魔法学園(4)
(一年目 四月二日)
グリンドワールドの世界の二日目、玲奈は時計のアラーム機能に起こされて目覚めた。
昨夜は、遅くまでずっと、特殊魔法のスキル上げをしていたし、ベッドに入ってからも緊張してなかなか眠れなかったので、まだ眠い。
スキル上げは、特殊魔法が3、瞑想が2まで上がったが、思っていたよりもずっと上昇が遅い。
ゲームならば、あっという間にスキルも10くらいまで上がったのに。
まだスキルレベルが一桁だというのに、なかなか上がらない。
これは、レベル上げ自体も、かなり持久戦になると考えていいだろう。
「仕方ないわ。もしかしたら、何十年もここで魔法使いをすることになるかもしれないわけだし。
焦らないで、ゆっくり行こう」
昨日唐突に変な状況に巻き込まれたところで、今日はさらに睡眠不足だというのに、彼女の気持ちは妙にすっきりしていた。
ワクワクしていると言ってもいい。
そう、玲奈はワクワクしていた。
昨日、魔法が使えたことが、ちょっと彼女自身でも驚くほど嬉しいらしい。
彼女は、グリンドワールドの世界を、楽しみ始めていた。
(でもちょっと、ご飯が不味いのはへこむわ)
午前のうちに、玲奈はスキルと関係ない戦術に関する授業を取り、付与魔法スキルを習得した。
不味い昼食を食べた後は、情報収集と、できればクエストも受けたいと考えて、付与魔法を専門にする教授の研究室に行くことにした。
「失礼します。付与魔法をメインスキルにしたいと考えています」
玲奈が研究室に入ると、教授は驚いた顔で立ち上がった。
「え? 付与魔法? やるのかい? えっと、ハナガキ君だっけ。
あ、覚えてくれてるかな、僕はスケルター」
30歳くらいの若い教授、スケルターは、頼りなさそうな顔で笑った。
付与魔法のスキルを取る人数は、少なかった。だから彼も、玲奈の名を覚えていたのだ。
午前の授業に参加していたのは、5,6人だった。
これで全員と言うわけではなく、たまたま時間が重なって、別の授業を取ったから受けられなかった生徒も多いだろう。
それにしても、他の授業と比べれば明らかに人数が少なかった。
全員が使用スキルにするわけではなく、とりあえず取っておくけれども、スキルを上げないつもりの生徒も居るだろう。
早めに授業を受ける、早めに研究室に来るということは、それだけそのスキルの優先度を高く見ているということだ。
付与魔法をメインに取る生徒は、かなり少ないのだろう。
「はい。
付与魔法について、もっと詳しく知りたいと思います。
それと、何かお手伝いできることがあれば、それも」
「あ、じゃあ、後で手伝ってもらおう。
ええっと、スキルはもう決めたかな」
「それも、何のスキルを取ればいいか、相談に乗って欲しいと思ってます。
今はまだ、これだけです」
玲奈は、メモ帳を取り出して、取ったスキルを書きだした。
「お、まだ全然埋まってないね。まだ二日目だもんね。でもこれはありがたいなあ」
「あの、遠隔とか範囲とかのスキルって、付与魔法には必要ですか?」
「あ、それはいらないよ。神聖魔法と同じで、仲間や自分に掛ける分には必要ない」
「そうですか」
それは、かなり助かる。攻撃魔法の時は、それら対象指定系のスキルが多く必要だ。
スケルター教授は、玲奈を机に案内した。冷たいお茶と、焼き菓子も出してくれた。
焼き菓子が割とおいしかったので、ほっとする。
「まだあんまり知られていないことでね、ちょうど僕が研究してることなんだけど、付与魔法って結構いろいろな可能性があるスキルなんだよ。
研究し尽くされてない分野だから、君だってこれから、新しい魔法を開発出来ちゃうかもしれないよ。
いや、きっとできる。だって、僕はできたからね」
(どういう理屈よ)
疑問に思って教授の顔を眺めると、彼はにこにことお茶をすすっている。
「君は神聖魔法を取るつもりだったね。付与魔法と神聖魔法を合わせた魔法、神聖付与魔法が使えるんだ」
「! 合成スキル、ですか」
「そうそう。かけておいたら、あらかじめ毒状態が防げる、付与防毒とかね」
「その付与魔法って、制限時間はどれくらい長いんですか?」
「……まあ、あんまり長くないけど、毒を持ってる敵が分かってる状態なら、あらかじめかけとけばいいわけだし。状態異常を防ぐ武器は、高いからね」
「他には、どんな魔法があるんですか?」
「四元魔法と合わせると、武器や防具に属性を付与することができるんだ。付与炎、とかね。攻撃上昇と重ねがけできるから、結構強くなるよ」
MPはかかるけど、と教授は付け加えた。
(ううん。その魔法の利点は、そんなものじゃないわ)
「それって、その武器で攻撃すると、属性が付くんですよね」
「そうそう。モンスターの弱点属性で攻撃すればいいんだよ」
(それに、物理防御力の高い敵に対して、物理職でも魔法攻撃でダメージを与えることができる。
必ずしも、パーティー内に攻撃魔法職が必要ではなくなるんだわ)
物理攻撃力が高いメンバーだけでパーティーを構成していた場合、魔法防御力が低いけれど、物理防御力がむやみに高い敵に、苦戦することが多い。
そしてそういうモンスターは、決して少なくない。魔法防御力がむやみに高いモンスターもだけれど。
そういう時のために、パーティーはできるだけ、バランスのいいメンバーで構成するべきなのだ。
(でも四元付与魔法があったら、とりあえず魔法攻撃職は後回しにできるわ)
考え込む玲奈の顔を、教授はにこにこ笑って見ている。
「僕は、もう実戦を経験することはあんまりない、研究職だからさ。君が色々と実戦で試して、どんな様子か教えてくれると嬉しいな。
そこに、僕が書いた本がそろってるから、いつでも好きに読んでくれていいよ。
良かったら、ちょっと借りるかい?」
「あ! ありがとうございます」
教授は分厚い本を何冊か見せてくれた。
ゲームの世界なので、ちょっと違うかもしれないが、教授は30歳かそこらに見える。
他の教授たちと比べても、大分若かった。
魔法学園の教授と言う職業は、かなり社会的身分の高い、名誉ある職業に思える。
しかも、付与魔法やほかの色々な魔法の研究をしているのだから、それらのスキルレベルもなかなかのはずだ。
この年で、こんなにたくさんの本も書いている。
(なんか、この教授って、意外とすごい人?)
「えーと、それから。お手伝いもしてくれるのかな」
ポンッ。
『スケルター教授のクエスト
これより、クエストが使用できます』
「じゃあこれ、お願いできるかな。
いやあ、僕ねえ、実は付与魔法の他に、調合の教授もしてるんだ。
付与魔法だけじゃ、生徒が少なくて、雇えないって言われちゃった。最近は、付与魔法の研究よりもまず、調合の研究をしろって言われててさ。
僕の専門は、付与魔法なのに」
『スケルター教授のクエスト。
薬草の苗を、魔法学園正門から、薬草園まで運ぶ。
報酬、4000G
これより、マップが使用できます』
4000Gとは、今の玲奈の所持金よりも大きい。
彼女ははっと顔を上げた。
「はいっ。よろしくお願いします!」
(単なるおつかいクエストの割には、報酬が良いと思った!
だって、4000Gだもん。4000円だもんね。
おつかいじゃないよ、半日で4000円のバイトだよ。しかも肉体労働)
大体、ちょっと行って帰って来るだけのおつかいに、誰がわざわざお金を払って人を雇うだろうか。
4000Gなら、今玲奈が迷宮に一回潜って帰って来るよりも、よほど良い報酬だ。
玲奈は、大量の薬草の苗を運んで、薬草園と正門の間を何度も往復していた。
土の入った小さめの鉢植えが、いくつも並んでいる。それをインベントリに入れて、運んだ。
インベントリに入れると、量が小さくなるので運びやすいが、重いままだ。調子に乗って、何個も入れたところ、一歩も動けなくなった。
こちらの世界では、筋肉痛とかあるのだろうか。
そして幸いなことに、このクエストが完了した後、教授に新たにもう一つクエストを依頼された。
運んできた苗を、この薬草園に植え替えて欲しいという依頼だった。報酬は、8000G。
二日でやれ、ということだろう。
しばらくは、お金を稼ぐためのクエストには困らなそうだ。
クエストを終えた玲奈は、無料の夕食を食べた後、自室で魔法のスキル上げを始めた。
付与魔法は、消費MPも大きく、自分にかけてから十分くらい効果が続くので、あまり効率が良くなかったので諦める。
瞑想と来いを繰り返し、MP回復を待つ間に、教授に借りた本を読んだ。
Lv1 見習い魔法使い
レイナ・ハナガキ ヒューマン
HP/MP 10/15
スキル 瞑想Lv3 魔術運用Lv0.3 付与魔法Lv0.1 特殊魔法Lv5