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迷宮世界グリンドワールド  作者: 吉岡
新しい仲間
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新生活(4)

 

 修練場は広く、同時に学園内のどの場所よりも汗臭い熱気に満ちていた。

 夏が始まりそうなこの時期において、いささか致命的なにおいが生まれ始めていた。


 ここに居るのは、防具をしっかり身に着けて、汗をかきながら武器を振るっている奴隷たちだ。

 彼らが身に着けている防具も、決して新しく清潔なものではないので、皮や金属と汗のにおいが混じり合っている。

 玲奈が、清潔、毎日水浴びにこだわる気持ちも分からなくもない。

 同じ熱い場所で、同じ金属と汗のにおいのする場所であっても、作業場とはずいぶん違う。集まっている人数も違っているが。




「修練場に、戦闘に詳しい指導官が常駐しているから、時折訪ねて話を聞くとためになるだろう。だが、修練場でないとスキル上げの修業ができないわけではないから、そこまで長時間こもる必要はない。

 とりあえずしばらくは、スキル習得に通わなければならないが、私は最近はむしろ長屋の周りで素振りなどをしている。

 夏はあまり、ここに来たいものではないだろう」


 フルーは、修練場の中を案内する。

 剣の指導官、挑発スキルや盾の指導官、体術系のスキルの指導官、日によって誰が来ているかは違うものらしい。

 指導官たちは、立派な体格で、おそらくそこそこのレベルの冒険者だ。

 そして、首に奴隷の首輪を着けている。


 指導官たちは、装備品も風格も、修練場で修業をしている小汚い奴隷たちとは全く違っている。

 魔法学園の指導官と言う職業は、奴隷のままであったとしても、ギリムのような農家の三男からすれば、非常に栄誉な職業だ。給金だって、少なくない量が安定して与えられるだろうし、これくらいの地位に就けば奴隷であっても尊敬される。

 ギリムからすれば雲の上の話だが、多分彼らのような存在が、現実的なレベルで、奴隷としての最高の出世を遂げた存在に当たるだろう。



 フルーは二人を、汚い様々な武器が散らばる一角に案内した。


「スドンはハンマー、ギリムは短剣と投擲(とうてき)スキルを取れ。

 他の武器にできるだけ触れておいて、予備スキルに入れておくんだ。冒険の最中に、触ってしまうこともあるだろうからな」


「……分かった」

「ん」


 そのための武器なのだろう。

 だからこんなに、使い物にならないようなぼろい武器が転がっているのだ。


 ギリムは、とりあえず落ちている短剣を一本拾い、それをまじまじと眺めた。

 錆びついて、今にも折れてしまいそうな一本だ。

 短剣は他の武器に比べれば、まだ身近で使い方も分かる気がするが、冒険者としての短剣の振るい方はてんで見当が付かない。

 周りに誰も居ないことを確認して、ギリムは短剣を振り下ろした。


 頭の奥、どこかの扉がうっすらと開かれ、光が差し込むのを感じた。

 すっと、ギリムの体から何か、魂のようなものが抜け出ていく気がするのだ。

 ギリムは、自分が短剣スキルを習得したことを理解した。


 スキルを習得するのは、久しぶりの感覚だ。

 ギリムは農家の三男で、まだ将来の見通しが全くついていなかったから、スキルの空きも多かった。

 クワや鎌や農耕スキルを取っていたくらいだ。

 それから、失敗して一つ、関係のないスキルを伸ばしてしまったことがある。


 ギリムは、短剣を床に落とすと、近くに落ちていた槍に手を伸ばした。

 周りをきょろきょろと見回して、棍棒と剣もついでに拾い、近くの砂袋のところまで引きずって持って行く。

 流石に短剣と違い、長い武器を適当な場所で振り回しては危ない。

 ギリムは剣を構えると、重さによろよろしながら、砂袋に切り付けた。


 頭の奥の扉が開き、今度はギリムはそのわずかに開いたばかりの扉を、しっかりと閉じた。


 スキルは、いくつでも習得することは出来るが、所有して成長させることができるのは10個だけだ。

 そして、一度ある程度まで成長させてしまえば、もう取り返しは付かない。10個のスキルの空きのうちの一つは、それで一生決まってしまうのだ。

 もちろん奴隷のように、スキルもレベルも何もかも、全て空っぽにしてしまうことはできるが。


 スキル構成は一生に関わる非常に重要なものだから、間違って必要のないスキルを成長させないように、関係のないスキルは成長の扉をしっかり閉じておかなければならない。

 つまり、あらかじめ予備スキルに入れておくのだ。


 ギリムは17年の人生経験の中で、無数のスキルを習得し予備に入れてきたが、レベル1に戻ってその予備スキルも全て失われたので、予備スキルの入れ直しをしなければならない。

 冒険の最中に、何かの拍子でスキルを習得して、気付かないうちに成長させてしまっては困るからだ。


 実際、そういうことはよくある。

 農村の普通の家で、ステータスの確認など年に一度も出来ないものだから、気付けば子供が無意味なスキルを成長させてしまっていたということも、起こる。

 というか、ギリムはしたことがある。



 ギリムは様々な武器を不恰好に振りながら、様々なスキルを予備スキルに入れていく。

 すると、どうもスドンのスキル習得の様子を見ていたらしいフルーが、ギリムの様子を見にやって来た。


「短剣と投擲は取ったか?」


「ああ、取った」


「そうか。短剣の使い方や構え方に関しては、指導官に尋ねると良い助言がもらえるだろう。私にも、何か尋ねたいことがあれば聞くといい。

 投擲スキルに関しては、……ん、何と言っていたのだったか、同時に別のスキルを伸ばして欲しいらしい。急所だったか、命中だったか忘れてしまったが、後でマスターに確認する。

 次は体術の指導官のところに行く」


 昨日ギリムは玲奈に、何かのスキルレベルを頑張って上げるように言われた。

 何だったか、二つのスキルを、スキルレベル20まで。


「体術の指導官に、跳躍(ジャンプ)踏舞(ステップ)のスキルを学びに行く。

 あまり聞いたことのないスキルだと思うが」


「いや、ジャンプって、ジャンプだろ。ステップも、どっかで聞いたことあるよ。

 わざわざそれを伸ばすって、意味分からねえけど」


「多分、どこででもスキル上げができるスキルだろう。

 指導官からは、戦闘中にどのようにそのスキルを利用すればいいか、尋ねておいた方がいいのではないか。

 少なくとも私は、どう利用すればいいのか分かる気がしない」


 相変わらず偉そうな言い方だが、ギリムにやや同情しているようにも聞こえる。

 ギリムとしては冒険者としての知識や常識が足りないので、自分が玲奈からどのくらい無茶を言われているのか、これから何に苦労するのかがいまいち把握できない。

 意識してスキルレベルを上げようと考えたこともない。道具のスキルなどは、使っていくうちに勝手に上がって行くものだし、ギリムは他に大したスキルを習得したことがなかったのだから。


(多分、のんびり10年くらいかけて、スキルレベルを20にしてるんじゃ駄目なんだろうけどよ)





 体術の指導官のところで跳躍(ジャンプ)スキルを習得してから、踏舞(ステップ)の見本を見せられた時に、ギリムはふとデジャブを感じた。

 言われたとおりに、前方に数歩ステップを踏み、後方にバックステップを入れると、頭の中に新しい扉が一つ開いた。

 しかしギリムは、ふと気付いたのだ。


(あれ、俺、これ知ってるわ)


「武器が短剣だと言うんなら、ステップを踏みながら斬りつけて、素早くバックステップをして攻撃を避けるようにすりゃいいだろうよ」


「はい」


 後は、適当に使ってみろと言うことらしい。

 指導官にあいさつ代わりの助言を受けて、ギリムは近くで見ているフルーの方へ寄って行く。


「レベル1の割には、意外と様になっているのではないか。

 流石に素早いな」


 ギリムは、フルーの側に近寄って行く。


「俺、このスキル昔取ってたわ。

 ガキの頃、知らない間に取って、間違って成長させてたみたいでさ。

 このスキル、足が速くなるやつだよな」


 外で走り回っている間に、知らずにスキルを成長させてしまっていたのだ。

 村長にステータスを見る板を借りて、スキルを確かめた時に、両親が気付いた。

 当時は激しく叱られた。それ以後、わざわざそのスキルを、成長させようとはしなかった。


「さあ、私はよくは知らない」


「知らないって、あんたなあ」


 文句を言おうかと思ったが、フルーが少し困ったような顔をしているので黙った。

 フルーはギリムよりも色々なことを知っているかもしれないが、玲奈の考えを全て理解しているわけでもないのだろう。


 確かに周りを見ていれば、ステップやらジャンプやらを習得していそうな奴隷は見当たらない。


 ギリムは、その場で軽くジャンプした。

 ぴょん、ぴょんと跳んでから、勢いを付けて高く跳躍する。


「ハッ、ホッ、ホッ。

 スキル上げとかっ、延々っとっこう、してるっのか、よっ。

 ハッ、ハッ、いよっ」


 スキルレベルがまだ0程しかないので、あっと言う間にスキルが上昇した。多分ほんのわずか、0.1くらいの話だろうが。

 スキルレベルが0から5くらいまでは、あっという間に上昇するということはギリムも知っている。


 しかし、あっという間にギリムは地面にへたり込んだ。


「ああ、もう無理、もう、疲れた」


 フルーは、ギリムを見下ろしながら、納得したような声を上げた。


「ああ、そうか。スタミナ消費が大きいタイプのスキルなのか」


「スタミナ?」


「ああ。

 HP・MPと同じような要素だが、物理職のスキルはこれを消費することが多い。だが、ステータスを調べた時に同じように表示されないので、あまりはっきりしたことは分からない。

 HP・MPよりも、回復が非常に速いし、0になって命に関わるわけでもない。ただ、スタミナを必要とするスキルが出せなくなるだけだ。

 HPと同じように、自分にどれだけスタミナが残っているのか把握することは重要だが、減ると苦しくなるから、すぐになんとなく分かるようになる」


「走り続けてると、途中で疲れて、走っていられなくなるってことか?」


「まあ、そういうことだな。

 レベルが上がれば、スタミナも増えるだろう。ある程度レベルがある冒険者は、いくらでも走り続けていられるだろう。

 いや、魔法使いは違うかもしれないが」


 フルーは、スタミナが0になっても命には関わらないと言ったが、ギリムは玲奈が言っていたように、モンスターの攻撃を避けるタイプの冒険者になるのだ。

 避けているときにスタミナが足りなくなって、避けられなくなったら、それは死ぬのではないのか。


「スタミナって、回復するポーションとかはあんの?」


「……あるかもしれないが、見たことはない」


「それって無いのと同じじゃねえか」


 じろりとフルーを恨めし気な目で見ると、フルーは困ったように息を吐いた。


「そうだな、手が無いわけではない。

 活性(アクティヴィティ)というスキルがある。

 これは、使用している間ゆっくりHPを回復してくれるスキルなのだが、スタミナも同時に回復している気がする。

 私はスタミナをそこまで消費していないので分からないが、使用している間スタミナが減らないスキルかもしれない、判断は出来ない。

 マスターは、戦闘技術と活性のどちらをギリムに付けさせるか、悩んでいた。私は、マスターに活性を勧めておくが、良いか?」


「はい、いい、ですけど。

 戦闘技術ってどんなスキルだ?」


「戦闘技術は、武器の扱いや、戦闘中の身のこなしが良くなるスキルだ。簡単に言えば、攻撃力が上がる。マスターが言うには、戦闘技術を付けてレベルアップを続けると、腕力が上がるらしい。

 活性は、付けてレベルアップを続けると、HPが増えるらしい。スタミナも、もしかすると増えるかもしれないな」


「HPか腕力か。

 どっちも欲しいけど、俺はどっちも低いからな」


 物理職の冒険者は、そのスキルはどちらも取るのが普通なのだろう。スドンもフルーも、その二つは取っているようだ。

 HPと腕力が高い冒険者こそ、物理職の冒険者としては望ましい。

 しかしギリムは、そのどちらもてんで低いのだ。


「おまえのステータスは良くはないが、マスターがおまえに求めるものは、そういうものではあるまい」


(じゃあ、何を求めてるって言うんだよ。

 まあ、マスターが何考えてるのかは、俺たちの頭では掴みきれないんでしょうね)


「ギリム。私はそろそろスドンの様子を見に行ってくる。

 しばらくはスキル上げをしておくといい。

 スタミナはなくなっても、しばらく休憩すればすぐに回復するだろう」


「はいはい、分かりましたよ」


(今度は、短剣構えた格好で、ステップでもしてみるかな)






 指導官に話を聞いたり、時折フルーにアドバイスを受けたりしながら、ギリムたちは数時間修練場でスキル上げを続けた。

 夕方になってギリムたちは、フルーに連れられて長屋に向かう。


 部屋の前では、昨日と同じ位置、部屋の前に置いた椅子に玲奈が座っていた。

 わざわざ外に机を出して、片肘を突いて片手に本を持ち、机の上には杖が投げ出されている。


「《瞑想(メディテーション)》。《(ウォール)》」


 彼女がぼんやりと呟くと、しゅわりと地面からなにかが飛び出した。

 しかし何なのか、良く見えない。


「《(ウィンド)》」

 突然びゅっ、と玲奈の周囲に強い風が渦巻いて、消えた。

 風によって本のページがめくれるのを押さえながら、彼女は本を読み続けている。


(なんか、今、変な。

 あ、魔法か。

 なんで今、魔法なんか)


「マスター!」


 フルーが声をかけて、玲奈に彼らの存在を知らせた。

 彼女は顔を上げる。


「あ、みんな! おかえり~。

 《(ウォール)》」


 彼女が魔法使い特有の、奇妙な響きの声で囁くと、良く見えないけれども確かに存在した何かが、しゅわりと消えた。

 ギリムは思わず立ち止まる。

 玲奈はおかしそうに笑った。


「これ、壁っていう魔法なの。部屋の中で、私の部屋と男部屋の出入り口をたまにこの壁で区切ってるの。着替える時とか。

 今、特殊魔法のスキル上げをしてたんだよ。壁は、あんまり役に立つ魔法じゃないけど、特殊魔法をもっと上げると、ワープって言うすごく便利な魔法が使えるようになるから、集中的に上げてるわけ」


「はあ」

(魔法使いの、スキル上げか)



 農村にはたまに、流しの魔法使いが現れる。

 多分、冒険者をするのには少し頼りない、レベルの低い魔法使いだ。

 近くの危険なモンスターや、作物を食い荒らす邪魔なモンスターを退治してもらうのだが、その時の支払いは攻撃一発幾ら、という商売になる。

 そして魔法使いは、村長の家などでたらふくご馳走を食べ、農村においては貴重な貨幣を根こそぎ奪って、去っていく。

 それでも、ありがたい魔法使い様だった。


 ギリムはだから、学園内においても魔法が使われるのを目にすると、勿体ないという気持ちになってしまう。

 限りあるMPを惜しげもなく使って、高価な魔法を乱発する。

 それが、魔法使いのスキル上げなのだろう。

 そこでMPをケチっていては、良い魔法使いにはなれないのかもしれない。


「二人とも、今日は頑張っていっぱいスキルを習得してきたみたいだね。

 水浴びしてから、晩御飯にしようか。市場で買ってきた材料がまだ余ってるから、今日も私が作るの。今日は、昼からずっと部屋に居たから、ちょっとこった料理作っちゃった。

 水はフルーが運んであげてね。

 あ、部屋の中に上がる時は、足綺麗に洗ってからだよ」



(まだ子供で、魔法使いのくせに、言うことがどうも世知辛いな)


 母親の口煩さを思い出させる。

 姉も妹も、変なことでうるさいのは確かだったから、女と言うのはこんなものなのかもしれない。


「はあ、分かりました」


(フルー、俺の着替えついでに持って来てくれねえかな)




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