5-2.それぞれの風景
公園まで歩く路、坂元がゆっくりと話し始めた。
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あれは1週間前の事だ。俺がいつものように剣道の練習を終えた後、竹刀の手入れをしていたんだ。そうしたら急に竹刀が光り始めて。俺しかいない剣道場に声が響いたんだ。やけにしゃがれた声でな。直ぐに坂元世継、ツルギノカミだと分かったよ。秋葉達から話を聞いてなかったら気絶モノだったぜ。竹刀の光がぼんやりと人の形を取り始めて、どことなく俺に似たじいさんが俺を見下ろしていたんだ。
『悠介、か』
「ツルギノカミ……坂元世継か?」
『いかにも。我は貴様の祖先、世継だ』
「んで?わざわざ俺に話しかけるってことは、なんか用があるんだろ?じっちゃん」
『じっちゃ……まぁよい。我は貴様の内部を知る。要件を言おう。SSKとやらと闘うのだろう?それならば我が貴様の持つ竹刀に宿るようになった理由を話しておく時が来たと思ってな。貴様の竹刀は代々坂元家に受け継がれる物であることは知っているだろう』
「ああ」
『この竹刀、今貴様の道場にあるどの竹刀よりも短い筈だ』
俺の竹刀と道場に掛けてある竹刀を比べてみたんだ。そしたら確かに短いんだ。ガキが練習する時に使うような竹刀並の長さでな。
「確かに、短い」
『それもそのはず。これは我が生きる時代から使われていた竹刀だ』
後で調べて分かったことなんだが、今の竹刀が115㎝程度に比べ、江戸時代の竹刀は72㎝程度しかなかったらしい。
「それで、何が言いたいんだ、じっちゃん」
『我が何故その竹刀に憑いているか、それと黒子鐙との関係についてだ。奴と我は幼き頃からの友人でな。事あるごとに行動を共にした欠かせない存在だった。日々の鍛練も共にし、我が師も認める好敵手だった』
「黒子とじっちゃんがライバル?」
『今の言葉を使うならそう言い表せられる。しかしだ。齢を重ねるごとにお互いの家柄の異なりで意見が対立し始めた』
「対立?性格の不一致とかそういうのじゃなさそうだな」
『ああ。我が極めた、後に坂元流剣術と名付けられる流派は不殺の剣術。故に仲間を守り、相手を殺さず倒し、それまでの過程に重きを置く流派。しかし黒子が極めた剣術は過程がどうあれ相手を苦しめて殺し、自らが、自らだけが勝利することに重きを置く流派なのだ』
「流派の不一致……」
『我はその道に進む黒子をよく思わず、何度も道を正そうと説得した。しかし黒子は聞く耳を持たず、ついに我が師を殺め、どこかへ去って行ったのだ』
「じっちゃんの師匠を殺して、ある意味免許皆伝になった黒子はその道を極めた、と」
『そうだ。我は後に殿に仕え、刺客から守る使命を仰せつかった。その殿の亡き後、役目を全うした我は刺客が話していた黒子の存在が気になり、黒子を探す旅に出た』
俺はいきなりの長話にすこし眠くなっちまったが、じっちゃんが俺の頭を叩いて続けたんだ。
『我は黒子を見つけ、数多くの犠牲を出し続けた友を屠る覚悟でいた。旅の道中、黒子が送り込んだ刺客を何度も追い払い、ついに見つけ出した』
「く、黒子の隠れ家か?」
『そうだ。黒子は既に剣術のみならず、邪術とされた妖術をも身に纏っており、既に我の知る黒子ではなかった』
「それが、今の黒子鐙」
『そういうことになる。我の剣術では邪術に対抗できず、我の身体は黒子に吸収されてしまった。だが我が魂を悪に売る訳にはいかない。そう思った我は己の魂を持っていた竹刀に込めたのだ。子供の時のようにまた無邪気に剣劇しあうあの頃を思い出させるために持ってきた竹刀に』
「それが、この竹刀……なるほど。理解できたぜ」
『だから、戦え、悠介。己の為に。仲間を守る為に』
「言われなくても、そうするっての」
『……そうか』
坂元世継はゆっくりと消えた。消える間際、少し嬉しそうな顔をしてたな、じっちゃんの奴。
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話し終えた坂元はゆっくりと息を吸い、俺達を見て言った。
「だからよ。SSKの識だかなんだか知らねぇが、俺は黒子を倒さなくちゃならねぇ。じっちゃんの為だけじゃない。これから背負う『坂元流剣道術』の看板の為でもあるんだ」
「……そうね。まさか、百年単位でSSKと私達にこんな繋がりがあったなんて考えられないけど」
「ああ。考えられないが本当の様だ。相模達の両親の為にも俺はあいつを倒さなくちゃ」
「相模達の両親?どうしてここで相模が出てくるんだ?」
「瑞希ちゃんと春ちゃんのご両親は飛行機事故で亡くなってるの。……でもどうして瑞希ちゃん達に関係があるの?」
「SSKは1年前に相模達の両親を殺している。飛行機事故に見せかけて証拠を消したんだそうだ。相模の家は坂元流剣道術の看板を背負っている。桜井の家は世継が守っていた『殿』の子息だった。だから黒子やあの忍者共が手を下したんだろう」
俺は口が空きっ放しになっているだろう。いきなりの新事実に驚きを隠せなかった。
「うそ……瑞希ちゃん達まで巻き込まれてるの!?」
「ああ。じっちゃんが言うんだ、おそらく間違いない」
坂元のギリギリと拳を握る音が聞こえる。そうか。坂元も戦う理由が出来たのか。
「今までお前らが巻き込まれてるのを見て楽しんでいたが、どうもこりゃあ見て楽しむ気にはなれなさそうだな」
坂元が目を開け、夕日を見て眩しそうにつぶやく。コイツのマジな顔した時は本当に頼もしい。
「ああ。気を引き締めt」
「やっぱろ自分が巻き込まれて楽しまないとな!ダハハハ!」
膝をポンポンと叩き馬鹿笑いする坂元。すっかり忘れていた。コイツはこんな性格だったってことを。でも、頼もしいことに変わりはないかな。
それから数十分後。魁皇川公園に着いた俺達は、合流した長谷と共に園内の池沿いをランニングしていた。俺も長谷も坂元も有希も、制服に身を包んだまま、土の足場を駆ける。坂元は竹刀を持ち、時折素振りをしている。長谷は分厚い物理の参考書を持ち、何やらぶつくさ言っている。有希はたまに小さく跳ね、空間移動をしながら俺達に追いついている。一方俺はと言うと、特にやることが無いので最近覚えた素数を数えていた。
「体力つけておかないとね。どんな戦いになるのか想像もつかないし」
「あぁ。だからってなにも制服でやらなくてもよくないか?」
すれ違うランナーが制服姿で走る俺達4人を数奇な目で見つめる。なんだかこっぱずかしい。
「何を言ってんだ。どーせ殴り込みも制服でいくんだろ?ならこの姿で動けるようにしなきゃダメじゃねぇか」
「そうよ、未来の秋葉もそう言ってたわ」
「そうかい」
しばらく走っていると、日が暮れ、あたりは真っ暗になった。
「……誰もいないね。じゃ、ここからあの銅像まで、自分の能力フルに使って全力疾走してみようか」
長谷が物理の参考書を開き、蒼い魔法陣を描く。指差す先は池の反対側。そこへ普通に行くならば、池沿いにぐるっと大周りしなくてはならない。
「秋葉だけは時間停止は無しね。そのかわりそれ以外は何やってもいいから」
「……だろうと思ったよ」
「そいじゃ……よーい、ドン!」
長谷の合図を皮切りに全員が動き始めた。長谷は突風をつくりだし、その突風に乗り池を渡る。坂元はかなり前傾姿勢になり陸上選手も真っ青なダッシュで池沿いを走りゴールへ向かう。有希はさっき俺に見せた空間移動で直線距離でゴールに飛んで行った。
「……んじゃ、やるか」
俺も負けてはいられない。俺は走る自分自身の加速度を維持し、池に向かい飛び上がる。俺の背後の空間の一部を停止し、それを蹴る。格ゲーとかでよくある空中ダッシュだ。蹴った時の勢いを維持、ぐんぐん加速する。あっという間に池を飛び越えた。
「よし、後は止まるだけ」
着地。銅像にタッチすると同時に有希が俺に飛びついてきた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
有希の頭が俺の顎にクリーンヒット。目から火花が飛び散る。幸い俺の顎以外にはお互い怪我は無かった。むしろ俺は有希を抱きしめられるというおまけがついてきて得したけどな。
「あ、秋葉……大丈夫?」
「だ、だいじょぶ。有希の移動線上だってこと忘れてた」
「あはは……」
「ゴールッ!ってなんだ、秋葉と戸川が先着かよ」
「はは、やっぱり池を渡るので精いっぱいだ」
砂を巻き上げ、砂だらけのズボンでブレーキをかける坂元と足を少し濡らした長谷が数秒遅れてやってくる。
「これでも頑張った方なんだけどなぁ」
「っつーかお前ら地上を走れ地上を」
「まともに素早さ勝負したらお前には勝てん」
……なるほど。こうやってみんな未来の俺から受け取った能力の使い方を覚えていったのか。
「さて、と。奴らが指定した日まであと2週間と2日。頑張りますか!」
「おう!」
俺達の秘密(とはいえ公共の場ではあるが)の特訓は夜遅くまで続いた。




