奴隷(3)
玲奈は奴隷商から受け取った、奴隷契約の魔道具、隷属の首輪に彼女の魔力をしみ込ませた。
奴隷用の首輪だった。
首輪には、奴隷本人の魔力もしみ込まされていて、勝手に外すことは出来ない。この首輪を、基本的には奴隷が付けて、奴隷が外すときはきちんと主人が預からなければならない。
首輪は、必ずしも奴隷が主人の命令に従うことを強要する物ではない。
むしろこの首輪は、奴隷たちが主人の害になると分かっていることを行えないように縛る存在だ。
主人に命令されれば話は別だが、傷付けることはもちろん、主人の物を盗んだりすることも出来ない。
反対に言えば、悪気が無ければ奴隷は主人を害することができる。そのような奴隷を所有した主人が悪かったという話だ。
細かい命令に絶対従うように強要する魔道具は、また別に存在する。
ただ、そのような強烈な魔道具を日常的に身に付けていると、奴隷は命令されなければトイレに行くことも出来ない。強烈な魔道具は、主人に対する絶対的服従が必要な仕事上の一場面などで、短期的に装着される。
つまり、隷属の首輪を付けているだけならば、奴隷は比較的自由に行動できる。
主人に対する口のきき方などは、体罰などによって主人が躾けるほかない。
玲奈には、どの程度厳しく命令し、どの程度奴隷を自由にさせていいのかが、よく分からない。
泥だらけの、上半身裸の奴隷を連れて、玲奈は市場を歩いた。
竜人は、フルーと名乗った。
フルーは立ち上がると、玲奈よりも頭一つ分くらい背が高かった。
玲奈は、フルーのステータスのあちこちを見ていた。といっても、まだスキルも取っていないし、この世界では詳細な身体ステータスはそう簡単には見られないので、見るべきところなどさほどない。
ただ、フルーの本名がなにやら長いことと、彼の年齢が気になった。
「ええと。38歳?
あの、フルーは意外と、年上なんですか?」
フルーはきょとんとした、まっすぐな瞳で玲奈を見た。
「……なぜ、何の道具も使わずに年齢が見られるんだ?」
(不味い! え、普通、パーティーメンバーの情報って分からないものなの?)
フルーは首を傾げながら、告げた。
「確かに私は38年生きているが、竜人とヒューマンは寿命が違う。
今の年齢は、ヒューマンでいうところの、19くらいだ」
(そうか。亜人だから、寿命が違うわけだ。
私って、何歳まで生きられるのかしら。それに、転生システムって、どうなってるのかな……)
彼が裸で、学園に戻っても着るものが無いので、玲奈は装備屋に行くことにした。
奴隷を買った次は、どうせ装備を買わなければならなかったし、残りの一万Gを、全て使っても構わないと思う。
安い出店で下着類とタオルの替えを買って、実は念願だった玲奈自身の下着の替えも買い足した。
合計1200G。
ちなみに、ブラジャーはこの世界に存在しない。ごわごわしてやや分厚いシャツを着ているだけだ。
もうちょっとお金が溜まったら、絶対に絹の下着を買おうと思っている。
玲奈はとりあえず、相手が奴隷なのだから、年齢については気にしないことに決めた。
「それでフルーは、装備に何か希望はある?
まあ、一番安い銅の鎧を買おうと思ってるんだけど」
ついでに玲奈自身の防具、一番安い革装備の、合皮の鎧を買うつもりだ。一万Gあれば、一番安い装備品ならば二人分揃えられるだろう。
なんといったって、初期の所持金は3000Gだったのだ。
ただし、肩装備や腕装備などまでは揃えられない。足装備と胴装備と、余裕があれば頭装備。
一番安い装備なので、どの出店で買ってもあまり品質も変わらないし、値段も同じだ。積み上げられている装備品の中から、サイズが合いそうなものをかき分けて探す。
「フルー、銅の鎧で良いなら、サイズが合うのを探しておいて」
ぼーっと玲奈の後ろでつまらなそうに立っているフルーに声を掛ける。
彼にやって欲しいことを、どのように命令すればいいのか、まだ上手く掴めなかった。
「私のサイズは、小だ」
「小?」
「おまえ、少し周りを見てみるんだな。魔法使いではないのだから、金属装備を着ていて、私よりも小さい者はほとんど居ないだろう」
(今日見た、レベル1の奴隷の大半は、みんなこいつよりも小さかったけど)
たしかに、魔法職と物理職では体格の平均は大きく違う。
「ええ。それじゃあ私、小じゃ大きいかな」
「革装備だから、同じ小サイズでも、金属鎧よりは小さいが、どうかな。探せば、最小があるかもしれない」
玲奈はごそごそと、積み重なる重い合皮の鎧をかき分ける。
「武器の希望は、何かあるの。
スキルも相談して決めましょう。
あ、盾も欲しい」
「スキルは、別に好きに決めるがいい。盾でもなんでも。
武器は、今までは剣を使っていた」
「今までって?」
玲奈は見付けた最小サイズの合皮の鎧を、床に置いた。
続いて、合皮の靴のサイズを合わせ始める。
「私はここに来るまで、諸島で冒険者をやっていたのだ」
「え。レベル1なんですよね?」
彼は、ガチャガチャした銅の鎧を片手に掴んだまま、自分の銅の靴を選んでいる。
「知らないのか?
レベルを1に戻す特殊なアイテムが存在する。レベルもスキルも、全部ゼロからだ。
おまえは魔法学園に通っているくらいの金持ちなわけだ。入学するまでに本当に、全くモンスターを殺したことが無かったのか」
「……言っておきますけど、生まれてから一度も私がモンスターを殺したことがないのは事実ですけど、今私は全くお金を持っていませんから。
今の私には、親族が一人も居ませんし、全財産一万Gくらいしかありませんから」
本当のことを告げただけだが、フルーは意味がよく分からないといった顔で、首を傾げている。
どうりで、奴隷にレベル1が多いと思った。
この世界でのレベルシステムがどのように受け入れられているのか、いまいち分からないが、モンスターを殺しただけでレベルが上がるのならば、ある程度の年齢になってもレベルが1のままでは奇妙だ。
半端に低レベルで、冒険者に役に立たないスキルを持っているよりも、全く0から始めた方が効率がいいというわけだ。
多分玲奈が知らないだけで、この世界には戦闘で役に立つ以外にも、農業や家事に関するものでも、スキルが存在するのかもしれない。
冒険者以外の様々な職業の人々も、自分にとって都合の良いスキルを利用しながら、生活しているのだろう。
「フルーはこれまでどんな感じで冒険者をしていたんですか」
「魔法剣士を目指していた。レベルは10にも至っていない。
この辺りでは、物理職が魔法系のスキルを取ることは敬遠される。私は魔法系のスキルを持っていて、盾役に必須の盾スキルも挑発スキルも持っていなかった。そんな奴隷では売れないから、全て戻されたんだ」
「ふうん。確かに、私は盾をやって欲しいんで、盾と挑発は取って欲しいですね。盾、選びましょうか。
じゃあ武器は、スタンダードに剣でいいですね。剣のスキルも、とってもらいます」
「だから、好きに決めるがいい。私に希望は無い」
武器は、ここでは売っていない。二人は盾の並ぶ棚に移った。
フルーは、意外と素直な性格らしく、買われることを嫌がっていた割には、反抗的な様子も見せずにぽつぽつ話す。
まあ、玲奈も奴隷にかなり自由にさせているほうだろうが。
「私には、そういう才覚はない」
「ん? フルーは、竜人の間では、弱い方だったんですか?」
「いや、ステータスは良かったし、戦闘のセンスもあっただろう。
だが、レベルは10までしか上がらなかったし、今はこうして奴隷になっている。
私は、頭が悪い。多分、立ち回りが下手なのだろう」
低い声で、淡々と話す。
聞きようによっては、嘆いているようにも自分に呆れているようにも、何も考えていないようにも聞こえる。
(奴隷になった時のことかな。
まあ、何か理由があって、奴隷になったんだろうし。借金とか、犯罪とか、騙されたとか、偉い人に嫌われたとか。
それとも、何か他に、後悔してることでもあるのかな)
木の盾を選ぶと、二人が選んだものをフルーが持って、店の奥に進んでいく。
「すみませーん。まとめて買うんで、木の盾おまけして下さい」
店員が、そろばんを片手に出てきた。
「だめだめ、まとめてって、全然大した量じゃないじゃないかい。一番安い、銅と合皮の装備だし。
魔法学園の生徒なんだろ、けち臭いねえ」
「じゃあ、木の盾も買うので、合皮のバンダナおまけしてください。合皮のバンダナなら、安いじゃないですか」
「安いんなら、自分で買いなよ」
玲奈は、店員の顔をじっと見つめてから、踵を返した。
「フルー。その装備全部、元あったところに返しておいてくれる? 私、三軒隣の装備屋に行ってるから、後で追いかけて来て」
「ちょっと、ちょっと。待ちなよ。あんた、性質悪いね。
もう一つ、何か買ってくれたら、合皮のバンダナ、無料にするよ」
「性質悪いのはどっちですか。これくらい、当然ですよ」
玲奈は今日一日で、随分値切ることに慣れた。
多分、奴隷になる前は割と育ちが良さそうな感じの、竜人のフルーは、ちょっと呆気に取られた顔をしていた。
別の武器屋にも寄って、銅の剣と、あったら便利そうなので銅の短剣も買った。
何故か武器屋に置いてあった、フライパンをおまけしてもらった。生産用アイテム扱いなのかもしれない。
その後、市場で、料理スキルが低くても調理できる卵や、腐りにくいや果物を買って、帰った。
学園に戻ると、玲奈は水の魔法を連発して、水瓶に水を溜めて、フルーに水浴びをさせた。石鹸を買うのを忘れていた。
自室に戻って、四つのベッドが並ぶ部屋で、普通に異性であるフルーと一緒に暮らさなければならなかったことに気付いて、呆然とした。
(特殊魔法がスキルレベル20になったら、壁の魔法が使えるようになるんだけど。特殊魔法、取ってて良かった。
でも今、どうしよう)
仕方なく、教授の研究室に走って行って、画びょうを借りた。画びょうを使って壁にシーツを留めて、シーツで玲奈のベッドの周りを覆った。
(おおう。深く考えてなかったけど、男の子と一緒に暮らすって、これからどうすればいいんだろう。
ああああ。お金貯めて、早く家を借りれるようになるわよ!)
玲奈は心に決めたけれど、彼女の部屋にやって来たフルーが玲奈以上に動揺したために、反対に冷静になれた。
フルーは案外紳士的な竜だ。
やっぱり、かなり良い買い物をしたかもしれない。
奴隷、六万G。
下着・タオル類、1200G。
銅の剣、1000G。銅の鎧、1000G。銅の靴、300G。銅の兜、500G。木の盾、500G。
合皮の鎧、800G。合皮の靴、300G。合皮のバンダナ、無料。銅の短剣、400G。フライパン、無料。
食料品類、1000G。
合計、六万7000G。
残金、3000G。
Lv1 見習い魔法使い
レイナ・ハナガキ ヒューマン
HP/MP 10/15
スキル 杖Lv2 瞑想Lv6 魔術運用Lv1 付与魔法Lv0.3 神聖魔法Lv2 四元魔法Lv6 特殊魔法Lv8 暗黒魔法Lv0 料理Lv10
Lv1 見習い戦士
フルーバドラシュ ドラゴニュート
HP/MP 27/5