奴隷(2)
立派な店舗の奴隷商を出て、もうあまり買う気もなく、あちこちの出店を覗いて回った。
そんな時に通りかかった、ある出店の店先に、鎖を付けられた青年が座っていた。ずいぶん泥だらけで、売り物の奴隷だと思われるのだが、なぜこんなところに一人だけ座っているのか分からない。
彼はぼろ布のようなものをまとっていて、体のところどころに何か茶色いものをくっ付けていた。
髪型も妙だと思ってよく眺めると、生えている。
やたら大きい、耳だ。
(あれ、獣人? 何の耳だろう)
「どうかなさいましたかね」
まじまじと見ていると、店員に声をかけらえた。
「あー、えーと、どうしてこんなところに? 獣人ですか?」
「お! お客さん、お目が高い。こいつは竜人っていう、珍しい獣人なんですよ。エカエリ諸島の支配種族だとか。めったに入荷しないんです」
「へえ。値段と、レベルは?」
「レベルは1で、13万Gでございます」
「あ、そうですか」
玲奈は、ちょっと興味を持ったけれども、軽く言ってそこを立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょ、ちょ。お客さん!
お買い得ですよ、この獣人」
玲奈はちょっと笑って見せた。
ステータス次第でそれは妥当な値段かもしれない。竜人といえば、ゲームではかなりステータスが高かった。しかも、魔力も悪くない種族だった。
他の獣人やエルフとは違い、プレイヤーがなることはできない種族だった。
(でも、13万Gの商品だったら、もうちょっと見えるように着飾るでしょ。
売れないから、こんな変な場所に、繋がれてるんだわ)
「レベル1で13万Gって、それはヒューマンならのお話ですよね。
あ、ステータスは?」
「どうぞ、どうぞこれをご覧になってください」
青い金属の板が手渡された。
『HP/MP 27/5』
「腕力は、13の重りを上げられます」
(高い!
これは、買いだ!)
ヒューマンならば、最高級のステータスだ。20万Gはするだろう。
ここまで良いステータスならば、奴隷商の方で育ててもっとレベルを上げてから、売ろうとするくらいだ。
しかし玲奈には、今手持ち七万Gしかない。なんとか値切って、ここまで値段を下げさせないとならない。
しかし、絶対に欲しい。
「へえ。で、実際はおいくらなんでしょう」
「! ここは、サービスで、十万Gにいたしましょう」
玲奈は、鼻で笑った。
(食い付き過ぎよ。一気に、十万にまで下げちゃって。全然売れないのが、バレバレ。
これは、まだまだ下がるわね)
「一体、いくらで仕入れたんですか?
このままじゃ、食事代もいつまでもかかるでしょう。仕入れ値位なら、出してもいいですよ。
四万G」
「ちょ、ちょ! それは少し、酷過ぎますよ、お客さん。それじゃ、大赤字です」
「ああ、なるほど。
ステータスが高かったから、随分お高く仕入れてしまったんですね。
でも、全然売れなかったんでしょう。
単なる獣人というだけならともかく、竜人は、ねえ。爬虫類は苦手な人も多いですし」
「う、はあ」
店員は、しょっぱいような顔をした。
玲奈はもう一度よく、その青年を見つめた。
耳は髪と同じ赤茶色で、薄っぺらく尖っている。玲奈は、爬虫類の耳がどんなものだったか知らない。
耳にはちょっと毛が生えている。
(これ、肌に、鱗)
汚れた肌に、何か赤茶色のものが付いていると思えば、ところどころ鱗がへばりついているのだった。
玲奈は、彼の肩の鱗に触れようと指を伸ばした。
彼は、ぱっと身をよじってその手を避け、牙を剥いた。
「グルルルルッ」
玲奈は、慌てて手を引いた。
「言葉が通じないの?」
そんなはずないと思いながらも、驚いて彼女は尋ねた。
竜人は誇り高い種族のはずだ。もしかしたら言葉が違うことはあるかもしれないが、牙を剥いて唸るとは思えない。
それに、この竜人の目からは、知性を持つ光が見える。もっと言うなら、何か考えがあって、わざと獣を装おっているのではないだろうか。
(じゃあ、もしかして買われたくないの?)
「いやいや、そんなことは! こいつはいつもはこんなことしませんよ。ちゃんと言葉を話します。
獣じゃありませんよ。大人しくて、利口なんです。
おい、こら。おまえ今日は、何してるんだ!」
「えーと、失礼しますね」
「いやいや、待ってくださいよ。八万、八万でどうですか」
引き留められて、ちらりと店員を見返した。
「大体、どうしてこんなに汚い格好をさせてるんですか」
「それは……、それはですね」
「私の体には、鱗が生えてる。上手くいけば、耳や鱗に気付かないかもしれないからだ」
店員が誤魔化そうとしたところを、竜人が口をはさんだ。
(あ、そうか。鱗は結構マイナスかも。
私は竜人はステータスが良いイメージがあるけど、ここに住んでる人たちがそんなことを知ってるともかぎらないし。
この世界、なんか、差別が激しいみたい。
諸島とか亜大陸とかに行ったら、今度はヒューマンがすごく差別されるんだろうな)
「五万Gなら、出しましょう」
「そ、そんな、無茶ですよ、お客さん! 大赤字です。七万」
店員は、悲鳴を上げながらも嬉しそうだ。玲奈が買う気になっているのが分かり、嬉しいのだろう。よほどこれまで売れなかったのかもしれない。
この地域では、獣人・亜人なんか端から眼中にない人間が多いのだ。どれだけステータスが良くても、これでは明らかに仕入れミスだろう。
彼女は竜人を見下ろした。
「あなたはどうして、買って欲しくないの?」
「そんなことありませんよ! なあ。
こんなに綺麗で、優しそうなご主人様、そう居ないぞ!
しかも将来有望な、学園の生徒さんだ。そうですよね?」
「女などに! この私を扱いきれるものか!」
竜人は、玲奈を睨み付けた。
どの奴隷も、玲奈が女というだけで、少し積極的になる。玲奈が美人かどうかではなく、誰だって怖そうな大男よりは、気弱そうな玲奈の方が主人にしたいに決まっている。
もちろん玲奈は共に迷宮に入るには頼りなさそうだが、簡単に奴隷を使い捨てにしそうな、頼りになるご主人よりもずっといい。
「竜人って、こういう考え方をするものなんですか」
「いやいやいや、そんなことありませんよ。獣人は女性の立場が高いんです。
こいつはウブなんですよ。女慣れしてないんで、綺麗な女の人には、こんな素直じゃない言い方をしてしまうんです」
「女、嫁入り前の体に傷を付けたくなければ、さっさと別の仕事を探すのだな」
「それは、あなたが私を怪我させるって、言いたいの?」
「見くびるな! 女に手など上げるものか」
(これは……。結構、こういうタイプの方が、扱い易いんじゃない?
竜人って、誇り高そうだし、こういう信念を覆したりはしないでしょう。
私は奴隷の扱いに慣れていないから、死んでるのかと思うくらい大人しい相手より、こうしてちょっと反抗的でもまともに会話できるほうが)
玲奈は微笑んで、奴隷商を見た。
「六万Gで買いましょう。いいですよね」
はらはらと二人の会話を聞いていた店員は、少し考えてから、残念そうに頷いた。
「はい。お買い上げ、ありがとうございます」
ポンッ。
『フルーバドラシュが仲間になりました。
これより、パーティーが使用できます』
一人目の仲間が、登場しました。
竜人のフルーバドラシュ。剣士になります。
今後しばらくは、補助魔法使いの玲奈よりも、剣士のフルーばかりが戦うことになります。