家事担当
(10月18日)
まずは、バターを作る。
バターは料理スキルが低くても、魔力が少なくても簡単に作れて、ハードルが低い。
それを遠火で熱したフライパンに、そっと滑らせる。
卵は一つだけ。
たっぷりのハチミツ、粉、牛乳。
ゆるくといた生地を、温く温めたフライパンに薄く伸ばす。
ゆっくりと火を通してから、二本の小さなナイフで素早く周囲から剥がしていく。
「ふう」
玲奈は満足気なため息を吐いた。
「ええと、マスター?」
後ろではお腹を空かせた男たちが、玲奈の作る食事を待っている。
たしかにこれでは、食事には見えないだろう。
彼女は自分のために三枚程薄い生地を焼くと、その後は火の側で厚めの生地を素早く焼いていく。
焦げたにおいが一層甘く、奴隷たちは困惑していた。
大量の生地を焼いた後は、あらかじめ細かく切っておいた肉を炒める。歯ごたえのある野菜も軽く炒め、あるいはトマトや菜っ葉類は手頃なサイズに刻んだらそのまま皿に盛る。
それらを机の上に並べて、玲奈の分の準備に戻る。
「もう、勝手に食べておいていいよ」
皿を奴隷たちに押し付けて、玲奈はいそいそと果物を剥く。
水で冷やしておいた果物の、薄皮を剥き、小さく切り、種類別に並べる。
そうして準備が完了した。
「あれ、まだ食べてないの?」
「いや、玲奈さん、流石に先に食べたりは・・・」
「食べ方分からない?
たまにこういうの、屋台で売ってるでしょ」
玲奈は薄い生地の上に、果物をのせ、冷やしたヨーグルトを少し添える。ハチミツをまたたっぷりかけて、生地の外側から包んでいく。
玲奈の様子を見て分かったのか、フルーたちも厚い生地の上に、大量の肉と野菜をのせて包んでいく。
おかずを包むには少し生地が甘いかもしれないが、具材には濃いめで味付けをしているから問題ないだろう。
(見てるだけで、胸焼けするわね)
「マスターは、そんなものが食事なのか?
そろそろ涼しくなってきて、食欲も増す季節だろう。それで足りるのか?」
「もしかして、節約、にはならねえか。塩もハチミツもがんがん使ってますからね」
「充分足ります!」
食欲が増してきたから、わざわざクレープを焼いて食べる気にもなったのだ。
玲奈は、具材がこぼれないようにほちほち食べ始めた。
(ああ、もう!
料理飽きた!)
問題は、毎日料理をしなければならないことではなく、夏の暑さにも衰えなかった男たちの食欲だった。
日本に居た頃ならば、玲奈が食欲がなくなる夏であれば、祖母も食欲がなくなっていて、素麺でもという話になる。
でもこの世界には、素麺も冷凍食品もアイスもジュースもない。男たちはいつまでたっても肉ばかり食べている。
魔法学園のエリアは気候が良く、年中暑過ぎず寒過ぎることもない。真夏でも、クーラーなしでなんとか過ごすことができた。
それでも、夏は食欲が落ちる。料理したい気持ちは衰える。毎日料理をするのは飽きる。玲奈は料理スキルも高いので、珍しい食材もなしに普通に料理をしていても、もう簡単にはスキルが上がらない。
問題は、男たちと玲奈の間の好みの乖離にある。
暑い夏でも、肉・肉・肉!
お米もない、新鮮な魚もまだ買えない、アイスを作るにはお金がかかる。
好みでないものばかり作って、玲奈は飽き飽きしていた。
「あのさあ」
食事を食べ終わろつ、玲奈は話を切り出した。
部屋の前の道端で大きなたらいに四元魔法で水を張り、洗剤の代わりとなる木の実を入れる。今日の当番のスドンが、怪力で食器を壊さないように注意しながら、毛皮の手袋で食器を洗っている。
「ちょっと相談なんだけど。
お金も貯まったし、家も広くなるし、家事用の奴隷を一人、買わない?
いっそ、女の子とか」
この二ヶ月ちょっとの間に、ハチミツ生産で玲奈たちはかなりの速度でお金を貯めた。
6回ハチの巣狩りをして、レベルもかなり上がった。新入りの奴隷たちと玲奈との間のレベル差は縮まった。
特に、大量のHPポーションを消費しながら、パーティーの壁役を引き受けたスドンのレベルアップは急速だった。
レベルアップの割りに、スキルの上昇はあまり追い付いていないが、そのあたりはこれからゆっくり上げていけばいい。
レベルだけでなくお金も、かなり荒稼ぎをした。
もう、薬屋にハチミツを売りに行ったら足元を見られる程度には、パルマと皇都の薬屋で、ハチミツを売りまくった。
薬屋はハチミツの消費がそこまで激しくないから、価格が元の値に落ち着くまで、数カ月かかるだろう。
それでは冬になる。
次にハチミツで稼ぐとすれば、来年の春以降になるだろう。
ミツバチ狩りは、レベル的にも金銭的にも割りのいい稼ぎだったが、調子に乗ってやり過ぎた部分もあった。
最後のミツバチ狩りクエストは、山の中のハチの巣を選んだのだが、そのミツバチは他の地域のものよりもレベルが高かった。
それは、想定していたことだ。
だが、その狩りが終わった後は、ずっと壁役をしていたスドンの手足はハチに刺されて、金属鎧が脱げない程に腫れ上がった。
治癒を施しても、解毒魔法をかけても、少し腫れが引くだけで完全には治りはしない。
あれは多分、ミツバチの針に少量ずつ毒が含まれていて、その少量の毒が一定量をこえたのだと思う。
ゲームの単なる毒とはまた少し違う種類の、毒のバッドステータスだったのだろう。
とにかくそれからは、少しミツバチ狩りへのモチベーションが下がっている。
手元には今、100万Gとちょっとある。
正直、こちらの世界では家を借りるのにそんなに大金は必要ない。今度拠点にするつもりのゴーレム山の周辺は、辺鄙なところでもある。
まあ、玲奈が借りようと思っている家は、結構な豪邸になる予定だが、それでも1年程度借りるだけならば、大した値段にはならないはずだ。
金は念のために多く用意してあるので、奴隷を一人買っても問題ないだろう。
「家事、誰かにしてもらうの、楽」
「へえ、家事のために、女の奴隷ですか。
実際買えるかどうかはともかく、夢のある話っすね」
スドンは嬉しそうに、楽しみそうに言うが、ギリムは意外と冷静に、何かを考えている様子だ。
「ううん、やっぱり高いかな」
(へえ、意外。
女の子の奴隷を仲間にするとか、もっと手放しで喜ぶかと思ったのに。
……そう言えば、ギリムって家にお姉さんいたんだよね)
現代人とは感覚が違うから、手放しに女の子女の子という気持ちがないのか、玲奈の前だから見せないのか、女兄弟が居るから夢を見ていないのか。
あるいは、女奴隷に対して可哀想だとか、そういう気持ちを抱いているのか。
それに対してフルーは、注意深く言った。
「家事用の女奴隷を買うことは、悪い選択肢ではないと思う。ステータスや見た目にこだわればともかく、家事をさせるためだけの女奴隷ならば、そこまで高くはないだろう。
マスター、その奴隷は絶対に冒険に連れて行かないのか? それならば、いくらか安い奴隷は買えると思う。
だが、家事用の奴隷を買って冒険へ連れて行くのは、あまり褒められたことではないぞ。女の奴隷の場合、用途次第で心構えが随分変わってくる」
「ん? そんな違いがあるんだ?」
「そもそも、この魔法学園のエリアでは、冒険者になることを前提とした女奴隷は少ないようだな。
エカエリ諸島ならば、運動能力に自信のある一族ならば、女でも冒険者用の奴隷として売られている。冒険者用の女奴隷は、危険ではあるが、主人から大切にされやすいのだ。取り替えの効く家事用の女奴隷より、そちらを選択する価値はある。
冒険者になることを認めた女ならば、一番初めに身売りする時点で、家族に入る代金も多くなるだろう」
「あ!
あるな、そういえば、何用の奴隷かって。女には」
「ギリム、何の話?」
「や、すいません。
俺の居た村で、俺の前に売られた娘と俺の値段って、全然違えんですよ。
冒険者用の奴隷ってのは知らねえけど、そういえば女が身売りする時は、扱いが二種類あると思って。
どっかに奉公に上がるくらいの扱いの時と、泣きながら見送られて馬車に縛り付けられるような扱いの時と。
つまり、普通の仕事用と、女の商売のために売られた場合との違い、だろうなと」
「……ああ、ああ、そういうことね。
奴隷を買ったら、何してもいいって訳じゃないんだ?」
フルーは、言い辛そうに答えた。なかなかに、気を使う話題だ。
「いや。買った奴隷を主人がどう扱うかは主人の自由だろう。だが主人が手を出すのと、仕事として何人も相手にするのとでは違うだろう。
冒険も、たまたまモンスターに出会って、奴隷を盾として使うのは自由だが、冒険者として何匹ものモンスターと戦うのはまた違う」
そして玲奈は、奴隷を鍛えるならば、中途半端なことはしないだろうと。
玲奈は、困って眉を寄せた。
「……冒険に、連れて行っちゃだめってことは、永遠にレベル1でしょう。スキル覚え直させたいからリセットさせるし。
それは、ないわ。
ずっとレべル1の奴隷を抱え込む余裕は無いわね。それじゃあ、MPも初期値のままだし」
「あるいは、年配の女奴隷ならば、用途自由で安く売り出されていることもあるだろう。年配の男ならばともかく、素人の年配の女を冒険にわざわざ連れて行く人間はそもそも居ないからな」
「ううん、確かに。
いや、私も、男ならともかく、そこそこの年のおばさんとかを冒険者奴隷にするのは、ね。
それこそ、元冒険者とかならともかく」
(まだ、女奴隷は無理かな)
玲奈が考えていると、ギリムが声をあげた。
「レイナさん。
そもそも俺たちには、足りねえものが一つあると思う」
「何?」
「ヒューマンの、大人の男だ。
俺たちは、全員がガキだろ。この中で一番年上なのが、フルーだ。でも亜人の年は俺たちには分かりにくいけど、おまえもそんな大人じゃねえんだろ。
このメンバーで動いてると、明らかにフルーが主人に見えるんですよ。竜人が、女と子供の奴隷を連れてるように見える。けどこの辺りで、亜人が主人の冒険者パーティーじゃ、周りの見る目がきついんですよ。そのせいで面倒もある。
これ以上、珍しいメンバーが仲間に増えるのは避けた方がいいと思います。
少なくても、大人の男が一人居れば目くらましになるし。このメンバーにさらに若い女が一人ふえるとか、新しい家を探しに行く時、絶対ぇ面倒な連中に目を付けられますよ」
「うっ、大人の、男ね」
それは玲奈が、ほとんど避けていたくらいの選択肢だった。
大人の男がパーティーメンバーに居たのでは、主導権をそちらに奪われてしまうような気がするからだ。
だから玲奈が選んだ奴隷たちは、レベルが低く、若く、そこまでいかつい男でもない。
「あんまり、頭の良くなさそうなひとが、いいわ。
大人とか、私、丸め込まれちゃわないか不安なんだけど。なんか、変な感じに危険そうだと思ったら、情報が洩れたとしても、私その奴隷売るかもしれないからね」
(でも、まあ、みんな結構私に忠誠心がありそうだし、大人に流れることも多分ないでしょう。
念のため、カリスマ性のありそうな奴隷とかは、絶対にやめとこう。私も、男前とか見付けても、ふらふら買わないようにしなきゃ)
と、そこで今度はフルーが反対意見を出す。
「しかし!
マスターの世話をするのに男はどうだろう。
家事と言えば、洗濯もあるのだろう」
玲奈は思わず、フルーを見つめた。
こんなに狭い部屋で男たちと同居をしていると、いろんなことが麻痺してくる。
玲奈は今更男たちの裸を見ても何も思わないのと同様、少々はしたない格好をしても、気にはならない。
しかし、家事担当の奴隷が、玲奈に性的な興味をもちながら下着の手洗いとかをされるのは、流石に不愉快だろう。
「んー、まあね。でもそれは、また考えればいいや。洗濯物、干してもらったりはするだろうけど。
私、洗濯機買おうと思ってるから、いざとなれば私の分だけ自分で洗っても、大した手間じゃないし」
フルーは、ぎょとして声を上げた。
「洗濯機とは! 城にある?」
ギリムとスドンは、洗濯機という言葉の意味が分からなくて首を傾げている。
この世界には、洗濯機も存在する。そりゃ、コンロも冷蔵庫もあるのだ、洗濯機だってあるし、オーブンもある、というか買う。
「フルー、お城とか行ったことあるんだ? っていうか、学園にもあるよね」
「……それは、洗濯奴隷を買った方が安くつくのでは。どうせ、冒険用の防具は手で手入れをするわけだし」
「いいよ、どうせ他にも家電を買うから、三台も四台も、維持する手間は大して変わらないよ」
「かでん?」
「何ですか、それ?」
多分この世界に、家電という言葉はないけれど。
「か、かでん? マスター! 三台も四台もとは、一体何を買うつもりだ。
そんなことでは、100万Gなど簡単に飛ぶぞ?」
「だから、全部合わせて、引っ越しの予算が100万Gなんじゃない」
あれ、言ってなかったかな。
「よし、明日、皇都の市場に行こう。
奴隷と、家電を見ようよ。何買うつもりか、説明するから」
Lv18 見習い魔法使い
レイナ・ハナガキ ヒューマン
HP/MP 108/162
スキル 杖Lv25 瞑想Lv25 魔術運用Lv18 付与魔法Lv23 神聖魔法Lv18 四元魔法Lv22 特殊魔法Lv33 暗黒魔法Lv19 料理Lv51
Lv17 見習い戦士
フルーバドラシュ ドラゴニュート
HP/MP 255/51
スキル 剣Lv30 盾Lv27 重装備Lv19 活性Lv26 戦闘技術Lv17 挑発Lv26 調合Lv42
Lv12 見習い戦士
ギリム ヒューマン
HP/MP 96/24
スキル 短剣Lv16 投擲Lv6 命中Lv10 活性Lv14 踏舞Lv20 跳躍Lv15 観察Lv17 索敵Lv14 装飾細工Lv12 古代魔法 Lv3
Lv14 見習い戦士
スドン ハーフフェアリー(アース)
HP/MP 252/56
スキル ハンマーLv15 盾Lv21 重装備Lv17 活性Lv15 戦闘技術Lv10 挑発Lv10 魔術運用Lv7 神聖魔法Lv13 鍛治Lv18