皇都
(一年目 七月二十二日)
ゲーム、グリンドワールドの世界は、4つのエリアに分かれている。
北にはヒューマン領の大陸があり、巨大な山脈がそれを東西に分けていた。
西側が、魔法学園エリュシオールのエリアだ。エリュシオールは学校であり、学園がある都市そのものであり、そしてこのエリアを代表する重要な都市国家の一つだった。魔法学園のエリアは、いくつもの都市国家と小領地を持つ領主たちが同盟を結ぶ、巨大な連合国家なのだ。
気候は常春。戦争がなく、豊かな自然と穏やかな気候の地域だ。
一方、東側にあるのは迷宮帝国グラリビオのエリアだ。帝国はこのエリアで最大の国家であり、現在はエリアを統一しようと征服戦争を推し進めているところだ。帝国以外にも中小の国家が存在するが、少しずつその数を減らしている。
気候は常冬。荒涼とした大地は食糧生産が少ないが、鉱物資源を多く有している。非常に迷宮の多いエリアで、モンスターの危険にさらされながらも、迷宮のドロップアイテムを重要な資源ととらえている。
エリアの民は冒険者でなくとも平均的にレベルが高く、厳しい大地を強かに生き抜いている。
魔法学園のエリアから見て南側にあるのは、様々な亜人の暮らすエカエリ諸島。
国というほどのものは作らず、大体が種族単位の群れで生活している。火山地域には竜人、山脈にはドワーフ、森には獣人、小さな島々には人魚が暮らす。戦争は起こっていないが、種族による小さな領土争いはたびたび起こっている。
気候は常夏。豊かな自然の恵みのなかで、狩猟や漁業が盛んだ。自然が力強い分、モンスターも強く大型なものが多い。
エカエリ諸島の東側にあるのが、ユエランピア亜大陸、エルフたちの住む土地だ。
エルフたちは秘密主義で、ヒューマンとも亜人とも仲が悪い。その地は神秘王国という統一国家が治めていると言う。森に感謝し、精霊たちを信仰する多神教的な宗教の中で、精霊魔法などの様々な魔法を発達させた。
気候は常秋。魔力を帯びた植物が多く、作物を育てて実りを豊かにするような魔法も存在するという。しかしエルフたちは、自然を自分たちの力で大きく改変することを望まない。
玲奈たちは皇都に着くと、馬車の護衛の冒険者たちから、モンスターのドロップアイテムを売った代金の分配を受け取った。道中こまごまと休憩中に現れたモンスターなどを退治していたので、それなりの金額になっていた。
アイテム分配の割合は、ギリムやスドンはほとんど役に立っていないのに、玲奈たち4人分という計算でアイテムを売った代金の半分を渡された。大体1万Gだ。
護衛の4人の冒険者たちは、レベルがいくらで、スキルが役立つからプラス何Gと、かなりシビアな金額の計算をしていたので、分配の計算は単純な人数割りではない。玲奈たちが魔法使いを含むパーティーだから、優遇されているのは明らかだった。
その上玲奈が魔法を使った分のMPポーション代だと言って、金を渡されそうになった。別に玲奈はMPポーションを使っていないが、たくさん魔法を使ってくれた謝礼金だという。魔法職が魔法を使うのは、当然のことなのに。
流石に罪悪感を感じて、玲奈はその金は断った。冒険者たちのポケットマネーから出された謝礼金だった。厳しいやりくりの中で仕事をしている彼らの分の報酬が消えてしまう。
分配を受け取り、馬車代を払うと、玲奈たちはまず皇都のワープポイントに向かった。
魔法学園も大都市だったが、皇都もまた種類の違う華やかな大都市だった。
巡礼者と観光客で賑わう、生産性の小さい消費者ばかりが集まる都市には、消費者を目当てにした商店が立ち並ぶ。学者の都市である魔法学園とはまた違っている。
また、魔法学園が魔法使いの拠点だというのならば、皇都は強力な神聖魔法を使う、聖職者の拠点だった。
「ああ、やっと着いた」
玲奈はワープポイントに置かれた背の低い塔のようなアイテムに触れて、その地点を記録した。
特殊魔法のワープだけでなく、伝達や配達のようなスキルの目標にもなるので、大都市でなくともそれなりの村にならばこのワープポイントは配置されている。これが置かれていない場所を記録するには、それ用のアイテムが必要だが、貴重なアイテムなのでまだ玲奈くらいの冒険者には売ってもらえない。どこか辺境に冒険に行く予定もないので、まだ必要ないけれど。
「さあ、ワープポイント記録できたからもういつでもここに来れるようになったけど……。一回学園に戻ってもいいよ?」
「今来たばかりで学園に戻ってどうするつもりだ、マスター。もしかして、体調でも悪いのか」
「いや、別に。そういう選択肢もあるってことで。じゃあ、皇都見物に行こうか。
私、まず大神殿に行こうと思うけど、どうする?」
玲奈たちは人の出入りが激しいワープポイントのある広場から離れたが、どこも人が多くて落ち着いて相談しにくい。
4人はとりあえず、遅めの昼食に適当な飯屋に入った。
「大神殿には、何か目的があるのか? 竜人である私は、あまり行かない方が良いと思うので、二手に別れてはどうだろうか。私がマスターの主人であるとでも勘違いされては、間違いなく騒ぎになる」
店では男たちが地味なスープや野菜の煮込みなどを頼んだが、玲奈は後で町の出店で買い食いをする気だったので、今は何も頼まない。
「大神殿と竜人って、仲でも悪いの?」
「一番悪いのではないか。私はこちらの人間ではないのであまりよく分かっていないが、聖職者が竜人を嫌っているのは確かだ」
(一番悪いって、どういう意味よ)
あまり意味が分かっていない玲奈を見て、ちびちびとスープをすすっていたギリムが、顔を上げた。
「大神殿は、聖職者を奴隷にすることを禁止してます」
「聖職者? 魔法使いは違うの?」
「俺も、別のとこでは魔法使い様が奴隷にされてるっていうのは、意外だしぴんと来ないですけど。でもその辺り、魔法学園は冷静じゃないですか。借金して奴隷になった方が悪いって。それに帝国では、俺たちみたいに貧乏な奴が売られて魔法使いになるって話だし。
でも聖職者は、よく言ってますよ。聖職者を奴隷にするなんて、帝国の連中とか亜人は許しがたい、けしからんって」
「特に、聖職者を含めてエカエリ諸島で最も奴隷を所有しているのは、支配階級の竜人だろう」
よく言ってますって。
「ギリム、聖職者の知り合いでもいるの?」
ギリムは、玲奈がどこまで常識を理解しているのか計りかねるような顔をして、説明した。彼はこの短い付き合いの間に、玲奈のこの世界の常識を知らない度合いは、彼女が世間知らずの魔法使い様だから、ではすまないレベルだということに気付き始めていた。
だがよく考えるとここに居る4人は、全員育った環境が違っているので、理解している常識も互いに違っている。
「ええっとですね。聖職者は、うちの村には居なかったんですけど、近くの村に小さい神殿があって、そこにいつも居ました。大神殿から派遣されます。魔法使い様より、全体的に人数が多くてレベルが低いんです。
魔法使い様は、年に何度か流しの魔法使い様がやって来て必要な仕事を受けてくれます。聖職者は近くの村の人間からお布施をもらって生活してて、普段からお布施をしてる人が病気になったら治療してくれます」
「あ、なるほど。お医者さんなわけね」
「んんと。医者みたいなすごい人には、大貴族とかしかみてもらえねえんです。大貴族は、医者と聖職者の両方を頼る。聖職者は、信心深くしてたら貧乏でもみてくれるんだ。
うちみたいに、普段から全然お布施してないと、何かあった時に診察してもらえねえんだけど。金もあんまり払えねえし」
医者と聖職者の違いはよく分からないが、どちらにせよなかなか難しいようだ。
病人の数と比べて聖職者の数が足りていないのかもしれない。聖職者の治療は、玲奈の世界に居た医者の治療と違い、MPを消費する神聖魔法だ。1日に何度も治療できるものではない。ならば村の有力者は、聖職者を独占したがるだろう。年をとったり酷い病気にかかったら、毎日医者に治療して欲しいものだ。
「ふうん。
……ええと、何の話だっけ。あ、そうだ、竜人と聖職者は仲が悪いって話だっけ。じゃあ、私とスドン、フルーとギリムに別れて回ろう。
私たちは、二人とも神聖魔法を取ってるし、何か役に立つ情報を手に入れられるかもしれないから。
スドン、奴隷だってことばれちゃまずいかな。首に何か巻いて、首輪を隠す?」
「いや、スドンのスキル構成はどう考えても冒険者のそれだ。体格や装備を見ても。奴隷の冒険者に神聖魔法を学ばせているだけならば、特に問題はないだろう。
それにマスターは、将来有望なヒューマンの魔法使いだ。いざとなれば、アイテムを使ってマスターのステータスを見せればいいだろう。その若さでそのレベルとMP量ならば、マスターが将来レベル30を越える冒険者に成長するかもしれないことは、分かる。レベル30の冒険者ともなれば、どのような人間を奴隷にしようと、ただの低レベルの人間が文句を言うことはできない」
玲奈は、この世界にやって来て、経験値を吸収する感覚を体感して、レベルが上がるということがどういうことか、気付き始めていた。
レベルが上がるということは、自分が別の生き物に変化するということだ。レベルが大きく違う、同じ種族の二匹の間には、確実に種の断絶がある。
低レベルの人間から見て高レベルの人間は、決して敵うことのない存在なのだ。少々のレベル差ならばともかく、大きなレベルの差があると、どれほど元々の才能に違いがあろうとあらゆるステータスに差が出てくる。特に、上級ジョブにつくことができるレベル30が、一つの大きな境目となる。
その壁を越えることのできる人間ならば、優れた誰かを奴隷にとることも、生まれに不相応な身分につくことも、認めざるをえないシステムがこの世界には存在している。
「私たちが大神殿に行ってる間に、ギリムとフルーはあちこちの装備とか道具を見てまわってよ。特に、ポーションとかアクセサリーとか。生産に役立つ情報を探しておいて。
武器とか防具は私たちも後で見たいけど、良さそうなの目星つけといてくれてもいいし」
インベントリはフルーが持っていて、その中には金が入っている。玲奈は頭の中のインベントリの画面から中身を取り出すことができるから、二人はインベントリの中身を共有することができる。アイテムボックスにも金は入っているし。
「出店でちょっと買い食いしてもいいよ。
いつでも買えそうな普通の武器とかは買わないでね。これを逃したらもう二度と出会えないかもっていうアイテムだったら、買っといていいよ」
フルーは玲奈の言いたいことを理解して、軽く頷いた。
「待ち合わせはどこにする? どこかの宿にするか。今日は泊まらず魔法学園に戻るのならば、ワープポイントで待ち合わせをするか」
魔法学園に戻ることができるのに、皇都の宿に泊まるのは勿体ないかもしれない。大神殿だけ行って、もう帰るだろうか。
(どこか、他にいくところ。一通り皇都はあちこち行くつもりなんだけどな)
「あ、そうだ。冒険者協会にそろそろ入っておこうと思ってて。先に終わった方が、覗いておこうよ。どうせ奴隷も含めて一人ずつ登録しておかないといけないし」
「了解した、マスター。大体の時間としては」
「ううん、じゃあ、3時間後に協会で」
大神殿に向かう大通りの坂道には、土産物屋や食べ物屋が通りの両側に立ち並ぶ。
この世界で手に入れられるアイテムは、当然のことながらゲームの頃よりもずっと種類が増えている。
しかし同時に、効果の怪しいアイテムが玉石混交して、良いアイテムを見つけ出すことが難しくなっている。その上同じアイテムであっても、その効果は一つ一つ微妙に違っている。
大量生産の規格品ではないのだ。
「わあ、怪しげなお守りがいっぱいある」
宗教色を前面に出した観光都市であるだけに、当然土産物の中にはそういったものがたくさんある。元の世界と違っているのは、お守りに本当に効果があるところだ。
「ああ、結構安いし買ってもいいかもなあ」
今のレベルの玲奈たちが手に入れられるようなアクセサリー類は、安くて効果が低いものばかりだ。装備品をワンランク上のものに変えるよりは安くつくけれど、その分さほど効果がない。指・腕・耳・首など一通りアクセサリーをそろえれば効果も増すが、それだけ買うとやはり高くつく。
もう少し良い効果のものが手に入れられるようになるまで、アクセサリーには手を出さないでいようかと思っていた。ギリムも装飾細工をスキルに取っていることだし。
しかし思っていたよりも、ギリムのスキルも玲奈たちのレベルも上昇速度が遅い。
良いアクセサリーが手に入れられるようになるまで、まだまだ時間はかかるのだから、それまで少し買ってステータスを上げておいてもいいかもしれない。
「なんかちょっと可愛いお守りもある。あ、これとか……」
ちらりと土産物屋を覗いて見ると、欲しそうなものがちらほら目につく。買い物好きな、女性観光客を当てにしたらしい、可愛らしい土産物が並ぶ。
玲奈は思わず、3つ4つ手に取ってキープしていて、ふと振り返った。
スドンを連れていたことを思い出したからだ。
スドンは、玲奈の後ろに従っていたが、全然違う方向を眺めていた。
「スドン、何見てるの?」
「レイナさん。甘いもの、好き?」
「うん、そりゃ。私はお肉とかよりも、やっぱり甘い物の方が好きだけど。屋台?」
「昔僕、山で、よく獲って売った。あれ」
以前食べたことのある味を、懐かしむようにスドンは言った。目は、その屋台から離れない。
「ん、どれ? ちょっと買ってあげようか」
(そういえば、いつでもここに来れば買えそうなものは、みんなで相談してから買おうって決めてたんだっけ。これ別に、明らかに一点ものじゃないし。後で来て、相談してから買おうかな)
玲奈はちょっと名残惜しく思いながら、丸い玉のついたパワーストーン的なお守りを手放して、スドンの見ている屋台を探す。
そこにあったのは、『焼きミツバチ』屋。
「みつばち?」
思わず玲奈の声が裏返った。
「みつばち。甘い」
「え? ミツバチって、甘いの?」
何を当然のことを、というような顔でスドンは頷いた。
「ミツバチからハチミツ作る、高い料理スキル。難しい。
ミツバチ捕まえて売る、山の仕事の一つ。良いお金になる。
でも、こっそりちょっと取っといて、焼いて食べる。それでも甘い。すごく。果物よりも」
砂糖を作るには大変な技術と設備が必要だから、砂糖の代わりにサトウキビをそのままかじって、おやつ代わりにするということだろう。
そんなことよりも、ハチがサトウキビのような役割をになっているのか、という話だ。
(ミツバチって、甘いの?)
玲奈は焼きミツバチの屋台をまじまじと眺める。ハチの体にミツがまとわりついてあまいということだろうか。
屋台の店主は、適当なサイズにぶつ切りにしたミツバチを、こんがりと焼いている。もうハチの体の原型はないが、その曲線のラインや色味、透明感などが、そのぶつ切りにされた身がハチであることを如実に語っている。
この世界ではミツバチもモンスターなので、地球に居たミツバチと違って、大きい。太った魚くらいの大きさをしている。
ハチ一匹分で、300Gだ。結構、いやかなり高い。
パーティーのリーダーであり、彼らのご主人である玲奈は、好きなだけお金を使うことができるとはいえ、装備品ならばともかく一日の食事にそういくらもかけてはいられない。
「これ買ったら、もうスドン他の食べ物屋台で買っちゃダメだよ」
「大丈夫。さっき、食べたから」
「すみません。一匹分ください」
一匹分のミツバチが、ぶつ切りにされてこんがり焼かれたものが、ちいさなお碗に入って出てくる。よく見れば、その中に昆虫の羽やとがった口先が混じっているのが見て取れる。しかしにおいをかぐと、プーンと甘く香ばしいにおいが漂ってきていた。
「ありがとう、ございます」
スドンは添えられた串を使って、一つのハチの欠片を口の中に放り込んだ。
玲奈は、魔法学園の料理長たちから、ハチミツのレシピを受け取っている。
レシピと言っても、そこには、非常に単純で大雑把なハチミツの作り方が記されているだけだった。
つまり、樽を用意する。
ミツバチの巣を獲ってきて、樽の中に出来る限り隙間なく詰める。この時、倒したミツバチの死体も一緒に樽の中に詰めること。ミツバチの巣でいっぱいになるような、丁度良いサイズの樽を選ぶように注意。
樽の蓋を閉めながら、隙間からゆっくりと魔力を注ぐ。魔力でハチの巣をしっかり浸し、中で生き残っているミツバチは魔力で溺死させる。たっぷり、それ以外の空気などが樽の中に入らないように魔力を注ぎながら樽を密閉して、一週間から十日置く。
その後樽を開くと、魔力に満ちたハチミツが樽いっぱい入っているのだ。
料理のレシピというよりも、何かの作業手順の説明のようだ。
樽の中の蜂の巣の隙間に魔力を流し込むので、必要な魔力の量は様々だ。多少作業が粗くても、料理人のMPが豊かならば、樽の中に魔力を満たすことは簡単だ。魔力が少ない料理人ならば、小さな樽でハチミツを作る他ない。
玲奈はこのレシピを読んだ時に、この樽の中に紛れ込んだハチは排除するのが面倒か、樽の隙間を埋めるための素材として使われているのだと思っていた。
でもそうではなく、ハチの体そのものもハチミツの原料になるのだろうか。
「スドン、ちょっとちょうだい」
スドンが差し出す碗から、串を一つ摘まむ。薄い羽の一部と、原型の見えないハチの身のどちらを食べるか悩んで、身を串で刺して取る。口に、思い切りよく放り込んだ。
(甘い……)
そして思ったよりも、固い。
ハチの体は、甘く香ばしく、嚙みごたえがある。ぎゅっと噛むたびに、甘い味が口の中に広がる。もう一つ取って、食べた。昆虫なんて食べたことがないけれど、虫の味ではない気がする。
「……ハチって、ハチミツの材料になるんだ。ハチの巣じゃなくて?」
スドンは、面倒見がよくて、玲奈にどうやら忠誠を誓っているらしいフルーや、魔法使い様として玲奈をまだ少し恐れながら敬っているギリムと違い、割とマイペースだ。玲奈のことをあまり気にせず、ちまちまとハチの体を噛みしめている。
「うん。ミツバチ、罠かごを使って捕まえる。
ハチの巣、ミツの材料になる。でも山のハチの巣、大きい、手に負えない。
村里、小さい育ってないハチの巣なら、知らない。
山で、家の近くに大きいハチの巣、冒険者に依頼。お金かかる」
(そりゃあ、ハチの巣の方が危ないか。こっちのハチは、超でかいし)
玲奈は甘いものをつまんで、ちょっと食欲が出てきたので、しょっぱいものも食べたいと思って出店を探す。
肉の塊を炙って、細かく切りだしながら売っている、ケバブのような料理を見付けて、小銭を出してそれを買う。
「ふうん。スドンの家って、木こりだったんだよね」
「農業出来ない。色んな事して、お金稼ぐ。お金で小麦買う」
ほとんど貨幣を使用せず、村の中で自給自足的な暮らしをしていたギリムと違い、山での暮らしにおいては貨幣獲得が重要だったようだ。
「じゃあ、ミツバチ以外にも何か山で捕まえて売り物になるものあった? あと、山に冒険者が取りに来るものとか」
「うん。キノコ。探すの難しいキノコ、美味しい、高額。キノコのモンスターも居る。冒険者は、キノコのモンスター狩る。美味しい、高額、凶暴。
後、調合の素材になる花。珍しい色の木の葉。
僕の、山。鉱物は採れなかった」
「ふうん。色々あるんだ」
スドンは、玲奈の買った肉を少し分けてもらって、嬉しそうにして食べる。
「美味しい食べ物の素材、よく売れる。売る量買う量多い、値段の相場、決まってる。
他の生産素材、買う仲買商人次第で、値段色々。買い叩かれる」
肉をスドンに分けてやって、手ぶらになった玲奈は、今度はさっぱりしたものが買いたいと屋台を見回す。ちょっと天気もいいので、冷たいお菓子やジュースが飲みたい。
しかし、アイスや冷えたジュースといったものは見当たらず、あるのはどろっと濁った濃厚そうなジュースばかりだ。仕方なく玲奈は、ジュースの中に団子のようなものが入ったあんみつのようなお菓子を買って、歩きながら食べる。
「あ、この店可愛い。紐のお守りとか、珍しい」
ひょいとのぞいた土産物屋で、複雑な組み紐を組み合わせた、色とりどりのブレスレットが並んでいた。ステータスアップの効果があるアクセサリーであり、ステータスごとに組み紐の形が違っている。
細工物的なアクセサリーならば、いつかはギリムが作れるようになるかもしれないが、そのアクセサリーは紐で作られていて、多分布生産スキルによる作品だ。
「えー。ステータスごとに4人分買っちゃおうかな。おそろいで」
ふと隣の店の棚を見ると、細かな刺繍の入ったフードが置いてある。魔法職のための、ステータスを上げる効果の付いた、頭装備だ。
皇都の店は、魔法学園よりも金持ちをターゲットとした店が多いらしい。魔法学園の近くで装備を買うとすれば、学園の生徒が多い。学園の研究者も居るが、研究者には知識と名誉はあれど、お金があるかどうかはあやしいところだ。
生徒たちは駆け出しの冒険者で、実家がお金持ちであることが多いとはいえ、まだまだ節約して装備をそろえなければならないことが多い。
一方、皇都に居を構える魔法職の人間といえば、聖職者たちだ。
若い者も老いた者も居て、レベルが高いものは少ないが、スキルが高い熟練の聖職者たちも多く暮らしている。その生活は安定していて、低レベル冒険者用の少々高い装備を買うことができることも多い。
観光客やこの地に住む裕福な聖職者をターゲットとした、皇都の店の商品は全体的に高価で、見た目も効果も少々手がかかっている。
「あ、なめした革の靴がある。ちょっと可愛い。こんなの魔法学園には全然売ってなかったし。ええ、悪くないんじゃない?」
「……玲奈さん、大神殿、は」
玲奈は何とか我慢して、土産物屋では何も買わなかったけれど、かなりの長い時間を店で消費していた。
一方、フルーとギリムたちは。
隙のない様子で、周囲の人ごみに警戒するように振る舞いながら、皇都の地理を把握しようとしていた。
「まず、どこに行くよ」
「マスターが行きたいと望んだ時に、行きたい場所に案内できるようにしておくべきだろう。皇都は広い。まだ地理が把握できていないのだ、案内板を探そう。
めぼしい店を一通り見て回ってから、アクセサリーの店と、ポーションの店を覗こう。それからマスターは情報を望んでいるはずだから、古本屋を見付けたら、気を付けておこう」
ギリムは革装備の内側に短剣を仕込みながら、周囲を見回している。
「さっきの店の料理じゃ、ちょっと足りねえな。歩きながら食おうぜ。しかし、皇都の屋台は高いな」
「観光客が多いせいだ。きょろきょろするな。スリに目を付けられるぞ。
マスターは大丈夫だろうか」
「玲奈様は、金を直接持ってる訳じゃないから、大丈夫だろ。革装備だし、貧乏な冒険者か奴隷に見えるよ、目を付けられることはないだろ。
安いし腹持ちが良さそうだから、麺でも食べるか」
「私たちは最近、口が肥えてしまって困るな。
あっちの屋台の焼きそばなら、肉が入っている。悩む時間も勿体ないし、あれに決めるか」
二人はさくさくと今日の予定を決定して、動き始めた。