイツは……!?」

『俺ァ黑。暗黒物質:黑とでも言えばいいか?確かヤツはオメガ・パーティクル・マテリアルとか名づけてたなァ』


 獣が完全に形を取り、俺達に話しかける。首を鳴らし、手足をぶらつかせ、立ち上がる。身長は2メートルくらい、アニメで見た獣人を大きくしたような感じだ。全身は黒い毛で覆われており、顔は狼の類だろうか、鋭く尖った牙が口のスキマから覗いている。地に着くほど長い尾の先をパタパタと動かし、今度は肩を鳴らした。


『安全装置には驚いた。……が。この姿に戻れたッてェ事は呪縛から解き放たれた訳だ。東雲も、この身体も駒としては上出来だ。ここまで侵食が進められたなら器もいらねェ』


 黑の背後には、綿が抜けたぬいぐるみのように、力なく倒れている未来の俺の姿がそこにあった。


「さっきの驚きようからすると、お前は未来の秋葉から出ずに俺達を倒すつもりだったな」

『あァ、その通りだ。まさかここで、未完成の姿を晒すハメになるたァな……』


 黑は大げさに腕を伸ばし、黒い弾を俺達に向けて飛ばしてきた。俺達は横っ飛びに回避、一斉に攻撃を開始した。しかし、当たってはいるが黑は怯まなかった。


『その程度かッ!!』


 大きく叫び、腕を上に突き上げる。真っ黒に染まっているその手の先から、光線が放たれた。施設が揺れ、機器は倒れる。俺達は一箇所に固まり、それぞれの防御手段で来る衝撃に備えた。……振動が止み、俺達は上を見上げた。山の中、さらに硬いコンクリートに囲まれていた筈のこの施設の最奥から、空が見える。少し暗くなった、夕方の空が。おそらく上から見上げたら山が丸ごと刳り貫かれたようになっているのだろう。


『せッかくの世界の終焉だ。こんな狭いところでやるよりも、広いところがいいだろう?』


 そういうと黑は空へ飛び立ち、背中から生えてきた腕を振りかぶった。


「危ない!皆!」


 有希が未来の俺の身体と俺達を引っ張り寄せ、皓の絶対空間を張り巡らせた。それとほぼ同時に立っていられないような衝撃と共に辺りが消し飛んだ。山ひとつが、いとも容易く。


『どうした?怖気ついたか?ヒャッハハハハハハ!』

「怖気ついたんじゃねぇ。驚いてんだ」


 有希の絶対空間が消え、坂元が刀を構え、一歩前に歩み出した。


「まさか秋葉達と非日常を楽しんでたらこんなもんまで見ることが出来るったぁな」

「あぁ、俺もそう思うよ。なんだかんだで俺の願いも叶ったんだなって。まぁ、秋葉がどう思ってるかは知らないけどね」


 長谷も一歩、前へ歩みだす。お、おいお前ら……


「なぁ、秋葉。どうやら俺達はどんなロールプレイングゲームでもアクションゲームでも経験できねぇ事を経験してるんだな」


 長谷の足元に魔方陣が描かれる。いつもよりも大きく、いつもよりも力強く。


「おい、お前ら。これは俺の戦いなんだ、危ないから下がっててくれよ」

「何言ってんだ、未来の秋葉との戦いはもう終わっただろ。今は暗黒物質との戦いだ。だったら、俺達だって混ぜてくれたっていいじゃねぇか。それに、お前1人で勝てるのか?」

「う……それは……」


 坂元の反論に口ごもる。辺り一面の山を平らな荒地に変える怪物と1人で戦うのは……正直無謀だ。


「そういうわけで、私達も貴方の戦いに参加したい、って訳。いいでしょ?相手は貴方の言う人外論外規格外の連中なんだから」

「……わかった。でも、何が起こるかわからねぇ。だから……死ぬなよ」

「おっ?3つの命令か?」


 坂元が竹刀を振りかぶり刀を露わにさせ、ニヤリと笑う。しょうがない、ここは坂元のジョークに乗っておくか。


「……ああ。死ぬな、死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ。運がよければ隙を突いてぶっ殺せ、ってな」

『最期の挨拶は済んだか?』


 宙に浮いたままの黑が苛立ちながら聞く。苛立ってはいるがどうやら空気は読めるみたいだ。


「ああ。RPGのお約束を守ってくれたんだ、一応感謝するぜ」


 俺達はそれぞれの構えをとり、巨大な怪物に向かって走り出した。




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