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迷宮世界グリンドワールド  作者: 吉岡
迷宮世界へ
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研究室(2)

 

「あ、教授、少しお聞きしたいことがあるんですけど」

「ん、なんだい」


 玲奈は立ち上がって、アイテムボックスから二つの道具を取り出した。

 低レベルの武器、木の杖と銅の棍棒だ。

 昨日の迷宮の冒険で、玲奈は学園から配られていた見習い魔法使いの杖を折ってしまっていた。

 代わりに売店で買ってきていたのだ。


「あの、杖と棍棒って、一体どう違うんでしょうか」


 二種類の武器を差し出した玲奈を、スケルター教授は不思議そうに見つめた。


「魔力を伝えやすい、魔法の威力を上げるために使うのが杖で、殴るのが棍棒だろう」


「使い方とか用途とかではなくて、純粋に二つの武器を物体として比べた時に、どう違うんでしょうか。杖は素材が木で棍棒は金属という差はありますけど、ミスリルの杖も木の棍棒もありますよね」


 今後しばらく石ゴーレムを相手に戦い続けようと考えているが、それには木製の杖では貧弱すぎると、玲奈は考えていた。


 ゴーレムを解体する間、必死で武器でゴーレムを砕いているというのに、何のスキルも上がらないのでは勿体ない。

 フルーはハンマースキルをもって、ハンマーで殴っていれば、解体作業でもスキルが上がると言っていた。

 あんなに大変な解体作業なのだから、玲奈だって杖スキルをついでに上げたい。


「棍棒と杖は、武器の形としてほとんど変わらないように見えるのですが、棍棒で殴っていても杖スキルは上がらないんでしょうか?」


「えーっと、杖で殴ってスキルレベルって、上がるのかい?」

 教授は困ったように尋ねた。


(教授って、あんまりモンスターと戦ったり、実戦積んでる人じゃないのよね。補助魔法使いだし、研究畑の人だし)


「はい、上がります。それは、実際に行ってみて、スキルが上昇しましたから」


「……へー」

 教授はぽかんと、感心したように杖と棍棒を眺めた。


「ふん、そう言うんだったら、杖と棍棒の違いは、中に魔力の媒介となるものが入ってるかどうかかな」


「魔力の媒介、ですか」


「うん。それこそ、魔素の結晶でも、白い石でもいい。木の杖になんかには、たいした物は入ってないだろうけど。

 低レベルの木の杖なんて、本当に気休め程度のものしか入ってないから、木の棍棒とほとんど変わらないよね。

 フルー君、ちょっといいかな」


 教授は、そう言ってフルーに工具を持たせた。

 玲奈の渡した木の杖を指して、指示する。

 フルーは言われたとおりに、木の杖の先をのこぎりで切り始める。


(やっぱり、杖で殴る魔法使いってそんなに少ないのかな。確かに、あんまり必要性もないかも)


 魔法学園エリュシオールのエリアでは、魔法使いになれればそれだけでエリートだ。物理職なんていくらでも雇えるし、前に出て行って杖で殴っても、効率が悪い。

 物理的に殴る攻撃は野蛮だというイメージも根深いのだろう。


(でも、別のエリアだったらどうなんだろう。例えば、帝国領とか)


 帝国領のエリアでは、今度は魔法職が奴隷だという話を聞いている。

 物理的に強くない人間が魔法職をするらしい。

 確かに、MPが少なくても魔法職ができないわけではない。ゲームではキャラクターはそれぞれ長所と短所をもつ存在で、自分の長所を生かす形でジョブに付いた。エルフは魔法職が向いている代わりに、物理防御力が弱い、と言うような形でだ。

 しかし現実には、どのステータスも低い人間が大多数だ。MPが少ないからと言って、HPが多いとは限らないのだ。

 物理職に向いているような優れたステータスが無く、奴隷のような立場の低い人間は、売れるように需要のある魔法職に就いたりするということだろうか。


 そのようなエリアでは、魔法職だからと言ってきちんと守ってもらえるとは限らない。

 魔法使いでも前衛に立たされるかもしれないし、杖で物理的に戦う魔法使いも居るのかもしれない。


 また、エカエリ諸島では、フルーのようにHPもMPも多い優れたステータスの持ち主は、魔法に適性があっても物理職に就く。その上で、魔法も利用して、魔法剣士などを目指すようだ。


 フルーは、杖で殴って戦う魔法使いを見たことがないと言ったが、帝国領に行ったことがないし、魔法使いの知り合いもあまり居ないらしい。

 冒険者をしていた頃は、奴隷を持つような金持ちでレベルの高いパーティーの知り合いは居なかったらしい。

 故郷には、高レベルの冒険者が何人か居たらしいが、全員魔法戦士だったようだ。多分、竜人にとって魔法戦士が向いたジョブなのだろう。


 あるいは本当に、杖で殴る冒険者は居なくて、ゲームの頃はプレイヤーが勝手に杖で殴っていただけかもしれない。



 ゴツ、と音が鳴って、杖の頭が落ちた。


「これこれ。これだと、300Gくらいの魔素の結晶だね」


 そう言って見せた杖の頭の部分には、拳より一回り小さい魔素の結晶が、木に包まれるように埋まっていた。

 300Gくらいの大きさだが、玲奈達がこれまで入手した一つ5Gの結晶と比べれば段違いに大きく、かなりレベルの高いモンスターを倒さないと手に入れられない。

 とは言っても、どの種類のモンスターを倒しても魔素の結晶は出るので、たいして貴重でもない。


「木の杖くらいなら、こんなものだよね。

 もっと効果の大きい杖なら、魔力の媒介の位置だとか、魔力を通しやすい杖の構造だとかにこだわって、すごく複雑なんだよ」


 確かに、木の杖の魔法攻撃力などの追加効果は微々たるものだ。杖を持たないで魔法を使ってもあまり変わらない。


「なるほど。

 教授、少しお借りしますね」


 玲奈は教授に断りを入れて、杖の頭を手にとった。


「例えばこの部分だけを持ったまま、魔法を使い続けていたら、杖のスキルは上がるんでしょうか」


「うーん、流石にそれはどうかな」


 教授は呆れたような、反対に感心したような、どちらともとれない間が抜けた声で答えた。


(まあこれは、今思い付いただけのことなんだけど)


 玲奈は、フルーの持っているインベントリのかばんから、ハンカチを一枚取り出した。

 ハンカチを広げて、杖の頭を包むと、銅の棍棒に縛り付けた。


「鍛冶師が居たら、鋳てくっ付けてもらうんですけど。

 でもこうしたら、この棍棒でも、杖スキルが上がるんじゃないでしょうか」


 フルーは諫めるように玲奈に告げた。


「マスター。そんなおかしな杖を使っていては、危険だ。

 私は、そんな武器で主人が戦いに参加することを、許可できないな」


「別に、戦いにこれで参加するって言うわけじゃないの。

 戦闘中は普通に杖を使うわ。

 石ゴーレムの解体に、この棍棒を使うのよ」


 それで上手く杖スキルが上昇するようならば、鍛冶師の仲間に金属製の杖を作ってもらい、実戦でも使えばいい。


「へえー。もしそれで上手くいくようなら、僕にも報告してよね」


「はい、報告します」


 フルーは心配そうに棍棒を見つめて、ため息を吐いた。


「それなら別に構わないが、マスター。

 棍棒があるからって、無警戒に戦闘に手を出さないでくれよ」


「分かってるって」


 玲奈は言って、軽く棍棒を振った。


(うーん、ゴーレムが危ないって言うなら、フィールドのモンスターで試してみるのはどうかな)







(一年目 七月六日)


「ええいっ!」

 ボカンッ。バササッ。バサッ。


 ひらひらと、金色の木の葉が3枚上から落ちてきた。

 玲奈は棍棒を手放すと、落ちてくる木の葉に慌てて手を伸ばす。

 と言っても、木の葉を掴んで潰してしまってはいけない。そっと手のひらで受け止める。手に入れた金の木の葉を、きちんとインベントリにしまった。


「よし。これで99枚目。終わったよ、フルー」

 玲奈が振り返ったところで、フルーは灰色ギツネに剣を叩きつけて、吹き飛ばしているところだった。


 二人が居るのは、学園の正面のエリアから少し離れた、森のフィールドだ。

 このフィールドには、オオカミやキツネ、シカなどの動物のモンスターが出る。肉食動物のモンスターは、大体アクティブだ。


 二人がここにやって来たのは、金の木の葉という採取アイテムを目当てにしてのことだった。

 これは薬草とともに、低級HPポーションの材料になる。

 フルーが初級MPポーションを作って調合スキルが20を超えて、低級HPポーションを作れるようになった。

 HPポーションよりもMPポーションの方が金銭的なうまみは大きいのだが、初級MPポーションではそろそろスキルの上昇が小さくなってきたのだ。


「マスター、キツネの肉はどうする?」

「うーん、もう結構取ったよね。いいよ、毛皮だけ綺麗に剥げたら持って帰ろう」

「分かった」


 金の木の葉は、この森の木を適当な力で何度か殴ると落ちてくる採取アイテムだ。

 しかし木を殴っていると、この森のアクティブモンスターたちが攻撃を仕掛けてくる。

 玲奈が木を殴り、フルーが襲ってくるモンスターから彼女を守るという形で、二人は役割を分担した。


 玲奈は、銅の棍棒をくるりと回す。

 付与魔法のスキルレベルが上がって、攻撃上昇(アタックアップ)が使えるようになってから、玲奈の物理攻撃力もそれなりに使い物になるレベルに上がった。

 棍棒の持ち手には穴が開いていて、そこからキーホルダーかお守りのように袋状のものがぶら下がっている。魔力の媒介となる、雷の精霊石がそこには入っている。

 こうするだけで、棍棒を使っているというのに、玲奈の杖スキルはどんどん上がった。その代りこの棍棒で魔法を使っても、魔法の威力の上昇はほとんど望めない。


 玲奈はフルーに近付いて、彼の持つインベントリにつながるカバンを覗き込んだ。

 玲奈はゲームと同じようなインベントリの画面からでも、同じものを見ることができる。ただし画面から見た時には、手に入れたアイテムは小さな絵柄のアイコンと数字で表現される。

 それはそれで便利な時があるが、ドロップアイテムの量や状態がいまいちつかめないのだ。モンスターの毛皮などは、状態が良いか悪いかで、買い取りの値段が全く違ってくる。


「《瞑想(メディテーション)》。

 フルー、大丈夫? 運べる? アイテムボックスに入れようか?

 《小治癒(スモールヒール)》」


「いや、これくらいならば大した重さでもない。大丈夫だ」


「毛皮と、魔素の結晶で2000Gくらいかな」


 玲奈はインベントリの中のドロップアイテムを覗きながら呟いた。

 これらのドロップアイテムは、今日の狩りにおいては単なるおまけに過ぎない。

 金の木の葉は一枚で、初級HPポーションと調合して、10本の低級HPポーションになる。

 つまり99枚で、990本の低級HPポーションを作ることができるのだ。990本も初級のHPポーションは持っていないけれど。


 既に初級MPポーションは、クエスト分の1000本を教授に納めて、30万Gの稼ぎになった。

 HPポーションは、教授は買ってくれないから学園の売店で売値の十分の一で売るしかないけれど、それでも低級ポーションなので、1200Gの十分の一で、一本120Gで売れる。


(まあ、まだ作り溜めておいて、中級ポーションにするつもりだけど)


「マスター、肉を売るつもりはないのか?」


「ん? 肉は、全部塩をして、ちょっと干して、保存用に置いておこうかな。明日から、仲間が増えるわけだし。生肉なんて、大した値段では売れないしね」


 フルーは、重いカバンを肩に担ぎなおした。



 明日は週末だ。

 二人の所持金は50万G程になった。

 MPポーションの30万Gに、玲奈の日々の食堂での料理アルバイト、その他冒険で入手したドロップアイテムを売った金額などで、一月半程でこの金額はなかなか良い稼ぎだ。

 食費と家賃はほとんどかかっていないが、日常のこまごましたものは結構買い揃えたのに、この所持金だ。

 時々市場で買い食いをしたり、衣服の替えをためらわずに買える程度には余裕のある生活を送れている。まだ、絹の下着は買えていないけれど。


 明日はこの50万Gを持って、新しい仲間となる奴隷を二人、買うつもりだ。


(奴隷を買うって、未だにこの語感に違和感を感じるわ)


 フルーは玲奈に優しいけれど、あまり奴隷らしくないから、玲奈はフルーを奴隷としてしばりつけている実感があまり持てていない。

 奴隷を買うことに、罪悪感があるような、全くないような。

 こんなことが言えてしまう。


「上手く値切れて、良い値段で奴隷が買えたら、明日は市場で食材を買って、ご馳走にしようか」


「そうだな、マスター。

 ……私は、肉が食べたいな」


 フルーは、真面目くさった顔でそんなことを言った。







 Lv11 見習い魔法使い

 レイナ・ハナガキ ヒューマン 

 HP/MP 70/105

 スキル 杖Lv18 瞑想Lv16 魔術運用Lv11 付与魔法Lv14 神聖魔法Lv10 四元魔法Lv16 特殊魔法Lv24 暗黒魔法Lv12 料理Lv36


 Lv12 見習い戦士

 フルーバドラシュ ドラゴニュート

 HP/MP 182/35

 スキル 剣Lv22 盾Lv15 重装備Lv9 活性Lv16 戦闘技術Lv10 挑発Lv12 調合Lv23







この話で、この章を完結します。

次話から、新しい奴隷が登場します。

そろそろ話の書き溜めがなくなってきたので、更新速度が落ちます。

できれば、週1くらいでアップしていきたいです。

今後もよろしくお願いします。



果たして、章機能を上手く使いこなせるでしょうか。

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