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迷宮世界グリンドワールド  作者: 吉岡
引っ越し
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家電



「ああ、冷蔵庫って、こういうのね。電化製品にしては安いと思った。

 あっちとこっちじゃ、全然値段違うじゃん」


 玲奈はさしたる工夫もない金属の箱を見て、残念そうに言った。


「玲奈さん、あっちの冷蔵庫わざわざ買うつもりだったんですか?

 いずれ魔法で氷出せるようになるんだったら、要らなくねえっすか」


 しかしまだ、玲奈の四元魔法のスキルでは、氷はだせない。

 というか、まだまだ出せるようにはならないだろう。


「いつの話よ。

 いや、私が欲しいのはそんな両極端な奴じゃなくて、ほどほどに食料を保存できて、氷も作れるっていう」


「どちらも作れるというのは、何よりも難しいのではないか。

 だが私も、こんな冷蔵庫で役割を果たせるのかは疑問だな」


 この世界には、電化製品だって存在する。

 ただしそれを電化製品と呼んでいるのは玲奈だけで、かつ日本のものよりは、ずっとローテクで高価だ。

 だがそれらは、非常に高価で科学では再現できないようなことを可能とする一点物の魔道具などとは違い、一般家庭にも手に入る程度の価格で広く普及していて、人々の生活を便利にしている。


 玲奈達は今、皇都で冷蔵庫を眺めている。



 この世界には、冷蔵庫らしき物が二種類ある。


 一つは本格的な、魔力で氷を作り出す、冷凍庫。

 そしてもう一つは、氷を庫内に入れておくことで箱全体を冷やすことのできる、単なる箱だ。

 一応工夫されているようで、二重構造になって冷気を逃がさないようになっている。いわゆる魔法瓶だ。

 だがそれでも、その箱自体が冷気を発することはない。

 日本にも、昔あったタイプの冷蔵庫だ。


 その冷蔵庫に入れる元の氷は、集落の中で裕福な人間が冷凍庫を持っていて、他の村人に定期的に氷の塊を売ってくれるのだという。

 あるいは、定期的に氷を売ってくれる商人がやって来て、氷を買って冷蔵庫に入れておいて使用するらしい。


「でも俺の家は、貧乏だったから冷蔵庫ありませんでしたけどね。

 っつうか、氷が買えなくて、ただの食料庫になってました」


「僕の家、冷蔵庫、あった。

 でも氷、高い。商人、足下見てた。

 でも、山だったから、買い物も遠い。食料保たすために、絶対要った」


 氷は決して安くはないが、夏場以外はさほど必要でもないし、そうして安い方の冷蔵庫を動かしていた方が、冷凍庫を買うよりはずっと安価なのだという。

 それに、冷蔵庫は氷を買わなくてはいけないが、代わりに動力を使わない。

 冷凍庫は、動力を必要とする。氷を買わなくてもいいが、動力を買わなければならない。

 そしてこれが、日本の電力のようには、決して安くはない。


 それは、魔力で動く。

 生きた人間が発する魔力ではない。


 人間を含む、この世界のあらゆる生き物はその身に魔力を帯びている。

 そして死ねば、その魔力が形を持ったものを残すこともある。


 魔素の欠片。


 モンスターが落とす、最も基本的なドロップアイテムであり、多くの冒険者たちの生活の糧の基本となる。

 高価ではないが、あらゆる場所で必要とされ、どのモンスターを狩っていても、手に入れることができる。

 強いモンスターを狩っていれば、落とす魔素の欠片も大きく高価なものになるので、安定した儲けになる。


 売りさばくのにも苦労はしない。

 冒険者たちの所属する大抵の組織で、それは一括して買い取られる。

 様々な場所で広く、基本的な資源として利用されるのだ。


 冒険者ならば、冷凍庫にしろそれ以外にしろ、その動力をを自分でまかなうことができる。商品を自分で消費することになるが、それでも買うよりは安い。

 必要なのは、初期投資だけだ。

 それはこの世界において、あらゆる電化製品を買うハードルを低くする。


「私の家には、冷凍庫があったぞ」


 洗濯機なんてとんでもないとでも言いたそうだったフルーだが、そんなことを言った。


 そもそも他のメンバーは洗濯機の存在も知らなかったのだ。

 竜人はエカエリ諸島の支配種族であり、また一族には冒険者が多かったようだ。


 それに、エカエリ諸島の気候は常夏。

 冷凍庫の必要度は、魔法学園とは段違いだ。

 その代わりに、電化製品の暖房器具などは存在を知らなかったという。


「冷たくなる方の冷凍庫はここにはないの?」


「玲奈さん。

 ここにはそんな高いもんは置いてありませんよ。

 そういう家具が置いてある店がいいなら、案内しますけど、それ以外の家具も全部高くなるっすよ」


「ん? そう。

 でもまあ、電化製品から見たいし。他の家具は他の店でまた調べればいいでしょ」



 玲奈が新しい家に必要としている設備は、いくつかある。

 コンロに水道、溶鉱炉を中心とした鍛治の設備。これは設備として付属していることを条件に家を探すつもりなのだ。

 普通ならなかなか見つからない条件だろうが、玲奈たちがこれから住むのは鍛治が盛んなゴーレム山のふもとの地域だ。

 以前鍛治師が住んでいた家を探せば手っ取り早いだろう。


 個別で買うのは、冷蔵庫と暖房器具が必須。余裕があれば、洗濯機と冬までに風呂が欲しい。

 風呂まで備え付けられている家は、多分ほとんどないだろうということだ。そんなお金持ちが住んでいた家が、数年単位で貸し出されることはないという。

 これらは全て、魔素の欠片を動力として稼働するものであり、なかなか高価な買い物となる。


 それ以外には、大きなダイニングテーブルとイス、ベッドを全員分。少しずつ集め始めている食器と調理器具一式。タオル類、その他消耗品。

 足りないものはまだまだあるだろうが、それは徐々に足していけばいい。


 この辺りと、新たに買う奴隷の価格を考慮しながら、引っ越しの準備を進めなければならない。

 まずは、値段のチェックからだ。





 玲奈はギリムに案内されて、皇都の中のやや高級な品物が売られる一画に行く。

 店舗の建物も簡易で建てられたものではなく、どっしりしていて雰囲気のある店ばかりだ。

 買う方にしても売る方にしても、このレベルの店には玲奈はほとんど来たことがない。何度か冷やかしに入ったことはあるが、居た堪れないのですぐに出て行った。


 ギリムは自由に買う金もないのに、よく色々な店を覗いて歩いている。

 情報収集とともに観察のスキル上げをしているのだが、なかなかの度胸だ。

 装飾細工スキルの勉強のために、バカ高いアクセサリー店に入るのにも慣れていて、高級な店にもしらっと入ることができる。


 この辺りだろう、と連れて来られた玲奈は、店の中で呆然とした。

 店の中は、落ち着いた艶やかな木目の家具で溢れていた。

 上品な木の香りがする。


「こんなところに、冷凍庫があるの」


「これくらいの店じゃないと、氷を作るやつは置いてないですよ。

 玲奈さんこそ、そんな冷凍庫どこで見たんですか」


「魔法学園のガラクタ発明品市場」


「……ああ、なんか、そういう専攻の教授とかも居ましたね。

 魔法学園の市場は、他の都市では売ってないもんも多いですからね」


 魔法学園は特殊な都市だから、冒険や魔力にかんす品物は種類も豊富だ。

 だが、必ずしも商売として物を作っている人間ばかりではないので、値段や品質が安定せず、掘り出し物も多い。

 魔法学園か管理しているのでおかしな詐欺はないが、その出会いは基本的には一期一会だった。


「久しぶり。木の、香り」


 スドンが懐かしそうに目を細めて、木の机を撫でた。

 別に、木材が珍しい素材だというわけではない。玲奈たちの住む魔法学園の長屋にも木の机は置いてある。木の香りも何もない、古くて安い木の机だ。


「珍しい店だな。大都市にしかないだろう」


「田舎だったら、職人が家に合わせて家具を作りますから。家が近くにないと、運ぶの大変ですからね。

 都会でも、本当の金持ちなら作らせるだろうけど。

 玲奈さんは、アイテムボックスに入れて、運ぶんですよね」


「うん。

 アイテムボックス整理して、中身一通り売ったからね。ちょっとお金も増えた」


 答えながら玲奈は、上の空で周りを眺めていた。


 電化製品は、人々の生活を便利にするもの。

 この世界では決して生活必需品ではない。

 高価で便利な電化製品を買える程度に裕福な身分の人々は、この店で売られている程度の家具を家に置いている。


 だが日本では、少し違う。

 どんなに貧しい家庭でも、冷凍庫は必需品だ。

 そしてこの店に置いてあるような家具は日本では、ちょっとした、いいや、かなりの贅沢品として分類されるだろう。


 玲奈の家にあった高級な家具といえば、祖母が半世紀以上前に嫁入り道具として持って来た和箪笥や鏡台くらいだ。

 家具のチェーン店なんかには行ったこともあるが、高級な家具が並ぶ店になど行ったこともない。百貨店の家具売り場をうろついたことはあるが、興味がなかったのでまじまじと見たことはなかった。


 それに、ここに並ぶ家具は、やはり少し違う。

 日本の家具のあっさりとしたデザインとは違う、作られた、時代が違うのだから。

 家具のつややかな木目は美しく、またデザインもアンティーク調だ。


「うわっ。ねこあし。

 可愛い、かも。

 ロマンチック」


 きゅっと、曲がった脚の小さな飾り机。

 背に美しい幾何学模様を彫り込まれた、細い脚の椅子。

 そんなもの、玲奈は少しも買うつもりはなかった。これまで、この世界で生活していく上で、それらが必要だと思う機会がなかったから。

 だけど。


「うわー。すべすべ。気持ちいい」


 玲奈は、衝立にかけて並べられた、分厚い毛皮の絨毯に腕を埋め込んだ。

 木製の家具はともかく、これほど贅沢に毛皮を使った商品は、日本にいた頃は滅多に見ることもなかった。

 これほど見事な毛皮は、日本では玲奈たちの家族が手が出せるような値段の物ではなかったはずだ。


「マスター。毛皮の絨毯ならば、こんなものよりも以前私たちが狩ったことのある、ヒヅメキツネの毛皮の方が上質の物だ。

 あれほどのものは滅多に狩れないが、欲しいのならば店で買うよりも、材料を持ち込んでのオーダーメイドの方がいい。金銭的にもそうだが、品質だって、そちらの方がきっといい」


「……うん」


(そう、ここは。ゲームの中だもん、ね)


 物を買うよりも、材料を狩って作ってもらった方がいい。

 そして、作ってもらうよりも、自分たちで作った方が、絶対にいい。


(ああ、でも)


 玲奈はその隣の、革張りのソファを、今度は撫でさする。


「いいなあ。このソファ。いいなあ」


 可愛い飾り机は、可愛いだけだ。

 それが生活に必要であるとは思わない。

 しかし、ソファは。座り心地の良いソファは、それは実用品ではないだろうか。


「玲奈さん、あんまりベタベタ触ると怒られんじゃねーんですか」


「ううん、これ、いくらくらいだろう」


 名残惜しい気持ちになりながらソファを離れ、玲奈は電化製品の置いてあるあたりに行く。

 さほど広い店でもなく、冷凍庫の種類も少ない。

 だがいくらか、この世界では見たことのない電化製品もならんでいた。


 それはこの世界では見たことがないが、日本では珍しくなかったような、生活必需品ではない電化製品だ。


 飾り机の上に置くような、小さくて実用的ではないランプ。

 魔法学園には結構珍しい電化製品が置かれているのだが、ほとんど見た目にはこだわらず、そして大抵の場合でかい。

 魔法学園の図書館に置いてあるランプは、巨大で光量が大きく、生徒たちはほどほどにそこから離れて光を利用する。


 玲奈は小さなランプを、上からよく見る。

 隣に立ったギリムも、同じようにランプを覗き込んだ。

 観察のスキル。


「ギリム、何か分かるの」


「はあ、まあ。

 ここ最近、ずっと、玲奈さんのいう電化製品がどうやって動くのか考えてたんですけど。

 多分、これですね」


 ギリムはランプの土台部分に描かれた、小さなマークを指差す。

 黄色い陶製のランプの台に、弱く輝くような青い染料でマークが描かれている。うねうねとわずかに波打つ線が、丸い形を作っている。

 それは探してみると、ランプ全体に3つ程見つけられた。見えないところにもっとあるだろう。


「これ、ギリムの辞書の字に、似てる?」


「はあ、や、まだ俺も分かんねえことが多すぎて、自信はないんですけど。

 やっぱ、似てると思いますよね」


 ギリムは少し前に、古代魔法のスキルを習得した。

 と言っても、まだひとつも古代魔法を使うことは出来ていない。

 スキルを習得したのも、皇都の古本屋で分厚い辞書を眺めていると、なんとなくスキルを習得できるようになったのだという。


 ギリムはまだ一度も魔法を使えていないけれど、古代魔法のスキルは少しずつ上がっている。

 彼は古本屋で見つけた読めもしない辞書を、近頃はこまめに眺めている。その辞書を読むだけで、観察のスキルも上がるのだという。

 ギリムの見付けた辞書は、古くて分厚くて、なのにカラー印刷で。なかなかのお値段だったけれど、玲奈はそういった物に金をかけることにはためらわない。

 それがいつか、何か大きな物となって返ってくる可能性もあるし、たとえ何も手に入れられなかったとしても、知識というものは持っているだけで価値がある。


「その、波形文字だっけ? 一文字一文字に意味があるんだよね。

 意味、分かりそう?」


「……や、まだ。

 辞書見ても、分からねえことが多すぎて、この文字が見付けられないと、思う。思います」


「こっそりメモっとこうか?」


「いや。大切なのは、形だけじゃなくて、色なんです。

 俺はまだ、辞書に出てくる全部の色を覚えられてないから、字の区別がつかなくて。

 この陶製の器に、この染料で描くと何色になるのかってゆう」


「……ん?

 なんか、思ったよりも、すごい難しそうな字なの?」


(ちょっと、まだ普通の字も読めないギリムには、ハードル高過ぎかも。

 でも、これはやっぱり、単なる字じゃないんだ。

 だって色に意味のある字なんて、書かなきゃダメなんじゃん。

 道具に描くことで、意味のあるスキルなんじゃない)


「ギリム。

 これをこのまま真似したら、ギリムはランプ作れるようになると思う?」


 波形文字は、古代魔法のスキルは、きっと生産スキルと共にあってこそ大きな意味を持つだろう。


「まだ、無理です。

 この字の意味がわからなくても、この染料で、このまんま真似したら、このランプは作れるようになると思います。

 でも、そのためには、まだ俺のスキルが足りないっす。

 波形文字を刻む専用スキルがあるのかもしれないし、ただ、装飾細工スキルのレベルが低いだけかもしれねえ。

 けど、まあ、ランプは多分、低いスキルレベルでも作れると思います」


 それはそうだろう。

 あらゆる生産スキルにおいて、レベルによって作れるものが徐々に増えていくのはセオリーだ。


「じゃあ冷凍庫は、どうよ。

 洗濯機は?」


 ギリムは黙って、玲奈の顔を見つめた。

 何も言わないけれど、何が言いたいかはすぐに分かった。

 無理に決まってるじゃねえか、と。


 玲奈はフルーたちを振り返った。

 彼らはこっそりとその腕力で、重い冷凍庫を持ち上げて底を覗き見ていた。


「ダメだな、マスター。それらしき模様は見つからない。

 板を一枚貼って、隠してでもいるのだろう」


「調べたければ、買って、外装を、はがす」


「そんなの、壊れるかもしれないじゃない!

 大体、買ってから調べてどうするのよ」


 玲奈は仕方なく諦めの息を吐いた。

 そもそものところ、電化製品を自作するのはかなりの無茶だ。

 それに、彼女たちのスキルレベルでは、作り方が分かったところで実際に作れるようになるのはまだまだ先のことだろう。


「ううん、ってことは、洗濯機と冷凍庫でいくらだって?

 冷凍庫高いなあ。

 今から冬だし、冷蔵庫で我慢するかなあ。

 でも、四元魔法、まだだいぶ、30までいきそうにないしなあ」





お久しぶりです。

また、結構遅くなってしまいましたね。


話が長くなってきて、初期のころに作っていた設定からずれが生じていそうです。

もう、間違いに気づいても、知らないふりをします。


ギリムの勉強している文字を、古代文字というものにしたかったのですが、そういえば以前に別の文字を古代文字と呼んでいたことがあるなと思い断念しました。


四元魔法スキルは、スキルレベル1から水と火を出すことができます。

しかし攻撃魔法スキルなどをとっていないと、その火を攻撃に使うことはできません。

スキルレベル10から、風と土を出すことができます。

20から光と闇。

30から、氷と火炎を出すことができるようになります。

玲奈は、それらの使い道を思いつくことができなくて、四元魔法のスキルがなかなか上がりません。


不便そうなので、スキルレベル20で氷を出せるように変更しようかと思ったのですが、以前に30で氷、と書いてありました。

玲奈はこれから頑張って、無駄に光と闇を出して、四元魔法スキルを上げようと努力するかもしれません。

もうすぐ寒くなるので、必要ないと思ってしまうかもしれませんが。

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