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迷宮世界グリンドワールド  作者: 吉岡
引っ越し
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生産

 

(10月22日)


 玲奈は、部屋の玄関近くに椅子を置いて、そこを通る風で涼みながら本を読んでいた。

 この世界の、歴史に関わる本だ。

 歴史とはいっても、ここ百年程度の近現代史であって、現在のこの世界の情勢のようなものを知りたいと彼女は思っている。


 フルーは今は、新入りのダダクラのスキル取得の引率をしている。

 生産スキルの教授に挨拶をして、基本的な生産の工程について学び、道具をそろえる。しばらくの間は、毎日交代で新入りの引率に付くことになるだろう。

 ギリムもスドンも、教えられるほど生産スキルにもこの学園にも慣れてはいないけれど。


 ダダクラが部屋に増えたので、立てて隅に寄せていた最後のベッドを部屋に並べた。

 ダダクラは体格も良いし、彼のための皮鎧や日用品も買い足したので、部屋は一気に狭くなった。変に新居のための雑貨類などを先に買い物したりしていなくて良かった。

 できるだけ早く、新居を探しに行かなければならない。


 部屋の中に置いてあったテーブルも邪魔になって、今は長屋の前の通路に放り出してある。

 そのテーブルに座ってギリムは金属をいじりながら、装飾細工のスキル上げに励んでいた。スドンは長屋の前の段差に座り込んで、青銅の短剣を研いでいる。


 玲奈は手の中で、四元魔法の光をチカチカさせていた。本を読みながら手なぐさみにスキルを上げている。

 四元魔法はそれだけでは攻撃力もなく、必ずしも必要ではない魔法なのでなかなか上がらない。

 彼女は本にも少し飽きていた。元々、知っておくべきだと思って読んでいるが、そこまで面白い本でもない。

 ぼんやりと、男達の作業を眺めている。


 スドンは近頃、ずっと青銅の短剣を磨いている。



 彼はこの一ヶ月の間に、500本程も青銅の短剣を作った。

 初めは剣を作ったり盾を作ったり、ハンマーやらノコギリやら鍋釜類やら日常に必要な様々なものを作らせていたが、徐々にこの長屋に置く場所がなくなってくる。

 ノコギリや包丁が2本も3本もあっては困るし、様々な種類のものを作ると、アイテムボックスにまとめて収納することが出来なくてかさばる。

 フルーの剣も10本ほど作ったが、やっぱりそこまで何本も使わない。

 売って大きなもうけが出るほど、またフルーが喜んでずっと使っているほど高品質なわけでもなかった。


 ギリムはスドンに、自分の武器の短剣は何本あってもいいと言った。だからとっとと金属鎧の生産が出来る、スキルレベル20までレベルを上げろと言ったのだ。

 スドンは素直に、500本も青銅の短剣を作った。


 鍛冶スキル15から、スドンは鉄製の武器の生産も可能になっている。

 しかし、作成可能なギリギリのスキルレベルで生産を行った場合、武器にマイナス補正がつくことがある。スドンはレベル20まで、鉄製の武器の生産もする予定はないようだ。


 石ゴーレム狩りで手に入れられる金属類のドロップアイテムでは、もうスドンの鍛冶スキル上げに必要な金属はまかないきれない。

 近頃は、銅鉱石を店で買って、生産をするようになっている。赤字生産は、スキル上げの最中には避けては通れないことだ。

 早くゴーレム山に行って、鉱物のドロップアイテムを入手したい。


 元々石ゴーレムのドロップアイテムは、鉱物類ではない。石ゴーレムは、石だからだ。その代わり、石ゴーレムは様々なレアドロップを落とす。

 ギリムの装飾細工の材料になりそうな、種々の宝石類をしばしば落とすのだ。だがギリムはまだ、宝石の加工は出来ない。宝石類はやっぱり高価なイメージがあるから、いつか使えるようになるまで大事に取っておくだけだ。

 なかなか、かゆいところに手が届かない感じだ。


「スドン、顔を上げて。

 ギリムも、風、いくよ。いい?

 《(ウィンド)》」


 玲奈は、少し離れたところに風を作りだし、長屋の壁に向けて吹かせた。

 ふわっと風が起こり、壁にぶつかって空気の流れを作りながら、玲奈達の髪を揺らす。


 黙々と、時折砥石を水で濡らしながら、青銅の短剣を研いでいる。のんびり本を読んでいる玲奈には、過ごしやすい良い季候の秋の日だけれど、スドンは汗びっしょりだ。

 刃物を研ぐという作業は、金属を融かせて鋳固めるような作業と比べて、設備も必要なくどこででもできる。大量の短剣を作り上げたスドンは、近頃は暇さえあれば表に出て短剣を研いでいる。それは、魔力や炎の力を借りて行う鋳造の作業よりも、単純な分根気と腕力を必要とする作業だった。


「玲奈さん。

 ありがとう」


「うん。お疲れ。もう今、何本くらい?」


「ひゃく、ななじゅう? 今日中に、200やる」


 スドンには、物作りのセンスらしきものは皆無だ。

 応用も利かない。応用が必要だとも思っていない。

 しかし、同じ作業を繰り返させれば、文句の一つも言わずに黙々と行う。指示を出して単純な作業を行わせれば、これ以上なく指示に忠実なのだ。

 その上腕力と体力は、常人の五倍以上ある。


「その感じだと、全部終わるまでにはスキル20まで上がるね」


「ん、いける」


 鎧の制作が始まれば、今まで以上に生産素材が必要だ。

 それまでにゴーレムを狩って、鉱物素材を集めなければならない。

 しかし素材については不足しがちだけれど、まだまだスキルレベルが低いとはいえ、生産に関わる人材の方は集まってきていた。


「スキルレベルが20になって、鉄剣を作ったら、柄は皮でダダクラに作ってもらおうよ。

 鞘はともかく柄は、きっとスキルが低くても作れると思うんだよね」


 場合によっては、大量の青銅の短剣のむきだしの持ち手に、皮を巻き付けることがダダクラの初期のスキル上げの作業になるかもしれない。

 鍛冶と皮制作、あるいは装飾細工と皮制作が協力し合えば、また様々なものを作ることが出来るようになる。実際、ギリムとスドンは今度、一緒に金属鎧を作ろうと約束している。



 ギリムは今、色々と珍しいやり方に挑戦して、MPやスキルに頼らない生産に励んでいる。ギリムはMPに頼って生産を続けられるほどMP量が多くないし、装飾細工のスキルは鍛冶などに比べて修行の道順が定まっておらず、定番の品物もない。


 玲奈がゲームで知っていた、銅の指輪やネックレスなどもあるにはあったが、こちらの世界ではそれらのアクセサリーは定番の品物と言うほどではない。

 もっと様々なアクセサリーで溢れている。


 グリンドワールドのゲームの中でも、装飾細工は割と不遇な生産スキルだった。

 低スキルレベルで制作できるアクセサリーは非常に効果が低く、種類も少ない。高スキルレベルで作れるアクセサリーはかなり効果が高いが、素材を入手するのがかなり難しくなる。

 ただしメリットは、アクセサリーはどの職業の人間でも身につけることができることと、指・腕・耳・首・足の五カ所の装備品を全て装飾細工の職人が作ることができることだ。

 パーティーメンバー6人が5カ所全てにアクセサリーを装備すれば、全部で30個。

 ひとつひとつの効果が弱いと言っても馬鹿にはならない。だが全てを買おうと思うと、ひとつひとつがちょっと高い。

 パーティー内に装飾細工の職人が一人居るのはなかなか意味があるのだが、いかんせんスキル上げに苦労する。


 まあギリムは、まだスキル上げに苦労するようなレベル帯ではない。

 スドンと同じように、今のスキルレベルで作れるアクセサリーをひたすら作ってスキル上げに励めばいいのだが、彼はフルーとスドンに銅のアクセサリーをいくつか作ると、すぐに研究に移った。

 その時完成したアクセサリーには、彼の何かが耐えきれなかったらしい。


 ちなみに玲奈にはアクセサリーをくれなかった。

 一度渡されて試しにつけてみたら、全然ダメですよね、みたいな感じで取り返された。

 確かに玲奈も、ちょっと微妙だという顔をしたかもしれない。

 指輪に慣れない手で、ごつくて重い銅の指輪は邪魔だし、ネックレスは鎖があまり綺麗そうではなくて、ざらざらしてつけ心地が良くない。

 鎧だって非常に着け心地が悪いのだから、アクセサリーの着け心地が悪いのも当然のことだ。玲奈は日本にいた頃から、アクセサリーには着け慣れていない。

 それに、銅のアクセサリーの高価は腕力小上昇であり、玲奈にとってあまり重要ではない。


 ギリムは今、着け心地の悪くない装飾細工を目指して制作をしている。

 着け心地の悪くない、着け心地の関係ないアクセサリー。

 鎧の袖口や襟元に装飾を取り付けて、防具とアクセサリーが一体化した鎧を目指すらしい。

 成功するかどうかは知らない。


 ピキンッ。


「げえぇっ」


 ギリムは薄い金の板をキリキリと削っていたけれど、軽い金属音が鳴って、同時に悲鳴を上げた。


「どうしたの、ギリム」


 ギリムはしおしおとした顔で振り向いた。


「またやっちまいました。

 角が割れちまって」


「熱したらもう一回くっつくんでしょう?」


「んなことしたらもう、今まで削ってきた分は全部おじゃんっすよ。

 や、いや。もうすでに全部ダメになったんですけどね」


 ギリムは落ち込んだ様子で立ち上がると、のろのろと長屋の玄関に戻ってきた。


「ああもう、また1からだ。もう疲れました。

 固いし、割れやすいし」


 金は柔らかく延びやすく加工しやすい。その上、銀や銅と比べて錆びて色が変わることもない。

 ギリムの使う波形文字には色が非常に重要だそうで、どのような色合いに錆びるのか把握しきれていないギリムには、銀や銅の素材は荷が重いのだと言う。


 ギリムは、薄く延ばした金の板を、たがねとのみで少しずつ切り取って、複雑な波形文字を形作ろうとしている。


 金の板と言っても、その金の板を作るところからギリムの仕事だ。小さな金の粒を先の平たいハンマーで叩いて叩いて、熱してひたすら叩いて、平たく延ばす。

 少量の金を薄く大きく延ばすことで、金の節約になる。また、薄い方が切る作業も簡単になり、複雑な模様を作り出せるようになる。

 だが人間の力で、しかも金属加工を始めたばかりのギリムの技術では、どれだけ根気よく板を叩いたところでしれている。

 ギリムの延ばした金の板は、固く、厚さにもムラがあった。

 かなり根気よく頑張っていたけれど。


「あ、そうだギリム。私ギリムの、教えてあげようと思ってたのよ。

 昔何かで見たことがあって。金箔の、紙みたいに薄い金の板の作り方」


 先日、クロワッサンでも作ろうと思っていて、思い出したのだ。

 夏も過ぎて、少し涼しくもなってきたから、クロワッサンを作ることもできるだろう。


「一緒に作ってみる? クロワッサン」


「は? クロワ、ッサン?」


「そう、クロワッサン。知らないか。結構贅沢なパンだし。

 パイとかは……」


「パンプキンパイなら、前に、玲奈さんが作ってくれましたけど」


「んん、あれは、練りパイだったから。今回のは、折りパイなんだけど。その折るってところが、大切で。」


「玲奈さん。

 何、話。お菓子、作る? 僕も」


「スドンも一緒にやりたいの? そんなに、力を使う作業じゃないんだけど。

 でも面倒だし、二人に手伝ってもらっちゃおうかな。

 じゃあ二人とも、井戸のところに材料が冷やしてあるから、取って来て。桶にも水を入れて来て、二杯」


 玲奈は立ち上がると、テーブルを動かして料理の準備を始めた。


 日本に居た頃クロワッサンは決して初心者向けの料理ではなかったけれど、使われている材料は小麦や塩、バターなどの単純な食材で、料理スキルがなければ使えない卵などの材料は含まれていない。

 パンの生地の方も、すでに作って寝かしている。

 バターも作っておいて、井戸の中で十分に冷やしてある。


 材料を抱えたギリムたちが、戻ってくる。


「どうして、料理なんすか」


「金箔、薄い金の板と同じなのよ。薄く延ばす原理が。

 さあ、手を洗うから、手を出して。

 《(ウォータ)》」


 二枚のまな板の上に、二つに分けたパン生地を置いて、その上にバターを置く。


「無理なく薄く延ばすためには、どうすればいいかって話よ。

 バターを金だと思って。それで、パン生地は、私の知ってる限りでは紙とかだったけど、薄い皮でもいいかもしれない。

 バターをパンで包んで、パンごとバターを伸ばすの」


 麺棒をギリムに与えて、まな板いっぱいまでパン生地をのばす。

 ギリムがやり終えたら麺棒をスドンに渡して同じようにさせる。

 その間にギリムは、水桶の中に手を突っ込んで、手をよく冷やさせる。


「大切なのは、温度管理。

 金もバターも温かい方が溶けやすいけど、完全に解けてパン生地の中にしみ込んでしまったり、こぼれてしまうともう失敗。熱くしすぎないように注意するんだよ」


 続いては、まな板いっぱいに伸びたパン生地を、三つ折りにする。

 三分の一の面積になった生地を、麺棒で伸ばしてまたまな板いっぱいにまでする。


「これで、バターの厚さはさっきの三分の一になった。

 パン生地を境界にするから、バター同士がくっついてしまうことがないの。

 一回やって、三分の一。二回やって、九分の一。三回やって?」


「ええっと、かけるさんで、にじゅうなな」


「指先くらいの分厚さの物が、爪くらいの薄さにはなる。そんなに簡単じゃないかもしれないけど。

 あと、紙はパンみたいにのびないから、初めから大きくとっとくのよ」


「玲奈さん。ちょ。こぼれる」


 スドンが助けを求めて声を上げる。

 パン生地がめくれて、中のバターがこぼれ出している。


「ああ。一回生地をお碗に入れて。中に水が入らないように、桶につけて、冷やすの。

 我慢強く冷やしたら、また再開したらいいの。

 このまま続けたら失敗するから」


「……はい」


 ギリムが、真面目な声で相槌を打った。

 玲奈は振り返って、ちょっと笑う。


「どう? 仕組みは分かった? 私、あんまり、金の方は詳しくないんだけど。

 できそう?」


「はい。やってみます。

 きっと、できます。」


「うん。頑張って。

 言っておくけど、クロワッサン、折る回数が増えるほど、溶けて来るから。はい、二回目、折って」



 クロワッサンは、バターを間に挟むことで、生地同士がくっつかない。クロワッサンは、一見サクサク軽いけれど、実はバターをたっぷり使ったハイカロリーな食品だ。

 焼き上げた時には間のバターが溶けて消える。

 残るのは、薄い生地をパリパリに焼いて、何重にも重ねたパン。さくさくで、独特の食感がある。


 ギリムには偉そうに言って見せたけれど、クロワッサンが成功するかどうかはまだ分からない。

 最後に、厄介な工程が残っている。

 焼き上げだ。


 バターたっぷりのクロワッサンは焦げやすい。

 日本に居た頃に使っていた、簡単に火力が調整できるオーブンではなく、しくみの単純な窯だ。


(焦げたら、この子たちに食べさせよっと。

 焦げても、多分気付いてないしな)


 玲奈はこっそりと企んで、男たちの料理の監督に戻った。





なんだか今回は、うんちく回という感じです。

生産スキルの様子を描いてみたかったのですが、玲奈視点では少し難しいです。

次くらいには、ゴーレム山に居ると思います。



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