5-4.それぞれの関係
俺は、正義の為に戦います。たとえそれが命を賭ける戦いであっても、俺は一歩も引きません。それが、俺なのです!
「……なんてな」
俺は目の前に何をするかわからない相手が今にも襲い掛かろうとしているのに、くだらないことを考えていた。目の前の緑の巨人、ハロスはゆっくりと体を揺さぶり、俺を見据えていた。
「来ないならこっちから行くぞ!」
制服の裾に仕込んでおいたナイフをハロスの腕目がけて投げつけ、加速させる。ナイフはハロスの腕に突き刺さった。
「……効かぬ」
「喋った!?」
重低音の声を響かせ、ハロスが俺のナイフを引き抜く。緑色の液体を滴らせ、俺のナイフが金属音を立てて落ちた。突き刺さったところを見ると、緑の液体が僅かに抉れていたがすぐにハロスの口から流れ出る液体が補修した。じゅるじゅると音を立て、液体が一体化していく。
「私の……体には、特殊な粘液が張り巡らされている」
ハロスが律儀に説明してくれている。SSKの人間って親切にきっちり説明してくれるんだな。なんなんだ、こいつら。
「物理……的な攻撃は……一切効かない」
「それならこれはどうだ」
俺は空間に忍ばせておいたナイフを増量し、投げつける。今度は1本じゃあない。何百のレベルだ。しかしハロスは胴並みに太い巨大な腕で顔を守り、それを受け止め、腕から零れ刺さった部位のナイフも、音を立てて弾かれた。
「無駄だ……」
ハロスが俺に走り寄り、大きく振りかぶって左の拳を振り下ろした。見てからでも避けられる攻撃を俺は横っ飛びで回避したが、コンクリート製の床を深く抉り突き刺さった拳を見て戦慄した。
「パワーはめちゃくちゃあるようだな。スピードはからっきしだが」
回り込んだ俺は飛び上がり、ハロスの後頭部に蹴りを入れた。しかしハロスには効いておらず、蹴りを入れた左足に違和感が走った。制服が溶けている。
「この粘液は……胃液をベースとしている」
振り向き、話すハロスの口から泡が生じる。その泡がはじけ、俺のシャツにかかると、かかった部位だけシャツが溶けた。走り回った時に回収したナイフを見ると、ナイフの刃が毀れ、使い物にならなくなっていた。
「なんかテレビでやってたな、胃液は時に金属をも溶かす強力な塩酸だ、って」
それじゃあ俺のナイフはまったく効かないんじゃないか……俺は少しショックを受けた。ハロスは右手の火炎放射器を起動させ、炎を繰り出した。その炎を見て、俺はあることをひらめいた。
「物理が効かないならこの方法で!」
炎が俺に届く直前、指を鳴らし、時間を止めた。
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目の前に熱い炎が揺らめく。停止した時間でも、空気の温度はそのままなので近くにいると熱い。俺は炎から離れゆっくりと回り込み、ポケットからハンカチを取り出した。
「液体に触れないようにするには……この方法かな」
ある事をしてから、俺は炎から離れ、時間を戻した。
―――――――――――――――――――――――――――――――
炎は背後の絶対空間に当たりはじけ飛ぶ。前回の忍者の時と同様な絶対空間が、有希を守っていた。ハロスは炎の中に俺がいないことに気付くと、後ろを振り返った。
「そこか……」
「そう、お前は攻撃したら口を開く。律儀に説明してくれるのはありがたいが、仇になったな」
俺は指を鳴らし、ハロスの背後に仕掛けて置いた炎で燃え上がるハンカチに包まれたナイフを解放した。
「既にお前には罠を仕掛けておいた。チェックメイトだ」
燃え盛るハンカチ付きナイフはハロスの口の中へと吸い込まれていく。
「もご……ごもももももおごごごご!」
ハロスの中から炎が噴き出る。
「お前は粘液で守られているから外傷からは滅法強い。だけど、中身はどうなのか?一種の賭けだが……通じてよかった」
ハロスは炎を振り払おうとナイフを吐き出すが、俺はそれも見越してハンカチをナイフに巻きつけていた。停止した時間の中でハンカチに奴の粘液を染み込ませ、そのハンカチを焼いたのだ。後はナイフが奴の弱点に当たりさえすれば、ハンカチに染み込んだ粘液がハロスの粘液と同化し、炎が伝染するって寸法だ。俺の考え通り、奴はみるみるうちに炎に包まれ、火炎放射器が爆発すると同時に倒れ、動かなくなった。上手く着地した俺は絶対空間を解除し、有希を探した。
「……秋葉っ!」
「有希。終わったよ」
「こ、これ……死んだの?」
黒焦げになり倒れたハロスはピクリとも動かず、あたり一面焦げ臭い臭いが漂っていた。
「わからん。だが勝ったのは事実だよ。詳しくは後だ。さ、東雲を追おう」
「……ええ」
俺達は東雲が壊して入っていったドアの向こうへと駆けだした。俺は元々気が強くはない。殴り合いの喧嘩もこの歳になるまで一度もしたことが無いし、虫も殺さぬ性格と言われ今日まで生きてきたはずだった。だがさっきのハロス、人外論外規格外の生物だ。そいつに立ち向かったのかと思い返すと、ぞっとした。殺されるって、どんな気分なんだろう。殺すって、どんな気分なんだろう。考えているだけで、足が震える。
「秋葉?」
「ん、ああ。どうした?」
「秋葉が戦ってる間にハロスの波長を調べたら、彼はどうやら東雲と関係があるのかもしれないわ」
「東雲と関係が?彼氏彼女ってか」
「ううん。波長がとってもよく似てるの。他人とは思えないレベル」
「親子か兄妹か何かって訳か。だから東雲もバカに出来た訳だ」
「多分、ハロスは彼女の父親ね。SSK第壱の識、SSKの創始者なら、あの娘が出来ることも頷ける」
「……確かにそうだ」
話をしていると扉が現れた。扉を開けると、広いロビーのようなところへ出た。左右を見ると、俺達が出てきた廊下に繋がる扉以外にも、扉が2つ、ちょうど長谷と坂元と別れた時のような扉がそこにあった。
「坂元君、長谷君、大丈夫かしら」
「ああ。あいつらなら心配ない。坂元はどうせけらけら笑いながら戦ってるさ」
「それはどうかな」
急な第三者の声にびっくりして振り向くと、竹刀を床に突き刺し、壁にもたれかかるように坂元が立っていた。カッターシャツのあちこちが破れ、そこから血が滲んでいる。
「さ、坂元!大丈夫か、その怪我……」
「あぁ、なんとかな。なぁ戸川、これ、治してくれるんだろ……?」
「ええ。すぐに治すわ」
有希の手が坂元に向けられると、坂元の傷が見る見るうちに癒えていく。
「さんきゅ。助かった。秋葉、おめー無傷かよ。なんか居なかったのか?SSKのナントカって奴らは」
「いたんだが、遠距離戦に徹してたからな。喰らったら終わりな奴だったよ。長谷が来たらアイツに記憶を共有させねーとな」
「ああ。長谷も無事だといいが……」
シュー、と空気の抜けるような音と共に扉が開き、長谷が現れた。長谷も制服がいくらか破れた程度で、大きな怪我は無かった。
「まぁ、みんな無事でよかったよ。じゃ、何が起こったのか記憶の共有をしよう。みんな、手を」
円になった俺達を見渡し、長谷が手を突き出す。俺はそれに従い、4人の手が重なり合った。その瞬間、記憶が映像と共になだれ込んできた。
―――――――――――――――――――――――――
記憶の映像に立つ。あたりを見渡すと有希、長谷、坂元が立っていた。
「これは坂元の記憶だよ」
「おっ、やっと俺の戦いが客観視できるんだな。おっ、俺みっけ」
坂元が指差す先にはまた坂元がいた。俺とハロスが闘ったような空間に立っている。相対するは黒子鐙。
『お前が、黒子か……?』
『おや、坂元さんじゃあありませんか。見たところ世継ではなく悠介さんですね。よくここまでたどり着けましたね』
『へっ、俺にとっちゃ朝飯前って奴よ』
「黒子の本性が出ていない?」
「そうね。『坂元世継』にはよく見た顔でも、『坂元君』にとっては初めて見る顔なんだから」
『そうですか、朝飯前ですか。さしずめ私は先附ってとこですかね?』
『てめぇは向附だな。そして今日付けでSSKの退職って奴だ』
『そうですか……ク、ククク……面白い!昔から貴様はそういう奴だった!』
黒子が目を見開き手を大きく振ると、何時ぞやに俺達を襲った人工生命体が数十体現れた。
『先日の戦いもそうだが……貴様の刀、錆びてねぇか?俺が戦うまでもない。こいつらで十分だ』
『そうかな』
坂元がニヤリと笑うと、坂元の姿が消え、青白い剣戟の筋だけが人工生命体に襲い掛かった。声にならない声を上げ、人工生命体はバタバタと倒れ続ける。
「どこだ?」
「高速で左右に移動してるから相対しての視認は難しいわ。しかも一部はすり足で移動してるから音での判断もほぼ無理」
「ほへー、俺こんなに動けてたのか」
ついに最後の人工生命体が倒れた時、ようやく坂元の姿が視認出来た。
『……これで終わりか?準備運動にもなりゃあしねぇ』
『身体3つ』
『……あん?』
呆れて竹刀を下に構えた坂元が言葉に気付く前に、黒子の短刀が坂元の腹あたりを抉るように斬っていた。しかし坂元が斜に構えていたのが幸いし、短刀を寸前で躱すことに成功した。
『チッ!』
『身体3つ。それが俺の間合いだ』
少し破れたカッターシャツを押さえつつ、坂元は後ろに飛ぶ。短刀を腰に構えると黒子は小さく笑った。
『こんなもんじゃねぇだろ……本気を出せ坂元』
『ああ。丁度俺も同じこと考えてた』
坂元の目が紅く染まる。竹刀の竹がひとりでに外れ、中から緑色のオーラを纏った日本刀が顔を出した。
『お前が身体3つってんなら……』
坂元がゆっくりと刀を上段に構える。黒子は後ろに飛び回避するが、坂元はお構いなしに振り下ろした。部屋すべてが揺らぐほどの振動に加え、部屋の半分の距離の床をオーラ状の刀が深く抉っていた。
『俺は身体10……へへっ、どうだ、秘技・メロンソードだ』
『坂元流秘技絶一閃、完成していたのか』
黒子のスーツに大きな割き目が入っていたが、黒子自身にはダメージが無い様だった。坂元は刀を引き抜くと黒子に襲い掛かった。黒子は短刀を抜き、坂元の猛攻を受け流すが、その表情に余裕の色は見られなかった。
『おらおらどうした!さっきまでの勇みはどこ行っちまった!』
『ぐっ……おおおおおおおおおおっ!』
黒子が大きな叫び声を上げて坂元の刃に倒れた。坂元は倒れた黒子の頭近くに刀を突き刺し、首を鳴らした。
『なんだよ、あっけねーな』
「ほ、本当だ。あっけなさすぎる」
「坂元の実力がこんなにも上回ってるなんて……」
俺達は愕然と記憶の坂元を眺めていた。だが、俺はふと違和感に包まれた。
「坂元、お前何も言ってこないのか?」
「ん?ああ。まぁ、な」
そう、こんなに圧倒的な勝利だったにも関わらず、坂元自身が得意げに何も話してこないのがおかしいと思ったのだ。俺のこの違和感は当たり、事態はあまりよくない方向へと発展していく。
『ぐあぁっ!』
記憶の中の坂元がいきなり背中から血を吹き出し倒れこむ。倒れたはずの黒子が坂元の背後から斬りかかったのだった。
『ど、どうして……』
『なんてことはない。お前は俺を模した傀儡と延々と戦っていた。それだけの事だ』
「くぐつ?」
「かいらいとも読む……まぁ操り人形の事さ。黒子は幻術が得意って話だっただろ?あれは人形を自在に操り、幻術のように見せかけてたんだ」
『滑稽だったぜ?お前の先祖も同じ手に引っかかりやがって』
『野郎……!』
坂元はうつ伏せになりながら見下ろす黒子を睨む。が、その眼には赤い光が宿ったままだった。
『!!』
黒子は起き上がりながら繰り出す坂元の反撃を寸でのところで躱し、またしても距離をとった。坂元の眼の光がゆっくりと消え、ついに坂元は気を失った。
「あ……」
「まさか、坂元が……」
『そう。坂元は負けた。次は貴様らの番だ』
「!?」
俺は耳を疑った。記憶の中の映像である黒子が俺達のいるところを見据え、高らかに笑っていたのだ。
「ま、まずい!」
長谷が叫ぶと、景色がぐるぐるとまわり歪む。俺達は記憶の映像から追い出されるように現実に戻ってきた。
―――――――――――――――――――――――――
意識がはっきりした刹那、俺達は弾けるように後退する。坂元は低く笑い、黒子の姿へと変化した。
「ククク……ハハハハハハハッ!仕留めて化けてみれば貴様らは記憶の共有だと!?暗黒物質はそんな使い方をする為に存在するんじゃない、笑わせてくれるわ!」
高笑いする黒子はスーツを正し、逆立つ白髪を撫で上げた。
「ま、気持ちはわからなくはねぇけどな?大事な大事なお友達だもんなぁ?死んじゃったら可哀想だもんなぁ?」
「この野郎!」
「秋葉、待って!」
有希の制止も聞かず、俺は黒子に斬りかかる。しかし黒子の手から発せられた炎に吹き飛ばされた。腕がはじけ飛ぶような感覚とともに、胸に焼きつくような痛みを覚えた。
「秋葉っ!」
「名称未設定YU。待てなんて言って通用すると思うか?犬じゃああるまいし。大事な大事なお友達が死んだんだ。逆上して俺を殺しに来るのがあたりまえだよなぁ?ま、それは無謀だ。そのへんわかってる犬の方が利口だな、ハハハハハハッ!」
「くそ……」
「貴様らがここに来る時間が早かったからトドメを刺せなかったのが残念だが……」
「そう。秋葉、長谷君。安心していいわ。今の黒子の言葉で確信が持てた」
黒子の言葉を聞き、有希が呆れたように言う。
「安心だと?名称未設定YU、貴様は仲間が死んで平気になったのか?」
「ええ。だって坂元君は『死んで』ないもの」
「なに?」
「黒子鐙。貴方が犯したミスは3つ。1つ、坂元君に勝ち、トドメを刺さなかったこと。2つ、それを聞かせて秋葉か長谷君を怒らせて攻撃させ、怪我を負わせようとしたこと」
「名称未設定YU。貴様何が言いたい」
黒子はさっぱり理解できていないようだが、俺は有希が何を思って言っているのか気付いた。有希はさらに大きな声で続けた。
「……3つ。私が暗黒物質:皓の所有者であり、空間認知能力を持っていること」
「まさか!?」
黒子が振り向くが、時すでに遅し。竹刀から現れた刀を大きく振り上げ、力を溜めた坂元がそこにはいたのだった。
「坂元流究極奥義……瞬紅血翔ッッ!!」
振り下ろした赤い刃が黒子の中心を駆け抜ける。切り傷がある訳ではないようだが、どうやらこれは精神を斬る一撃のようだ。黒子が白目をむき、倒れる。
「おー痛てて……わりぃな、遅くなっちまった」
「坂元……っ!よかった、無事で……!」
「あぁ、怪我してるけど、概ね大丈夫だ。それにこいつはまだ死んじゃいねぇ」
「その技、なんだって?しゅん……」
「瞬紅血翔、人を殺さず仲間を守る坂元流奥義の最終形さ。じっちゃんが言ってたんだ。殺すのは人ではなく、悪しき心だって」
坂元が記憶のときのように倒れた黒子の頭近くに刀を刺す。黒子はゆっくりと上半身を起こすと、短刀を置き肩をすくめた。
「黒子。もう剣士としてのお前は死んだ。以前のように剣は握れんだろ」
「……焦った末策に溺れた、か。してやられたな」
「俺にトドメを刺さなかったことが仇になったな。流石にお前は木偶じゃねぇだろ?どうだ、長谷?」
「……ああ。記憶の黒子が本物だと仮定するならここにいるのは正真正銘本物の黒子鐙だ。いろいろと洗いざらい話してもらおう。俺の記憶はその後でも遅くは無いさ」
長谷が背負っていたカバンからロープを取り出し、戦意の無い黒子を縛り上げた。
「……何が聞きたいというのだ」
縛り上げられた黒子鐙を俺達4人は見下ろす。なんだか悪いことをしているような背徳感に駆られるが、悪いことをしているのはこいつらなんだ。俺達じゃないんだと自分に言い聞かせ、俺は黒子に質問をした。
「SSKは全部で何人で構成された組織なんだ?」
辺りに人がいないことを確認し、黒子はゆっくりと話し始めた。
「SSKはある科学者の声により6人の科学者が集まって作られた。構成員はその6人と内密に作られた人工生命体」
「答えてくれるんだな、意外だ」
「……規定事項だからな」
「規定事項?まさかお前の口からその言葉が出てくるなんて」
未来の俺以外からその言葉を聞くとは思わなかった。
「ふん。あのお方は全てを見通す。俺の敗戦も見越した規定事項という訳だ。次の質問は無いのか」
黒子が顔を上げた時、赤いオーラを纏った日本刀が黒子の首筋にあてがわれていた。
「……鐙」
「坂元!?」
俺と長谷が坂元を静止させようとするが、坂元が空いた手で俺達を遮った。坂元の目が見開いている。
「その声、坂元世継か」
「腑抜けたな、鐙」
「ククク、それは貴様とて同じだろう。何故顔を出さなかった?子孫が必死こいて戦っていたというのに」
「保長の子息との戦いは我への私怨。故にこの身体を借りた。しかし此度の戦いは今を生きる者が起こした事。SSKと名乗る集団と悠介は戦う定めにあった。故に我は坂元流の極意を伝えたのみ。では我も問おう。何ゆえ貴様は今を生きる?嘗て孤高だった貴様が何ゆえ従者として今を生きる?」
「……薪に臥して胆を嘗する。ただてめぇを超えたかった、それだけだよ」
黒子が小さくつぶやくと、ゆっくり眠りにつくように目を閉じ、倒れた。
「あっ!」
俺が黒子に駆け寄ると、黒子の顔にはゆっくりと皺が現れ、先程までの若々しさが微塵も感じられない、老人の姿へと変わっていく。
「奴の時は既に死んでいた。奴は行くべき所へ逝ったのだ。すまない、貴様らの邪魔をしてしまったな」
世継が頭を下げる。
「いや、かつての同胞だったんだろ?気にしなくていいから」
「……悠介には余計な事を押し付けたやもしれん。それに、貴様らも我の因果に巻き込んでしまった」
「それは違うよ」
世継の言葉に長谷が強く反論する。
「俺達はもともとこの運命にあった。それが規定事項なんだ。坂元世継の怨恨はその1ピース。あろうとなかろうと、きっと俺達は今この場にいる筈さ」
「……そうか」
そういうと坂元は目を閉じ、項垂れた。次に顔を上げ目を覚ましたときは、その目は開いているのか閉じているのかわからない、いつもの目だった。
「……次は長谷の記憶の番だ」
黒子の遺体が転がる、静かなコンクリート製の一室に、俺の言葉がこだまする。
「ああ、みんな、手を」
「その前に、ちょっといいか?」
坂元が竹刀を置き、初めて見たときよりもすっかり縮んでしまった皺だらけで動かない黒子の乱れた衣服をまっすぐに正し、部屋にあった機械を覆っていた布をかけた。
「一応、じっちゃんの友人だったんだ。土に埋めるとかは出来ないけど、せめて」
坂元は軽く手を合わせると、ちいさくつぶやいた。
「……一度、真剣勝負をしたかったぜ」




