魔法学園
(一年目 四月一日)
知らない天井だ。
目覚めて玲奈は、呆然とした。
妙に固いベッドに、戸惑いながら体を起こすと、そこは石造りのやや古ぼけた部屋だった。
玲奈はしばらく、呆然としていた。
「え? えっと、ゲーム?」
そろりとベッドから降りようとすると、手足の形が、何か違う。
小さい? いや、見知った彼女自身の手だ。 マニキュアが塗られていないせいか?
良く考えれば服装は、落ち着かないほどあっさりした、白いワンピースだ。
「えと、えっと、ログアウト!」
小声で宣言するけれど、何も起こらない。
「アイテムボックス、はまだ使えなくて、インベントリ! あれ……、ステータス!」
Lv1 見習い魔法使い
レイナ・ハナガキ ヒューマン
HP/MP 10/15
「うん、出た」
頭の片隅に、四角い箱が飛び出してきて開かれる。
まだ、スキルも装備も一つも取得していない。
ただし、所持金3000Gがある。
玲奈は自分の、まだ何もないステータスを確かめていて、ふと気付いた。
年齢が、十五歳になっている。若返ったのだ。
だから、体が妙に小さいような不思議な感じなのだろう。
十五歳というのは、グリンドワールドの開始年齢で、多分、魔法学園の入学年齢だと思う。この世界での成人の年齢なのだろう。
「やっぱり、グリンドワールドなんだ」
このような部屋は見たことがないけれど。
「最初のチュートリアル、があるわよね。現実でもあるのかしら。講堂へ行った方がいい?」
玲奈は扉の方へ向かおうとして、立ち止まる。
もう少し調べてからでもいいだろう。
「グリンドワールドと同じだったら、確か初期から所持アイテムがあったと思うんだけど」
部屋は、生活感がなかった。
生活するための道具がない。ただ、机と、ベッドが四つ、椅子が四つ。玲奈の一人部屋ではないのかもしれない。
そして机の上には、くたりとのっているしろい布。
玲奈はそれを持ち上げて、意外に重いのに驚いた。
「重い。これ、何の重さ?」
布を開くと、どうやらかばん状になっている。中には、
「あ! アイテムだ! え、これ、変な袋」
ぺたりとしていて、何も入っていないように見えるのに、持つと重く、開けると普通にアイテムが入っている。異世界の奇妙なアイテムだ。
中には、入学説明書と書かれた薄っぺらい本が入っている。それから、杖とローブと木靴、初球のHP・MPポーションが、各五本ずつ。
そうだ、ゲームでもらったのと同じ、初期アイテム。
字はなぜだか日本語で、読める。そのことは非常に気になったけれど、ひとまず今はそのことを気にしていても仕方がない。それよりも、玲奈は、ローブを着た。
見習い魔法使いの杖とローブは、魔法攻撃力と防御力を3アップずつ。
ゲームでもらった時は、威力が低いのですぐに買い換えたし、全然嬉しく思っていなかったけれど、この状態でローブがあることがどれだけ心強いか。ましてや靴まである。
ローブを着たところで、その内側はまだ非常に落ち着かない気分だけれど、しかしとりあえず、服は服だ。
なんとなく体が落ち着いたところで、椅子に座って本を開いた。
『魔法学園エリュシオールへようこそ。
みなさんはきっと、素晴らしい魔法使いになることでしょう。この学園で、魔法と冒険に関する基礎的な部分を学んでください。卒業後は、エリュシオールの名に恥じないような立派な魔法使いとして、道を歩んでください』
心構え的な部分のほかに、学園の施設の使い方に、授業の取り方、魔法の種類やスキルに関する説明が書かれている。
玲奈はある程度知っている、インターネット上で調べたような情報だが、全て覚えているわけもないので助かる。だが本当に軽い部分だ。
一年間は、魔法を教えながら、この魔法学園で衣食住の面倒を見てもらえる。
その代わりに、卒業から五年たったら、500万Gを納入しなければならないらしい。
「そんな設定あったっけ? もっと先のクエストで、あったのかも」
なかったかもしれないが。
500万Gといえば、今の玲奈からはちょっと気の遠くなるくらい遠い金額だが、もっとレベルを上げれば簡単に稼ぎ出せる金額だ。しかし、ゲームでなく現実で五年以内に稼ぐことができるかというと、ちょっとまだよく分からない。
払えなければ、奴隷として売り飛ばされることになるという。
それからこの部屋に四つもベッドがあったのは、レイナが物理職の仲間を作ったならば、その仲間ごと学園で暮らしてもいいということらしい。
スキル一覧表を眺めながら、これからのことについて思いを馳せる。
まだ何もわかっていない状態だが、おそらく彼女は、これからゲームを進めていくことになるだろう。
ならば、どのようなスキルを取るか、どのようなタイプの魔術師に育てるかは非常に重要なことだ。
一覧表の中には、ゲームの中で見たことのないスキルがたくさん含まれている。反対に、ゲームで知っているスキルで、含まれていないものもある。
スキル選択は、慎重に行わなければならない。
選べるスキルは全部で十個。
後でアイテムを使って変更することも出来るが、そのアイテムは非常に高価だったので、序盤は全く当てにできない。こちらの世界にそのアイテムが存在するのかも、怪しいのだ。
まずは、空きスキルを全て埋めない方がいい。
魔法学園に来たのだから、魔法職でなければ育てるのは難しいだろう。しかし玲奈は、今度は魔法で攻撃するジョブになるつもりはない。
ゲームをプレイした時、玲奈の持ちキャラは、魔法で攻撃するジョブ、いわゆる黒魔法使い系のキャラクターだった。
それはそれで楽しんでプレイしていたし、悪くはなかったけれど、難点がある。
死にやすいことだ。
グリンドワールドは、攻撃力が強いキャラクターが優先的にモンスターに狙われるシステムになっている。
防御力の強い前衛が、モンスターの気を引くスキルを持つのが普通だ。しかし、ちょっとしたミスで、すぐに魔法使いはモンスターの気を引いて、集中砲火を食らって死んでしまう。
魔法使いは、火力が物理職より強く、防御力が低いのが特徴だ。
つまり非常にギャンブル性の高いジョブなのだ。
ゲームでは死亡しても、験値減少などのデスペナルティーで済んだが、こちらの世界でそれで済むかどうかは分からない。
こんなにもリアルな世界なのだから、それで済まない可能性の方が高い。
しかも、魔法都市の近くには、回復魔法を使うNPCが居なかったから、以前のプレイでは、常にパーティー内には回復役が不足しがちだ。
こちらの世界でも、一緒にパーティーを組んでくれる回復職の友人を作ることができるとは限らない。
いや、むしろ玲奈は、彼女の特殊性を誰にも明かしたくないから、誰かと仲良くなることもパーティーを組むことも、乗り気ではない。
しかし、純粋な回復職になったのでは、それこそパーティーを組むしかなくなる。
「回復もできる、複合型の支援魔法職かな。中途半端なキャラになりそう……」
育てるのが難しそうなので気乗りしないが、それしかないだろう。
出来る限り、リスクを避けてゆっくりレベル上げをしようと、心に決める。
玲奈は立ち上がって、説明書を不思議なカバンの中に入れ、カバンを肩にかけた。
「とりあえず、チュートリアルに行こうかな。色んなことも分かって来ると思うし。
異世界の、新しい生活なんだから、……楽しもう」