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僕達は北高生  作者: かっつん
第3章「僕達は北高生らしく生きる」
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3-5.無重・反比例(インバース・オブ・ゼロ・グラビティ)

 時間は朝のはずなのに真夜中のように暗い森の中、俺、原秋葉は戦慄していた。否、これは俺だからビビってるわけじゃあない。目の前の男が豹変し、さっきまで穏やかな表情だった男が急に顔色を変え白目を剥き、筋肉隆々になり発狂しだせば誰だって戦慄する。


「お、おい何が……」

「拙者はうぬに問うておる」


 声すら変わってやがる。足元から腹にかけてビリビリくる声だ。俺は思わず口をつぐんだ。不如帰は手に持つ鎖鎌を振り回しながらぶつぶつと喋っていた。


「内なる拙者は生易しい……さっさと片付ければよいものを……」


 そういうといきなり不如帰は腕を振り下ろした。気付いた時には奴の鎌が目の前に来ていた。


「やべっ!」


 変貌に驚いていたせいで一瞬俺の反応が遅れ、奴の鎌が左腕に突き刺さる。走る激痛、飛び散る俺の血。


「くっ!」

「ククク……血の色は何時見ても変わらない……」


 不如帰は鎖を波打たせて引き、俺の左腕を割いた。焼けるような痛みが襲う傷口に目をやると、溢れ出る血の合間に肉が見える。見るんじゃなかった。奴は俺の血が付いた鎌をわざとらしく舌で舐め、また低く笑った。


「血の味も変わらない。心の臓を狙ったが外したか……では次は右腕だ」

「させる……かっ!」


 俺は幸い助かっていた利き腕を行使し、ナイフを投げつけた。しかし奴の鎌にはじかれ、ナイフは甲高い金属音を発して地面へ落ちた。鎌は軌道が少しずれ、俺の右腕に刺さらず切り裂いた。当たり所が悪かったのか、腕が上がらない。言うことを聞かない。やばい、両腕をやられた……!


「……っ!」

「残念だが、貴様の術は総て我が手中。貴様の技は封印したも同然。ゆっくりと嬲り殺してやる。情けなく叫びをあげて死ね」


 今度は反対側についた分銅を俺に向かって飛ばした。俺は痛みで動けない体に鞭打ち、後ろに飛び回避するが、鎖は予想以上に長かった。鎖は俺の足を捕え、俺を引きずり倒した。両腕が動かず受け身を取れないため、モロに背中を打ちつけた。


「捕まえたぞ」


 鎖はまるでヘビのように俺の体に絡みつく。ギリギリと音を立て、ゆっくりと俺の体を這い上がって行く。不如帰は俺にゆっくりと近づき、頬まで裂けた口を醜く歪ませた。足を振り上げ、俺の腹に一発、二発。


「ぐふっ」

「祈りは済んだか……?」


 鎖が俺の首元へ到達する。ゆっくりと締め上げられていく。頭を打たれて意識が遠のくよりもゆっくりとゆっくりと頭が真っ白になっていく。腹を蹴られた痛みのことなど忘れるほど、何も考えられない。ああ……殺されるってこんな気分になるのか……









―――――――――――――――――――――――――


 黒い、黒い空間。そこに俺が立っていた。頭がくらくらする。記憶がない。足元すら見えない。何もない。音も聞こえない空間だ。体には何も傷は無かった。左右の腕も自由に動く。

先ほどまでいたはずの森とは異なる暗闇に照らされ、だんだん自分の意識がはっきりとしてきた。そうだ、俺は……


「……不如帰に締め上げられていた」


 だけど、どうしてこんなところに?


「わからん。俺は死んだのか?」


 可能性はある。だが、足がある、痛覚もある。おそらく、生きている。


「どういうことだ」


 ふと、目の前を見る。そこには白い、皓い光があった。俺はそこへ歩み寄ろうとするが、足が重くて動かない。


「あの光は……」


 どこかぬくもりを感じる、優しい、やさしい光だった。あの光に触れたい。あの温もりをもっと近くで……自分の足を腕で持ち上げるように歩く。一歩ずつ、ゆっくりと。

 ところで、俺はなんでこんなことをしてるんだ。なんで見ず知らずの人間に命を狙われなくちゃいけないんだ。


「こんな非日常的体験を望んでいたから?」


 否、それは違う。仮に望んでいなくとも俺にはこの運命が待っていたかもしれない。


「じゃあどうすりゃいいんだ」


 この先の運命なんてどうでもいい。俺は俺として今を一生懸命に生きたいんじゃないのか。暗黒物質だの黑の力だの……それはおまけだろう。


「そうだ。俺には平々凡々、だけど充実している人生が待っている筈なんだ。こんなところで死んでたまるか」




 俺は動かない足を無理やり動かし進み続ける。ふと、あの光を見て、森にいたもう一人の能力者を思い出した。俺の大切な人……


「そうだ、俺にはこんなところにいるよりもやることがある……有希を守らなくてはいけない……!」


 彼女だから?その場にいたから?理由はわからないが、そんな気がしたのだ。そう思うと、足が軽くなった。

 やっと、光に近づいた。その光の先には、人が立っている。明るくて、まぶしくて誰が立っているかなんてわからない。


「そこにいる人!俺を……俺を助けてくれ!」

「……あきらめないで。貴方には……」


 その「人」の言葉はよく聞き取れなかった。だが、その「人」はにこりと微笑み、手を差し伸べてくれた。

 俺は、その手を取った。


―――――――――――――――――――――――――










「秋葉っ!!!」


 有希の声ではっと我に返る。俺は一体何を……?


「……有希?」

「よかった……!よかった……!」


 有希は俺に抱き着き、涙を浮かべ安堵の表情で俺を見た。俺はなにがなんだかわからない。


「そうだ!奴は……不如帰は!?」


 俺は痛む体を動かし、あたりを見回す。俺の絶対空間は既に消え失せていた。代わりに白い結界が俺達を覆うように存在していた。この感じ……どこかで。


「もう戦意を喪失してるみたい。すぐそこで気絶してるわ……」


 有希が指差す先に不如帰はいた。先ほど有希が気絶していた木の根元で伸びている。


「目が覚めたら秋葉の絶対空間に気付いたの。でもなぜか干渉できなくて困っていたら、貴方が血まみれで放心してたの。私の気絶してる間に何が起こったの?」

「……俺が聞いたことは詳しくは後で話す。奴の鎖鎌に捕まって両腕がやられて締め上げられたところまでは覚えてるんだが……」

「どうして私の干渉も許さなかったのよ」

「それは……だな、気絶してる有希を傷つけたくないのと、有希が干渉出来るとなると有希に余計な心配をかけさせるんじゃないかと思って」

「馬鹿……結局めちゃ心配させてるじゃない」


 一発。軽い平手を受けた。痛い。


「……もう。秋葉、そこに立って」


 有希が手をかざすと、俺の体にある傷という傷がたちまち癒えていく。便利だな。


「馬鹿な事言わないで。無茶しないでよってあれだけ言ったのに」

「ごめんごめん」


 俺の傷が癒えたのを確認すると、有希は右手を軽く振った。俺達を囲っていた結界が同時にはじけ消えた。俺と有希は木の根もとで伸びている不如帰を縛り上げ、囲うように立った。

 俺の陰に気付いたのか、不如帰はゆっくりと目を開けた。


「ん……と?あれ、僕は……?」

「俺達に負けた、ってところだな」


 目をぱちくりとし、俺と有希を交互に見る不如帰。身動きが取れないことから状況を察したのか、小さくため息をついた。


「あぁ……そっか、なるほど。もう一人の僕を以てしても君たちには敵わないのか」

「あ、いや、そのことなんだが」


 俺はその「敵わない」を知らない。その旨を正直に不如帰に伝えた。すると不如帰は呆れたように笑い、俺を見据えた。


「まさか、黑の浸食がここまで進んでいたとはね」

「黑の浸食……?」

「ああ。暗黒物質には耐性がある、と話したでしょ。それは浸食に対する耐性を指しているのさ。そして君は自らの意思で力を求め、自らの意思で黑の浸食を進めたのさ。浸食を進めることで、大きな力を手にするが、力に飲み込まれやすくもなる。ハイリスクな選択だね」

「それは……あの時の選択か」

「君のあの時がどの時を指しているのかわからないけど、浸食を進める、浸食される時と言うのは大抵瀕死時、暗黒物質が助ける形で浸食するケースが多いとデータにはあるね。たとえば、僕の鉄片嶽嵩で首を絞められてた、とか」


 不如帰は戦闘前のような不敵な笑みを浮かべ俺を見る。こいつ、暴走していてもコッチの意識は残ってるのか。というか仮にも戦闘に勝ったのは俺だぞ、なんで俺が煽られなきゃならんのだ。


「まさか暗黒物質ではなく己の意思で浸食を進めるとは思っていなかったからな」

「……!!」


 突如、背後から低い声が聞こえる。

 俺は咄嗟にナイフを投げつけるが、手ごたえは無かった。


「……誰だ」


 俺達が振り向くと、そこには何時ぞやに見た黒スーツの白髪の長身がそこにいた。俺の投げたナイフを手から出す炎で受け止めていた。確かこいつは学校祭準備中に襲ってきた桜庭を助けた……


「あぶみ……だったな」

「覚えていたか。SSK第参の識、黒子鐙だ」


 鐙はわざとらしく腰を折り礼をした。彼のスーツは屋上で見た時よりもどこか薄汚れている。何か液体がついたような……俺が呆気にとられていると、鐙が口を開いた。


「黑の力、見せてもらった。さて、不如帰様……」


 俺と有希の間をつかつかと歩き、鐙は不如帰に向かう。また桜庭の時のように連れて帰るのかと俺は口を開こうとしたその時、鐙の腰に携えてあった短刀が不如帰の胸を貫いていた。


「なっ!?」

「うぐぁっ!あ、鐙……何を……」

「SSKの掟をお忘れですか?『敗者は死すべし』。回収任務を失敗した者に用はないのです」


 鐙はうすら笑いを浮かべながら何度も何度も不如帰に短刀を突き刺す。返り血が周りの木々、俺と有希の足元にまで飛んできている。俺と有希は目の前で行われている恐ろしい光景に足がすくみ、動けずにただ見ていた。不如帰の首がぐらりと傾き、事切れた。返り血を浴びた鐙はこちらに向き直り、短刀の血を胸ポケットから取り出したハンカチで拭いながら、俺達を見据えた。


「……さて。今回『も』、我々SSKの人間がくだらぬ理由で独断で行動した故、不完全な形で再会する羽目になってしまったな」

「そのくだらぬ理由で仲間を殺すなんて」

「おかしいか?組織とはそういうもの。組織の為の人間は、組織の為に動く。これが道理だ。組織あっての人だ」

「違う、人があるから組織が成立するんだ。理由はなんにせよ殺すのは間違っている!」

「……価値観の違いだな」


 鐙は小さく笑い、続けた。


「この馬鹿な双子が自己都合で疑似STPを勝手に起動したおかげで使い物にならなくなってしまった。また1から研究をやり直ししなくてはならない。その罪を負ってもらうという意味もある」

「そんな理由で……」

「無論、兄の鵤も同罪だ。故に既に葬ってある」

「人を殺すのに抵抗がないのか……」

「寧ろ、抵抗があるのか?ふっ、くだらない」


 鐙は未だ不如帰の血がぬぐい切れていない短刀を俺の首元につきつけた。俺は思わず後ずさった。


「あと5cm、腕を押し込むだけで貴様の命は終わる。たったそれだけのことだ」

「そんなことをして何の意味がある」

「意味が無くては行動してはいけないのか?では逆に問おう。この世界になんの価値がある?新しい世界を創ることになんの問題がある?」

「……もういい、埒が明かない。行こう、有希」


 俺は有希を連れて鐙の元から離れた。鐙は追い打ちしてくるわけでもなく、ただ俺に向かい一言言い放っただけだった。


「原秋葉、ボスからの伝言だ。答えはノーと観測した。1ヶ月後、再度疑似STPを起動させ貴様らの持つ暗黒物質を奪い取りに行く」


 俺はその言葉を聞いて足を止めた。


「おい、ボスって……」


 振り向いたが、そこには誰もいなかった。ただ、不如帰の血だけが残っていただけだった。薄暗い森にいたのは俺と有希だけだった。


「……有希」

「なに?」

「この先、あいつらが来ても戦って行けるのかな」

「……、……」

「俺はただの凡人だ。スポーツも、勉強も並程度。こんな俺が戦闘特化された奴らに敵う訳がない。世界を救うなんてそんな大それたことやれる気がしないよ」

「そうね、確かにそう。でもね……」


 有希がこちらを見て続けた。


「貴方が私を助けてくれた時、あの時貴方は……といっても未来の貴方だけど。最後は黑の力には頼らず、ただひたすらに私を呼び、今の私を目覚めさせてくれた。私はその声で助かったの。貴方の直向きさ。私はそれが立派な『力』だと思う」


 有希がこっちを見て微笑む。俺もそれを見てつい笑ってしまった。


「だから力が無いなんて言わないで。貴方は既にたくさんの人を助けているのよ」

「……そう、だな」

「とにかく、長谷君たちを探しましょ」


 有希は俺の手を取り暗い森を歩き出した。幽かだが、有希の手が震えていた。

 俺はその手を強く握った。


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