魔法学園(2)
玲奈が講堂に着いた時、もうすでに年老いた教師による説明が始まっていた。
広い講堂の中には、50人ほどのローブを着た子供たちが座っている。
入学式に遅刻してしまったかのような空気感だ。
(でも何時開始だとか、どこにも書いてなかったじゃない!)
ゲームならば、いつでもプレイヤーがNPCに話しかけた時点でクエストが始まるが、実際にこちらの世界の中ではそう上手くはいかないだろう。
というよりも、そんなプログラミングじみたNPCばかりでは、反対に嫌だ。
だがこの様子では、よほど上手くタイミングを合わせないと、様々なイベントのフラグも多分成立しないだろう。例えば、仲間になってくれるNPC加入イベントなどは。
しかし、そのように柔軟性のある、現実世界であるからこそ、フラグを立てなくても、決められたNPC以外とでも、パーティーを組むことができるだろう。
グリンドワールドの、クエストに手を出すかどうかは、まだ悩んでいる。
玲奈はこっそりと、講堂の後ろの方の席に潜り込んだ。
彼女がほとんど聞いていなかった、偉い魔法使いらしき人物の話が終わって、怖そうなおばさんの教師による事務的な説明が始まった。
前の方から生徒たちに、いくつかのアイテムが配られる。小さなメモ帳と鉛筆、そして今日からの授業の時間割表らしき一覧表だ。
ゲームでの最初のチュートリアルでは、一通りの冒険知識と、基礎的な魔法スキルの取得が可能だ。上げられるスキルは十個なのだが、とりあえず補助に取って、スキルレベル0のままで置いておくぶんには、幾つだろうと可能だ。
その後は、上げたいスキルの専用NPCのクエストをこなしながら、魔法を学んでいく。
こっちでは、上げたい魔法を専門にしている教授の研究室に会いに行って、頼んで教えてもらうのだという。
専門らしき教師が、講堂の前方に代わる代わる上がって、自分の専門としているスキルの説明をしていく。
玲奈はそれを聞きながら、時間割表をチェックしていく。
物理職と比べて、魔法職はスキルがどうしてもたくさん必要になる。慎重に、選ばなければならない。
(まず魔法職なら、魔術運用と瞑想は必須。回復は取るつもりだから神聖魔法と、特殊魔法も便利だから、絶対要るでしょう。いざと言う時の保険になるもん、これも必要。後は、武器スキルどうしようかな、杖……)
特殊魔法は、スキルレベルが上がるとアイテムボックスやワープが使えるようになる。便利だし、絶対に必要だろう。
グリンドワールドでは、プレイヤーが初めから使えるアイテムインベントリは、持ち運び量が腕力に依存していて、魔法職ではほとんど入れられない。
そのために、特殊魔法のアイテムボックスは魔法職にとって必須の魔法だった。スキルレベルで10から使える魔法なのだ。
武器スキルと防具スキルは、取っておくとレベルが上がるごとに攻撃力・防御力が上昇するスキルだが、無くてもそれらを装備して使うことは出来る。
(でもいざとなったらソロで、回復しながら杖で殴ることになるかもしれないし……。でも、防具は布装備か革装備か、悩むしなあ)
レベルの低い時は、布装備などろくな防御力がない。しかし高レベルになると、魔法職には、様々なステータスアップが付いた布装備が非常に優れている。
悩むことばかりだ。
そして何よりも、メインのスキルが。
(んー。付与魔法使いかー。ギャンブルだなあ。
でも、やっぱり普通の攻撃魔法使いじゃ、危険すぎるし。
怖いな。死ぬのは怖い)
玲奈は付与魔法については、ゲームで全く使っていなかったから、よく知らない。
攻撃魔法使いになろうと思ったら、範囲魔法や遠隔魔法などいろいろなスキルを取らなければならないので、他の魔法に手を出す余裕は無かった。
パーティーを組むうえでも、低レベルの間は全然関係無かった。あんな職は、もっといろいろなものが充実してから余裕があったらパーティーに入れたいジョブで、回復職が足りない彼女は付与魔法使いになど見向きもしていなかった。
だが今は、少し後悔している。
(付与魔法って、どんなのがあったっけ。全然組んだことないからね)
玲奈は付与魔法専門の教授の話を聞き、彼の研究室の場所をメモしておく。
にこにこしていて、意外と若そうな男の教授だ。
彼の話ではやはり、あまり付与魔法スキルは人気がある方ではないらしい。
(あとは、付与魔法の様子を見ながら取れるだけ取ろうかな。
暗黒魔法って、なにかしら。ゲームでは、なかったわ。
それから、生産も一つくらいとってもいいかも。それから、二つくらいはスキルに空きをとっときたいし)
時間割表を見ながら、一週間くらいで、大体補助スキルにいれておく分も含めて一通りのスキルを取る予定を決めた。一日に三つくらいずつ。
この一週間では、スキルを取って色んな授業を受けるだけで終わりそうだ。合間に、スキル上げをしながら、情報を集めて、おつかい系のクエストなんかも受けたい。
ある程度準備が整うまでは、実際に戦闘してレベル上げをするつもりは全くない。
だって死ぬかもしれないのだから。
まずは、おつかいクエストを受けて、お金を貯めるつもりだ。
装備やポーションをしっかり揃えて、冒険へはそれからだ。
(焦らないで、ゆっくりいくわよ)
各教授たちによるスキルの説明が終わった後は、もういちど怖そうなおばさんに戻って説明がなされる。
多分彼女は、学年主任のチェンバー女史だ。チュートリアルクエスト以外で特に関わらないので忘れていたけれど、彼女は、グリンドワールド内に居たNPCだ。
(本当に、NPC、居るんだ)
「いいですか、皆さん。決して、焦ってすぐに迷宮に潜ろうなどとは考えないことです!
じっくりとスキルを学び、修練場で魔法スキルをできる限り、上げてから挑むことです。
間違っても! 今日、この後迷宮に潜るなどと言うことの無いように。
それが守れなければ、一週間以内に、あなたたちの中から死人が出ますよ」
その女史が、いったい何を何度も繰り返して注意しているのかと思えば、こんな話だった。
全く目新しい知識などないお説教だが、これだけ厳しく注意するということは、よほど大勢いるのだろう、今日にでも迷宮に潜りたがる気の早い魔法使いが。
まあ、ゲームだった頃は、覚えていないけれど、女史の厳しい忠告など、単なるフラグに過ぎなかいと考えて、とっとと迷宮に潜っただろうが。
魔法学園には、魔法学園所有の迷宮がある。それ以外に、フィールドでもモンスターが出現して、こちらの方が出現頻度が低めだった。
魔法学園の迷宮は弱めで、最も初めにクリアできる迷宮の一つだ。玲奈は、Lv25でクリアした。ただし、Lv40相当のリヒターを含む、6人でパーティーを組んで、である。
「パーティーに高レベルの仲間がいるからと言って、実力以上の階層に進まないこと! 突発的な出来事が起こった時に、対応できませんからね。
それから、分不相応に高価な武器・装備を買わないことです」
魔法学園の生徒たちは、わりと皆お金持ちであるらしい。
だから、入学したての今でも、非常にいい装備を買ったり、上級冒険者を雇ったりすることができる。
それは、ゲームでは考えられなかったことだが、当然かもしれない。
「高価な装備は、いつ壊れるかわかりません。迷宮は、そういう場所なのです。
稼ぐことも出来ず、壊しては買い換え、死なせては買い換えていたのでは、あっという間に破産してしまいます。
私は、そういう生徒を、何人も見てきました」
時間割表をチェックしながら、ぼんやりとお説教を聞いていた玲奈は、聞こえてきた単語に違和感を覚えた。
(ん? 買い換える? 死なせては?)
「奴隷もそうです。
初めから高レベルの奴隷を買おうとしてはいけません。
まずは、レベル5以下の奴隷を買い、一緒にレベル上げをしていくのです」
魔法職は、学園内の見習い魔法使い同士、協力し合ってパーティーを組むことができる。
ゲーム内では、物理職は、NPCを仲間にすればよかったが、実際はどのように仲間を組むのかと考えていた。
戦士ギルドのようなところに、冒険者を探しに行くのかと思っていた。
ただ、魔法学園の近くに戦士ギルドは無かった。なぜだろうと思っていたのだ。戦士ギルドは迷宮帝国側のエリアなどにしかなかったのだ。
思ってもみなかった単語が聞こえた。
奴隷。
(奴隷? 奴隷が居るの?)
「あなたたちのレベルが上がったら、奴隷を買い替えるのですが、その時までに奴隷のレベルを上げるようにしなさい。
買い換える時に、育てた奴隷を売れば、値段は新しく買った奴隷とのレベルの差額で済みます。勿論、相手は商人ですから、商人にいくらかは取られますが。
それから、最初の奴隷を買う時には、教育を受けていない奴隷にすると良いでしょう。教育を受けていない分、安く買えます。
学園に、奴隷を教育する授業が開かれますから、ぜひそれを利用するように」
女史は真面目な顔で忠告をした。
(しかもなんか……。
奴隷を買うのが、普通みたい)
玲奈は、しばらく呆然とした。