初めての冒険(2)
その後二人は、順調に十匹ほどネズミを倒した。
その間に二人とも、めでたくレベルが2に上がった。
近くのネズミはある程度駆除したので、インベントリから教授に借りたスコップを取り出して、サクサクと赤百合の根元を掘る。
二人で交代で掘り、もう片方は周囲を警戒していることにする。
奴隷で、腕力の大きいフルーに任せても良かったかもしれないが、ネズミの解体も彼に頼んでいるので、穴掘りくらいは交代ですることにしたのだ。
いずれは、玲奈も解体できるようにならなければならないが、まだちょっと気持ち悪い。
「ねえ、フルー。
ネズミの肉って、持って帰ったら、料理の素材としてどう思う?」
今は、フルーが赤百合の根を掘っている。
赤百合の群生地と言っても、そればかり生えているわけではなく、たくさんの草の間にポツポツ赤百合が生えている。
間違って別の植物の根を採取してしまいそうになるから、まずは邪魔な周囲の植物を払い除けなければならない。
それから、ごっそりと周囲の土ごと根を掘り出し、さまざまな植物の、絡まり合う根同士を解く。赤百合の根だと確定できたものだけを、丁寧に採取しなければならない。
「ん?
私は食べたことがないが、大して美味い身でもないようだから、まあ売れないだろう。
ネズミのような小動物は、身が小さくて骨が多いから、料理店などに直接持って行っても、わざわざ金を出して買ってはくれないだろう」
「普通に、食べられるんだ?」
「ん? 毒はないはずだぞ」
ふんっと力を入れて、フルーは土にまみれた植物の根を持ち上げた。
「うーん。そういうことじゃなくって」
(どうせ、料理スキルを上げていくためには、自分で狩ったモンスターを料理するしかないのよね。食堂のバイトでは、一定レベルまでしか上がらないらしいし。
お肉、市場で買うとそこそこするけど、こうして手に入れたら、無料だしなあ)
「でも……。ネズミはハードルが高いなあ」
「ん?」
「えーっと。私が、ネズミの肉で料理したら、フルー食べたいですか? どうせ、食堂の一番安い料理と同じで、無料ですから」
「肉!」
フルーは勢い込んで言った。
「食いたい!
食堂の料理も食べるが、あるのなら、もっと食べたいです!」
学園は、生徒の奴隷の分の食事も食べさせてくれる。
しかしそれも、例の食堂の微妙な味の料理だ。
「……あ、そっか。フルーじゃ確かに、食堂の一番安い料理だけじゃ、少ないですよね」
玲奈でも、少し少ないと感じるくらいの量しかない。ただ、美味しくないので食欲が無くて、足りないと不満に思ったことは無かった。
だが、肉体労働をしているフルーでは、味云々よりも、量の方がよほど重要なのだろう。
玲奈は近頃、料理スキルを取って食堂でバイトをするようになってから、それまでのような美味しい料理に対する強烈な飢えから解放された。
まだ、玲奈は大して美味しい料理を作れるようになってはいない。
しかし彼女は、食堂でのアルバイトの途中に、料理人たちが作ってくれるまかない料理を食べることができるのだ。
大した材料を使っていなくても、作ってくれるまかない料理は悪くない。
食堂で出す無料の料理は、わざと不味く作っているのかもしれないと思うくらいだ。
実際、生徒たちがお金を払ってくれるように、無料の料理では不満を感じる程度にわざと不味く作っているのではないだろうか。
「じゃあ、ネズミの肉も、何匹分か、ちょっと持って帰りましょう。
美味しく作れるかは分かりませんが、今夜は、ネズミの塩焼きを作ります。
食堂で、夕食を食べた後ですけど」
(まだちょっと私には、ネズミを食べる勇気はないから、フルーに食べてもらおう。
意外といけそうだったら、ちょっともらえばいいや)
フルーは、作業の手を留めて、ちょっと感動したかのような顔で、玲奈を見てくる。
これまでの食事がよっぽど辛かったのか、それとも奴隷の食事事情がそもそも辛いものなのか。
「ああ。そうしてくれると、とてもうれしい。
ありがとう、……マスター」
玲奈は、ちょっと困ったように頭を掻いてから、頷いた。
「ああ、うん。べつに、いいよ」
近くに赤百合が無くなったら、少し場所を移動してネズミを倒し、それから赤百合を採取することを繰り返した。
途中で、昼食にリンゴのような果物を一つづつと、玲奈が作ったゆで卵を食べた。こういう貧相な食事が、フルーには耐えられないのかもしれない。
「《遅鈍》!」
暗黒魔法のスキルレベルは2になったが、相変わらずほとんど成功しない。
「《挑発》」
「《瞑想》。《遅鈍》」
小さなネズミは、ちょこまかと走って、フルーに牙をむいた。
噛み付かれて、ダメージは1、フルーはHPが28になった。
レベル上昇に伴うフルーのHP上昇は素晴らしく、多少ダメージを受けたところで危険はなさそうだ。
しかしスキル上げもしたいので、玲奈は今日あまり出番のない、神聖魔法を唱える。
「《小治癒》」
フルーのHPは43に戻る。
フルーは重い盾と剣を、まだあまり上手く扱えていない。
しかし、今日一日の実戦で、かなり扱いなれたようだ。攻撃も、狙いを外すことが少なくなった。やはり、修練場と実戦は違う。
剣先で、ネズミを突き刺す。
玲奈も今日一日で、杖をかなりうまく扱えるようになったと思う。
しかし、たとえ彼女が上手く杖を使えたとしても、攻撃がネズミに当たった瞬間の衝撃音は、ポカッである。
全くダメージが通っている気がしない。
「ハッ」
ザクッ。ネズミがとどめの一撃を受けて、倒れる。
ポンッ。
『フルーバドラシュのレベルが、3になりました』
「あっ」
「おっ」
二人は顔を見合わせた。
「あーん、やっぱりフルーの方が、レベル上がるの早い。
そりゃ、フルーの方が、ダメージを与えてるのは多いだろうけど。
付与魔法って、どれぐらい経験値ボーナス付くんだろう」
主人である玲奈のそういう愚痴に気まずいのか、彼はすぐに顔を逸らして、座り込んでネズミの解体を始めた。
時間は、夕方も近くなってきていた。
(私のレベルが上がったら、もう帰ろう)
フルーがネズミの体から、魔素の結晶を取り出すのを待つ。
赤百合は既に、頼まれた量の二倍採取した。
玲奈は周囲の警戒をしながら、頭の中のインベントリを眺めて考えていることがあった。
「ねえ、フルー。
生産スキルを一つ、取る気は無い?」
「え」
口を開けたフルーは、明らかに嫌だと言いそうになって、途中で止めたようだった。
「な、何のスキルだ」
「調合スキル」
彼は、明らかに嫌そうな顔をしながら、尋ねた。
「なぜだ」
「調合スキルだったら、スケルター教授に教えてもらえるじゃない。
スケルター教授のクエストは、どうせ調合素材の採取クエストばっかりですよね。途中で素材を多めに入手することも出来るし。
せっかくだから、作れた方が得じゃないですか」
スケルター教授は、付与魔法の他に調合の研究もしている。
より高級なポーションの調合や研究には、低級のポーションはたくさん必要で、教授はそれらの入手にいつも苦労している。
低級ポーションを作って持って行ったら、教授が道具屋で買うより安く、しかし普通の調合士が道具屋で売るよりは高く買ってくれることだろう。
「それに、冒険してて一番お金がかかるのって、やっぱりポーション代じゃないですか」
そして冒険者にとって一番怖いのは、実は金銭的に追い込まれることなのだと、魔法学園の教師たちはいつも口を酸っぱくして言っている。
金銭的に追い込まれると、弱い装備や準備不足で、無茶な冒険を繰り返したり、強い敵に挑むようなことになってしまうのだ。
そんなつもりは無かったのだが、いつのまにかフルーを説得するような口調になっていた。
彼は、嫌そうな顔をしているけれども、はっきり嫌とも言わない。
奴隷として、流石に主人に逆らうことに躊躇っているのだろう。
彼はあまり、戦闘に関係ないスキルを取るのが好きではないらしい。
(やっぱりいいよって、言ってあげようかな。
でも別に、まだスキルの空きあるし。いつか邪魔になったら、アイテム使って変更すればいいしな)
そのアイテムは、今のレベルの玲奈には、到底当てにできないような高価なアイテムなので、フルーにそんな話はしないけれど。
フルーは仕方なさそうに、頷いた。
「分かった。おまえに従う。
私にはそういう、才覚がない。
おまえが正しいかどうかは分からないが、どうせ私にも正解は分からないから。
だから、いい。取ろう、調合」
(その才覚って、何の話なんだろう)
玲奈は首を傾げてから、頷いた。
「うん。よろしく。
頑張って上げて、MPポーションも作ってね。私も、フルーのために、美味しい料理作れるようになってあげるから」
「ああ」
その後、しばらく戦って、玲奈のレベルを上げてから、二人は学園に戻った。
二人の初冒険は、そうして無事に終わった。
Lv3 見習い魔法使い
レイナ・ハナガキ ヒューマン
HP/MP 22/33
スキル 杖Lv4 瞑想Lv8 魔術運用Lv3 付与魔法Lv3 神聖魔法Lv3 四元魔法Lv8 特殊魔法Lv9 暗黒魔法Lv2 料理Lv14
Lv3 見習い戦士
フルーバドラシュ ドラゴニュート
HP/MP 59/10
スキル 剣Lv3 盾Lv1 重装備Lv1 活性Lv3 戦闘技術Lv0.5 挑発Lv1