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僕達は北高生  作者: かっつん
第1章「僕達は北高生になったばかりだ」
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1-2.未来と信頼と将来と

 朝。

 非常に爽快に起きることができた。ほのかにシャンプーの香りがしている。普段は鬱陶しい小鳥のさえずりさえ心地よい。なんだ、このハイテンション……?1階に下りると母が朝食の準備をしていた。我が家は毎日朝食の主食は米である。目玉焼きと焼き鮭を頬張りながら、そういえば録画しておいたアニメを見るのを忘れていたことに気づいた。……ああ、帰ったら見ないとな。朝食を終え、制服に着替える。いつもよりも早いが俺は学生鞄を持ち、気分高らかに家を出た。


 俺の所属する1年E組は3階にあるため階段を上らなくてはならない。あたりに生徒は誰もいない。よし、一番早く着いたな。……はずなのだが、既に坂元はクラスに来て寝ている。

こいつはなぜか学校に来るのが異様に早い。うーむ、こいつに勝つにはいつ頃に家を出ればいいのか?俺は寝ている坂元の耳元に近づき……


「わっ!」

「うわっ!」


 反射的に殴られた。


「いてぇ……」

「あ、すまん。でも驚かすなよな」

「わりぃな。今日のテストに備えて数学教えてくれよ」

「あ?数学?あーいいy――――――――――――――


 急に坂元が黙り込んだ。が、口は開きっぱなし、目もイカツイままだ。閉じてなんかいない。細いだけだ。腕にある時計を見た。8時7分36秒。止まっている。黒板の上のアナログ時計の針も、外のデジタルの蛍光板も。空を見ると飛んでいる鳥も止まっている。開け放たれた窓から外を見ると駅へと歩く会社員も、犬を引き連れ散歩しているであろう老夫婦も止まっている。


 止まっている。なにもかも。


「さ、坂元?おい、坂元!」


 坂元を揺さぶっても反応はない。ぶん殴っても反応がない。口は開いたまま、瞬きすらしない。そして今ようやく気が付いたが、ゆっくりとあたりの色が灰色に染まってゆく。音も何もしない。いつもなら聞こえるざわざわという空気の音さえ全く聞こえない。無風無音。これはひょっとして……時間が止まっている……!?


「そんな……嘘だろ?こんな非現実的なことが起こり得るはずがない!」


 唖然と立ち尽くしていると、急に背後に気配を感じた。振り向くとさっきまでいなかったはずの人物がそこにいた。


「やぁ。久しぶり。いや、はじめまして……かな?」


 俺よりも少し背の高い、だが俺に似た男が友達を呼ぶように声をかけてきた。


「だ、誰だ……?」

「驚くのも無理はないだろうな。俺も相当驚いた」


 俺も……?どういうことだ?完全に灰色に染まった視界に移る唯一のカラーが近づいてきた。


「何が起こっている……!?みんな動かないのにどうしてお前と俺は動いている……?」

「今、この時間は止まっている。動いているのは俺とお前だけなんだよ」

「時間が止まっている……?そんな、ありえない。そしてお前は誰だ?」


 ああそうか、これは夢か。長く長く望んでいた非現実を夢に見ているのか。はっと目を覚ませば今頃母が俺を起こしに――――


「夢じゃない。現実だ。自分の頬でも抓ってみろ。……あと、俺が誰か、って?俺はお前だ。俺は未来から来たお前だよ。俺はこれを経験した。未来から来た自分に出会う出来事をな」


 男に俺の言いたいことをさえぎられた。俺はその男に言いたいことがたくさんあったが、頭がこんがらがってしまい、結局捻り出たのは、


「か、確証。お前が未来の俺だっていう確証を見せてくれ」


 という言葉だけだった。男は少し悩み、


「わかった。確証だな。……お前は昨日、学校帰りにシャンプーを買いに薬局へ向かった。その時、今気に入っているオレンジオイルと気になっている椿オイルのとで迷ったが、結局トニックシャンプーを買っただろう。そして今日の朝食。目玉焼きと焼き鮭を食いながら録画したアニメを見忘れたことを思い出しただろう?その時に今日の学力テストが終わったら見ようなんて考えただろう?」


 ……その通りだ。俺は昨日シャンプーをどちらにしようか迷ったので、結局以前使ってて使い心地の良かった、トニックシャンプーを買ったのだ。それにこの男は我が家の今日の朝食も言い当てた。こんなことは誰にも話していないし、知られるはずもない。さらに俺が頭の中に思ったことまで言い当てた。


「何なら他のことも言ってやろうか?お前が昨日……」

「あーもういい。わかった」


 どうやら目の前にいる男は未来の自分であることは確かなようだ。でも……


「どうして未来の俺がここに来たんだ?」

「それは後で説明する。今は俺と一緒に来い!」

「は?どこへ行くんだ?」

「過去だ。俺たちが中学1年生の時代へ」


 それだけ言うと未来の俺は無理やり俺の手を引っ張り、開け放たれた窓へ駆け出した。


「お、おい!ここは3階……」


 俺の言う言葉もむなしく、俺と未来の俺は窓から飛び降りた。だんだんと地面が近づいてくる。俺は怖くなって目を強く瞑った。


―――――――――――――――――――――――――


 ……落ちている。落ちてはいるのだが一向に地面がやってこない。ゆっくりと目を開くとあたり一面には無数の1と0が蠢いていた。まるで満天の星空に飛び込んだかのような美しさと規則正しさに見惚れてしまう。

 だがしかし、その美しさに見惚れていられたのもつかの間、頭に強烈な痛みが走った。


「う、ぐ……」

「もうすぐだ、我慢してくれ」


 未来の俺が言う。俺は頭痛で文句も言えず、ただ頷いた。俺は未来の俺の手を強く握り、この落ち続ける1と0の合間から逸れないようにするだけが精一杯だった。まだか、もうすぐって言ったのに……ああ、そうか。これが相対性理論……ってこんな時にまで俺は長谷の受け売りを……


―――――――――――――――――――――――――


 急に気持ち悪さに解放されたかと思ったら、母なる大地にたたきつけられた。


「いてぇ……短時間で2回も痛い目にあってる……」

「おい、大丈夫か?」

「ああ……大丈夫だ。ところで、ここはどこだ?」

「言っただろう?過去だよ。俺達が中学1年生の時代、つまりお前にとって3年前だ」

「過去?そんな訳が無いだろ、今は……」


 俺は一面灰色に染まった世界を見回しながら言いかけたが、今俺が立っている場所を見て戦慄した。俺達のクラスがある校舎は新校舎で、新校舎は2年前に完成されている。そして今俺が落ちた(?)場所を振り向くとただの更地が広がっている。さっき飛び降りたはずの校舎が無い……!?


「どうだ、これで信じただろう?今は3年前の8時7分36秒だ」

「お前はいったい何者なんだ……?」


 未来の俺は笑いながら言った。


「さっきから何度も言っているじゃないか。お前だよ。未来のお前。大学生になったお前。とにかく、原秋葉の未来。それが俺。だから朝食や考えたこと思ったことが分かる。俺にとっちゃ過ぎ去った過去なんだからな」


パチン


 未来の俺がそう指を鳴らすと、灰色だった世界にだんだんと色が戻ってくる。それと同時にたくさんの音が聞こえてきた。どうやら時が戻ったようだ。


「それで、どうして俺を3年前に連れ去った?」

「ああ、その説明をしないとな。……の前に、どこかでお茶しねぇか?」


 未来の俺と俺は学校を抜け出し、近くの喫茶店へと向かった。その道中。


「自身同士でお茶ってのも謎な言い回しだけどな」

「まぁな。本題に入らないのか?」

「本題に入るのは喫茶店に入ってからだ。そこらへんは規定事項だからな」


 どこかで聞いたような言い方だ。俺は未来の自分に聞きたいことを聞く。


「相変わらずオタクやっているのか?」

「ああ。もちろん。大学生活は楽しいぜ?……ちゃんと勉強して行きたいとこ行けよ」

「それはもう。彼女は出来たのか?」

「……、……」


 返事をしない。ということはいないのか……?


「禁則事項、とでも返しておこうか」

「なるほど」


 そのほか他愛もない話をしていたら喫茶店に到着した。奥の人目に付きにくい席に着くと、未来の俺は改まって切り出した。


「さて、本題だ。どこまで話したかな?」

「ここが過去でこの時代の俺が中学1年生だってとこまでだ」

「ああそうだったな。んじゃ最初からだ。あー、未来の俺ってなんて言ってたっけな……?ああ、そうそう。俺が今この時間を止める力を手にしたのはこの時空から3年後、つまりお前の時代だ。その時空で俺は力を手にした。今のお前がいるから俺が生きているんだ。だが、この時空でお前が死ぬ運命になっている。お前の命が危ない」


 飲みかけていたコーヒーを吹き出しかけた。軽く咽ながら俺はコーヒーを飲み干し、聞いた。


「お、俺の命?」

「ああ。お前の命だ。含めるならば俺もだが」

「冗談だろ?」

「冗談で時間を止められるなら俺は世界を変えて見せるね」

「……そうか、そうだな。でも、俺にそんな殺されるような記憶は無いぞ?」


 未来の俺は何も言わず、小型のタブレットを俺に差し出した。


「……なんだこれ?」

「記憶の欠片だ。お前が殺される時空の記憶」

「これをどうしろと?」

「食え」


 言われるがまま、俺はタブレットを食べた。噛み砕いたタブレットが全て溶け、唾液と共に流れ去った直後、俺の頭に焼けるような痛みを感じた。まるで後ろから鉄を打つハンマーで殴られているような……そんな痛みだ。


「あっ……つ……」


 椅子に転げるが誰も気づかない。未来の俺は楽しそうに見ている。


「お前……たすけ……ろ」

「俺がお前の立場の時未来の俺は俺を助けなかった」


 未来の俺は楽しそうに言う。


「そろそろ思い出すんじゃないか?」


 その言葉を聞いた直後、俺の意識がふっと消え、記憶の海へと飛び込んだ。


―――――――――――――――――――――――――


 そう。3年前のこの日は中学生になって初めての休日。中学1年生の俺は当時友達になりたての坂元と長谷とで近所の魁皇かいおう川公園に行った。魁皇川公園は大きな池のある公園で、児童館、図書館などの施設もある公園だ。昔は何匹かの動物も展示されていたらしい。その公園で自分は何が好きだの何のアニメが好きだのと非常にくだらない会話をして楽しんだ。その後は近くのゲーセンへ行き、無意味にはしゃぎ、小遣いを全額はたいてしまったのだ。


 帰り道、坂元と長谷と別れ、時の架け橋にさしかかった。陽炎のようなものを見かけたが、気のせいだと思い、普通に通り過ぎた。


 ……これは俺が過ごした記憶だ。タブレットによって焼き付けられた記憶はその帰り道からが異なっていた。


 帰り道、坂元と長谷と別れ、時の架け橋にさしかかった。橋の中腹に誰かが立っている。夕日がまぶしくて誰だかは分からなかった。しかし手元にあったものは夕日に映えていたのでよく分かった。金属光沢と太陽光の反射でギラギラと光るそれは軍用のサバイバルナイフだ。夕日が雲に隠れる。するとサバイバルナイフの持ち主がはっきりと目に映った。……戸川だ。しかし北高校の制服を着た戸川だ。どうやらこの時空の戸川ではないようだ。


「秋葉。やっと会えた……でも、もう遅いの」


 戸川は手に持つサバイバルナイフを振り上げ、高速で近づいてきた。


「死んで」


 逃げる間もなく、戸川は俺に抱きつく形でナイフを俺に突き刺した。胸にナイフの刺さる感触、灰色に染まる世界。倒れこむ直前、ふと時計が見えた。16時32分7秒……


―――――――――――――――――――――――――


「おい、大丈夫か?」


 未来の俺が覗き込んでいた。どうやら記憶はここまでのようだ。ああ、頭が痛い……


「まさか……戸川が俺を殺すなんて……」

「信じたくないだろうが、事実だ。これを俺は防ぐためにお前をこの時空へ連れてきた。

俺達2人がこの時代の俺を助けることで、俺達2人が生きていける」

「……ということは、俺達が覚えている橋の上の陽炎が実は戸川で、俺達がこの時代の俺が殺されるのを防いだために、この時代の俺は陽炎と見間違えることができた、ってことなんだな?」

「理解が早いじゃないか。俺には劣るがな」

「同じ俺だろうに」


 ふと、俺に1つの疑問が浮かぶ。


「ところで、どうして戸川は俺を殺す?」


 未来の俺は急に難しい顔をして、居直った。


「そのことに関しては深く言えないんだが、俺は今組織の一員としてこういう活動を行っている。俺達の敵対組織が中学1年生の有希を利用したんだ。有希は操られている状態なんだ。

ほら、有希が急に無口になったのはこの時期からだろう?」


 そういわれればそうだ。戸川は中学に入学した直後はまだ以前のように明るい奴だった。


「この時代のお前を殺すにはちょうど3年間エネルギーを溜め続ける必要があった。そして3年後の有希がこの時代の俺を殺しに来る。敵組織はそれで俺を殺すには十分だと考えたんだ」

「でもお前のその時間を止める力があれば十分阻止は出来るだろ?」

「いや、暴走した有希の力は半端ない。俺が時を止めても俺の時空に入り込んでくるんだ。

だが俺も馬鹿じゃない。それなりに手を打ってある」


 未来の俺はそういうと俺にまたタブレットを渡した。


「なんだよ、また記憶か?」


 そういいながら食うが、今度のは頭痛を感じなかった。


「己の秘なる力を目覚めさせるタブレットだ。つまり、時間を止める力を手にするってことだ」




 ……しばし沈黙、俺の思考停止。えっ、それって俺はたった今時間を止める力を得たってことか……?


「先に言っておくが、変なことは考えるなよ。お前に与えられるタブレットは3つまでだ。1つは記憶。1つは今渡した時間停止の覚醒。もう1つは内緒だ。とりあえず今ここで練習してみろ。指を大きくならして……」


パチン


 俺が指を鳴らすと、世界が灰色へと染まっていく。他の客へコーヒーを運ぶ店員がストップモーションになる。目の前に座っている未来の俺は平気で動いているが。


「うん、上出来だ。あとはもう一度鳴らせば時間は戻る。時間停止を続けることもできるが、なにぶん自分の世界を存在する全世界に割り込ませているから、体力を大量に消費する。時間移動なんてもっての外だ」


 未来の俺の話を聞きながら、止まった世界を堪能する。


「それとだ。お前の世界を認識できる者、またお前が動かしていいと思ったものは、お前の世界を動くことが出来る。俺が動けるのは前者の理由だ」

「さっき1-Eで俺が動けたのは後者の理由か」

「そう。そして、この能力は時間を止めるだけじゃない。時空を操ることも出来る。応用法は自分で考えな」


 なんだよ。重要なところは丸投げかよ。俺は指を鳴らし、時間を戻した。未来の俺が思う手を打つとは、俺を戦力として使うことなのか?


「さて。そろそろ行くとするか」

「え?どこに?」


 未来の俺はベルトを締め直し、既に湯気が消えぬるくなったコーヒーを一息に飲みほした。


「1択しか無いだろう?この時代の俺を救うんだよ!」

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