初めての冒険
(一年目 四月二十一日)
フルーを買ってから一週間、結局一度も冒険には行けていない。
一週間かけて、フルーのスキルを決めて、習得した。
玲奈が食堂でアルバイトしている間、フルーは学園による奴隷のための授業を受けさせてもらっていた。学園の教授の奴隷たちが、教えているらしい。
物理職用の修練場もあって、低レベル時のスキル上げには苦労しそうにない。
魔法学園は、ゲームの時は特に深く考えていなかったが、現実に存在すると、ちょっとびっくりするくらい至れり尽くせりだ。
フルーには、かなりスタンダードな物理職の必須スキルを習得してもらった。
武器は剣で、修練場で少しだけスキルを上げた。
しかし、ゲーム内よりもレベルアップの速度がかなり遅く感じるので、まだまだ強くなるまで時間が掛かるだろう。
そしてとうとう今日、玲奈は、はじめての冒険に出かけることに決めた。
ただし、迷宮に潜るのではなく、モンスターの少ないフィールドへ向かう。
目的は、スケルター教授のクエスト。ポーションの材料である、赤百合の根を二十個採取することだ。
目的地は、学園の南門を出た草原のフィールドだ。
「とりあえず、二人ともに、常時防御上昇をかけておくことにしますから。
フルーは、こまめに活性を使っておくこと。私も、瞑想はしょっちゅう使うから、その間は待ってて」
活性スキルは、物理職にとって魔術職の瞑想と同じようなスキルで、HPの自然回復速度を上昇させる。
二人は安全地帯である南門を出る直前で、作戦を立てていた。ここでは魔法学園の門番がモンスターの侵入を防いでいるので、モンスターに襲われることがない。
「スキルを上げたいんで、魔法は積極的に使っていきます。フルーの回復はポーションじゃなくて、私の神聖魔法でやります。でも、自分でやばいなと思ったら、勝手に使ってください。
HPポーションは基本的にいざと言う時のために残して、MPポーションが切れたら、クエスト完了してなくても帰りましょう」
現在玲奈は、スキルが低いので、役に立つ付与魔法は防御上昇くらいしかない。もう少し四元魔法のスキルが上がったら、武器に属性を付与できるようになる。
「目的地は、南西。モンスターに出会ったら、一匹ずつ倒して進みましょう。でも、向こうが攻撃してこないようなら、目的地に着くまでの道中では攻撃をしかけない。
挑発スキル、忘れないでね。ちゃんと盾を使って、私を守ってください。回復が欲しいと思ったら、声をかけること」
フルーの方が、冒険者をやっていた経験があるのに、玲奈が指示するのも変な話だ。しかしその辺は、奴隷の主人であり、後衛で支援職である玲奈の役割と言うところだろう。
それにフルーはどうも、他人と連携することについて、深く考えたことがないようだ。
まだ、一人で戦っていた、駆け出しの冒険者だったのだろう。
レベルも10だったと言っていたし。
「走らないで、歩いて行くよ。じゃあ、出発。
《防御上昇》。
《瞑想》。
フルー、《防御上昇》」
「ああ。《活性》」
ぎゅっと、フルーが体中の筋肉に力を込めると、魔力とは違うエネルギーのようなものが、彼の周りを取り巻いた。
フルーは木の盾を左手に、抜いた銅の剣を右手に構えたまま、歩き出す。
玲奈も杖を構え、広い草原を眺めながら、彼の後ろについて歩いた。
このフィールドに居るモンスターは、あまり戦闘的なタイプではなく、ちょっかいをかけなければ襲いかかられる心配はあまりない。
ただ現実なので、ゲームのようにはっきりと、アクティブ・ノンアクティブの区別を付けられるわけではない。
玲奈は、頭の片隅にパーティーのステータスを常時表示している。と言っても、HP/MPくらいの話だ。
まだ戦闘を行っていないのでその必要はないが、常に仲間のHPを把握できるように癖を付けておきたいと思っていた。
三十分くらい歩くと、敵に出会うこともなく、赤百合の生息地に到着した。
そこには、低レベルモンスターの、草原ネズミがうじゃうじゃ居る。
基本的にはノンアクティブのモンスターなのだが、ネズミたちは赤百合の根が大好物であるため、その赤百合の根に手を出そうとすると、襲いかかって来るのだ。
なので、赤百合の根を採取するためには、まずここに居るネズミたちを倒して数を減らしてから、採取するしかない。
でなければ途中に襲われてしまうのだ。
「じゃあまず、私が魔法をかけて、ネズミを一匹ずつこっちへ呼びます。来たら、挑発で注意を引いて、後は剣で倒してくれていいです。
私は後ろで、サポートしてる。
何かあったら呼ぶから、そうしたら私を庇ってね。あと、付与魔法と回復魔法が必要だったら、呼んで。
何か質問は?」
「いや。了解した」
二人は生息地から、少し離れたところに場所を取った。
「じゃあ、フルー、《防御上昇》。《瞑想》。《防御上昇》」
「《活性》」
一番端のネズミに目がけて、玲奈が魔法をかける。
「行きます。《遅鈍》」
遅鈍は上手くかからなかった。
殴られたかのようにびくりとネズミが反応して、きょろきょろ周りを見回してから、玲奈に気付いて駆け寄ってきた。
フルーが盾を構えて、玲奈の前に立った。
「《挑発》」
草原ネズミは、さほど大きくない。子犬くらいの大きさで、一体を相手に戦っていれば、死ぬような危険はない。
ただ、群れを相手にすると恐ろしいが。
飛びかかってきたネズミを、フルーは上手く盾で防いだ。
「はぁっ!」
剣を振り下ろすが、上手くネズミには当たらなかった。
もう一度飛びかかってきたネズミを、また盾で防ごうとするが、横から回り込まれてかじりつかれた。
ダメージは2で、フルーはHPが25になった。
まだ回復は必要ない。
「ネズミに、《遅鈍》!」
ネズミは一瞬びくりと固まったが、やはりかからなかった。
「《瞑想》。
失敗した。私も殴るわ」
フルーの剣が、さくりとネズミの体を掠めた。
チチッ、チィッ。ネズミが鋭く鳴く。
玲奈は、周囲に他のモンスターが来ていないか見回してから、フルーの横から大回りをして、ネズミの背後に回り、杖でネズミを殴った。
「えいっ!」
ぽこりと間抜けな音を立てて、地面に当たる。
しかしネズミも、前後両側から殴られて、避けきることはできない。
「《挑発》。ハァッ!」
今度のフルーの攻撃は、ネズミに当たった。
「えいっ!」
ぽこっ。玲奈の撲撃も当たったが、あまり効果があるようには思えない。
「ハァッ!」
ザクッ。フルーの剣が、ネズミの胴体を貫いて、やっとネズミは息絶えた。
「《瞑想》」
「《活性》」
「はぁ、はぁ。回復必要ないよね」
「ああ」
玲奈は、ほとんど戦闘に貢献することができなかった。杖の攻撃も、多分ほとんどダメージを与えていない。
特に何をしたというわけでもないのに、もう息が切れている。
「遅滞、全然成功しなかったよー」
「まだスキルレベル0がだろう、良いんじゃないか。防御上昇は効いていたわけだし。やはり、あると大分違う」
フルーはしゃがみ込んで、短剣でネズミの死体をさばいている。モンスターの死骸は、しばらく放っておくと魔素として空気中に拡散して消える。
その前にモンスターを解体して、ドロップアイテムを入手しなければならないのだ。
冒険者は、このドロップアイテムを売って生活しているのだから。
ネズミは、毛皮も内臓も持って帰って売るほどの大きさでも質でもない。
ただ、全てのモンスターは体内に、魔素の結晶を蓄えている可能性がある。
それは高濃度のエネルギーとしてこの世界の様々な部分で利用されており、ドロップアイテムの主要なところだ。
「あった。この大きさなら、5G位だな」
「5Gね」
(一匹5G、つまり、5円。百匹倒しても500Gか。しかも、全部のネズミから結晶が出る訳じゃないし。
ううん。あきらかに、アルバイトの方がずっと時給が良いわね。
まあ、まだレベル低いしなあ)
フルーは魔素の結晶を、不思議なカバンにしまった。
アイテムインベントリであるあのカバンは、フルーが持っている。彼の方が力持ちだからだ。
それに、パーティーメンバーがカバンを持っている間は、玲奈は頭の中のインベントリを使って、カバンの中のものを出し入れすることができる。
「じゃあ、次、行きましょう。防御上昇は、まだかけ直さなくて平気よね。
遅鈍は二回かけた後、殴りに行きます。
《遅鈍》」
玲奈は杖を振り下ろした。
一匹のネズミが、勢いよく駆け寄ってきた。
フルーが、盾を突き出して、その前に立ちふさがる。
「《挑発》」
「《瞑想》。
《遅鈍》!」
びくりとネズミは反応して、突然その動きを遅くした。
「やった! 成功した」
ネズミが噛み付こうとするのを、盾を突き出して受け止めてから、フルーは落ち着いた様子でネズミに剣を振り下ろした。
ザシュッ!
玲奈は大回りして駆け寄って、後ろからネズミを殴る。
「えいっ!」
ぽこん。
「ハァッ!」
ザクッ。
ネズミの動きが遅くなっているせいで、フルーは落ち着いて盾を扱い、上手くネズミに狙いを付けて攻撃した。
二人は、今度は割と容易く、ネズミを倒すことができた。
「《瞑想》」
「《活性》」
「やった。遅鈍効くじゃん!」
玲奈は片手を上げて、ガッツポーズをした。
見ればフルーも、心なし嬉しそうにしている。
玲奈はフルーに、上げた片手を開いて、差し出してみた。
フルーは、きょとんとした顔で玲奈の手と顔を見比べていたけれど、盾を地面に置いて、自分の手を彼女の片手に重ねた。
彼女は、フルーの掌を、ぱしんと叩いた。