表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮世界グリンドワールド  作者: 吉岡
新しい仲間
23/45

新生活(3)

 

(一年目 七月八日)



 翌朝、ギリムが目覚めた時、もうすでに怜奈は部屋に居なかった。

 食堂で朝から昼まで働いているらしい。


 顔を洗って、固い着心地の鎧を身に付け、フルーに連れられて学園の中を歩き食堂へ行く。

 食堂で出た朝食は、昨日怜奈が作った料理と比べれば雲泥の差の味だったが、朝からそれなりの量が食べられて、奴隷の食事としては予想よりもかなり良かった。

 たとえ奴隷であっても体力勝負だから、食事面での待遇はかなり良いのかもしれない。


 フルーに案内されながら授業を受ける部屋に連れて行かれたが、各施設の位置をとうてい覚えられそうになかった。

 だって、学園内にある部屋の数は、故郷の農村に立っている家の数よりも多い。



 授業は、まずは冒険者の心得のようなものを教えられた。

 HP・MPの説明や、スキルについて、ドロップアイテムの探し方や処分方法など。


 HPの残りの量を感覚で把握できるようになれ、と指導されても、まだまともにモンスターと戦ったこともないのだから、その感覚が理解できない。

 しかしそれらのことを、素早くできるようにならなくては、自分の生命力も把握できないような奴隷はすぐに死んでしまうだけなのだろう。


(しっかし、よく分かんねえ説明ばっかりで、眠いな。この中で、何人がこの話を理解して聞いてんだ?)


 同じ授業を受けているのは、多分最近学園の生徒に買われた、冒険者奴隷ばかりだ。

 しかし、年配のそこそこ高価そうな経験者らしき奴隷から、ギリムと同じ売られた農家の三男・四男みたいな貧相な奴隷まで、種類は様々だった。



 特に身に付いたようにも感じない授業を終えて、別の部屋にスドンと共に移動し、読み書きと計算の授業を受ける。


 その授業では、初めに一枚ずつ紙が配られた。どうやらそこには、ギリムも知っているわらべ歌の歌詞が書かれているらしい。

 ギリムたちは授業の中で、繰り返し短い歌を歌わされて、歌詞をきちんと覚え直した。紙に書かれた文字を一文字ずつたどりながら歌う。


 文章を読むときには、紙の中の文字を探して、歌って文字を調べればいい、という話らしい。

 同じやり方で、1から10まで数字も、文字をたどりながら繰り返し唱える。

 授業の最後に、これ以上きちんと勉強したいのなら一人1000G払って本を買うように伝えられた。



 こんな短い時間では、少しも字を覚えられた気がしなくて、ギリムは途方に暮れる。

 1000Gだなんて、大金だ。だが、勉強をするためには金が掛かるのは当然だ。


 スドンとギリムは部屋を出て、食堂への道順が分からないと気付いてまた途方に暮れた。



「俺はとりあえず、こっちの方向だった気がすんだけど」


 首を傾げながら適当な方向に歩き出そうとすると、向こうからフルーがやって来た。

 見るからに亜人であるフルーは非常に目立っていた。周囲のヒューマンの奴隷たちは、体格の良いフルーを避けて通る。


「ギリム、スドン、終わったか。授業はどうだった」

 怜奈に何か命じられているのか、怜奈への態度から考えるに元々の性格なのか、甲斐甲斐しいのが少し気持ち悪い。


「あんまり、覚えられた気はしねえ、です」


「本、1000G」


 スドンが言葉少なに本のことを伝えようとして、フルーが首を傾げる。


「単語で話すのは、やめてくれないか」


「ああ、なんか、字の勉強をこれ以上したいなら、1000Gで本を買えって」


 へえ、と頷いて、フルーは教室の中に入って行った。指導役の人間に声をかけて、その本をパラパラ見ている。


「なるほど。一度の授業で字が覚えきれるはずがないからな。

 計算問題も載っている。良いものだな。

 これがマスターの言う、魔法学園イタレリツクセリというものか。

 すまないが、これ、もう少し難しい本は売っていないのでしょうか?」


「もう少し難しい計算問題の本と、ヒューマンの古代文字、帝国領の文語文の本なら、研究室にあります。

 私は、編纂という生産スキルを担当している研究者です。もし興味がおありなら、いつでも研究室を訪ねてください」


「ありがとう。

 マスターにお伝えしておきましょう。とりあえず、この本を2冊頂きたい」


 フルーはインベントリから金を取り出し、あっさりと本を買った。


(こいつ、これくらいの物なら、勝手に金出してもいい権限預かってんのか。

 奴隷なのに……。

 金、いくら預かってんのかな)


 ギリムとスドンで一冊の本を共有すればいい気がするのに。

 1000Gの本をあっさり2冊買ったフルーを、ギリムは驚きながら見ていた。





 その後二人は、朝よりパンが多めに付いた昼食を食べて、生産スキルの担当者の下へ連れて行かれた。


 鍛冶や装飾細工のスキル担当者は、魔法学園の多くの教授たちとは少し雰囲気が違っていた。

 知的で血筋の良さそうな魔法使いたちではなく、肉体労働者らしい雰囲気がある。

 多分魔法学園に雇われた、腕の良い職人なのだろう。部屋は研究室というよりも、作業場だった。



 フルーは作業場に入る前に、インベントリを床に降ろした。


「スドン、これ持てるか?」


 スドンが力を込めて、見た目よりもはるかに重い薄い布袋を持ち上げる。


「いけるな。

 中には銅の鉱石と、折れた銅剣が入っている。素材が必要で、これらが使えそうなら、これを使え。

 5000Gずつ渡しておくから、必要な道具は買っていい。ただし、何を買ったか聞くからな」


「5000G!」


 ギリムは思わず声を上げてから、はっと周囲を見回した。

 フルーは呆れたように息を吐く。


「マスターのように、大胆過ぎるのもはらはらするが。

 ギリム、私たちは冒険者だ。今後レベルが上がれば、桁違いの大金を武器にも道具にもかけていくことになる。これくらいですくんでいては、キリが無いぞ。

 大胆に金をかけなければ、強くはなれない。金をかければ強くなれるとも限らないし、かけすぎて失敗すれば、破産もするがな」


 言いながら、フルーは二人の鎧の胸元の隙間に、5枚ずつ硬貨を突っ込んだ。


「私もマスターに影響されて、近頃麻痺してきた気がするが、うちのマスターは、奴隷にも容赦なく、どこで大金を使うかの判断を任せてくるぞ。

 というわけで、ギリム、手を出せ」



 大金を胸元に持って、そわそわするギリムは、無造作に手を差し出した。その上に、小さな粒がころりと乗せられる。


 冷たくて、ずしりと重い二粒の欠片。金色と、銀色をしている。


「装飾細工スキルだから、金や銀が素材に必要になるかもしれない。持っておけ」


「うええ!


 こ、これで、幾らくらいするんだよ」


「さあ、ドロップアイテムだったからな。


 ギリムは、一通り教授の説明を受けて、必要な道具を買ったら、私のところに知らせに来い。

 スドンは、今日からできるだけスキル上げに励んでいけ。

 というわけで、入るぞ」


 ギリムは慌てて、二粒を胸元に入れた。フルーの後に続いて行く。

 二人は、それぞれ別の職人の前に連れて行かれ、引き渡され、フルーはとっとと出て行ってしまった。




 ギリムの担当になった職人は、胡散臭そうにギリムを見てから、事務的に話し始めた。


「宝石や他の素材を使うこともあるが、金属を扱う時、処理方法は主に3つある。

 熱で溶かして、型に入れて、鋳固める方法。

 工具で叩いたり削ったりする方法。

 特定の薬剤を使って処理する方法だ。

 金属の種類によって、溶ける温度や金属の固さ、使う薬剤は違ってくる。薬剤は、買うこともできるし、モンスターのドロップアイテムを集めてもいい」


 職人は、金槌やヤスリなどを床に並べる。


「炉は、この作業場に来て、使っていい。ただし、工具は買ってもらわにゃならん」


 ギリムは、職人に言われるがままに、職人が最低限だと告げる工具のセットを2000Gで買った。

 硬貨を差し出すときは、指先が震えた。

 しかしギリムにも、職人たちの商売道具である工具が、結構高価であることは知っている。それでも、2000Gはビクビクしてしまうけれど。


「一番簡単な、型で鋳固める方法を実践してみるか。

 作りたい形の模型を作り、鋳砂で型を作る。そこに溶かした金属を流し込み、型を取る。

 道具を買ったから、サービスだ、素材と型を1回分貸そう」


 職人はそういうと、石でできたひしゃくのようなものに素材の金属を入れる。

 ギリムは手袋ごしに、それを受け取って、あかあかと燃える炉の中に差し入れた。


「おい、坊主。おまえ、MPはいくらだ」

「? 1です」

「1だあ?! 舐めてるのか! そんなもんで生産スキル上げられる訳ねえだろ」

「え? 生産に、MPとか関係ある、んですか」


 ギリムは装飾細工を作る職人がどういうものなのか知らない。彼の村にはそんな職人は居なかった。

 しかし、鍛冶師ならば存在した。鍋を作ったり、農具を修理したり、包丁を研ぐ職人がだ。だが、あの老いぼれの鍛冶師が大したMPを持っていたとは聞いたことがない。

 作るものは多少違うが、装飾細工も鍛冶も、必要なステータスがそんなに違うとは思っていなかった。


「別に、生産にMPが必ずしも関わってくるわけじゃないが。

 おまえは女が身に付けるためのアクセサリーを作る訳じゃねえんだろ、冒険者が身に付けるアクセサリーを作るんだろうが。

 普通に作ったら、それこそ綺麗なだけのアクセサリーになる。何の効果も付かないアクセサリーじゃ、冒険者が身に付ける意味がないじゃねえか」



(……効果、効果?)

「効果って、身に付けただけで腕力があがる腕輪とか、そういうものですか」


「そうだ。

 冒険者をしてる鍛冶師と、普通の村に居る鍛冶師が作る剣が、どうしてあんなに品質が違うのかって言ったら、そりゃ魔力を使って作った剣だからだ。

 普通に考えれば、鍛冶しかしてないほうが、冒険者と兼業してるよりもスキルレベルが上がるのが速いはずじゃねえか。だが実際は、冒険者をしてる鍛冶師の方が、腕もスキルレベルも上だ」


 冒険者も兼ねている細工職人なのであろう男は、そう言った。


「魔力を使わないでスキル上げをしてもスキルは上昇するが、少し上がると一気に上昇のスピードが落ちる。

 何より、おまえみたいな坊主が魔力込めないで作ったアクセサリーなんか、効果もなくて見た目も悪くて、どこにも売れねえよ」


 炉の中に入れた金属が、あかあかと輝いている。

 職人は、ギリムが持っている上から、ひしゃくをつかんで様子を見る。


「まあいい、何の効果もない指輪になると思うが、やってみろ。

 この道具に魔力を通しながら、《創造(クリエイト)》って唱えろ。気休めみたいな呪文でしかないが、唱え続けろ。

 唱えながら、型に流し込むんだ。流し込む瞬間にこそ、強く念じろ」


「は、はい。

 創造(クリエイト)創造(クリエイト)創造(クリエイト)


 ギリムは熱いひしゃくを、落とさないように必死で支えている。

 重くて、どろりと粘度が高く、熱くて扱いにくい金属を、どうにかして小さな型に上手く流し入れようとする。


創造(クリエイト)創造(クリエイト)。《創造(クリエイト)》。ク、」


 どろどろと扱いにくかった金属が、魔法のように突然するりと流れて、型の中に収まった。


 ふっとギリムは、これまで彼自身の体の中に、存在しなかった何かが目覚めたことに気付いた。

 それは、例えて言うのならば、頭の奥底のもう一つの目であるとか、まだろくに動かすことはできないけれど、三本目の腕のようなもの。

 ギリムは、生まれて初めて、魔法の呪文を唱えたのだ。


 そして、装飾細工のスキルを習得した。

 ギリムははっとして、職人を見上げる。


「そうだ。それが、魔力を使うっていう感覚だ。

 魔力を使った瞬間、金属がお前の思うとおりに動くのが分かっただろう。


 これで完成じゃない。冷えて固まったら、型から抜いて、薬剤で丁寧に洗う。

 この後に、彫ったり宝石をはめ込んだりして、装飾を加えることもある。

 あらゆる工程で、魔力を使った方が金属が上手く動くし、美しいものが作れる。


 どんなアクセサリーを作れば、どんな効果がプラスされるのかは、まだ分かっていないことも多いからおまえが自分で探究するべきだな。

 だがまあ、もうちょっとレベルが上がって、MPが増えてからの方が生産スキルを上げるのには向いてるんじゃねえ?


 この指輪の続きは、また今度来た時でいいぜ」


「は、はい。

 ありがとうございました」


(なんか、2000Gでわざわざ工具買ったのに、全然このスキル使い物になる気がしねえんだけど)

 ギリムは深く頭を下げて、職人に見えないところでため息を吐いた。


 フルーは、ギリムが一通りの説明を受けたら知らせに来いと言っていたので、フルーの居る研究室に向かうことにした。

 しかし、同じ作業場で別の職人に説明を受けていたスドンも、様子を伺えばギリムと同じような状況だった。


 スドンは、のそのそとギリムに近付いてきた。


「MP、もうない、からって」

「だから、文章でしゃべってくれよ」


 仕方なく二人は、フルーの居る研究室に向かった。





 二人が、研究室の開いた扉から内側をそっと覗いていると、フルーはすぐに気付いてこちらにやって来た。


「もう終わったのか。二人とも」


「MP、足りないから」


 主にフルーはスドンまでやって来た理由を聞きたいのだろう。スドンは言葉少なに答えるが、意味が分からないだろう。


「生産スキルにはMPを使うんだけど、俺たちじゃMPが少ないから、っつうかもう使い切ったから、これ以上はできないみたい、だ。

 担当の奴が、そう言ってた」


「MPが無くても、スキル上げはできるはずだが」


 不機嫌そうにフルーは言うが、そんなことを言われても、ギリムたちは何もわからない。担当の職人がそう言ったのだから、そうだと信じるしかないではないか。


 ギリムが文句を言いたそうな雰囲気を察したのか、フルーは不機嫌そうな表情を直して、事務的に説明をする。

 ちなみに、スドンが何を感じているのかは、よく分からない。


「MPを使わなくても、生産をすることもスキルを上げることも出来る。

 ただし、MPを使った方が、素材を扱いやすいし、完成品の品質は良いし、簡単な物であれば大量生産も可能になる。

 ただし、スキル上げは、MPを使わない方が速く上がる。作業が簡単な分、修行にならないんだろう。


 二人とも、説明はもう受けて、スキルの習得は済んだんだな。


 スドンは今後、魔力を使わずに頑張って鍛冶スキルを上げてくれ。

 折れた銅の剣や銅の鉱石がたくさんあるから、まずはそれを銅の板に精錬してくれ。それから、銅のハンマーや銅の棍棒を、鋳造で作る。マスターが言うには、スキルレベルが低いうちから作れるらしいのだ。品質は悪くてかまわない。

 担当の教授にも、そのことは伝えておこう。


 ギリムは、装飾細工スキルは急いであげる必要はない」


 フルーは、困ったような、呆れたような口ぶりで、しかしギリムを脅していた。


「マスターが、言っていた。

 装飾細工については、鍛冶などと比べてもまだよく分かっていないことが多いんだそうだ。

 おまえが、字を覚えたら、本を読んで装飾細工について自分で調べて、アクセサリーを作って欲しいのだそうだぞ。

 本で勉強しながら、じっくり自力でスキル上げをすることになりそうだな」


「それって!

 字を覚えて、本を読めるようになってって、この先いつの話だよ」


「さあ。だがマスターの言うことだから、さほど遠い未来の話ではあるまい。


 じゃあ、予定よりも早く終わったから、修練場に行くか。

 物理職の戦闘スキルを、習得してもらおう」


 フルーはそういうと、スドンの持っていたインベントリを奪い、持ち上げた。

 スドンは、無表情で頷いて、付いていく。


(まだなんか、覚えなきゃなんないことがあんのかよ)


 今日と言う日はまだまだ終わりを見せないが、ギリムは早くもぐったりした気分で、仕方なく二人の後を追った。





もうすでにお分かりの方も居るかもしれませんが、フルーは元はちょっと良い家の坊ちゃんです。ただ、王子などの特別な地位についていたわけではありません。

だから、食堂の無料の食事はギリムにとっては文句を付けるようなレベルの料理ではありませんでしたが、フルーや玲奈にとっては美味しい料理ではありませんでした。

ただ、冒険者になってからのフルーの食生活は、奴隷になる以前から、かなり長い期間貧しいです。


ごく普通に自立して冒険者になったけれど、失敗して奴隷になってしまいました。

奴隷になったことを、実家の家族は知りません。

奴隷になった時に、連絡を取れば身内が買い取って解放してくれたでしょうが、フルーは半ば自棄になっていたのと恥ずかしかったために、実家に連絡をしようとはしませんでした。


フルーの実家の話を書くかどうかは分かりませんが、たとえ書いても全く遠い先の話です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ