序
今日で、祖母の四十九日が終わった。
これで、葬儀のことは一通り終わったのだ。
家に帰って、ぐったりとして、パソコンを立ち上げた。
玲奈は最近、MMORPGにはまっている。ネットゲームだ。
祖母が病気で死に、玲奈は完全に天涯孤独の身となった。
この春大学に進学して引っ越したばかりで、友人も気になる男の子もほとんど居ない。大学に進学したばかりの頃に祖母が倒れたから、ばたばたしていて大学にもほとんど通えていないのだ。サークルに入るタイミングも逃してしまった。
もう、玲奈のことを気にしてくれる人は、この世で一人も居ない。
このゲームの中の仲間以外。
「んー、今は誰も居ないかな」
レイナはフレンド登録をチェックしながら考える。
一緒にパーティーを組んでくれそうな、回復職の友人がまだ来ていないようだ。
「仕方ないな、リヒター隊長とマイン王子とで、王子のレベル上げしよう」
『迷宮世界グリンドワールド』、オーソドックスな剣と魔法のファンタジー世界のゲームだ。
玲奈は三か月前に始めたところで、忙しい合間に少しずつ進めている。最近やっとレベル30になり、ジョブを手に入れることができた。
魔法使い、エリン。それが玲奈の、この世界での名前だ。
グリンドワールドのウリは、美しいグラフィック、豊富なスキルによる自由な成長、ロマンチックなクエストストーリー。
そして何よりも、魅力的なNPCを仲間にし、育てることができるのだ。
リヒター隊長もマイン王子も、エリンの仲間NPCだ。
グリンドワールドのスタートエリアは、4つに分かれている。
魔法学園エリュシオールは、ヒューマンの魔法職のスタートエリア。
迷宮帝国グラリビオは、ヒューマンの物理職。
ユエランピア亜大陸は、エルフの魔法職。
エカエリ諸島は、亜人・獣人の物理職のスタートエリアだ。
エリンはヒューマンで、魔法学園スタートだ。まだレベル40に至っていないので、別エリアへ進むことができない。
魔法学園は、魔法職プレイヤーのスタートエリアだが、ここで仲間にできるNPCは何故だか物理職ばかりだ。
攻撃魔法を主体にしているエリンは、回復職のプレイヤーとパーティーを組まなければ、回復役が居ない。
リヒターもマインも物理職だ。
マイン王子はつい最近クエストで加入したばかりなので、まだレベルが低い。学園近くのフィールドでのんびりレベル上げをするしかない。
エリンは二人を先導して歩き出す。
玲奈はすっかり、グリンドワールドにはまっていた。
一種の現実逃避をしているという自覚もある。
このゲームは、NPCとの間にある、クエストがいい。
段々と仲間との間に信頼感が生まれていく演出もいいし、クエストも感動的だ。
どのNPCも生き生きしていて、格好良くて魅力的で、そしてプレイヤーを愛してくれる。心から必要としてくれる。
玲奈をすごく大切に、尊重してくれる。
(もうゲームの中以外に、大事な人なんか一人も居ないや)
たった一人の身内だった祖母も死んでしまったし、高校時代に友達がいなかった訳ではないけれど、ゲームの中の仲間たちほど強い絆があるわけでもない。
たった三か月前に出会ったばかりだけど、リヒターとエリンの間には、誰よりも深い絆があった。
もう大学生である玲奈は、生活に困っているわけではない。
少ないけれども、しばらくは生きていけるだけの、祖母の遺産がある。もう既に祖母とは離れたアパートで暮らしていたわけだし、家事だってできる。
大学の授業料の免除もおそらく受けられるだろうし、あとは大学を卒業するまで、アルバイトをしながらなんとか食べていけばいい。
生きていくことはできる。
(けど、他に何もない)
リヒターが挑発して気を引き、エリンが魔法でHPを削ったモンスターを、マインが剣でちまちま叩く。
リヒターは魔法学園で仲間にできるNPCの中では、非常に使いやすい主要キャラクターだ。序盤から仲間になってくれる割には、ステータスが高い。
リヒターを仲間に加えると、マインの加入クエストは半ば強制的だ。
マイン王子には、祖国を復興するという目標がある。
リヒターはマインの部下で、彼を献身的に支えている。
マインは最近まで悪者に捕えられていて、クエストで彼を救い出して仲間に加入させた。
そしてそれに協力してくれるエリンに、非常に感謝している。
玲奈は、彼ら二人のクエストを進めていくと、最終的にどのようなストーリーになるのかは知らない。というよりも、このクエストはメインに近いクエストらしく、まだそこまで誰も進めていないのだ。
玲奈はとりあえず、この二人のクエストを頑張って進めている。
「ん? なんか、レアアイテム、出た?」
小さな電子音が、玲奈に何かを知らせた。
NPCを別のモンスターに向かわせて、彼女はアイテムボックスを開く。
そこにあったのは、『スペシャルプレゼント』。
何か今、キャンペーンでもしていただろうか。玲奈はクリックしてプレゼントを開く。
『異世界移住チケット』
「おめでとうございます! あなたはラッキーです。
人生はつまらないと思っているあなた、ゲームの世界で生きていきたいと思っているあなた、小説のような出来事が起こって欲しいと思っているあなた。その夢が叶います!
このグリンドワールドの世界に、あなたは、移住することができるのです」
「何これ? いたずら? でもゲームのアイテムだし……。運営のどっきり?」
『異世界移住チケット』、何か、ネットの掲示板で読んだことがある気がする。でもそれは、グリンドワールドとは違うゲームの話だった。
いたずらだろうか。まさか、ウイルスではないと、思いたい。
「開けたら、危ないかな」
まさか玲奈だって、ゲームの世界の中に入りたいだなんてこと、本気で思っているわけではない。そんなこと、できるわけがない。
ゲームの中で、生きるなんて。
そんなこと。
玲奈はぼんやりと、そのアイテムをダブルクリックした。
ボンっと画面が変わって、ちょっとびっくりする。
『スタートエリアを、選択してください』
「え、まさか、エリンのセーブ、飛んだりしないよね」
玲奈は戸惑いながらも、魔法学園エリュシオールを選んだ。
『レイナ・ハナガキ、ヒューマン、レベル1。職業、見習い魔法使い』
「え、なんで、私の名前」
呟いた瞬間、彼女の目の前は、真っ白になった。