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迷宮世界グリンドワールド  作者: 吉岡
新しい仲間
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新生活(5)

 

「ストップ!」


 玲奈に声をかけられたが、止まることができずにギリムは何かにつまづいてしまった。

 抱えていた革鎧を落としてしまったが、装備の一部が地面に落ちずに宙に浮いている。

 そこに手を付くと、何か見えない四角いものが、低い位置に存在した。


「あ、ごめ~ん。

 見えないと危ないよね。ちょっとギリム、目印にそのまま座っててよ」


 玲奈はちょこまかと動きながら、夕飯の支度をしていた。

 網の上に鍋を置いて、あらかじめ作ってあったらしき料理を温め直している。空いた網の隙間には、パンが置かれてあぶられている。

 ギリムは見えない何かに座ったまま、食器を受け取って待っていた。


「何、してる。イスの真似?」


「ここにイスがあるんだよ、俺は目印だ」


 現れたスドンが、きょとんとした顔で、そこにある何かにペタペタ触った。


「何、これ」


「壁って魔法じゃねえ?」


 フルーは装備を部屋の中に片付け終えて外へ出てくると、玲奈の手伝いにパンをひっくり返しながら、ギリムたちに今日起こったことを報告し始めた。

 その途中で、ギリムはあることを思い出して立ち上がった。


「あ、あの。俺、生産スキルの時に、素材を預けられたんですけど。

 その、金と銀を」


 鎧の胸元の隙間に、お金とともに入れていたのだ。鎧を脱いだ時に、思い出した。今日一日、これを突っ込んだままスキル習得に励んでいたのかと思うとぞっとする。


「あ、そっか」


 玲奈が立ち上がって、ギリムの手を覗き込む。


「うーん。こういうのを保管する宝箱も、ちゃんと人数分用意しないといけないよね。

 貴金属とか宝石類は、装飾細工に使うことになると思うから、ギリムに管理してもらうことになると思う。

 これくらいの大きさじゃ、何も作れないと思うけど、ドロップアイテムでそれらしいのがあれば渡していくから、自分で貯めて考えて作ってね」


「……え?」


「今は、私が預かっておくね。小さいから、失くしちゃうかもしれないし。保管用の箱は、明日にでも売店に買いに行こう」


(俺が、管理?)


 ギリムは愕然として手の中の小さな粒を見る。

 これを使って、何をすればいいのか欠片も分からないというのに。

 いや、何から何まで、主人が面倒を見きれないということも分かる。玲奈やフルーにだって、自分自身のレベル上げがあるのだから。


 フルーは、玲奈の後ろから、ちょっと同情したような顔でギリムを見ていた。


「まあ、生産スキルを持つのなら、生産素材を管理するのは当然の話だろう。分からないことがあれば、私に聞いてくれて構わない。

 高価なアイテムは、しばらくは使わずに保管しておけばいいだろうし、使う時にマスターに相談してもいいはずだ」


 フォローするように、声をかけてきた。

 玲奈はにこりと笑って、とりあえず今は彼女が預かると、ギリムの手の粒を手に取った。


「それじゃあ、全員自分の食器を持って、並んで。

 今日の夕飯は、大きいお肉だから、一人五切れって数が決まってるの。お腹いっぱいだったら、フルーが食べてくれるだろうから残してもいいけど」


 金属の粒をインベントリに放り込んで、玲奈は鍋の蓋を開いた。



 奴隷たちのお碗には、大きな固まりに切った肉が、どかどかとのせられた。長時間かけて煮込まれた肉の隣には、柔らかく煮られたジャガイモが添えられている。煮汁がとろみを帯びて、つやつやと輝いている。


 その固まりの肉の迫力に、ギリムは息を飲んだ。


「す、すげえ」


「うちで作ると、野菜が少なくなっちゃうのが難点なんだけど。食堂の料理は、野菜多めだから別にいいよね」


「なぜ?」

 スドンも、手の中の夕食から目を離せない様子で、玲奈の話に合いの手を挟んだ。


 お碗に、焼いたパンを添えられて、三人は透明なイスに並んで座る。玲奈は一人、元々座っていたイスをかまどの側に寄せて座っている。


「ん? 肉がタダだからね。どうしても、そればっかり使っちゃう。野菜は高いし、市場で買わなきゃいけないから」


(ドロップアイテムか。ラッキーじゃねえか)


「はい、それじゃ、食べていいよ」


「「「はい!」」」


 奴隷たちは、勢いよく食べ始めた。




 ギリムはフォークを肉に突き刺した。大きく口を開けて、かじる。柔らかくほぐれた肉の味が、口いっぱいに広がった。

 しっかり塩味が利いていて、肉の味の煮汁がたっぷりと口の中に広がる。

 だが何よりも、これほど大きな肉の固まりを、ギリムが一人で食べていいという感動に、彼の胸は震えていた。しかも、まだ鍋には彼の分の肉が二切れも残っているのだ。


(あー。うまい。しかも、すげえ、肉だし。

 フルーが心酔するのも分かるな)


 ちらりとギリムが横目で玲奈を見ると、彼女はお碗の中の料理を見て、ため息を吐いていた。


「料理と呼ぶにも、おこがましいわね。

 やっぱり、調味料の種類が」


 小声でぶつぶつ呟いている。

 ギリムには何を言っているのか分からない。

 元より、玲奈が独り言で呟くことや、フルーと相談している内容は、理解できないことが多い。


(これだけうまいものを食わせてもらうと、ちょっと女神みたいに見えてくるな、この人のこと)


 ギリムはただ、彼女の料理に感動していた。


「それで、ギリムのスキルの話だけど、活性スキル取ってくれていいよ。活性か戦闘技術かって、要は体力か腕力かだから、やっぱりないと困るのは体力だもんね」


 ギリムのスキルの話なのだが、ギリム自身がいまいち理解できていないために、玲奈の言葉にはフルーが相槌を打っている。

 ただしフルーも、いつもは玲奈の言葉を決して聞き漏らさない、という態度だが、食事中はあまり頼りになりそうではない。


「スタミナについては、私はよく知らないんだけど、多分帝国領にはスタミナポーションとかが売ってると思うんだよね。作り方は、さらにその先の話だけど」


「なるほど。ギリムのスタミナに関しては、今のところそれで十分だと思うが、スドンのMPについてはどうする?

 確かマスターは、スドンには少し魔法を取らせるつもりだと言っていなかったか?」


 フルーは一皿分の料理をぺろりと平らげると、おかわりをよそうために立ち上がった。

 食べることにふさがっていた口が空いたので、真面目なセリフを言って見せている。


(フルーの奴、肉の大きい固まり、選んでないだろうな)


 今日の食事は、肉の数は一人づつ割り当てられているが、鍋の中でもその肉の大きさにはいささか差があった。ギリムも残りの汁を急いで飲み干して、立ち上がる。

 ギリムがフルーにはっきり文句を言うことは出来ないが、大きい固まりを狙うようならば、背後からプレッシャーをかけるつもりだった。


「うん。まあ、スドンの神聖魔法は、そんなに熱心にやってもらうつもりはないんだけど、ちょっとパーティーの余裕のためにっていう感じで。

 スキルレベル0から《小治癒(スモールヒール)》使えるし、10の《解毒(デトックス)》なんてあんまり役に立たないから、スキル上げもそんなに切羽詰ってないし。

 でも、確かにスドンはMP少ないのよね。

 瞑想スキルを取ったら、MP回復が速くなるんだけど、でも魔術運用スキルもなあ」


「どんな?」


 スドンが尋ねた。

 一皿目を食べ終わって、今はギリムの背後で、彼が大きな肉を選ばないようにプレッシャーをかけてきていた。

 ただ、フルーとは違って、ギリムとスドンは同じ新入り奴隷という対等な立場なので、ギリムが大きな肉を選びすぎるようならばスドンは、プレッシャーだけでなく実力行使に及ぶだろう。


「魔術運用はパッシブスキルで、ええっと、付けとくだけでスキルを使用しないタイプなの。スキル上げが、魔法を使うこと。

 このスキルが高いと、魔法を使ってる最中に敵に攻撃されても、魔法が失敗しにくいの。一回魔法を使って、二回目の魔法を使えるまで少し時間が空くんだけど、それも短くなるの。

 あと、このスキルを付けてると、レベルアップした時にMPが増えるわ。


 瞑想スキルは、スキルを使った時に、少しの間MPの回復速度が速くなるわ。あと瞑想スキルを上げると、魔法の威力が上昇するの。


 私はどっちも取ってるんだけどね」


 スドンがどういう種類の冒険者になるのか、ギリムにはあまり想像がつかない。

 自分自身がどのような冒険者になるのかさえ、想像が付いていないのだ。


「僕、パーティーの盾」


「うん。そうよね。

 だったらやっぱり、魔術運用よね」


(……今の、話通じてたのか?)


「パーティーの盾として、攻撃を受けながら魔法を使ってもらうことになると思う。攻撃が激しくなればなるほど、スドンの回復が重要になるから、詠唱継続力がむしろ大切なのよね」


 ギリムが首を傾げている隣で、スドンは満足そうに頷いている。

 それでいいらしい。


「マスター。魔法スキルを取れば、MPが増えるのだっただろうか?」


 フルーが、ギリムたちを横目で見ながら尋ねる。

 怜奈は頷いて、フルーというよりはギリムたちに説明するように話す。


「別に覚えておく必要はないけど、一応説明しておくね。気になるんだったら、また質問してくれたら何回でも説明するし。

 スキルを取ると、レベルアップの時に、スキルに関係あるステータスが上がります。あと、現在のステータスで高いものも、勝手に上がるの。


 例えばギリムは、元々のステータスの影響で、器用さが上がりやすい。スキルでは、生産スキルや投擲や命中で器用さ、ジャンプ・ステップで敏捷のステータスが上がりやすいの。

 スドンは元々のステータスの影響で、何もしなくても体力がガンガンあがる。

 反対に、フルーみたいな元々のステータスがどれも悪くないタイプは、まんべんなくステータスが上がっちゃってちょっと不便かもね。その場合は、少し意識して特定のステータスを上げるという手もあるわ」


(ふうん。スキルってそういうふうになるのか?)


 そんな話は知らなかった。多分クワスキルなんかは腕力が上がりやすいんだろう。

 ギリムはパンを煮汁に浸しながら食べる。パンを食べているのに、まだ肉を食べているの気分になれてお得だ。


 このことを知っていれば、農村でもみんな少しはそのことを意識してスキルを取っただろう。

 本当か嘘かは分からないが、本当ならすごく役に立つ情報だろう。


(これって、うちのご主人しか知らない情報なのかね。それとも、魔法使い様にとっては常識なのか)


 ギリムは、昼間会った魔法使いの教授や、物理系スキルの指導役たちのことを思い返してみた。

 スキルやステータスの関係を知っているというよりも、定番のスキル構成とそのメリットやデメリットを知っているという様子だった。


「だから、物理職は腕力が上がりやすいし、盾系のスキルを持ってると体力が上がるし、私みたいな純粋な魔術職は防御が紙なの。


 ああ、体力の魔素の宝玉出ないかな。

 あっ、そうだ」


 怜奈は、奴隷たちの半分以下の量の食事をやっと食べ終えると、フォークを机に置いて立ち上がった。

 その時ついでに、ギリムにリンゴと包丁を手渡していく。


「包丁も短剣のくくりに入るからさ。スキルの低いうちは、それだけでスキル上がるよ」


 そう言い残して、彼女はパタパタと部屋の中に入っていく。

 ギリムが戸惑っていると、フルーはさっさとリンゴを剥けという目を向けてきた。仕方なくギリムは、慣れない手付きでリンゴの皮を剥き始めた。


 しかし、スキルを取っていなかったから、ほとんど料理はしたことがない。いちいちリンゴの皮を剥いて食べる意味が分からないので、どうやって剥くのか想像がつかない。

 もたもた包丁を当ててリンゴを剥いているうちに、本当にスキルが上がった感覚があった。


 リンゴがガタガタに剥き上がった頃、怜奈は部屋から出てきた。


「いつまでも置いておくのも怖いし、レベル1の時が一番効果あるし、使っちゃおうか?」


 彼女は、片手で箱を抱えていた。


「これ、売店で売ってる保管用の宝箱、小。登録した人しか、開け閉めや持ち運びできません。とりあえず、盗まれないように高価なアイテムはここに入れとくといいよ」


 フルーが、透明なイスからがたりと立ち上がった。


「ま、マスター、まさか、あれを使うのか?」


「なんでそんなに過剰反応するかな。なにかトラウマでもあるの」


 怜奈は、四つ割りしたリンゴの一切れをくわえると、あっさりとそのふたを開けた。


 それはまるで、本当の宝箱のようだった。

 中には、歪な形をした宝石が、コロコロといくつか転がっている。金や銀色の固まりもあった。


 玲奈は、先ほどギリムが彼女に返した金属の粒をその箱の中に戻すと、そこから二つの宝石を取り出した。どちらも少し濁った白色で、何かを書いている紙がくっ付けられている。


「こっちがギリムで、こっちがスドンのものね」


 言いながら怜奈は、二つの宝石を二人に押し付けた。

「これ、何ですか」


「魔素の宝玉っていう、ドロップアイテム」


(魔素の宝玉?)


「マスター、せっかくドロップした知力の宝玉まで、奴隷に使わせるつもりかい?」


「もう。私はこれ以上知力を上げても、あんまり嬉しくないって言ってるでしょ。

 私はあんまり、知力特化になりたくないんだから。私が敏捷上げても、それこそ意味無いし」


「魔素の宝玉って、それって、使うとステータスを上げられるアイテムのこと、ですか?」


 ギリムは恐る恐る尋ねた。以前、奴隷商のところで見た、破産した魔法使い。あの男は、魔素の宝玉で破産したのではなかったか。

 ギリムはこっそりスドンを見た。

 スドンもちらりとギリムを見返した。


「それって、すげえ高いんじゃ……」


「えっ、知ってるの?

 確かに高いアイテムだけど、ドロップで出た訳だし、使わなきゃそれこそ勿体ないよ。

 あんまり気にしないでいいよ、ギリムが使うのは敏捷の宝玉で、魔法学園のエリアでは需要がなくてあんまり高くならないから」


「俺のって、じゃあ、スドンの方は?」


 思わず尋ねると怜奈は、あはは、と笑った。


(なんか、さっき、知力とか言ってたけど、知力って魔法使い様が一番伸ばしたがるステータスだよな。すげえ、高いやつじゃ……)


 スドンの方を見ると、いつも何を考えているか分からないスドンが、心なしあおざめているように思える。


「さあ、高いアイテムだし、なくしちゃうと怖いから、さっさと使っちゃって」

 高価なものだと思うと、宝玉を持つギリムの手も、少し震え始める。


「あ、そう言えばフルー、このアイテムどうやって使うの?」


 尋ねるられてフルーは、仕方なさそうにため息をついた。


「さあ? 口の中にでも、突っ込めばいいのではないかな」


「ん、そうかな。

 じゃあ、軽く水で洗ったら、かじってみる?

 《(ウォータ)》」


 彼女は軽く囁いて、器用に二人の持つ宝石にだけ水をかけた。


「ほら、食べてみて」


(食べろって、このすっげえ高そうな石を、食べろって)


 ギリムは、ぎゅっと目をつぶって、一息に歪な形の宝石を口の中に突っ込んだ。口の中がいっぱいになり、固いはずのそれを何とか噛みしめようとした時、口の中から喉の奥へと大きなエネルギーが滑り込んだ。


「うわっ。なんか、体が」


 強い酒でも飲んだかのように、かっと熱くなって、そして強い酒でも飲んだかのように、目の前の景色がぐらぐら回り始めた。


「きゃっ、ギリム、ちょ、大丈夫?」


 ばたりとギリムは、その場に倒れた。




これにて、ギリム視点は終了し、章も次の章へ移ります。

ギリム視点の終わりとしては唐突かもしれませんが、彼の冒険と成長も玲奈視点でごく普通に続いていきます。


魔素の宝玉、どうやって使えばいいのか、作者も考えていませんでした。

多分、ギリムの使い方は正しい使い方ではありません。

魔素の宝玉の強いエネルギーにより、レベル1の低いステータスに対して、ステータスが急激に伸びるので、ギリムは倒れてしまいましたが、一晩寝て起きれば、元気になります。


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