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大神殿

 大神殿は、巨大で重厚な四角い建物だった。

 中央に慈愛の女神がもたらしたという、癒しの泉があり、それを囲むように四角い大神殿は建っている。ちなみに癒しの泉の水はこの地まで来てこの場で飲むのは無料だが、持ち出すのならば高値で売られている。そこまで効果が高いものでもないのに。ただゲームでは、大神殿のクエストを受けていると、大量に手に入れられる機会がある。質の高い生産素材になる。

 大神殿の中で最も広い場所は、聖堂だ。とりあえず観光客たちは大神殿の聖堂に向かうので、玲奈たちもそこに行くことにした。


 聖堂は広く、たくさんの椅子が並んでいて、信者たちは思い思いの姿勢で神に祈りを捧げていた。

 大神殿はゆるい多神教で、慈愛の女神を主に崇めているが、女神と親しい幾柱かの神を信者たちが信仰することは自由だ。エルフたちの精霊や自然に対する信仰とは、また違っている。


 玲奈はスドンの手を引いて、周りに人が居ない隅の椅子に座った。


「えっとね、まず、ここで祈ると幾つか新しいスキルが出るから、予備スキルに入れとこうか」


 スドンは頷いて、席に座った。祈る、と言われてもどうすればいいか分からないらしく、首を傾げながら手を組んだ。


 ここで手に入るスキルは、集中・祈り・信仰。

 物理・魔法スキルともに、待機時間が短くなるなどの効果がある集中スキル。召喚魔法などと結び付いて変わった効果を発揮する、祈りスキル。そして聖職者に必須の、神聖魔法の威力を上げる信仰スキル。

 玲奈たちは、今のところどれも取るつもりはない。


「玲奈さん」


「ん、取れた?」


 玲奈はスドンの予備スキルを、スキルメニューから調べて、それらが予備スキルに入っていることを確かめる。


「実は、この大神殿の聖堂で祈ってると、神聖魔法のスキルが10くらいまで上がるんだよね」


 このことがこの世界でどれくらい知られている事実か分からないので、玲奈は声をひそめた。

 ゲームの頃は、当たり前に知られた事実だったが、ちょっと意識して神聖魔法を使えば、スキルレベル10くらいまで簡単にたどり着いたので、特に重要視されてはいなかった。

 だが、この世界ではゲームの頃よりもスキルレベルアップに時間がかかる。


「これからは、私たちちょくちょく皇都に来るから、スドンはここで神聖魔法のスキル上げをするといいよ。スキル上げにMPを消費しないから」


 奴隷たちはスキルレベルを上げるために、活性スキルを頻繁に使って神聖魔法にあまり頼らない。玲奈だって、神聖魔法のスキルはやっと10を超えたところだ。しかしはっきり言って、スキルレベル10からはなかなか上がりにくい。

 神聖魔法スキル10で新しく覚える魔法は解毒魔法なのだが、普通の治癒魔法に比べてさほど頻繁には使わない。よっぽど毒を持つモンスターの多い地域で冒険をするなら話は別だが。

 スキルレベル15を超えたくらいからは、レベルの低い魔法である《小治癒》を使ってもスキルはなかなか上がりづらくなる。MPポーションを大量に使いながら、意味もないのに《解毒》を使って、力技でスキル上げをするほかない。

 この世界で、そういった力技でのスキル上げがどの程度利用されているのかは、玲奈にはわからない。


「じゃあ、しばらく試しに祈っとく? 実際に魔法を使うよりはスキルアップに時間がかかるけど、スドンはMPも少ないし、あんまり神聖魔法使わないもんね。それよりははやく上がると思うの。

 聖堂で祈るっていう行為は、あんまり大変な作業じゃないと思う。ここで1時間でも30分でもぼうっとしてればいいはずだよ。もしかしたら、ここに本持ってきて読んだり、字の勉強してるだけでも効果があるかもしれない。

 さすがにこんなところで生産とかしたら怒られると思うけど、本とかを持ち込むくらいなら怒られないと思うよ。なんだかんだ言って、観光地だからね」


 観光客の中には、はしゃいでいる若者たちも居ないことはない。


「うん。祈っとく」


 スドンが祈っている間玲奈は少し退屈である。

 5分かそこらの祈りで効果が現れるわけではないと思う。


「そっか。じゃあ私、大神殿の中見て回っといていいかな。図書館とかあると思うし。

 スドン、どれくらい祈っておく? 30分くらいやってられる?」


 信心深い聖職者でもないのだから、スドンだって祈っている間は退屈だ。


「んん。1時間くらい、大丈夫。

 僕、図書館とか、退屈」


「ああ、まだ字が読めないもんね。とりあえず大神殿見て回ってくるよ。図書館は、一回入るのにお金とかがかかるかもしれない。そうしたら約束がある今日なんかは勿体ないから、今度時間があるときにあらためて来ることにするわ。利用者登録とかがあるようだったら、登録しとく。

 じゃあ、長くても1時間くらいしたら、戻って来るから」


 聖堂で祈るスドンを残して、玲奈は一人大神殿をうろうろすることにした。




 大神殿の図書館は、玲奈が予想していた以上に厳重だった。図書館というよりも、書庫なのだろう、神殿に関係のない一般人が入れるような様子はなかった。


(ああ、そっか)


 皇都パルピナは、こちらのエリアにおいて冒険者の拠点となりうる大都市だが、魔法学園とは違う。始まりの町とも言うべき、初心者向けの設備が整っている都市ではないのだ。

 この町を拠点にするには、ある程度レベルが上がってからのほうが向いている。各種の設備のレベルがそれなりに高いかわりに、設備を使えるようになるまで面倒くさいクエストをこなさなければならないのだ。

 ゲームではない現実のこの世界において、玲奈がこなさなければならないクエストは、ゲームと全く同じというわけにはいかないだろう。しかし、おおまかな流れは同じこと。

 つまり玲奈たちは、この大神殿でクエストをこなすことで、大神殿の信頼を得て初めて、大神殿の書庫の知識やや癒しの泉の水などを入手することができるのだ。


 そしてゲームでもそうであったように、このクエストは必須ではないし、今でなくてもいい。

 回復役の魔法職の仲間を必死には求めておらず、別のエリアに行けるようになってから回復専門職の仲間を手に入れようと考えている玲奈にとって、通らなくとも問題のない道筋だった。


(別に、大神殿のクエストを受けちゃダメって訳じゃないけど。大神殿とどこまで関わりたいかよね。

 クエストどうのじゃなくて、私が。この世界における権力や、宗教とどう関わりたいか)


 玲奈はもうすでに、魔法学園というこの世界の一勢力と強いかかわりを持っているが、魔法学園が学問と研究を主としたアカデミックな存在であるだけに、あまり権力としての俗っぽいにおいを感じないですむ。

 一方大神殿だが、日本人である玲奈はどうしても宗教的な団体に、胡散臭さを感じてしまう。グリンドワールドの世界は、あまり宗教臭を感じないのだが、それでも。


 玲奈は大神殿をうろついていて、聖堂の次に人の多い、依願所という場所を見つけた。

 病人を抱きかかえながら歩く信者たちが、他の呑気な観光客とは全く違う様子で、依願所の前で列を作っている。彼らはみんな必死な様子で、患者以外にも大荷物を抱えている。自身の精いっぱいのレベルの宝物や服飾品やドロップアイテムを貢物として持ってきているらしかった。


 だが、その列の隣を見ると、全く様子の違う列ができていた。

 列の前を見ると、依願所の入り口は、『依頼』と『受諾』の二つに分かれている。

 依頼の列は、長い長い信者の列。受諾の列は、冒険者や魔法使いたちが並んでいる短い列だ。冒険者たちは受付で事務的な短い会話を交わしてから部屋の中に入っていき、また同じ戸口から出て来る。


 ここで、彼らは大神殿からのクエストを受けることができるのだろう。

 普通ならば冒険者協会を通しそうなものだが、魔法学園の教授たちも、さまざまな頼みごとを冒険者協会を通さずに、魔法学園や生徒たちに頼んで解決していた。

 大神殿にまで御用聞きに来る冒険者たちが大勢居るために、冒険者協会に依頼を通す必要がないのだろう。


「お名前をどうぞ」


 部屋へ入る前に、入り口で立っている一人の聖職者に尋ねられた。

 若い聖職者で、誰もが着ているようなローブを身につけているので、玲奈にはどの程度のレベルの人物なのかは分からない。ただ若いし、いかにも面倒そうに役割をこなしているので、大したレベルではないのだろうと感じる。


「……その、初めてここに来たんですけど」


「そうなんですか。別に、名前の登録は必須じゃないんだけど、登録しといてくれると名指しの依頼があったりするんで。まあ、一回もここで依頼受けたことがないなら、関係ないんだけどね。

 君、奴隷? 違う? 一人ですか、それともパーティー? 名前登録しとく? 職業は?」


 聖職者は玲奈を、パーティーの下っ端がお使いに来た、とでもいう様子で扱った。よほど幼く見えるのだろう。確かに、玲奈のこの世界での体がそもそも、15才だ。

 扱いがそれほど粗雑ではないのは、彼女の身につけている革鎧が、あまりぼろぼろではないからかもしれない。


「魔法学園の生徒です。使える魔法は、付与魔法がメインで、神聖魔法が少し。4人パーティーで、レベルは10弱」


「! ま、魔法学園の!

 お名前を伺っても? 冒険者協会に登録はなさっていますか?」


「いいえ。もうすぐ登録しようと思っています」


「ええ、その。少し証拠を見せていただいても? こちらで、職業とお名前のチェックだけでも」


 ステータスを見ることができるアイテムの簡易版を、係の人間は示した。職業といったところで、玲奈は魔法使い見習いと出るだけで、なんの証拠にもならないと思うが。

 そういえば皇都に来ると言ったら、魔法学園は玲奈たちの身分証明書を作ってくれた。


「《道具箱(アイテムボックス)》。レイナ・ハナガキです」


 玲奈は、彼に魔法学園の生徒手帳を渡した。

 相手は目を見開いた。


「特殊魔法もお使いになるんですか?」


「ええ」


 玲奈は、どの程度のことを明かしていいのか考えながら、告げた。


「ワープまで、使えます」


 隠すようなことなのか分からない。

 ワープが使えるということが分かれば、ワープに関係するようなクエストも紹介してくれるだろう。

 彼はそれを聞くと、目を丸くしてから、深々と頭を下げて赤いバッチを玲奈に差し出した。


「どうぞお入りください、魔法使い殿。こちらのバッチですと、依願所の奥の待機所までお入りいただけます。お帰りの際は、またこちらでバッチをお返しください。

 よろしければ、我が大神殿の聖職者と直接お話になって、依頼を尋ねてみてください。それに実はパーティーを組んで、冒険者のお手伝いをしたいと考えている聖職者も、大勢居るのです」


 玲奈は赤いバッチを受け取って体に付けると、依願所の中に入って行った。


 部屋の中は、こちらの方がずっと狭いけれど、魔法学園の近くにあった冒険者協会とよく似ていた。結局、クエストを受注するという機能においてはあまり変わらないからだろう。

 依頼の内容が壁ごとに分類されてベタベタ貼られている。数が多いようならば、依頼内容をまとめた冊子がいくつか置いてある。

 室内に居る冒険者はさほど多くなく、冒険者の姿をした幼い少女の玲奈を、あからさまにじろじろ見ていた。しかしやはり、玲奈を冒険者である誰かの奴隷か身内のように見ているらしい。


 クエストの内容は、ポーションの作成や薬草の採取、大神殿に所属していない神聖魔法使いに対する、手の回りきらない地域での治癒の依頼。

 それから、依願所の中に居る冒険者たちが、最も重視しているらしきクエストが、聖職者の伝導の旅のための長期間におよぶ護衛依頼だった。仕事を依頼する冒険者を選ぶために、面接まですることになっているらしく、採用試験の日付が書かれていた。


(ポーションの作成依頼、教授のクエストやってまだ数が余ったら、ここに納めたらいいんだ。この依頼は多分、年中出してると思うし。でもそろそろ、学園の温室以外の場所で、薬草を集められるメドをたてないとね。

 しかしこの護衛クエスト、すごい上から目線の依頼なんだけど、何かそんなに美味しい理由があるのかな。金額も書いてないんだけど)


 玲奈は待機所に入ってもいいと伝えられていたので、そちらも覗くことにした。

 待機所は依願所と違っていて、クエストの依頼書などは見当たらず、何組かの机と椅子とお茶セットが並んでいる。やや素っ気ない応接室のようにも見える。そこにはたまたま、一組のパーティーが居た。

 おそらく全員が物理職の冒険者4人パーティーで、壮年でどっしりと落ち着いた、かなり腕の良い冒険者たちに見えた。玲奈は相手が強そうかどうかなど全く区別がつかないが、装備品がやや高いランクのものなので、きっとレベルもそこそこ高いに違いない。


「どうした、お嬢ちゃん。迷子かい」


「いえ。うちのパーティーはみんな、初めて皇都に来たんです。あちこち見て回ってるんですけど、ここが何のための部屋なのか分からなくて」


「へえ、初めて来たのに赤バッチつけてるのかよ。将来有望そうだな」


 冒険者たちは玲奈を呼び寄せて、机の上のお茶を振る舞ってくれた。

 玲奈は椅子に座ってお茶を飲みながら、少し所在無い気分で尋ねた。


「その。ここは何のための部屋なんでしょうか」


「ああ、ここは、要は聖職者と冒険者がパーティーを組むための部屋だな。見込みのありそうな冒険者だけを選んで通して、聖職者と気が合うようなら一緒にパーティーを組めばいい。まあ大体、伝導の旅とその護衛、みたいな形になるが。

 聖職者もレベル上げがしたいんだよ。だが、壁になる前衛の冒険者が居なくては戦闘ができない。聖職者はレベル上げに付き合ってもらえる冒険者を手に入れて、冒険者はパーティー内に回復職を置くことができる。ギブアンドテイクだな」


「俺たちはここで、うちのパーティーの王子様が出てくるのを待ってるところなんだ。

 休みの日だったら、誰かとパーティーを組みたい聖職者たちが、ここで待ってることが多いぜ。その分、それを目当てに冒険者も大勢この部屋に押し掛けるから、競争率も上がるけどさ。

 大神殿からの依頼を受けてたら、信頼できるって言って、向こうから紹介してくれることもあるんだぜ」


「へえ、そんな風になってるんですか……」


 玲奈は感心したというか、驚いたというか。


 聖職者は直接モンスターを攻撃しなくても、仲間を回復していると、仲間を通して経験値を手に入れることができる。

 レベルが1のままでも、神聖魔法を繰り返し使ったり、聖堂での祈りを利用すればスキルは上がり、治癒の威力は上がる。しかし、レベルが上がらないことには、MP量が増えないので、神聖魔法を使う回数は増えるどころか、威力の大きな魔法を学んで、むしろ減ってしまう。

 聖職者だって、少しでもレベル上げがしたいのだろう。



「おい、おまえたち、用意ができたぞ」


 そこに、神殿の内部の方からローブを着た聖職者が一人現れた。割と若い。

 魔法職らしい、なんの変哲もないローブを身に着けているが、他の大神殿の多くの聖職者たちとは違い、杖を持ち、ブレスレットやイヤリングなどのアクセサリーで能力の底上げをして、冒険の準備はできているようだった。


 彼は、手に持っていたインベントリらしい袋を、冒険者の一人に押し付けた。冒険者たちはさっと立ち上がって彼を待ち、玲奈はぎょっとして席を立って、慌ててそこから少し離れた。


「なんだ、その子供は」


「ああ、この子とはたまたま、この待機所で一緒になりました。赤バッチですが見ない顔だったので話していただけです。特に問題はありません。もう行きましょうか」


「ああ。今日はどんな仕事をするつもりだ」


 彼らはすぐに玲奈から興味をなくしたようだった。

 レベルの高そうな冒険者たちのパーティーだったが、若い聖職者が一番パーティー内で立場が高いようで、彼が一番言葉づかいも偉そうだ。


「少し離れた森まで行って、アイテムを採取する依頼を受けています。道中、できる限り低レベルモンスターとは戦闘するようにしますので、依頼のあったアイテムは全てうちのパーティーで頂いてもいいでしょうか」


「MPポーション代はそっち持ちだぞ。

 そうだな、レベル10以上のモンスターを狩っても僕には経験値が入らないから、その場合モンスターのドロップアイテムは全部僕がもらうぞ。それから、それ以外のモンスターのドロップについては、半分僕の取り分だ。

 依頼の採取アイテムはおまえたちが取れば良い。

 期間は?」


 玲奈は、冒険の相談を始めた彼らを横目に、そっと待機所を出て行く。


(偉そう~。そうか、魔法職って、多分みんなこんな感じなんだろうなあ。

 うわあ、臨時でパーティー組むのって、すっごい面倒そうだなあ)


 一人の魔法職が、パーティー全体の利益の、およそ半分以上を取り分として取って行くのだ。

 玲奈だって、これまで出会った冒険者たちは、彼女が魔法使いだと分かった瞬間から、彼女に対する扱いは急に丁重になった。


(そっか、でも回復職とパーティーを組みたいと思ったら、大神殿を通してこんな感じでやるんだ。回復職は攻撃魔法使いよりもずっと、パーティーに必要だもんね)


 しかし、玲奈のパーティーに、魔法使いである彼女の他にもう一人魔法職が加わったら、パーティーはどのような力関係になるのだろうか。パーティーに、二人もトップができることになって、非常にややこしいことになりそうだ。

 大体今まで玲奈は、圧倒的に立場の低い奴隷たちを仲間にしてきた。彼らは玲奈の決めたことに特に不満は言わないし、ドロップアイテムや利益分配でもめることもない。全て玲奈の利益になるからだ。


 責任はあるけれど、それ以上に、非常に楽だ。

 ややこしいことが何もなくて、こんなにも楽だ。


(回復職ねえ。いやまあ、今別に、そんなに必要としてるわけでもないけど。私支援魔法職だし。そう考えるとむしろ、うちには攻撃魔法使いが足りてないのか)


 玲奈が依頼所から出てくると、出口で先ほど受付をしていた係りの聖職者に呼び止められた。


「あの、魔法使い殿。何か気に入った依頼などは、ありましたか?」


 物理職の冒険者に対して態度が大きい聖職者も、同じ魔法職である魔法使いに対しては、言葉遣いも丁寧だ。少し丁寧過ぎる気もするが。


「他のパーティーメンバーと合流して、もう少し相談してから決めます」


「そうですか」


 頷きながら彼は、何か言いたそうに玲奈の前でもじもじしている。


「どうかしましたか」


「……その、魔法使い殿は、パーティーに聖職者が欲しいとは思われませんか」


 はっきり言って、面倒くさいと玲奈は思う。


「俺、その、まだ神聖魔法のスキル4で、MPは8しかないんですけど。でも俺、ドロップアイテムの分配も無くていいんで、パーティーに入れてくれませんか? MPポーション代と、冒険中の食事を用意してくれれば、魔法使い殿の好きなところで冒険に付き合いますから」


(レベル1ってことよね。MPが8か。

 1から育てて、衣食住もこっちが世話するってそれ、回復職の奴隷を買って1から好きなように育てた方が得じゃない?)


「ええと、その、どうしてそんなことを。

 待機所で一人の聖職者の方とお会いしましたけど、もっと良い条件でパーティーを組んでいらっしゃいましたけど」


「そんな人たちと俺じゃ、違うんです。俺、MP量が少ないし。

 生まれつきMPの多い優秀な聖職者たちは、両親が聖職者なんです。俺は、農村生まれでちょっとMPが多かったから、聖職者に引き抜いてもらっただけで。

 でもあいつら、ズルいんです。簡単に神聖魔法スキルを上げる方法を親から聞いて知ってるくせに、教えてくれないし。

 俺、レベルアップがしたいんです! どうか、冒険に連れて行ってください! 魔法使い殿の言うとおりにしますから」


 レベル1からレベル3に上がるだけで、HP・MPは以前の倍以上に上がるし、それ以外のステータスも劇的に上昇する。


 彼は玲奈の奴隷ではない。そして冒険を仕事とする本職の冒険者でもない。レベルが上がっても、その後玲奈の仲間になってくれるとは限らない。レベルが上がれば去ってしまうかもしれない人物の、レベル上げを手伝ったところで何か意味があるだろうか。

 そしてレベル1の彼を仲間にしたところで、今の玲奈たちのパーティーには足手まといにしかならない。


 彼のレベル上げに付き合ってあげたからと言って、果たして玲奈の利益になるだろうか。

 聖職者のレベル上げに付き合ってあげることは、玲奈の利益になる?


 なる。

 間違いなくなる。

 聖職者のレベル上げを手伝えば、大神殿に恩を売り、大神殿と深いつながりを結ぶことができる。


 この世界は、ゲームの頃よりも高レベルの人物が少ない。

 レベル1の聖職者を3人程、レベル20くらいまで上げてやれば、玲奈の大神殿に対する影響力は絶大なものになるだろう。玲奈に恩を感じる聖職者たちが、大神殿の幹部になっていくことになるだろう。

 経験値入手の条件の厳しいこのゲームで、それは非常に面倒な話だが、奴隷たちのレベル上げに合わせて気長にやっていれば、できないこともないだろう。


 なんとも、気の長い話だけれど。


 しかし同時に、リスクは大きい。

 玲奈は、この世界の権力にそこまでがっつり関わるという気持ちを、まだ持てずにいる。神殿とのつながりを、持ちたいのかどうかまだ悩んでいるところだ。

 権力は魅力的であると同時に、あまりに危険だ。


 それに、玲奈の持つ特異性や情報がばれる危険性がある。相手が奴隷ならばどうとでもできる、既に玲奈の仲間たちには、玲奈がどうやらこの世界ではかなりおかしいということがばれている。

 ゲームの頃の攻略情報がこの世界でどの程度特異で価値のある情報なのか、彼女自身まだ把握しきれていない。それが、聖職者を通じてどこかに漏れてしまうかもしれないのだ。


 だって聖職者たちは奴隷ではない。

 玲奈と対等な、むしろこのエリアでは人々の支配階級である、魔法職の人間だ。


(裏切られるかも、しれない)


 玲奈は何よりも、決して彼女を裏切らない、彼女を優先してくれる仲間が欲しいのだ。

 奴隷は彼女を裏切らないけれど、彼女と対等な仲間は、彼女を裏切ってしまうかもしれない。


「……他のパーティーメンバーと、相談しないといけないので」


「俺は、テーマスです! テーマスと言います。どうか、呼んでくれれば、いつでも行きますから!」


 玲奈は曖昧にほほ笑んで、その場から立ち去った。




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