城塞都市グレイナー
(10月27日)
ゴーレム山脈は、ヒューマンの領地である大陸の真ん中を、南北に走っている巨大な山脈だ。
その山脈の西側と東側を結ぶ、巨大な迷宮がある。
その迷宮は、山脈の地下に存在するけれど、これが実は下向きに生えているわけではない。
ゴーレム迷宮は、横向きに寝そべっている。
その属性は地と火。
その名前通り、ゴーレムがざくざく歩いている迷宮だ。火の属性を帯びているためなのか、鉱物系の素材も多く取れる。
ゴーレム迷宮は、山脈にさえぎられている魔法学園と帝国領のエリアを結んでいる。
ゲームでも、高レベルのプレイヤーならば、迷宮を抜けて二つのエリアを行き来することができた。
またそこを通らなければ魔法学園エリアからスタートしたプレイヤーは、レベル40になって高いお金をだして船のチケットを買わなければ、他のエリアへ行けるようにはならなかった。初めてゴーレム迷宮のボスに挑む時には、高レベルプレイヤーに付き合ってもらうことはできないシステムになっている。
だが、NPCだけでなくプレイヤーとバランスよくパーティーを組み、しっかり装備を整えなければ、レベル40以下でゴーレム迷宮を越えるのは難関だった。
ゲームで難関なのだから、現実にこのゴーレム迷宮を越えるのはかなり危険だ。
玲奈は将来別のエリアへ行く時は、高いお金を出して船で行くだろうと思う。幸い現実には、レベル40になるまで待つ必要もない。
どうせ一度行けば、ワープで何度も行けるようになるのだ。
ゴーレム迷宮を越えて二つのエリアを移動する冒険者は、この世界にも現実に存在する。
帝国領はそれを利用して、かつて魔法学園エリアを侵略しようとしたことがある。
それは失敗だった。
帝国領は高レベルの騎士ばかりで隊列を組み、ゴーレム山脈を越えて来たが、こちら側に辿り着いた時には流石にボロボロだった。
魔法学園エリアの軍隊に返り討ちにされて、ろくに補給もなく、さりとて退くこともできず、帝国の精鋭部隊は壊滅した。
一方、魔法学園エリアの貴族たちも驚愕した。
まさかそんなところから敵国が攻めてくるとは思わなかったのだ。
驚愕し、半ば恐慌して、この地ゴーレム山脈のふもとに巨大な要塞を建造したのだ。
城塞都市グレイナー。
玲奈はダダクラと二人、グレイナーで新居を探していた。
ヒューマンのおっさんである新入り奴隷のダダクラと、実年齢よりも幼く見える玲奈が並ぶと、二人はちょうど親子に見えた。
玲奈も今日は鎧を着ずに、ごく普通のワンピースを着ている。
ここにフルーが加わるともうダメで、ダダクラはどう見ても奴隷にしか見えなくなる。
竜人とその奴隷御一行になる。
フルーの玲奈への態度が丁寧なのもむしろ怪しい。つまり、愛人的な。
他のメンバーが加わった場合も、フルーよりはましだが、やっぱり不自然だ。
どうしてもダダクラよりも玲奈の顔色を伺うことになる。ダダクラと玲奈の関係がそばで見ていてよく分からないのだ。
今日はこの辺りで顔のきく仲介の仕事をしている人物にいくらか家を紹介してもらい、後日他のメンバーの意見を聞いて決定することに決めた。
御近所さんになればどうせ、玲奈と奴隷たちの関係は気付かれることになるだろう。それは仕方ない。
だが、街中を顔役に案内されながら、玲奈たちの奇妙な人間関係を見せて歩くのはよろしくない。
一人一人に、竜人が奴隷で玲奈が魔法使いだと説明して歩くわけにはいかないのだ。
しばらくこの地に住むのだから、変に目を付けられる機会は少ない方がいい。
職人とその娘がグレイナーに引っ越して来ることなどは、全然珍しいことではない。
「ここは、立地がいいですぜ。川が近いし、林がそこそこの距離で、迷宮からは遠い。
娘さんが居ると、心配でしょう。水汲みも、娘さんがしなきゃならねえでしょうしね」
男はダダクラの顔を伺いながら説明するが、彼は話さない。
代わりに玲奈が口を開いた。
「水汲みの心配は別に要らないわ。すごく力の強い奴隷が居るから。
薪の心配も、モンスターの心配もね。結構強いの。
でもこの家は、広いし新しいのが素敵ね」
(でも、その分高い)
この仲介役の男に、玲奈たちの事情をどの程度話すかは悩むところだ。
生活をしていれば周囲の人間にはどうせバレるだろうが、この男とここで暮らすようになった後はさしたる接点があるかとも思えない。
一応、嘘はつかないようにしている。勘違いを訂正しないだけで。
最初に顔を合わせた時に、玲奈が魔法使いであることは伝えたが、本気にした様子はなかった。
「家の中で水浴びとかができるようになってて欲しいんだけど、屋内の排水設備が整ってる家はないの?」
「排水設備ですか。
旦那は鍛治職人ですからね。家の中で水浴びぐれえできた方がいいか。
それでしたらいくつか考えますが、まあその分全体的にも立派な家になって、値段も上がりますよ」
「その分、立地は構わないわ」
男はあらかじめ調べてくれていたらしい、メモ書きを調べている。
「うーむ。街の中心部に一つ良い家があるんですがね、ちょいと良い値段だ。あとは街の外れにまた一つ、けどこれが、ゴーレム山に近いんで。
それから高台に一軒、こっちは新しくて良い家で安いんですが部屋数が、御希望には随分足りねえ。
もちろんどの家も、立派な鍛治場と溶鉱炉は付いてまさぁ」
グレイナーは、一時期戦時特需で急速に発展した分、近頃は徐々に住民も減って、空き家は多い方だ。
田舎の地方都市という感じで、地価もさほど高くない。
「街中の良い値段の家、は、この家よりも良い値段じゃ、出せないわよ」
「いやいや、まあ、一つ見てみましょうや。
しかし旦那、しっかりした娘さんですねえ」
「いや」
ダダクラは、黙って玲奈と男の会話を聞いている。
ダダクラが男と交渉したとしても、その都度玲奈にお伺いを立てることになるので、それではおかしいし逆になめられそうだ。
「よく言われますけど、私、見た目よりは年上なんですからね」
ダダクラはただ黙って立っていて、無口な鍛治職人で父親を演じている。玲奈は、年の割にはしっかりした娘というところだ。
しかし日本よりも厳しいこの世界で、12かそこらでもこれくらい生意気な口を叩く子供は居る。
玲奈が冒険者で竜人を含む奴隷を顎で使っているということはともかく、ダダクラと親子だという勘違いは、ここで暮らすようになってからもそこそこ長く続くのではないかと思う。
玲奈もかなり年上のダダクラに偉そうな態度は取らないし、ダダクラは家事担当なので玲奈と一緒に外に出る必要があまりない。
玲奈が幼いのが少し不自然だが、父親の生産のための素材を、奴隷とともに集めている冒険者だという風に見えるだろう。
冒険者にとって、とって来たドロップアイテムを必ず買ってくれる生産職人が居るということは、かなり効率の良い羨ましい話だ。
(多分、街中の良い家を買わせたがってくるわよね。
無い袖は振れないんだけど、結構分割払いを勧めてくるからな)
玲奈は今のところ、二年間家を借りることを考えていて、二年分を一括で払うつもりだ。
色々調べてみると、一年契約と二年契約では相場も紹介してくれる数も全然違っているので、二年契約にすることに決めている。
「じゃ、見に行こっか?」
玲奈はダダクラを振り返って声をかけた。
「は、はい」
「しぃー。はい、じゃないでしょ」
「お、おう」
ガイィン。
「うおっ!」
「今の、何の音」
「やっべぇ。曲がっちまった。作ったばっかなのに」
「何の、音!」
「銀の短剣」
「僕が作った。
なんで! ゴーレムに、使う!」
「貴様ら、真面目にやれ! 戦闘中だぞ」
フルーは剣を振り下ろした。
鈍い音がして、岩ゴーレムが割れる。
フルーとギリムとスドンは、3人でゴーレム山の麓に来ていた。
玲奈が家を探している間、地理の把握をしがてらモンスターと戦っている。
ゴーレム迷宮は一時期魔法学園を含む混成軍が本気で潜って調査をしていたので、現れるモンスターについてかなりよく知られている。
学園の図書館で調べれば、何階層に何のモンスターが現れるのか簡単に調べることができた。
そこに、玲奈は大雑把に数字を割り振った。各階層の適性レベルだ。
ゴーレム迷宮は15階層の迷宮だ。
一階がレベル10、2階がレベル12、15階が38、各ボスはプラス5。
迷宮の強さについて、あそこまでざっくりと解説する人間が他に居るだろうかとフルーなどは思う。
迷宮の外側は場所にもよるが、迷宮内よりは危険も少ない。
モンスターの現れる頻度が少なくなる。
今彼らが戦っていたのは、岩ゴーレムとトゲサソリだ。
岩ゴーレムは、魔法学園の迷宮にも居て、彼らのパーティーはよく戦うので慣れた相手だが。
「何を遊んでいるんだ、貴様ら」
「僕、遊んでない。《活性》」
「遊びじゃねえよ、実験だ。色々試してみねえとダメじゃねえか」
「銀は、魔力の大きい魔法生物タイプに効くのだ」
「ゴーレム、魔法生物って言ってたじゃん」
「そうだが、なぜマスターの居ない今、実験をするんだ。危険だからいつもよりも気を付けるように言われたではないか。
《活性》」
「《活性》。
危険ったって、岩ゴーレムだろ」
「それに私たちは今、そこそこ苦戦していただろう」
「なんっで!
玲奈さんの前で失敗するかもって分かってる実験しなきゃなんねえんだよ。
岩ゴーレムに効かないんなら、魔法を使う銀ゴーレムにはどうなんだよ? 金ゴーレムには?
試してみねえと分からねえじゃねえか!
索敵!」
「その短剣、僕が、作った!」
「買ったんじゃねえからいいだろ!」
反省の様子もなく、また二人は騒ぎ出した。
フルーは二人に向かって上からものを言うことは控えているつもりだ。
立場の同じ奴隷だが、これまで生きてきた環境から、ともすれば周りの人間には偉そうな態度を取ってしまいそうになる。相手が同年代の同性であれば、特に。
だが今日は、そんなことも考えていられない。
「良い加減にしろ、二人とも!
こんなことをしていては、死ぬぞ。
ギリムも、こんな時におかしなことをするな。分かっているだろう。今日、私たちは、ボロボロだぞ?!
貴様、今、八つ当たりしている自覚くらいあるのだろうな」
「八つ当たりとか!」
「格好悪い、ギリム」
ギリムはぎっ、とスドンを睨み付けた。
「ギリム、敵はどうだ?」
「居ねえ。
フィールドでは、ゴーレムでかい分、分布がまばらだ。
どうする? 移動するか?」
「山のフィールドはもういいだろう。次に行こう」
「はあ?」
「林の、フィールド?」
「今日は長く続けていたのでは大怪我をする。林の方を浅く探索して、後は街へ降りて冒険者協会にでも行くぞ。
《活性》」
不満そうな顔をしながらも、全員納得する部分もあったので移動の支度をする。
歩きにくいので膝当てを外し、インベントリの中身を別ける。
インベントリの袋は一番腕力のあるフルーが持つことになるので、重いがさほどかさばらないドロップアイテムを抜いて、普通の袋に入れてスドンに持たせる。
ギリムはその間定期的に索敵を使って周囲を警戒していた。
「言っとっけど、調子悪いのが俺の八つ当たりのせいだとか思うんじゃねえぞ。
俺だけじゃなくて、てめえら今日どっちもフラフラだからな。俺、全然安心しててめえらの後ろに隠れてられなかったからな」
「……分かっている。マスターの付与魔法がないと、私たちの実力などこの程度のものだ。
今日のこれが、私たちの本来の実力というところだろうな」
たかが岩ゴーレムに殴られただけで、頭がクラクラした。まともに盾でいなせなかった。
防御力そのものが、いつもよりも低いのだ。
玲奈の付与魔法は、物理的にぶつかってくるゴーレムのようなモンスターを相手にすると、この上なく効果を発揮する。
玲奈は付与魔法で、魔法攻撃力を上げる知力上昇が使えるが、パーティーメンバーに攻撃魔法使いが居ないのであまり役には立たない。
「索敵。
フルー、この辺りの林のフィールドには、何のモンスターが居るんだった?」
「赤オオカミ、緋ショウジョウ、岩リス。虫モンスターはアブ、ハチ。
岩場のフィールドよりも小型で、数と種類は多いだろう。
炎の属性を帯びたものと、木登りか飛行タイプが多いな」
「飛行、苦手」
「そうだ。私もだ。
情けないが、本当に危険ならば戻るぞ。
ギリム、飛行タイプ、貴様が命中させるんだ」
金属鎧を身につけ、振り回しタイプの大きな武器を使うフルーとスドンは、素早く動く小型のモンスターに、攻撃を当てることが非常に苦手だ。
まともに攻撃できる要員がギリム一人では、攻撃力が不足しがちだ。
このパーティーでは、たとえ玲奈が居たとしても、モンスターが小型であることを難点として数えることになる。
「てめえらこそ、ちゃんと壁をしろよ。
スドン、おまえ、攻撃本当に当たらねえんだからよ、武器を置いて盾に専念したらどうだ」
「分かってる。
林じゃ、木、ぶつかるし」
彼らは装備を整えて、林へ軽い駆け足で進み出した。