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迷宮世界グリンドワールド  作者: 吉岡
迷宮世界へ
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初めての迷宮(3)

 

 この世界には、属性と言うものがある。

 火・水・風・土の四大元素に、光と闇を合わせた六属性だ。

 あらゆるものがその属性を帯びている。人も、物も、モンスターも、土地も。

 迷宮も。


 人間はどちらかと言うと、火の属性を帯びている。特に、人間の生きる場所が、火の属性を帯びやすい。

 大勢の人間の住む大都市であるこの魔法学園も、もちろん火の属性だ。

 それゆえに、この魔法学園の迷宮は火の属性であり、そこで生まれるモンスターも、火の属性を持つものが多い。


 ちなみにここの迷宮は、上向きに伸びて建っているが、下向きに育つ迷宮もあるらしい。

 地下一階、地下二階へと下っていく、地下迷宮だ。

 迷宮が、水や土、闇系の属性を帯びているのならば、地下迷宮に育つ。





 ぼかっ。


「ひぃ。なんか汁が飛んだ!

 これだから虫は嫌なのよ」

 迷宮二階のモンスターは、赤アリ。


 魔法学園の迷宮は、初心者向けにわざと作ったのかと思うくらい、上手くできている。一から十までの各階は、どこも一種類のモンスターしか現れない。自然界ではありえない現象だ。

 迷宮が学園と共存するために、何回も全滅させられるうちに初心者向けにちょうど良い形に進化したのかもしれないし、元々そういう変わった迷宮だったから、隣に学園が建設されたのかもしれない。


「ヘビもネズミも殺したら飛び散るだろう」

「あれは、血じゃない。

 撲殺って、剣で斬るより、心理的に抵抗感が強いわ」


 赤アリの体液は赤色だというのに、微妙に透明な赤茶色で、血の色とは少し違う。

 どう見ても、虫の体液でしかない色なのだ。


 フルーは、さくさくと一撃でアリを倒していく。余った一匹を、玲奈はとろとろと殴った。

 たまに噛み付かれそうになると、横からフルーが挑発したり剣で突いたりして、モンスターの気を引く。


「なんか、ヘビより弱くない?」

「ヘビよりもHPが低く柔らかいが、動きは素早いぞ。フィールドのネズミよりは遅いから、私達にはよく分からないだけだろう」


 その代わりフィールドでは、ここまで絶え間なく何匹ものモンスターが一度に襲いかかっては来ない。


「石ゴーレムは、フルー戦ったことあるんだよね。強いんだっけ」


「いや、強いのとは少し違うかもしれないな。別に、負ける訳ではないし、危険も小さいんだ。ゴーレムはこちらから攻撃しないと襲ってこないから、一度に一匹しか相手にしなくていい」

(ゲームでもゴーレムはノンアクティブだったけど、こっちでもそうなんだ。そういえば、こんなに完全にノンアクティブのモンスターと戦うの、初めてじゃない? 動物じゃなくて、魔法生物だからかな。

 ネズミと戦ってた時も、いつ別のネズミが襲ってくるかと思って結構苦労したから、多少強くても、ノンアクティブだとその分楽になるんだ)


「《瞑想(メディテーション)》。フルー、《防御上昇(ディフェンスアップ)》。じゃあ、どうしてフルーはゴーレムが苦手だったの」


 二人は、のんびりと赤アリを倒しながら、迷宮の二階をマッピングしていく。

 一泊二日の予定だったから、明日一日かけて白い石を集めるとして、今日は夜までに三階に上がればいい。

 アイテムボックスに空きが無いので、魔素の結晶以外にドロップアイテムが拾えず、あまり美味しいモンスターでもない。飽きたら三階に上がることになるだろう。



「ゴーレムは固かった。何より、儲けにならなかったんだ」


「時間がかかる割にはってこと?」


「パーティーメンバーに調合スキルを持ってる奴が居ないと、白い石なんてゴミドロップだろ。アイテムボックスだって、普通そう誰も使わないから、やたら重いドロップなんだよ。

 敵だ。《挑発(タウント)》」


 フルーは、曲がり角を曲がった先で現れた赤アリに、盾を構えた。

 盾を構える姿もずいぶん様になってきた。事実、スキルも上がっている。


(そっか。いくら安全に倒せても、関係ないドロップアイテムなんか別に欲しくないもんね。私たちも、赤アリには見向きもしないし)


「《防御上昇(ディフェンスアップ)》。《瞑想(メディテーション)》」


 玲奈は、杖でアリを殴ろうかと悩んだが、どうもモンスターを殴ると杖がぐらぐらする気がして、止めた。

 フルーは一人でも余裕だ。

「その上、武器が壊れる」

「ん、杖が?」


「杖?

 私は、杖で殴って戦う魔法使いをマスター以外知らない」


(ウソ。

 それじゃ、殴るのに向いた杖って、あんまり売ってないかも。

 じゃなくて)


「あ、剣が欠けるわけだ」

 フルーは手首で軽々と剣を振って、アリの頭を斬り飛ばした。


「《活性(アクティヴィティ)》。

 そうだ。ゴーレム系のモンスターを一日中斬ってると、剣の刃先がボロボロになる」


「え、そんなの危ないじゃない。明日とか、そんなことになったら、どうする?」


「だから、予備の短剣を十本も持ってきたんだろう」


 彼は言って、短剣で赤アリの死体を切り裂いた。


「えーと。一番安い銅の剣を買っても、1000Gでしょ。一日の冒険で、絶対1000G以上の儲けを出さなきゃいけないんだ。今のレベルでそれは、ゴーレムに関係するクエストでも入ってないと、厳しいかな。

 でも私たちは、ゴーレム狩ったほうが、やっぱり儲かるよね。MPポーションは、割と高いもんね」


「……別に、マスターの好きなようにすればいいと思う。私達は今、金には困ってないんだから。

 ゴーレムを狩っていて一番困ったのは、武器の修理代を仲間内でどれだけ出すか、揉めることだ。

 しかもゴーレムの場合、たまに良いドロップが出るから、ドロップアイテム分配で頻繁にもめるんだ。そっちの方がむしろ、ゴーレム狩りの困ったところだったな」


 フルーが奴隷になるまでどんな冒険をしてきたのか、フルーは隠すつもりはないようだが、まだ詳しいことは聞いていない。ただ、後悔ばかりが多いらしいことは、たまに彼が漏らす言葉から伺える。


「ふうん。奴隷と主人だとアイテム分配で揉めなくてすむから、その辺は楽っちゃ楽なんだ」


「ああ。

 そもそも稼げないならゴーレムを狩らなければいいんだが、そこは博打にはまってしまったというか。ゴーレムは、宝石類を落とすから、たまに当たるとでかいという。

 それでドロップアイテムでまた揉めるんだけどな。


 マスター!」


 突然、アリを解体していたフルーが叫んだ。

 玲奈は敵かと思って慌てて周りを見回したが、まもなく違うことに気付いた。

 フルーは、じっとアリの腹の中を見ていた。


「フルー?」


 彼は、何かに警戒するように周囲を見回してから、小声で言った。


「魔素の宝玉が出た」


「え! 嘘。本当?

 見せて見せて!」


 フルーは慌ててそれをインベントリに入れた。

「駄目だ! マスター、もっと警戒するんだ。

 宝玉なんか、最低でも一つ100万Gするぞ。俺達は今、100万Gをインベントリに入れてるんだ。不用意にそれを出したり眺めたりするべきじゃない」


 フルーの剣幕に、玲奈は驚いて手を引く。


(100万G!

 まあ、それくらいするか)


 魔素の宝玉は、どのモンスターからでも非常に稀にドロップするアイテムだ。

 ゲームの世界では、大体ボスクラスのモンスターを討伐したときに、初討伐の場合だけドロップする。重要なクエストの報酬の一つというような扱いだった。だから、いつくらいに何個の宝玉が手に入るかプレイヤーは把握できる。後は、稀に本当にモンスターのレアドロップで手に入れるかだ。

 しかしこの現実の世界で、そこまで上手く、誰にでもバランス良く、この宝玉を手にできるわけではないだろう。


(これは結構、早めにゲットできて、すごくラッキーだったほうかも?)


「何の宝玉か分かる?」

「いや。誰かに鑑定してもらわないと」

「えっ。そうなの」


 玲奈は、少し考える。特に意味があるわけではないけれど、レアドロップの宝玉を見たくなった。だって、フルーが見せてくれないから。


「もう、三階に上がろうか。

 テントを張って、安全地点で休憩しようよ」


 フルーは少し呆れた顔で彼女を見たが、素直に頷いた。





 火の属性を持つこの迷宮では、安全地点に点された火は、消そうとしなければ放置しておいても、いつまでも消えることはない。冒険者達はここで、温かい料理を作って食べることができる。


 ゲームをしていた頃は、料理スキルがないと料理などしないし、わざわざ迷宮の中で生産をする意味など、アイテムの量を減らすことくらいしか意義がなかった。しかし今は、この温かい料理には人間の尊厳がかかっている。


 安全地点に設置してあるカマドに火を移し、そこにフライパンにもなる小さな鍋を置く。

 インベントリに入れていたヘビの皮を剥いで、適当な大きさに切り、塩をして鍋で煮込む。


(なんだ。ちゃんと皮を剥いで料理したら、鶏肉と変わらないじゃない)

 面倒だからと、ヘビの姿焼きのようなことをするから、ヘビのままなのだ。


 フルーは玲奈が料理をしている隣で、テントを張っている。

 まだ夕方くらいの時刻で、しかもまだ迷宮の三階なので、こんなところでテントを張っているパーティーは彼女達しか居ない。


「さっきの宝玉、何の種類だと思う? フルー、何なら使いたい?」


「誰かが来たら、宝玉の話はしないようにするんだぞ、マスター。

 そりゃあ、知力の宝玉が一番良いだろう。もし売るなら、高く売れると思う」


「あ、私、売らないよ。何であっても使うつもり」



 魔素の宝玉とは、グリンドワールドにおいてステータス調整ができる唯一のシステムだ。このゲームでは、詳細なステータス調整はできないようになっている。

 低レベルの今の時期では、ステータスを数値で確認することもできない。奴隷のステータスを計ったように道具で実際に計測することはできるかもしれないが、たとえ計測できてもいじれない。


 ステータスは、種族や初期ステータス、取るスキルによってレベルと共に勝手に上がって行く。


「そうか。贅沢な話だが、どうせレベルが上がればいつかは買うものだ。今は金に困っていないしな」


 宝玉は、どの冒険者も欲しくてたまらないものだ。だからこそ、高値で取引される。そして、冒険者のレベルやモンスターの強さに関わらずドロップされる。

 お金に余裕のない低レベルのうちに宝玉を手に入れた冒険者は、売ってお金に変えるのだろう。


 けれど玲奈は、宝玉は低レベルのうちにこそ使わなければならない理由を知っている。


「悪いけど、体力の宝玉と生命力の宝玉だったら私がもらうから。

 フルーは、特に伸ばしたいステータスある?」


 ステータス上昇は、既にあるその冒険者のステータスのうち高いものと、取っているスキルに応じたステータスが上昇する。

 ここで宝玉を使って特定のステータスを上げておけば、そこのステータスがつられて上昇する。


 例えば玲奈は魔法系のスキルばかりを取っているから、何もしなければ魔法、つまり知力のステータスばかりが上がることになる。

 玲奈はそこそこ固さのある魔法使いを目指したいので、宝玉を使って防御力アップにつながる体力を上げておけば、後でレベルアップする時に知力と体力にばらけてステータスが上昇してくれる。

 しかしなんにしろ、かなり運に左右されるのは確かだ。


「私は、まあ、腕力かな。敏捷とか器用さなんか関係ないから、上がってもがっかりするんだよな」


「フルーは、ステータス全体的に良いもんね。

 じゃあもし、腕力の宝玉だったら、フルーが使っていいよ」


「本気か! 奴隷に宝玉を使わせていいのか?」


「いいよ。

 私が腕力の宝玉使っても、逆にマイナスだもん」


「だったら、売ったほうが……」



 玲奈は、ぶつぶつ言うフルーを横目に、持ってきていたジャガイモとタマネギを短剣で剥く。テントは完成したらしい。


「なんかフルーって、ステータス上昇したいとか、レベルアップしたいとかに悩んだこと、あんまりないんだ?

 なんかフルーの話に出てくる、以前の冒険者としての生活は、お金に困ったことばっかりなんだけど」


 フルーは、鎧を脱いだ状態でカマドの側に座った。


「ああ、まあ。多分、そうなんだろう。

 竜人はステータスが良いから」


「多分て何よ」


「レベルは、なあ。

 私は、三年も冒険者をやってて、結局レベル10にしかならなかったから段々焦ってきたぞ」


「三年でレベル10?

 え、それって、そんなものなの? 遅くない?」


「遅いさ。だから焦っていたんだ。

 だが、私くらいのレベルアップの速さの奴は珍しくなかった。というか、私の周りにはそんな奴しかいなかった。つまり、同じようなレベルの奴でつるむんだ。

 だからまあ、焦りはそれほどでもなかった。それよりも、金が無いことのほうが切迫詰まっていた」


 玲奈は、皮を剥いた野菜を鍋に入れる。

 この世界では贅沢品になってしまった塩を、たっぷりと入れる。塩を自分で買って好きに使えるくらいには、彼女達は金に余裕がある。


「私は、レベル1の頃から飛び抜けてステータスは良かったから、自信があった。いつか、伝説みたいな冒険者になれるんじゃないかと」


「フルーは実際すごくステータス良いと思うんだけど、そんなに難しいものなんだ? 伝説とかはともかく」


「そうだな。上手くやれる奴は、さほど多くない。

 学園の生徒は今のところ順調にレベルアップしてるかもしれないが、あいつら初めから金を持っているだろう。金がなくなってからが本当の勝負だと思うぞ。

 多分生徒達の中からも、学園を出る前、今年中にでも金が尽きる生徒がでるだろうな。そうしたら後は、一つでも間違ったら破産だ」



 鍋の中の野菜がくつくつ煮える。醤油もみりんも入っていない、塩だけの単純な味付けで、日本で作ったのなら玲奈は到底誰かに食べさせることなどできなかっただろう。

 けれどこちらの世界では、肉と塩がたっぷり入っているというだけで、ご馳走だ。玲奈自身意外に思うくらい、美味しそうな料理になっている。

 フルーはそれを見て、ごくりと唾を飲んだ。


 玲奈は料理をスプーンでかるくかき混ぜていて、取り分けるための器を持ってくることを忘れていたことに気付いた。


「食べる? このまま食べていいよ」


「!いいのか?」

 いつもはなんでも遠慮して先に玲奈に与えるフルーが、今日は驚くほど食い付いてきた。

 鍋を見つめながら呟く。


「まともなものを食べるのは、久しぶりだ。家を出て、冒険者になってから、ろくに食べていない」


(まともってほどの料理でもないけど)



 フルーは、スプーンを受け取ると、大きく切ったジャガイモを口に運んだ。

 一口食べて、大きく息を吐く。

 それから、すごい勢いで食べ始めた。

 見ていて玲奈は、彼が気の毒になった。


 ガツ、ガツ、ガツ。


 一息に鍋の半分くらい食べて、顔を上げたフルーの目は潤んでいるように見えた。


「この料理を食べられただけで、マスターの奴隷になった甲斐があった」


 玲奈は、あまりの気の毒さに、泣きそうになった。

(ゴメン、ごめん、フルー。

 明日からもっとちゃんとご飯作ってあげるから)


「……もう、全部食べてもいいよ」

「いや、それは、ダメだ」

「ううん。いいよ、食べなさいよ。食べ……。

 ゴメン。そのうち、もっと美味しいもの食べさせてあげるから」





 その日、二人は一つのテントで眠った。

 いつも同じ部屋で寝ているとはいえ、流石に一つのテントで男女が眠るのはヤバいのではないか、しかし二つもテントを持ってくるのではアイテムボックスの枠がふさがり過ぎる、などと迷宮に来るまで玲奈は悩んでいた。

 しかし眠る段階になると、彼女はそのような悩みは完全に忘れ去っていた。

 かわりにフルーは、襲うつもりもないくせに、紳士的に玲奈に対してごねていた。玲奈はそんなフルーを放ってすぐに寝入ってしまった。


 そんな風に、二人の初めての迷宮での夜は更けていった。




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