奴隷
(一年目 四月十四日)
「あの。ちなみに女性の奴隷っていうのは、幾らくらいで、その」
市場の、奴隷商の並ぶ通りの適当な一軒を覗き込んでいると、出来る限りにこやかに微笑んでいる、こわもての店員が話しかけてきた。
多分、見習いのローブから、魔法学園の生徒だと分かったのだろう。かなり愛想が良い。魔法学園の生徒は、うまくやれば非常に良いお得意様になる可能性がある。
奴隷商は、市場に出店を出している店と、きちんとした店舗を構えている店がある。店舗を持つ奴隷商の方が、様々な種類の、高レベルの奴隷を扱っている。
玲奈にはまだ、そちらの店は敷居が高い。
通りを歩きながら、出店をちらちら覗いていた。
「あー。うちはちょっと、女奴隷は、扱ってませんで。
迷宮探索用の女奴隷でごさいますね?
それは、需要は大きいのですが、なりてが少ないんで。うちくらいの小さい店じゃ、入手出来ないんですよ」
「あ、いえ、聞いてみただけです。
その、じゃあ、レベル1位の、盾になれる物理職、少し見せてくれますか」
「へい!
かしこまりました。
魔法学園の生徒さんなら、奴隷に教育がなくてもいいんですね?」
玲奈の控えめな様子から、魔法学園には珍しい、予算に余裕のないタイプだということはお見通しらしい。
こんなに小さくて汚い出店には、お金持ちの生徒はやって来ないだろう。
店員は、三人の小汚ない少年を、玲奈の前に連れてきた。
細くて、痩せていて、今にも死にそうで、到底前衛として頼りになりそうには見えなかった。
「この辺りは、ステータスが低い分、お安い奴隷ですね。
こいつは九万、こっちは八万という、お買い得ですよ」
「ステータス、というのは」
「お客さん、やっぱり奴隷買うのは初めてですね。
ステータスってのは、そいつの潜在的な能力でね、レベル以外にもステータスが高いと、後で成長がいいし、レベルの割には強いんですよ。
お客さん、よその店ではステータスの低い奴隷を、高く売り付けるところもありますから、騙されないように気を付けてくださいよ。
その点うちの店は正直だし、値段も安いんですぜ」
言いながら店員は、青い金属の板を、九万Gの奴隷に擦り付けた。その板を、玲奈に手渡す。
『HP/MP 8/2』
(低い。
魔法職の私より、HPが低い)
HPが低いということは、防御力も低いということだ。
ゲームの頃の、どのNPCよりも、全然低い。
店員は今度は、重りを付けたハードルを持ち出してきた。
「これで、腕力のステータスを計れます。これで、腕力3の重りですね。
おい、やってみろ」
「……はい」
暗い声で奴隷が答えて、のろのろとハードルを持ち上げる。
迷宮探索用の奴隷といったって、普通の貧しい子供を安く買い取って売っているだけなのだろう。栄養状態も悪く、普通の人よりも体力もない。
こんなにステータスが低いのでは、育てたところで大して強くはならないだろう。
それでは、玲奈が高レベルになったとき、彼らがついてこれるとは思えない。場合によっては足手まといになるだろう。
本当に、使い捨てのパーティーメンバ-にしかできない。
(多分、ゲームのプレイヤーはもちろんNPCも、普通の人に比べてずっとステータスが良かったんだわ。
それか、ここの奴隷たちが、よっぽど状態が悪いか)
多分、これくらいの奴隷を値切れば、七万Gで買えるのだろう。
言い換えれば、七万Gではこれくらいの奴隷しか、買えないのだ。
玲奈はまだ、奴隷を使い捨てにするというほど割り切れてはいない。
いや、周囲のみんなが奴隷を使い捨てだと考えていようと、玲奈は当然きちんと育て上げて、パーティーメンバーとして扱おうと考えていた。
それこそ、なんでも打ち明けられる、大事な仲間くらいに。
(もうちょっと、お金を稼いでから、また買いに来ようかな)
少々高価でも、ステータスの高い奴隷を買うべきだと、彼女は思った。
「あの、ありがとうございます。
もう少し、色んな店を回って決めたいと思います」
ふらふらと通りの色んな奴隷商の出店を回ってみて、お金を出せば割といいステータスの奴隷を買えることが分かった。
しかし、七万Gでは話にならない。
玲奈が重視するのは、現在のステータスでなく、そのレベルの割にはステータスが良いかだ。
玲奈のステータスは、やはり普通の人と比べてかなり良いようなので、将来的に玲奈に付いて来られる人でないと困る。
つまり、将来性重視なのだ。
もうちょっと高い奴隷を買ってもいいと心に決めたので、玲奈は思い切って、店舗持ちの奴隷商の店を覗いてみることにした。
レベルの高い店なので、レベル1の奴隷でも、なかなかにステータスの高い奴隷が居る。
ついでに、女性の奴隷も居た。
しかしレベル1の女性でも、50万Gとかしたので、お話にならない。
もっと美人で、高レベルで、特殊なスキルを覚えている女奴隷になると、強盗に入られたりさらわれたりすると困るので、もっとセキュリティーの厳しい場所に預けられているらしい。
「今、一番おすすめの奴隷を、御覧に入れましょうか?」
店員も、上品で話し上手だった。
今は大した客にならなくとも、魔法学園の生徒である玲奈が将来どんな大物冒険者になるかは分からないので、丁寧に相手をしてくれる。
「え、その、私手持ちはあまり」
「いえいえ。レベル差があり過ぎますので、お客様にお勧めする奴隷ではありません。
話のタネに、一度ご覧になりませんか?
私どもの商店は、帝国領にも支店を持っておりまして、あちらから腕のいい物理職の奴隷を入荷しているのです。
実は最近、帝国周辺の亡国の王子と騎士が入荷されまして」
(リヒターと、マインだ!)
ゲームの中では、亡国の騎士と王子という役どころだったリヒターとマインは、実は奴隷だったのだ。
そうではないかと、思ったことはある。
リヒターの加入クエストで、出会ったときリヒターが追われていたのは何故なのか。マイン王子を捕えていた悪者とは、いったい誰なのか。
ここは、二人の祖国から遠く離れた、魔法学園。彼らの関係者が、ここで彼らを捕えているのも妙な話だ。
そう、二人は、脱走奴隷だったのだ。
「ちょっと、見て、みたいな。
ちなみに、おいくらくらいでしょうか」
「そうですねえ。たとえば騎士の方は、レベル20。相場は400万Gというところですが。
見た目も美しいですし、ステータスも良い、何よりも元騎士で育ちが良いということで、800万Gくらいでしょうか」
(まあ、到底手の届かない値段だよね)
二人は、高貴な奴隷が押し込められている、豪華な檻へ向かった。
「……うわあ。キラキラしてる」
彼らの目の前に姿を見せる勇気はないので、檻の死角からこっそりと覗いてみる。
店員は、玲奈の思わず漏らした声に、クスクス笑った。
しかし、リアルで見るリヒター隊長とマイン王子は、驚くほどに美形だった。何もないのに、後光が差して見える。
リヒターは黒髪の、きつそうな男前。捕えられて、少し焦燥した様子も、色気が漂っている。
マインは金髪の王子で、キラキラしている。まさに絵に書いたような王子様だ。
「かなり立派なステータスなので勿体ないですが、おそらくは高貴な方の観賞用の奴隷として買われることでしょう。
騎士は王子に固く忠誠を誓っているので離れたがらず、私どもは二人が、同じ主人に買っていただければと、願っているのです」
玲奈は、店員の言葉に頷きながら、二人を見つめていた。
(リヒター隊長、マイン王子。
助けてあげたいけど、ちょっと無理そうだよ)
玲奈はそう思ってから、心の中で首を振った。
(なんでだろう。あんなに大事な仲間だったのに)
たとえ、彼らを助ける手段があっても、彼らが手の届く値段だったとしても、玲奈は彼らをパーティーメンバーに入れたくはない。
彼らは結局、ゲームの中の彼らとは別の人間なのだと、彼女は感じている。
(私は、私の物が欲しい。
たとえ彼ら二人を手に入れたところで、彼らは私だけの物にはならないわ)
プレイヤーがどれだけ彼らと仲良くなったところで、彼らにはプレイヤーよりも大事なものがあった。リヒターには主人が、マインには滅んだ祖国が。
ゲームの中のクエストでは、そのような状況になることがなかったけれど、玲奈が彼らの利害と対立しようとすれば、彼らは玲奈から離れて行っただろう。
奴隷として買われたところで、彼らの誇りは失われない。奴隷になったところで、彼らはその目標をいつまでたっても忘れないことだろう。
(せっかく買うんだったら、そんな奴隷は、絶対に嫌だわ。
私は、絶対に離れて行かない、裏切らない、私だけの仲間が欲しいんだもの)
それに、ゲーム内でのストーリー展開から考えても、リヒターを仲間にしたら、玲奈は大人である彼に丸め込まれて、主導権を奪われてしまいそうだ。
普通ならば、奴隷に丸め込まれるなんてことはないだろう。
しかしリヒターはリアルで見ると本当に男前だ。身分が高いせいで、周囲の人間を従わせる雰囲気がある。
奴隷の扱いに慣れておらず、異世界の常識もいまいち理解できていない玲奈ならば、リヒターに騙されてしまっても気づけないだろう。
思わず従ってしまうことも、あるかもしれない。
クエストの進み方だって、そんな感じだった。なんとなく丸め込まれて、王子奪還に協力した。
彼らの祖国復興という目的に、否応なく巻き込まれるかもしれない。
ゲームならばともかく、現実に死のリスクのある状況で、あんな危険なことに巻き込まれたくない。
少なくとも、その選択は自分で決めたい。
(だから、私は、彼らのことを忘れる。
この人たちは、結局、私のリヒター隊長とマイン王子じゃないわけだし。
もっと、もっと、私を大事にしてくれる奴隷を、手に入れるの)
たまに登場していた玲奈のゲーム時代の仲間であった、リヒター隊長とマイン王子ですが、玲奈の仲間になる予定はありません。
今後登場する予定も、今のところ無いかな。
次回はいよいよ、仲間の登場。