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迷宮世界グリンドワールド  作者: 吉岡
新しい仲間
21/45

新生活

 

「ギリムは、何か武器使った経験とか、ある?」


「いえ、ありません。俺は、農家の出身です」


(鎌とかクワは違うだろ)


「そっか。

 悪いけど、ギリムのスキル構成とかは、私が勝手に決めちゃったから、あんまりギリムの意思を挟む余地は無いんだけどね。

 しばらくは、私の言うとおりに、スキル上げをしてもらうから」


 そんなことは、奴隷として当然のことだ。

 どんなに理不尽な目に合わされようと、低レベルの状態で高レベルのモンスターに対して盾にされようと、奴隷の扱いとしてはさほど珍しいものではない。

 ギリムはただ、頷いた。



 ギリムとスドンは、合計32万Gで買い取られた。

 自分の値段だと思うと何とも言えない気分になるが、しかし32万Gもの大金をポンと出すこの少女もいったい何者なのだろうかと思う。

 魔法使い様なのだろうが。

 32万Gなんて、ギリムにはどれほどの価格なのか、いまいち実感がわかない額だ。


 今も、大きめの武器店で、大量の武器を購入している。

 ギリムはエリュシオール程の都会に来たのは生まれて初めてで、これほど大きな武器店を見たのも初めてだった。

 だって、これほどたくさんの武器を、必要とする意味が分からない。

 しかし、ここは冒険者の街だ。

 多くの武器が必要なのだろう。

 ギリムの主人である玲奈だけでも、これほどたくさんの武器を購入するのだから。


 大型の武器店で、大して高いものを売っている店ではないので、普通は店員が接客などしてくれないはずだ。しかしこれまで何度か武器を買ったことがあるのだろう、元から顔見知りらしく、玲奈は店員相手に色々と注文している。


「投げナイフ10本と、短剣30本と、銅の剣が……うーん、20本買っておく?

 あ、スドン。ハンマー握ってみて」

(銅の剣一本で1000Gって言ってたよな。20本で、いくらだ?

 分っかんねえけど、1000Gっつったら、姉貴のすげえ欲しがってた結婚式用の靴が1000Gだったよな。

 なんか、ここであの人が払ってる金の方が、親父たちがもらった俺の身売り代よりも高いんじゃねえ? 姉貴の結婚式の衣装全部よりは、間違いなく高いね)


「スドンは、何か使ってたことある?」

 玲奈は、スドンに分厚いハンマーを持たせて見ながら尋ねた。


「家、木こり。斧使ってたことある」

 スドンは、馬鹿のような口調で、ぽつぽつと答える。

 奴隷としてはあるまじき口調だが、玲奈は気にする様子もない。


「斧かぁ。斧でもハンマーでも、どっちでも良い気がするけど、何か問題あるかな?」

「僕、多分ハンマーでも大丈夫」


「マスター、鍛冶師をしていると、ハンマースキルが上がる。

 私の知っている鍛冶師は、大体ハンマーを装備していたぞ」


「あ、そっか。じゃあ、ハンマーの方がいいかな。

 あと、鍛冶師って何使うっけ。トンカチ? じゃあ、5、いや学園でも買えるかな、3本で。

 ハンマーは、品質低くていいです」


 彼女は次々と武器を注文していく。

 大量注文なので、店員の方もほくほく顔だ。

 同時に、激しい値引き交渉も行われている。


 玲奈が店員と激しく言い争っている隣で、竜人がギリムたちに近付いてきた。



「インベントリという名前を、聞いたことはあるか?」


 ギリムは、この竜人に対してどのように振る舞えばいいのか分からない。

 その男は、ギリムと同じ奴隷のくせに、明らかにギリムたちを格下に見ている。こちらが新入りなのだから当然かもしれないが、同じ奴隷なのだからおかしい気もする。


 ギリムは元来、ひねくれているし口も悪い。

 亜人の奴隷に格下扱いされて黙ってはいられる性格ではない。

 しかしこの強そうで、しかも身分の高い者特有の風格を持つ男に、面と向かって逆らう勇気もなかった。


「……ねえよ」


「ない」


 スドンは相変わらず何を考えているのかよく分からない。


 竜人、フルーというその男は、自分が肩に掛けていた白い布製のカバンをどすんと地面に置いた。


「インベントリは、冒険者がよく使っているカバンで、かなり特殊なものだ。持ってみろ」


 偉そうな口調にイラッとしたけれど、ギリムは黙ってカバンの持ち手を掴んだ。


「んっ。

 ? はあ?」


 しかし、カバンはびくともしない。

 ギリムは意味が分からず、ぱっと持ち手を手放した。

 スドンも横から手を出して、首を傾げている。


「よっ。ん、重い」


「インベントリは、中に物を入れると重くなるが。見ていろ」


 フルーはカバンを開けて、中から金属製の鎧を取り出した。

 それは、その薄いカバンに入っていたにしては、大きい。


「中に物を入れても、膨らむことはない。いくらでも、ここに物を入れることが可能だ」


(すげえ、のか?)


 すごい話である気はするが、あまりピンと来ない。


「おまえたちが、このカバンを持つこともある。

 また、マスターはアイテムボックスという魔法が使える。入れられる量はマスターのスキルレベル次第だが、入れても重くならない」


 怜奈が、買い物を済ませてこちらに近付いてきた。


「あ、ありがとう、説明してくれてたんだ。そういう説明、ちょくちょくしてあげてね。

 二人も、分からないことがあれば、その都度聞いてね。まだ慣れないことも多いだろうから、別に覚えようとしなくていいよ。

 じゃあ、折角だから見せてあげようか。

 《道具箱(アイテムボックス)》」


 怜奈が、杖も振らずに不思議な響きのする声で唱えると、ポカリと箱が飛び出した。


(魔法と言えば火とか水のイメージだったけど、こういう魔法もあるのか)


「今、このアイテムボックスには枠が10個あって、1つの枠には同じ種類のものを99個まで入れられるの。見ててね」


 怜奈は、買った銅の剣を一本その箱に突き刺した。

 すると、するりと剣が吸い込まれて消えた。


「重くて、数があったらこっちに入れた方が便利。

 特殊魔法っていうスキルで、便利なんだけどスキルが1つ埋まるから、取ってる魔法使いは少ないかも」


 怜奈はその箱に、買った剣や棍棒やハンマーを次々入れていく。


 店からもらった袋に詰めて、短剣はスドンに、投げナイフはギリムに持たせた。

「後は、下着と着替えとタオルと、何が要るかな?」


「マスター、食料品」


「ああ、それは分かってるから。石鹸はいいかな、歯ブラシは要るか。

 あと、人数も増えたからメモっぽいものが欲しい。筆記用具と、白紙の本と、教授のところにあった黒板の小さいの売ってるかな。

 枕とか」


「枕は備え付けのものでいいのではないか?」


(どれだけ買うんだ。

 奴隷を買うって、んなに大変なもんなのか?)


 ギリムは、怜奈たちの買い込みに圧倒される。


 確かに、奴隷を買うということは、奴隷の衣食住の面倒を見るということだ。奴隷を買うより、住み込みの使用人を雇う方が安上がりだという話も聞く。

 ギリムの実家ならば、奴隷自体をただでもらっても、奴隷の生活を整えるだけで破産するかもしれない。


(つまり、ガキを一人産むのと同じわけだ)


 ただでこき使える労働力になるけど、生かし続けるためには金がかかる。

 最低限食わせていけばいいだけでも、金はかかる。

 買ってすぐに死なせてしまっては、買った分だけ損が出る。


(っつっても、金遣いが荒いな、このご主人様は。

 流石は魔法使いだ)


 ギリムは、感心半分、呆れ半分で、息を吐いた。






「《(ウォータ)》。

 じゃあ、服全部脱いで。

 体、綺麗に洗ってよ。フルー、ちょっと様子見といて。私は着替えて来るから」


 ギリムは魔法学園に着くと、裏手の庭で、大きな水瓶一杯の水と石鹸を渡された。

 買ったばかりの着替えもだ。


 魔法学園の中で素っ裸になるのは、少しためらわれた。

 魔法学園なんて、ついこの前まで、ギリムにとっては貴族たちが暮らす雲の上の世界だったのだ。

 しかし、フルーが待っているので仕方なく脱ぐ。



「二人とも、今後は基本的に、ここで毎日水浴びをすることになる」


「毎日?」


「マスターは、奴隷が不潔なのを許さないのだ。

 今の時間、マスターは自室で体を拭いている。部屋には入れないようになっているが、近付こうとするなよ」


「毎日って、水は?」


「マスターが、魔法で出す。

 マスターは、不潔なことは我慢ならない方だ。石鹸もしっかり使え。今着ている古着は、全て捨てる。何か問題はあるか?」


「無いけど。

 あの魔法使い、大丈夫なのか、金遣いとか」


 フルーは、ギリムを冷ややかな目で見た。


「確かに、マスターはお若いし、頼りなく見えるかもしれない。いささか警戒心も足りない、優しすぎる方だ。

 だがあの方の才覚は、大したものだ。私たちとは次元の違う、遥か先まで見通して、ものを考えている。

 ああいう方が、伝説クラスの冒険者になるんだ」


「なんだよそれ。意味分かんねえよ」


(伝説クラスって、話がでけえな)


 ギリムは、フルーから目を逸らして座り込む。脱いだ服を水を入れた(おけ)に入れて、じゃぶじゃぶ洗った。


 スドンもこちらに寄って来て、同じ桶に脱いだ服を入れた。


「マスターは、時折私たちには理解できないようなことをする。一体何を目的としているのか分からないこともよくある。

 だがそれは、マスターが私たちと比べて頭が良すぎるためだ。

 私たちが見えないものを、彼女が見ているためだ。

 彼女の目標とする未来は、時に遠すぎる」


 フルーは、熱く語った。

 驚いたことにこの亜人は、種族の違う幼い主人に、本気で心酔しているらしかった。


 ギリムは、脱いだ服に水を含ませて、体を濡らしていく。少し力を入れてこすると、古い皮がぼろぼろ落ちたが、いつまで経っても綺麗になるとは思えなかった。


「けどそれはよ。

 現実を見てないのとどう違うんだ? 夢見がちなのと何か違うのかよ。

 あのご主人様は、まだ子供じゃねえか」


 服で体を拭いて、全然垢が落ちないので、頭から水をかぶって流した。

 フルーが、そろそろ石鹸を使えと投げて寄越した。


(石鹸投げるとか、何考えてやがる。これだから、金持ちは)


 隣でとろとろと、足の裏の垢をこすっていたスドンが顔を上げた。


「あの人、別に、子供じゃない」


「はあ? あの、魔法使い様か?」


「多分、ギリムのが、下」


「何のことだよ。ちゃんと話しやがれ」


「だから、年が」





 全身の垢を繰り返し落とし、フルーに馬鹿力で頭まで石鹸をこすり付けられて、ギリムたちはやっと水責めから解放された。


 フルーに連れられて庭を通過すると、連続して数棟の細長い長屋(ながや)が建っていた。

 魔法学園の建物は、学園所有の迷宮を囲み、閉じ込めるように建っている。そのため敷地は非常に広い。

 だが魔法学園は、名門なので生徒数が少ない。

 長屋の部屋はすべて埋まっているのではなく、空き家が多い様子だ。


 夕方くらいの時刻になっていて、ギリムたちと同じように水浴びをしたのだろうか、戦士らしき奴隷たちが半裸で家の外で座っている。

 近くには、手入れし終えたばかりなのか、鎧が()されていた。

 長屋の周りで見かけるのは、首輪を着けた奴隷ばかりだ。長屋は魔法使いが暮らすにしては随分とぼろい家なので、魔法使いたちは学園の外で宿でも借りて暮らしているのかもしれない。


(奴隷と主人が同じ部屋って、ないだろ。

 あの人は、あれだけ大量に武器とか買っといて、外で宿を借りる金もないのか?)


 子供とはいえ、女性の、しかも魔法使い様と、長屋の狭い一部屋で一緒に暮らすことには、ギリムも戸惑う。


 長屋の一部屋の前で、一人の少女が椅子に座っている。


(いや、こんなガキじゃ、奴隷と一緒にでも暮らさねえと、逆に危ないか)


 玲奈は椅子に座ったまま、うちわでパタパタと仰いで、部屋の外に作られたかまどに火を入れようとしていた。

 彼女はギリムたちが近付くのに気付くと、ぱっと立ち上がった。


「あ、フルー!

 そういえば、外用の椅子を買い忘れてたのよ。二つ分」


「ああ、椅子か。必要だろうか?」


「うん? 必要ないかな?

 でも、この部屋で皆でご飯食べる時は、必要だよね。

 部屋の中で食事はしたくないし、部屋用の椅子を外に出すと、汚れちゃうし。でも、四人そろってここで食事することもあんまりないから、別に要らないかな。

 私以外の皆は、外で座ったままスキル上げする必要なんか、別に無いもんね。

 もうすぐ引っ越すつもりでもあるし」


 彼女は勝手に考え始める。

 そこまで考えなくとも、奴隷などは地面に座らせていればいい気もする。


「おい、どちらか、料理はできるか? 火の番は?」


 フルーがギリムたちに尋ねた。


「僕、前、料理スキル6持ってた。

 火の番、できる」


「俺は、元々持ってなかった。火の番はできる」


 料理スキルは、ギリムには姉が居たので取っていない。

 出来る限り、スキルの空きは作っておきたいものだ。


「マスター、料理の手伝いは必要か?」


「ん? 必要ないよ。料理スキルは、他の子には取らせるつもりないから」


「そうか。ならば、スドン、かまどに火を起こす手伝いをしておいてくれ。ギリムは付いて来い。

 マスター、中で荷物を片付けておく」


 玲奈は頷きながら、ギリムが持っていた桶を奪った。


「《(ウォータ)

 足を洗ってから、室内用のスリッパを履いて、部屋に上がるようにして。ベッドに、靴を履いたままや、汚い足で絶対に上がらないようにして。

 これ、新しい家に引っ越ししたら徹底してもらうから、今のうちに習慣付けておいて。出入り口の近くに、足を洗う用の水置いておくから、いくらでも使っていいよ」


「……承知した、マスター」


(本気かよ? 面倒くせえ)





 ギリムが入った部屋は、決して不潔な部屋ではなかったが、狭い部屋だった。

 一時的に滞在するだけの宿の部屋だと考えれば上等だが、四人の人間が生活していく部屋だと考えれば狭すぎる。

 ギリムの家と比べればつくりは丈夫でしっかりしているが、明らかに狭い。

 しかも狭い部屋に、机とベッドが三台も並んでいる。それだけで、もう何も他には置けない。


 部屋の隅には、折れた剣や、モンスターのドロップアイテムらしい石ころや毛皮が転がっている。

 置くところがないのだろう。

 この上で、今日買ってきた武器類を、一体どこに置くというのか。


 フルーも部屋をきょろきょろ見回しながら考えているらしい。


「とりあえず、かごを渡しておく。一人一つだ。失くしては困る個人所有のものを、ここに入れろ。

 貴様のベッドは、右端でいいか。ベッドの右側のスペースが、自分の荷物置き場だ。装備や防具、あと着替えなどの日用品もそこに置け。

 説明しておくが、部屋の右側の隅は鉱物など材料系のドロップアイテム、左側の隅はポーションなどの完成品のアイテム、食料品は机の下だ。

 貴重品はマスターの部屋だ」


 フルーは言いながら、部屋の奥を指差した。


 横に三つ並んだベッドの向こう側に、天井に届く高い衝立が立っていて、その衝立に分厚い布が掛けられてこの部屋を仕切っているらしい。

 ギリムは初め、その衝立は壁かと思っていた。

 衝立の端には、人が通れるくらいの隙間が空いている。


「マスターが着替えをしている間は、壁の魔法であの隙間が通れなくなる。

 何か異変を感じれば、ためらわずにマスターの部屋に入っていい。いつまでたっても壁の魔法が働いていたならば、それもおかしい。

 この部屋には貴重なドロップアイテムも多くある。また、マスターはお若いとはいえ、冒険者に珍しい女性だ。何があるか、分からないからな。

 ただし、何もないのにマスターの部屋に入ることは、許さない」


「お、おう、分かった」


 別に、ギリムが盗みを働くかもしれない、などと疑われてはいないだろう。

 奴隷が、マスターに命令されることなく、何かを盗むことなど不可能だ。それは首輪に刻まれている、根本的な決まりなのだ。


(貴重なドロップアイテムねえ)


 二人はインベントリから、荷物を取り出し始めた。




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