その王子、どうにかして!
妖精の住む森に囲まれた、それほど大きくはない国の王都。その中心に聳える王城のダンスホールにその声は響き渡った。
「アネモネ・カイラール公爵令嬢、お前はこのモリスン・バルサ子爵令嬢に陰湿なイジメを繰り返していたそうだな!見下げ果てたぞ!」
煌びやかなダンスホールにドーン!と響き渡る扉を開け放つ音。驚く貴族達が一斉に振り返る。そんな中、お兄様のエスコートで立つ私に、高圧的な声がかかった。
お兄様と2人でゲンナリしながら、けれど表情には一切出さずに、優雅にカテーシーをする。それに続くように、周りの貴族達もさっと頭を下げた。
「クロス王子殿下、今宵はご招待して頂き、感謝申し上げます」
兄が胸に手を当てたまま、儀礼的に挨拶を口にする。もちろん、美しいアイスアイを笑顔の形に細めて。
「それで、妹がそちらの令嬢に陰湿なイジメを、とおっしゃいましたか?」
兄は王太子の側近だ。クロス王子殿下とも幼少時から顔を合わせる機会も多く、名前呼びが許されている。
私はまだカテーシーを崩さず、顔は伏せたままだ。まだ顔を上げる許可が殿下から出ていない為だ。
「クロス様、いいんです!また、1人になった時に酷い事されたらと思うと怖いから…」
かわいこぶっているが、言ってる事がえげつない。まるで本当に自分がイジメられてるかのように演出し、全力で私を殺しにかかっている。
「ほう。公爵令嬢を断罪しようと言うからには、証拠はあるのだろうな?」
「あ、ありません!アネモネ様は、とっても頭の良い方だから…。でも、お見せ出来ない所に、傷やアザがいっぱい…」
「何て可哀想なんだ…!よくもこんな非人道的な事が出来たものだな!」
バルサ令嬢の腰を抱き、庇うように私達から少し遠ざける。まるで三文芝居を見せられている気分だ。まあ、私はまだカテーシーを解く許可がないので見ていないけど。ちなみに、周りの人達も、王子殿下の登場でカテーシーやボウ・アンド・スクレープで止まったままよ。
「クロス王子殿下、何故その令嬢が殿下や妹の名前を呼んでいるのか、また婚約者がいる身で、他の令嬢を抱きしめるのはどうかとか、言いたい事は色々ありますが、1番言いたいのはこれです」
お兄様の声は広いホールによく通った。
「この場でこんな風に証拠もないのに断罪すると言う事は、これが濡れ衣だったとしても、妹の令嬢としての人生を終わらせる事だと理解なさってますか?ましてやわが国は法治国家。罪は裁判所にて確定します。どんな些細な罪でも、きちんと証拠や証言を集め、また魔法を駆使して正しく裁かれます。なのに、王族であるあなたが、このような衆目ある場で、証拠もなく思いつきで、片方の言い分だけを聞いて妹を私刑する事の意味を、きちんと考えていますか?これは王家が我がカイラール公爵家を貶め、対立する事を選んだと公言する行為です」
兄から冷たい魔力が溢れ出し、その声も低く冷え切っている。
「そ、そんなつもりはないぞ!ただ、アネモネが罪を認め、償えば済む話ではないか!」
「証拠すら提示できない一方の話だけを聞き入れ、罪を確定させるとは!いつからわが国は、無法国家に成り下がったのでしょうか!」
更に圧力をかけた兄の腕を軽く引く。
「顔を上げる許可も無いのに、発言失礼致しますわ」
まだ私はカテーシーとったままよ。もちろん、周りの人達も。ほら、少し高齢な方達とか、慣れない方達がプルプルし出してるわよ。
「私には何ら恥じる所はございませんので、ここは公正に、この場で、王族のみ使用できる『審判の儀』の行使を、私とその令嬢に、お願い致しますわ」
周りの方にも良く聞こえるように、言葉を区切りながらゆっくりと話す。
「なっ!」
周りで見守っていた人達も、私の発言に驚愕してざわめく。
分かってないのは王子殿下に腰を抱かれた、何とか令嬢だけのようだ。
「しかし、あれは嘘だと判定されると」
「私はかまいませんわ。この場でイジメなどしていないと証明出来なければ、この先無実が証明された所で良くない噂が回ってしまって、死んだ方がマシな人生にしかなりませんもの」
ざわざわとした騒めきの中に、私に同情的な囁きや、王子殿下の浅慮に失望する声も聞かれた。もちろん王子殿下にも聞こえたのだろう、引き結んだ口が歪み、耳が赤くなっている。
「そちらの令嬢も、私が貴女をイジメたと王子殿下に訴えるくらいですもの、証拠はないようですが、自信がおありなのでしょう?審判の儀を私と一緒に受ける事に、何か問題ございまして?」
「え、えと、もし、その儀式で嘘をついたって判定されると、どうなるんですか?」
「死ぬ」
兄が端的にバッサリと簡略的に言う。
「えっ、死、死ぬ⁉︎」
「だが心配いらない。これは王家しか行使出来ない、妖精女王に審判を委ねる魔法だ。真実が必ず、罪人の命を持って明らかになる。つまり、令嬢の訴えが真実ならば、使われるのは妹の命なんだろう。安心して受けるがいい」
兄の言葉が終わると令嬢はガタガタと震え出した。
「い、命まで取ろうなんて、お、思っていません!私、アネモネ様の事、許すので、審判の儀は必要ありません!」
「私の令嬢としての命は既に取られてますのよ。先程も言いましたが、既に王子殿下に犯罪者扱いされた事で、無罪であっても令嬢として終わってますの。ですので、審判の儀が唯一の生きる術なのですわ」
チクッと嫌味を言っても許されると思う。本当に、どうにかして欲しい、この考えの足りない権力者。
「そちらの令嬢も、妹の事は気にせず審判の儀を受けてくれ。まあ、妹を犯罪者として告発したのは嘘だったから受けれないと言うのなら、我がカイラール公爵家及び、妹への冤罪、王子殿下に虚偽の報告をし、国家転覆を狙った罪により、一族郎党処刑になる可能性が高いが…どっちが良いか?」
令嬢はガタガタ震えながら座り込んだ。
「わ、わた、私、そんなつもりじゃ」
「では、どんなつもりだった?」
兄が少し優しげな声で問いかける。
王子殿下も、顔を青くしながら、遅ればせながら自分がしでかした事の大きさに思い至ったようだ。
「クロス様の、恋人のままじゃなくて、婚約者に、なりたくて…じゃ、邪魔なアネモネを排除すればって」
もう、様を付ける気も無いのか。
出来る限り可愛く訴えようとしてるのが丸わかりなポーズで兄に訴えてるが、言ってる内容可愛く無いからね。
しかも、なんでそこで私の名前が出るのか、まるでわからないんだけど。何でそこの王子殿下と婚約したくて、私を落としめんのよ。
「ふうん。クロス王子殿下は、アザリア・エストワード侯爵令嬢という婚約者がいながら、そちらの子爵令嬢と不貞を働いていた、と。で、その子爵令嬢は人間違いで、我が妹に無実の罪を着せ、断罪しようとしたのか」
兄が腕を組みながら、顎に手をやる。
「迷惑な話だが、その迷惑で処刑される一族郎党が哀れだな。まあ、助命嘆願する義理はないし、戦争になったかもしれない事を考えると、それで済めば安いものだろうなあ」
お兄様は完全に人事だ。
計られた断罪に反撃する事を楽しまれているようだけど、その前にカテーシー解きたい。
周りの人達も限界よ。
「せ、戦争とは?」
王子殿下が兄の言葉で引っかかったのはそこだったらしい。良いのか、恋人の一族郎党処刑は。
「この一年、私と妹は休学しており、隣国に留学していたのはご存知ですね?帰国したのは昨日ですが」
ざわっ。
「えっ、留学⁈」
「そう言えば…兄上が言っていたような…それで、どうやってモリスンをイジメてたのだ?」
ざわっ。
いや、さっき人違いで貶めようとしたって、結論出てたわよね?
私、完全に無関係で、ただ運悪く濡れ衣着せられそうになっただけなんだってば。
「イジメはその令嬢の完全な嘘。クロス王子殿下の婚約者を排除する為に、クロス王子殿下の好きな人だけ信じる気質を利用しただけ。妹はクロス王子殿下の婚約者のアザリア・エストワード侯爵令嬢と間違われ、完全なるとばっちりで冤罪ふっかけられた。でも、それが大問題。妹は、隣国の王太子殿下と大恋愛の末に婚約し、今回の帰国は婚礼の準備の為。また1ヶ月後には輿入れの為、隣国へ出国予定。なのに冤罪で裁判も行わず、我が国の王子殿下の私刑によって婚約者を断罪された隣国の王太子殿下は、どう出るでしょうかねー」
「ま、待ってくれ!」
王子殿下は兄に向かって
「一気に言われてもよくわからない!もっと、わかるように言ってくれ!」
はああー、そこ?ほんと、理解するのにまだまだ時間かかる?
周り気付かない?何人もの婦人がバタバタと倒れてるわよ?
さすが妖精のチェンジリング、本当に王家の血を継いでるのかと噂されるくらいのボンクラ具合だこと。
結局、ダンスホールが急遽裁判の場になり、倒れたご婦人方は控え室に運ばれたものの、この場に居たもの達は証人となる為、傍聴する事となった。壁際に並べられていた椅子が中央に寄せられ、円形に置かれた。真ん中には最高裁判官と、国王陛下と王太子殿下。その前に、クロス王子殿下と子爵令嬢。
一つ、不貞を働いた事。
一つ、婚約者に成り代わる為、王子殿下に虚偽の訴えをした事。
一つ、虚偽の訴えをした相手が、王子殿下の婚約者ではなく、全く無関係な隣国の王太子殿下の婚約者であるカイラール公爵令嬢であった事。
一つ、衆人環視の中、カイラール公爵令嬢、及び公爵家、及び隣国の王太子殿下、及び王家に対し、冤罪によって貶めた事。
「上記の罪を明らかにする為、審判の儀を行う。今回の件は、我が国内で収まらぬ事件である。よって、審判の儀が妥当と判断をした」
国王陛下が高らかに宣言し、子爵令嬢はギャン泣きしている。実は何度か逃走しようとして、警備の騎士達に取り押さえられている。
逃げても罪は重くなるし、その罪を家族や一族が贖う事になるから無駄なのにね。
もう子爵家には騎士団が派遣され、一族郎党牢屋行きになるのも時間の問題だ。
「執行役は、クロス、出来るな?」
「はい!」
元気に返事をした王子殿下、分かってるの?
貴方に、自分の恋人を殺せと言ってるんですよ?
「…その子爵令嬢とは恋人関係だったのではないか?その子爵令嬢も罪を認めているのだ、審判の儀で命を落とすのだよ?」
「恋人ではありません。その、させてくれたから、可愛がりはしましたが。私には婚約者のアザリアが居りますし、アザリアの方が大事ですから」
その発言に周りは息を呑む。何だか苦いものが込み上げてくるような心地だ。
不貞を働いたという自覚も無いらしい。このままアザリア様と婚姻を結んだとしても、お気軽に不貞を働き続けるに違いない。
「クロス様…」
呆然とした顔で見上げる子爵令嬢に
「もう名前を呼ばないでくれないか?君は私に嘘を吹き込み、恥をかかせたのだから」
いや、それもそうなんだけどさ。それだけじゃないっていうか…もやもやする〜。
結果、審判の儀は王太子殿下が行い、私の無実は証明されたわ。
そして意外?な事実も発覚。
なんとクロス王子殿下、王族のみ使用できる審判の儀の魔法、使用できなかったのよ。
どうやら、噂通りチェンジリング、イタズラ妖精の取り替え子だったみたい。
審判の儀魔法で降臨した妖精女王が、偽りを正し、王子殿下の白かった肌が褐色に、丸かった耳はトンガリ耳になり、髪は赤くなってかき消されて行ったわ。妖精の国に連行し、100年の拘禁刑となるそうな。
国王陛下も、王太子殿下も、傍聴席の人々も、驚愕の事実に衝撃を受けるより、ホッとした空気になったのは、あまりに無神経で浅慮な王子殿下が、我が国の王子殿下じゃなくて良かったという安堵の為よね。
では、本物の王子殿下はどこに行ったのかと言うと…
同じく妖精女王によって偽りの姿から元の姿に戻ったのは、私のお兄様もなの。
綺麗だったアイスアイが、深いコバルトブルーになり、髪も我が公爵家のアイスブルーから、王家の金髪へ。
妖精のイタズラか、今日まで両親はお兄様の事を自分の子供と思って育てていたのに、突然夢から覚めたように「ある日突然我が家に現れた子」と思い出したんだとか。
えー、昔から絵本で読んでたチェンジリングの話だけど、こんな身近で起こるなんて、誰も思わないわよね⁉︎
「もっと早く分かってたら、残念」
お兄様は私の頬をゆっくりと撫でながら、色気ダダ漏れな表情で、心底残念そうにそう言った。
拙い文章ですが、最後まで読んで頂きありがとうございました。




