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モブに転生したので、追放される推しのスポンサーになります

作者: 井上さん
掲載日:2026/03/06

名前借りました

 ある日突然、前世の記憶が蘇った。


婚約破棄された訳でも、階段から落ちた訳でも、暗殺された訳でもない。


本当に突然蘇ったのだ。

 何故だ!

坊やだから…じゃない。


 前世は、休日に猫カフェに通う社会人だった。

それから、漫画喫茶にも行った。


 前世の漫画喫茶で読んだあらゆるラノベやコミックを思い出したが、知らない名前だったので、私はモブだと思うことにした。

乙女ゲーム?まさか…


 顔と名前が覚えられないタイプだから、登場人物に対してたまに、誰だっけ?ってなったけど。

さすがに読んだことある名前なら…たぶん…分かるはず。


 とにかく私はモブだ。

どこかに勇者とか聖女とか悪役令嬢とかヒロインとかがいるに違いない。


良かったぁ…

 魔物退治とか魔王討伐とか、王子を婚約者から寝取るとか、聖女になるとか、断罪されて追放されるとか…


そんな波乱万丈な人生はいらない。


平穏な生活がいい…と言うとフラグが立つから、言わないでおこう。


現在の状況を確認する。


 父バリニーズ、母コラットの娘で、バーミーズ、10才。

家は、商売も手掛けているガット伯爵家。

紅茶カップやら、お茶会に使う小物やらを取り扱っている。

茶葉を扱う店と共同で、商品展開している、商売上手な父。

 母は、純粋な貴族令嬢だったが、お茶会で使う小物や茶葉を売り込みに来た商人グループの息子であったバリニーズと、なぜか意気投合して結婚したらしい。


 詐欺かも知れないと怪しんで、商人グループを追い返そうと、こんな小物がほしい、これは不便、などの無茶な意見を言ったら、次に来た時に、キッチリ丁度いい商品を持ってきた。それを何度か繰り返し、言いたい事を言える間柄になったらしい。

 しかも、改善した商品が売れたらしい。


 そこで恋愛に発展するんだ…と、娘の私は尊敬するやら呆れるやらだった。



 領地は、王都からそんなに離れていない、そこそこの、農業が盛んな地。


ま、ほとんどの領地が農業が盛んな地だけど。


 隣の領地のマチカ侯爵家は、領地で育てた茶葉を扱う店を持っていて、隣の領地同士、上手くやろう!と父が口説いて、一緒に売り込みに行くようになった。


 茶葉を紹介し、この茶器はどうですか、と勧める。

素敵な茶器をお持ちですね。それにあうこんな茶葉もありますよ、と勧める。


試したところ、相乗効果があったらしく、それ以来のお付き合いだ。


 だから、マチカ侯爵様と一緒に来る令嬢のバーマンと、私は仲良くなった。


バーマンは侯爵令嬢らしく、上品で、令嬢が嗜む刺繍が上手い。

私も教えてもらったが、私は不器用で、上手くできなかった。


 そこまで確認して、ふと思い付いた。


私は猫好きだ。

バーマンに猫の刺繍をしてもらおう。


 私は天才かもしれない。

この世界には猫グッズがない。

野良猫ちゃんを誘惑するレベルで猫に飢えている私には、猫グッズが必要だ。


まずはハンカチに刺繍してもらおう。

私が布教したから、バーマンもそこそこ猫好きに成長した。


刺繍のイメージ用に、模写をしよう。

そう思い、紙と羽ペンとインクを持って庭に出た。


 今日も、白い野良猫ちゃんが庭で日向ぼっこしている。


野良猫ちゃんにそっと近付き、庭に設置してあるベンチを台にして、野良猫ちゃんを描いた。


 可愛い。モフりたい。


何枚か描いたら、満足した。


ハンカチの刺繍以外にも何か作ろう。


ぬいぐるみも良いかもしれない。


茶器に猫のイラストをつけたら、店で売れるかな?


 などと、10才らしからぬ事を考える。


よし、今度の営業会議で提案してみよう。






 ガット伯爵家とマチカ侯爵家の合同営業会議の結果、カップに猫のイラストをつけるのと、猫刺繍のナプキンを試しに作ってみて、常連客の貴族夫人や令嬢にサンプルとして見せて、注文があれば商品として作るということになった。


 庭に来る白い野良猫ちゃんを描いた私の模写を元に、サンプルを作る事になった。


バーマンも、ハンカチに刺繍すると約束してくれた。


ついでに、ぬいぐるみ作成についても相談した。

他に、良いアイデアがないか聞いたら、私の模写を額縁に入れて飾れば?と、バーマンが言うので、父と侯爵様が面白がり、額縁を取り寄せる事になった。


猫グッズが溢れる予感に、私もバーマンもホクホク顔で別れた。

たぶん、父も侯爵様もホクホク顔だったと思う。違う意味で。


 カップにイラストをつけるのに時間がかかるようで、先に猫刺繍のハンカチとナプキン、額縁に入った猫の模写が完成した。


額縁模写第一号は、母が持って行ったので、第二号をバーマンに渡した。


バーマンも私に、お揃いの猫刺繍のハンカチをくれた。


父と侯爵様は、ナプキンと額縁を持って、早速商談に向かった。


私と母と、バーマンとバーマンの母でお茶会をしながら猫グッズについて話し合う。


 ポプリを入れるサシェに猫刺繍を入れるとか、スプーンやフォークの持ち手に猫を彫るとか、茶葉を入れる缶に猫イラストをつけるとか、色んなアイデアが出た。

 それなら椅子に猫を掘りたいとか、ドアに猫イラストを貼りたいとか、お茶会グッズに関係無いところにまで話が及んで、お茶会する時に見せびらかしたら楽しいわね、と母達が盛り上がっていた。


母達は、それぞれ社交でお茶会に行ったり、開催したりするから、そこで商品をさり気なくひけらかすと言っていた。


 全然さり気なくない。


領地の陶磁器工房では、猫のイラストつきの陶磁器を作るようになり、細工職人が、猫モチーフのスプーンやフォーク、果てはアクセサリーを作り、マチカ侯爵領では、完成した茶葉を猫イラストつきの缶で売り出すようになった。


 そんな感じで猫グッズは徐々に人気が出て、うちの店も侯爵様の店も、順調に売り上げを伸ばしていった。






 それから数年が経ち、私もバーマンも、貴族の子息令嬢が通う学園に通う歳になった。


バーマンは、ハンカチやナプキンだけでなく、リボンやらエプロンやら室内着やらに刺繍しまくり、刺繍界隈では有名人になっていた。



 同じ学年に、シャルトリュー王女、公爵子息のラグドール・デプース、男爵子息のマンクス・ネッコがいる。

入学してすぐに、色んな意味で有名になっていた。


それは…


「マンクス〜!お待たせ〜」

「シャルトリュー!君に会えて嬉しいよ!」


 学園のあちこちで、2人でイチャイチャする姿を目撃した。


ちなみに、シャルトリュー王女の婚約者はラグドールである。


 派手な見た目のシャルトリュー王女と派手な見た目のマンクス。


あまり目立たない、眼鏡を掛けた真面目なラグドール。


シャルトリュー王女の取り巻きの令嬢令息達は、2人をお似合いだと褒めそやす。


 だが、嫡男だったり、婿を取って跡を継ぐ予定の令嬢達は、婚約を何だと思っているのか、と、冷めた目で見ていた。しかも、王命である。

分かってやっているのか?



 そしてまた唐突だが、とある小説を思い出した。

珍しく、男が婚約破棄されるストーリーだった。


 シャルトリュー王女とラグドールとマンクスの名前を聞いて、どこかで聞いたようなと引っ掛かっていたのが、解決した。


タイトルは忘れたが、卒業パーティーで、王女が婚約破棄をするのだ。


ラグドールは、次男で、公爵家が持つ侯爵領を受け継ぎ、侯爵となり、王女が嫁入りする予定だ。


マンクスは男爵家の次男。

どこかに婿入りしなければ、平民にならないといけない。

顔は良いが、中身は空っぽで成績も良くないので、令嬢のいる家に婚約を申し込んでも断られていた。


 ラグドールと結婚すると、侯爵夫人になる。

マンクスと結婚すると、平民になる。


 シャルトリュー王女は、お茶会や夜会には参加するが、それ以外の公務はしない。

 他国からの参加者がいる夜会に無理矢理参加して、顔の良い紳士を誘惑する、国内外で、困った王女と有名になっていた。


 困った王女を、王族から追い出したいと思った王家は、ラグドールに降嫁させる事にした。王命の婚約だ。


 と、小説にあった気がする。


たぶん、シャルトリュー王女は、ラグドールと結婚しなければ王家に残れる、マンクスは、王家に婿入りできる、とでも思っているのかもしれない。


それとも、ラグドールと白い結婚をして、マンクスを愛人にでもするのか。


…婚約破棄するんだった。


 学園の課題も公務も、ラグドールに押し付けて遊びほうけていたシャルトリュー王女から、マンクスをいじめたと冤罪をかけられ、婚約破棄をされ、ラグドールは、王都から追放される。

 追放する為の馬車が用意され、馬車に乗った…後の事は小説には出てこなかったので、詳細は分からないが、苦労したんだろう。

シャルトリュー王女とマンクスは仲良く暮らしました、みたいな結末だったかな。


 そこまで思い出して、また唐突に閃いた。


ラグドール、推しだ。


 悪役令息にされ追放されるラグドールが、何で推しになったのか分からない。


でも、推しだ。


推しがこの先、追放されると分かった今。閃いた。


 それなら、ガット領に住んでもらえば良いわ!

ナイスアイデア!


 その為にも、今から準備しなくちゃ。

成績が良くなければ、信頼されないし、他に、領地の受け入れ態勢も整えなければ。


 私の額縁入りの猫模写で稼いだお金で、別荘を建てよう。

軽井沢に別荘が建てられる位稼いでいた。

自分でも信じられない。

単価が高いからかな。


 ラグドールは、何が趣味かな?

悠々自適に気ままに暮らしてほしいな。

何でも揃えられるように、稼ごう。


 見知らぬ人に声を掛けられたら、驚くだろうから、ラグドールと仲良くなるべき?

顔見知り程度にする?


伯爵令嬢である私には、公爵子息と知り合う伝手は無い。クラスも違うし。


 卒業パーティーで婚約破棄と追放された後、城に用意された馬車に乗り、王都を去る。


よし、その馬車を、うちの馬車に変えよう。

そして、ガット領にご案内する。


元々用意された馬車は、御者に賄賂でも渡して移動してもらおう。


 あとは、何を準備する?

バーマンにも、協力してもらうべき?







 そんなこんなしてたら、ラグドールから声を掛けられた。バーマンが。


「突然すまない、ちょっと今話しても良いだろうか?」


「はっはい!?」


「兄が、貴方と話をしたいそうだ。授業が終わったら、時間を取れるか?」


「え…と…明日なら大丈夫です!」


「では、明日」


「バーミーズも一緒で良いですか?」


 そこで、ラグドールが、バーマンの隣にいる私に気付く。


「構わない」


「ありがとうございます」


「いや、礼を言うのは私の方だ。では、明日は頼む」


「はい!」


 それだけ言うと、ラグドールは去っていった。


「バーミーズ、話って何だろう?」


「分からないわ」


「初めて声を掛けられたわ」


「兄が、って言ってなかった?」


「明日って言ってた?」


「明日って言ったのはバーマンよ」


「何だろう?」


「話を聞けば分かるわ」


「もう、真剣に考えて〜」


 バーマンは、私をポカポカ叩いた。


「私、巻き込まれたんだけど」


「良いじゃない!一緒にいてよ〜」


「分かったわよ」


 それからずっと、バーマンはソワソワしている。


次の日の授業が終わった頃、教室に、ラグドールが迎えに来た。


「今日は、よろしく頼む」


「はい」


 クラスメイト達が、何事かと見ている。


バーマンと私は、ラグドールについていった。


 公爵家の馬車に乗せられ、着いた所はデプース公爵邸だった。


ラグドールにテラスに案内された。


テラスには、お茶会ができるように用意され、男性と女性が座っていた。


 ラグドールと似ている。兄のラガマフィンだろう。次期公爵だ。

隣の女性は、婚約者の方かもしれない。


「わざわざ呼び出して悪かったね。ラガマフィンだ」


「お初にお目にかかります。バーマン・マチカです」


 バーマンの礼に合わせて、私も礼をする。


「バーマン嬢と呼んでも良いかな?」


「はい!」


「こちらは、私の婚約者のメインクーン・マオだ」


「お初にお目にかかります。バーマン・マチカです」


 メインクーンにも、礼をする。


「そちらは?」


 ラガマフィンは、私を見た。


「私の親友のバーミーズです。心細かったので、ついてきてもらいました」


 バーマンが私を紹介する。


「そうか、よろしく」


「お初にお目にかかります。バーミーズ・ガットです」


 改めて、礼をした。


「どうぞ、座って」


 バーマンと私は、並んで座る。


「好きなだけ、召し上がれ」


 目の前のお菓子を進めてくれた。


「これは、王都の人気店のケーキ!」

「行列ができるあの店!?」


 バーマンと私が思わず叫ぶ。


噂を聞いて、いつか(調査に)行ってみたいと思っていた人気店のケーキが並んでいた。


「あら、ご存知でした?」


 メインクーンが、微笑む。


「噂だけは…」


「有名店はチェックしてるので…」


 商売人の娘なので、流行り物は調べていた。


「そうなんだ?」


 ラガマフィンも、令嬢に人気なのかな、と微笑ましく思っていたら


「家が、商売をしてるので…」


「流行り物には敏感になりました」


 バーマンと私の話を聞いたラガマフィンは


「そういえば、マチカ侯爵家は茶葉を扱っていたね」


「はい!」


 嬉しそうに、バーマンが返事をした。


「ガット家の店と提携していて、バーミーズとは幼馴染なんです!」


「へぇ?バーミーズ嬢と呼んで良いかな?」


「はい」


「バーミーズ嬢の家の店は、何を扱っているの?」


「茶器や、お茶会用の小物などです」


 いきなり話を向けられて、緊張する。


「これです!」


 バーマンが、ハンカチを出す。

猫刺繍のハンカチだ。


「この、猫刺繍のナプキンや、猫のイラストつきの茶器などです」


 営業チャンスと見たのか、バーマンが生き生きと話しだす。


「猫の茶器!?」


 メインクーンが、目の色を変えた。


「あの店ね!うちにも茶器があるわ。猫のお茶缶も。母が気に入ってて」


「「ありがとうございます!」」


 バーマンと私は声を揃えてお辞儀した。


「ははは…きちんと商売人の娘をやってるんだね」


 ラガマフィンが、穏やかに微笑む。


「「まだまだです」」


 バーマンと私の声がまた揃った。


「本当に仲が良いね」


「私も、バーマン様と呼んでも良いかしら?」


 メインクーンが言うと、バーマンが慌てる。


「様は無しでお願いします!」


「そう…ありがとう。私、バーマンに、刺繍を習いたいの」


「刺繍ですか?」


「そう。私、刺繍が上手くできなくて…。ラグドールの同級生に、有名な刺繍作家のバーマンがいるって聞いて、どうしても会いたくて…」


「恐れ多いです…」


「ね、お願い」


 メインクーンの上目遣いに、バーマンが降参した。


「私で良ければ…」


「やった!ありがとうバーマン!」


「良かったな」


 喜ぶメインクーンに、優しく微笑むラガマフィン。


「ありがとう!ラグドールもありがとう!」


「義姉上のお役に立てて光栄です」


 それまで黙っていたラグドールが、真面目な顔で言った。


それから、学園の休みにデプース公爵邸で刺繍する、朝から馬車でマチカ邸に迎えに行く、とラガマフィンが決めた。


「バーミーズも一緒でお願いします!」


 バーマンが言うのに、またか…と思った。

仕方ない。だって、ずっと一緒にいたからね。


「う〜ん」


 ラガマフィンは、少し迷っていた。

私はただの付き添いだと思ってるんだろう。


「私の刺繍のデザインは、バーミーズが描いてるんです!もうバーミーズのデザインの刺繍しかできないんです!」


 バーマンが叫ぶ。


「それなら良いでしょう?ラガマフィン」


 メインクーンも言ってくれたので、私も一緒に行く事になった。


これで、ラグドールとは顔見知りになった。

兄のラガマフィンと、婚約者のメインクーンとも知り合えたので、色々と伝手ができた。






 公爵邸での話し合いから数日後。

バーマンの刺繍教室が始まった。

メインクーンが見せた刺繍は、確かに上手ではなかったが、別の生物になる私よりは上手かった。


 私は、初期の頃に描いた猫の模写を持って来ていた。

まだ、そんなに慣れてない頃にバーマンが見ながら刺繍していたものだ。


「可愛い!」


 メインクーンが刺繍そっちのけで猫の模写を眺めていた。


「こら、刺繍はどうしたんだい?」


 優しい声が掛かる。


「ラガマフィン!見て!可愛いの!」


 メインクーンが、歩いてくるラガマフィンを呼ぶ。


「へぇ…上手いじゃないか」


「額縁に入れて売っています!」


「商売上手だね」


 バーマンの勢いに、ラガマフィンも笑う。


「でも、そろそろ刺繍しないと、時間が無くなるよ」


「そうだった!」


 それから、しばらく刺繍をする。


ラガマフィンは、少しだけ様子を見てから、執務に戻った。


 時々お茶を飲み、お菓子を食べ、刺繍し、昼食を頂き、刺繍し、また時々お茶を飲み、お菓子を食べ、至れり尽くせりだ。


バーマンが教えながら自分の刺繍をし、メインクーンが刺繍をしている間、私は読書をした。


商売の本やら、猫の本、お茶の本、領地経営の本…公爵邸の書庫には色々あって、読ませてもらっている。


ラガマフィンは毎回、ラグドールは数回に1回、顔を出した。


 ラグドールとは、直接話した事はない。


顔見知り程度だろう。


でもこれで、婚約破棄と追放の後、馬車に乗ってもらえるかも知れない。


 ラガマフィンやメインクーンに、断罪の事を相談した方が良いのかな?


まだ、バーマンにも言っていない。


 ただ最近は、ラグドールが、マンクスをいじめているという噂が学園で出回っている。


シャルトリュー王女の周りにいる令嬢達がばら撒いているみたいだ。


やれ、突き飛ばした、だの、暴言を吐いただの、マンクスに嫉妬している、だの。


 陰でコソコソ噂してないで、本人に言えば良いのに。

マンクスに嫉妬していじめたのか?とか。

いじめは良くない、とか。


小説では…

何もしてないのに噂を立てられ、生徒達が信じて、断罪されて当然、みたいな空気になっていた。


 今はまだ、信じているのは半分程。

残りは、浮気している自分達を有利に仕向ける為に、わざとラグドールの悪い噂を流している、という意見。

 噂を流すのは序ノ口で、何か酷いことを企んでいるんじゃないか、という意見。

 ラグドールが噂を流し、あえて婚約破棄させようとしている、という意見まである。


 最後のはともかく、意外と正解なんだよね。


婚約破棄する為に、シャルトリュー王女が噂を流しているんだから。


ただ、ラグドールが本当にいじめている可能性もあるけどね…



でも、気位が高いシャルトリュー王女を押し付けられて、ラグドールはどう思ったんだろう。


王命だから仕方ない?

実は好き?


学園に入った途端に、マンクスとイチャイチャする王女を見て、どう思ったんだろう。


噂の事を教えてあげた方が良いんだろうか?

知らないわけないか。






「学園での噂、知ってる?」


 今日は、マオ公爵邸で刺繍教室をしている時に、メインクーンから聞いてきた。


「噂って…」


「王女とマンクスの噂ですか?」


「ラグドール様が、マンクスをいじめているっていう噂ですか?」


 交互に話すバーマンと私に


「王女とマンクスの噂?」


 メインクーンがきょとんとする。

そっちは知らないの?


「王女とマンクスが、学園でイチャイチャしているんです。…あ、これ噂じゃなくて事実だった」


「あ、本当だ」


「王女とマンクスがイチャイチャしているの?」


「ご存知なかったんですか?」


「それは知らなかったわ。ラガマフィンは知ってるかもしれないけど…」


「それで、ラグドール様が嫉妬して、マンクスをいじめている、という噂ですよ」


「そうなのね…ラグドールがいじめをしている、という噂があるって、友人が教えてくれたの」


 その友人は、王女とマンクスの噂は教えてくれなかったのですか?

むしろ、堂々としていて、皆知ってると思って、あえて言わなかった?


「私、小説で読みました。王子が婚約者以外の女と浮気して、婚約者が邪魔になったから、婚約者が女をいじめたと冤罪を掛けて断罪して、婚約破棄するって。もしかして、それを狙っているのでは?」


 私は、流行りの小説のストーリーを思い出した振りで、婚約破棄をするのでは、と疑問を呈した。


「あぁ…あれかぁ…確かに、王子を王女にしたら…」


 バーマンが言うと


「その小説の話は聞いたことあるわ。婚約破棄ね…それはあるかも知れないわね…小説の主人公になりきっているのかしら」


 誰とは言わない。不敬なので。


「でも、実際に婚約破棄ってできるんですか?」


「どうかしら?」


 王家から追い出したいから、ラグドールと婚約破棄しても、次はマンクスと結婚させて平民落ちかも知れない。


そもそも、王命を勝手に破棄して、許されるのかな?


「ラグドール様が、実際どうなのかは、分かりません」


「クラスが違うので…」


「そうね…ラガマフィンと話してみるわ」


「婚約破棄の件も、念の為に話して頂けますか?」


 私は、念押しする。


「分かったわ」


 これで、ラグドールが婚約破棄されるかも、という事の相談はできた。


何も言わずに匿う方が良いのかな?

ラグドールはともかく、ラガマフィンやメインクーンには、匿うって伝えた方が良いかな?心配するだろうし。


追放の事は、何て説明する?

私が匿うって言っても、信じて匿わせてくれるかな?

準備してますって言っても、信じてくれるかな?


また小説のストーリーという事にするか…

 婚約破棄の後に、辺境に行かされるパターン、処刑されるパターン、修道院に行かされるパターン、王都追放パターン、国外追放パターン、追放されて乗った馬車で事故に見せ掛けて…パターン、追放されて乗った馬車を襲撃するパターン、色々ある。


どれになっても大丈夫な様に対策する、と言えば良いかな。


 ガット領に住んでもらう理由も考えないと。


王都以外に住んで良いなら、公爵領や、公爵家が持つ他の領地があるからね。


 そうだ、追放後に、追いかけて来るかも知れない。

落ちぶれた元婚約者が、助けを求めるんだよね。自業自得なのに。


特に親しくもない私が匿っているなんて、王女は思いもしないだろう。

王女は私の事は知らないし。


ラグドールには、知られない様にしないと。

逃亡計画を王女に悟られない様に、ね。


 逃亡じゃないね、移住だね。

悪い事してないもん、ラグドールは。

移動の馬車で説明しようかな。

安心して、ガット領に住んでもらえるように。

…嫌だと言ったら…マチカ領とか…。

 隣国に行きたいって言ったら、資金を出して、一緒についていこう。

私がついて行く理由?

その時考えよう。



 特に親しくもない私からの好意は、ラグドールは嫌だろうから、推しと言う事は、黙っていよう。






 そうこうしているうちに、卒業パーティーが近付いてきた。


学園では、ラグドールがマンクスを階段から突き落としたという噂が流れていた。


「マンクスどこにも怪我してないのに?」


 今日もデプース公爵家で、刺繍教室と言う名の作戦会議をしていた。初日に顔を合わせた、ラグドール以外のメンバーである。


「婚約破棄に向かってまっしぐら、って感じ?」


「いつ婚約破棄すると思う?」


「卒業パーティーでしょう。人が大勢いて目立つから」


「あり得る〜」


「婚約破棄の後はどうするかな?」


「どのパターンになっても大丈夫なように、手を打たないと」


 幸いにも、デプース公爵家とマオ公爵家の権力を使って、対策を取れる。


「どれが1番確率が高い?」


「王都追放じゃないかと」


「王都追放って、王都にいなければどこにいても良いのよね?」


「そうですね」


「公爵領でも良いのよね?」


 メインクーンの言葉に、私は意見を言った。


「ガット領にご案内したいです」


「どうして?」


「よくあるパターンに、追放後、王子が上手く行かなくなって、元婚約者に縋りつくってあるんです。公爵領なら、追いかけて来そうじゃないですか」


「確かに」


 皆頷いた。


「公爵家が持つ他の領地も考えつく。でも、ラグドール様と親しくもない私や、ガット領なら、考えは及ばないでしょう。マチカ領は、バーマンが話しかけられているから、ギリギリ思い付くかつかないか…」


「まぁ、私もバーミーズも、王女は知らないだろうしね」


「追放する為の馬車が用意されて、王都の外へ連れて行かれるんじゃないかと思います」


「馬車移動はあるかも。粗末な馬車とか荷車とかだよね?御者に馬車から叩き出されるの」


 バーマンは、小説を思い浮かべていた。


「その馬車をガット家の馬車にこっそり変えて、ガット領に向かうのはどうですか?」


「馬車を変える?」


「馬車の事故に見せ掛けて…のパターンや、馬車を襲撃するパターンもあるので」


 馬車の事故を思い浮かべたのだろう。しばらく沈黙する。


「馬車を変えるのは良いかも」


「王女が用意した馬車の御者をどうにかして、馬車を変えれば、どこに行ったか分からないな」


「ラグドールには、安心して新しい生活を送ってほしい」


 ラガマフィンは、ポツリと言った。


「そうね…」


 メインクーンは、ラガマフィンの肩に、手を置いた。


「小さい頃から、王女にはキツく当たられていたものね…」


 王家と公爵家は親戚だから、交流がある。


側近候補、婚約者候補を選ぶ為、公爵家や侯爵家の子息令嬢が呼ばれていた。


侯爵家のバーマンは、呼ばれなかったけど。


「連絡は、デプース公爵家ではなくマオ公爵家と取りましょう」


 気を取り直して、メインクーンが言う。


「それなら、マチカ家と連絡取れば、刺繍について相談、と誤魔化せますね」


 バーマンも言う。

こうして、ラグドール移住計画は進んでいった。







 そして、いよいよ卒業パーティー当日。


「ラグドール!お前とは婚約破棄するわ!」


 シャルトリュー王女が叫ぶ。


「理由をお聞かせください」


 ラグドールが恭しく返す。


「お前がマンクスをいじめたからよ!私は真実の愛を見つけた。私に愛されているマンクスに嫉妬したのであろう!お前みたいな醜い男とは婚約破棄して、マンクスと婚約して幸せになるわ!」


「かしこまりました。婚約破棄を受け入れます。ですが、マンクスをいじめてなどいません」


「うるさい!お前はマンクスに暴力を振るい、暴言を吐き、マンクスを傷付けた!よってお前は、王都追放とする!」


「馬車乗り場に馬車を用意したよ。それに乗って王都から出ていってね」


 マンクスがニヤニヤしながら言う。


「左様ですか。では、失礼します」


 ラグドールは、お辞儀をして、会場をあとにする。


シャルトリュー王女とマンクスは、取り乱さないラグドールにイライラしたが、気を取り直して、パーティーを再開した。


「今から婚約披露パーティーだ!」


 





※ここからラグドール視点



 追放された私は、用意されているという馬車に乗る為、馬車乗り場まで急いだ。


馬車が1台停まっている。その前に、人が立っていた。


「ラグドール様」


 バーマン嬢の友人の…バーミーズ嬢…確か、そんな名前だ。

話した事はない。


「王都を脱出します。どうぞ、お乗りください」


「どうして君が?」


「詳しい話は後で。急ぎます。どうぞ」


「…分かった」


 急いで馬車に乗る。

すぐに動き出した。


「どうして君が?」


 私は、正面に座るバーミーズ嬢に、また聞いた。


「この日の為に準備してました」


「準備?君は、私が追放されるって知っていたのか?」


「いいえ。でも、予想はしてました」


「予想?」


「王女は、あんなに堂々と浮気していました。…ラグドール様と結婚したくないのでは?と思いまして」


 ちょっと言いにくそうに言われた。

確かにそうだろう。でも。


「でも、追放までは予想できないだろう?」


「色々なパターンを想定していました。辺境に行かされるパターン、処刑されるパターン、修道院に行かされるパターン、王都追放パターン、国外追放パターン、などです」


「どうして?」


「婚約破棄する小説があるんです」


「小説?」


「ある王子が、婚約者がいるのに浮気して、婚約者が邪魔になった王子は、婚約者が浮気相手をいじめたと断罪して婚約破棄し、王都追放などをするという小説があるんです」


「…なるほど…」


 私は、分かったような、分からないような顔をした。


「これから、ガット領に住んで頂きます」


「君の領地?公爵家の領地ではダメなの?」


 バーミーズ嬢に、落ちぶれた元婚約者が追いかけてくるというストーリーを聞かされる。


「特に親しくもない私の領地にいるとは、王女も思わないでしょう。もし、ガット領では嫌なら、マチカ領もあります。国外が良いなら、国外に出られるように手配します」


「どうしてそこまでしてくれるんだい?話した事も無いのに」


 何故そんなに、親身になってくれるのか?何か裏があるのか?


「分かりません。ただ、メインクーン様やラガマフィン様が、ラグドール様を心配しています。これからは、穏やかに安心して暮らしてほしいと」


「兄上…」


「バーマンと一緒にいるので、ラガマフィン様やメインクーン様が、ラグドール様を大切に思っているのをいつも見ていて…私も協力したいと」


「…そうか…ありがとう…」


 ふぅ…と、私は息を吐いた。


「領地まで、時間が掛かります。今日は、申し訳ありませんが、馬車で寝て頂きます。追手がないとも限りませんので」


「追手?」


「馬車を襲撃するパターンがありまして…」


 事故に見せ掛けて…パターンは黙っていた事をラグドールは知らない。


「分かった。何から何までありがとう」


 バーミーズ嬢は、横に置いておいた毛布を1枚、私に渡す。

もう1枚を自分に掛ける。


「はい。他に、お聞きになりたい事は?」


「今はいい。…色々あって、疲れた」


「ゆっくりお休みください。あ、横になりますか?」


「横に?」


「膝枕など」


「…」


「…」


 しばらく黙って見つめ合う。

動揺している。

女性とは、義姉くらいしかまともに話した事は無い。

どう接したら良いのか分からない。


「いや…あ、君が嫌な訳では無い」


「はい」


「…やっぱり、してもらおうかな…良いかな?」


 バーミーズ嬢は、毛布を肩に掛け端に寄り、


「どうぞ」


 と、膝を叩いた。


「ありがとう…」


 照れているのか、私は熱くなった。

顔が赤くなっているに違いない。

隣に移動し毛布を身体に掛け、バーミーズ嬢の膝に頭を乗せる。


「お休みなさい」


「お休み…」


 私は、しばらくバーミーズ嬢の顔を見ていたが、やがて、ゆっくり目を閉じた。






 途中で馬を変え、なるべく停まらずに馬車を走らせた。

朝は、用意していたサンドイッチを食べ、昼は保存食を食べた。

…準備がいいな。


 ガット領の領主本邸に着くと、バーミーズの父、バリニーズ・ガット伯爵と会った。


「王都とは違い、何も無い所ですが、ゆっくり過ごしてください」


 ガット伯爵は挨拶の後にそう言った。


「ありがとうございます。これからお世話になります」


 私は、深々とお辞儀をした。


「必要な物があれば、娘にお申し付けください。縁があっていらっしゃったのですから、存分に我が領をお楽しみください」


「…ありがとうございます」


 生徒達から噂され、王女に冤罪を掛けられ人前で断罪され、弱っていた心に、ガット伯爵の言葉がジンワリと染み込んだ。

緊張して強張っていた私の心が、緩んだ。


 歓迎されるとは思っても無かった。

追放された厄介者として扱われると思っていた。

優しい言葉を掛けられるとは思って無かった。


 胸が、温かくなった。


「では、移動しましょう」


 バーミーズ嬢が声を掛けた。


「移動?」


「住むのは別荘です」


「別荘?」


 連れて行かれたのは、真新しい建物だった。


執事が玄関前で待機していて、挨拶された。


 挨拶を返し、部屋に案内される。

しばらく休憩を、と、お茶が用意され、1人にされた。

 部屋を見てみると、公爵邸の自分の部屋にあった物が置かれていた。

服も靴もある。

 卒業パーティーに行くまでは部屋にあったから、卒業パーティーに出ている間に荷造りして運んだのだろう。


 ソファに座り、お茶を飲む。


私は、今までの事を思い出していた。


 突然決まった婚約者。

婚約者は、会うたびにキツく当たってくる王女。


会いたくも無かったが、王女の兄王子とも交流があるので、城に行かざるを得ない。

それに、王女の公務を押し付けられた。分からないながらも、どうにか周りの大人達に相談してやっていた。


 王女は、学園に入るとマンクスという男爵子息と仲良くなった。

仲良くというか、恋人か?

イチャイチャしていた。


学園の課題を押し付けられた。


いつの間にか、マンクスをいじめていると噂された。


マンクスを階段から突き落としたという噂に変わってしばらくして、卒業パーティーの日、婚約破棄された。


マンクスをいじめたので王都追放と言われ、用意された馬車へ向かうと、顔は知ってるが、話した事は無いバーミーズ嬢が待っていた。


 バーミーズ嬢に連れて行かれたのは、ガット領。


これからは穏やかに安心して暮らしてほしいと、兄が言ったという。

 つまり、ここにいる事は、兄も承知だという事になる。自分の荷物も運び込まれていたから、そういう事だろう。


私が知らないうちにそういう計画になっていたのだろうか?


ガット伯爵も、知っていた。


知らなかったのは、私だけか…


 皆が、私の為に…


いつか、皆に恩返しができるだろうか?


 これからどうなるかは分からないが、もし、バーミーズ嬢が言う通り、シャルトリュー王女が追いかけてきたら、どうすれば良いのか?


いや、マンクスと仲良く暮らすかも知れない。


それなら、私のところには来ないか。


…国王は、シャルトリュー王女とマンクスの結婚を許すのだろうか?

国王は、一人娘のシャルトリュー王女を可愛がっていたからな…許すかも知れない。



 そこまでぼんやり考えていたら、夕食ができたと執事が呼びに来た。


食堂へ行くと、バーミーズ嬢の他に、バーミーズ嬢の両親がいた。


先ほどはいなかったバーミーズ嬢の母、コラット・ガット伯爵夫人と挨拶する。


「犯罪者では無いのですから、普通に生活して良いのですよ」


 伯爵夫人は、あっけらかんと言う。


「たいしたものではありませんが」


 と、言われ、話しながら食事する。

そうは言っても、食べた事のない食材もあり、美味しかった。


「卒業したら、デプース侯爵領を与えられると聞いていましたけど、それが少し遅くなるだけです」


 ガット伯爵も、笑顔で言う。


「そうそう、しばらく遊んで暮らしても、誰も文句は言いませんよ」


 バーミーズ嬢の両親は、私がここにいるのは期間限定だと思っているのか?

一定期間が過ぎたら、状況が変わるのだろうか?


「気に入ってもらえたら、永住してもいいですよ」


 そう言われて、自分はこれから何をするか考える事にした。


「ありがとうございます」


「親戚のオジサンだと思って遠慮なく」


「じゃあ、私は親戚のオバサンね」


「じゃあ、私は従姉妹ね」


 何だか楽しい家族だ。

私は3人に釣られて笑う。


明日から楽しく暮らせそうだ。






 バーミーズ嬢と両親は、本邸に住んでいて、私だけが、この別荘に住んで良いらしい。

 バーミーズ嬢は、また明日来ると言って、両親と共に帰って行ったのだ。


 流石に、結婚前のバーミーズ嬢と住むわけにもいかないから、安心した。


もしかしたら、バーミーズ嬢に結婚を迫られるのかも、と思っていた。

 いや、分からない。これから迫られるのかも知れない。


そういえば、バーミーズ嬢もバーマン嬢も、貴族令嬢には珍しく、婚約者がいなかった。


 今考えても仕方ない。

ベッドに横になりながら、これから何をするか考える事にした。

だが、疲れていたのだろう、すぐに眠ってしまった。


 次の日の昼過ぎ、バーミーズ嬢がやってきて挨拶のあと聞いてきた。


「ゆっくり眠れましたか?」


「あぁ、お陰様で」


「良かった。それで、これから何をして過ごしますか?」


 言われて、起きてから考えた事を話す。


「もし今後、予定通りデプース侯爵領を与えられるなら、領地経営の勉強をしたい。それから、剣の稽古をしたい」


 バーミーズ嬢は、紙に私が言った事を書いていった。


「本も読みたいし、このガット領を見て回りたい。あとは、何か新しい事を始めたい」


「新しい事ですか?」


「あぁ。今までした事がない事を色々したい」


「うちの領地でできる事は…陶芸…猫グッズを作る…父の取引について行く…マチカ領なら、茶葉の栽培とか…」


 思い付く事を言ってみた。


「どんな風にしているのか、見せてもらえたら良いな…」


「それなら、両親とも相談してみますね」


「ありがとう」


「来週、マチカ侯爵家と我が家の営業会議があるので、いらっしゃいますか?」


「営業会議?」


「はい。売り上げ報告や、最近の流行、新商品の開発などを話し合います」


「私も参加して良いのかな?」


「新しい考えが浮かぶかも知れません」


 バーミーズ嬢の言葉に、ハッとする。


「私は、いつも後ろ向きというか、消極的な考え方だが…バーミーズ嬢やご両親は、前向きな考え方だね…すごく…ありがたい」


「商人は、転んでもタダでは起きないのです!」


「そうか…」


 力強い発言に、何だか励まされる。


「読書がご希望なら、我が家の書斎に行ってみますか?」


「良いのかい?」


「では、善は急げで、今から行きましょう」


 バーミーズ嬢に引き摺られるようにして、本邸の書斎へ行く。


何冊か、持って行って良いと言われ、選んだ後、庭に案内された。


バーミーズ嬢が、突然、立ち止まる。


「どうした?」


 バーミーズ嬢は、じっとして、1点を凝視している。


見ると、白い猫が日向ぼっこしていた。


徐ろに、紙と羽ペンとインクを出し、ベンチを台にして、何かを描き始めたバーミーズ嬢。


そういえば、バーマン嬢の刺繍のデザインをしていると聞いた。


 猫とバーミーズ嬢を、そっと見守る。


しばらくして、満足気な顔をしたバーミーズ嬢が、こちらを振り向いた。


「あ、すみません。お待たせしました」


 もしかして、私の存在を忘れていた?


「いや…集中していたね」


「はい!猫ちゃんは命です!」


「そうなんだ…」


「あ、お茶の時間だった」


 それから、テラスで、お茶とお菓子を頂き、別荘に帰った。


次の日は、1日読書をして過ごした。

昼過ぎに、バーミーズ嬢が顔を見に来たが、すぐに帰った。


 その次の日は、練習用の剣を貸してもらえたので、素振りをした。

護衛の騎士をつけてもらっていたので、練習相手をしてもらう。


朝晩、素振りをする事にした。


 それから、伯爵領の事を教えてもらったり、街を案内してもらったり、忙しく過ごした。


営業会議に参加したり、陶芸で皿を作ったり、木の細工や銀の細工の猫模様のカフスを作った。


 マチカ領へも行った。

バーミーズ嬢と、侯爵邸に泊めてもらい、領地を案内してもらったり、茶畑を案内してもらって、茶葉の世話をしたり、生の茶葉から紅茶葉に加工するところを見たり、営業会議にも参加したり、バーマン嬢の父であるマチカ侯爵に、領地経営について、教えてもらったりした。

 今までに無い、充実した日々を過ごしていた。






※公爵家視点



 その頃、王都では、シャルトリュー王女とラグドールの婚約を白紙にし、マンクスと婚約する事が決められた。

 マンクスの実家であるネッコ男爵家を、マンクスが継ぎ、シャルトリュー王女を降嫁させる。


元々の後継者であるマンクスの兄は、王城で、文官として働く事になった。


 ラグドールとの婚約を破棄すれば、王家に残れると思っていたシャルトリュー元王女と、マンクスは、男爵家を継ぐ事になり、国王に抗議した。


王命に逆らったから、男爵家を継がないなら離宮に幽閉する、と国王から言われ、男爵家より公爵家のラグドールと結婚して、マンクスは愛人にしようと思ったのか、ラグドールの実家であるデプース公爵家へと、2人はやって来た。


 ラグドールの父であるデプース公爵と、兄のラガマフィンが応対したが、ラグドールには会えなかった。いないから。


ラグドールと、もう一度婚約したいとシャルトリュー元王女が言ったが、ラグドールはいないと言い、帰ってもらった。


元王女達は、仕方なく男爵家に戻り、男爵家の執事に、ラグドールを探せと命じた。

 王都や公爵領、ラグドールが与えられる予定だったデプース侯爵領を探したが、ラグドールは見つからなかった。


 国王から、早く結婚しろと言われ渋々と、シャルトリュー元王女とマンクスは結婚式を挙げ、婚姻の書類を教会へ提出した。

これで、2人の婚姻が成立した。


 結婚は望んでいたが、男爵になるとは思いもよらず、王城で贅沢三昧だった2人は、男爵家の慎ましい生活に、何度も逃げ出そうとしたが、毎回王家から送られた監視人に、逃げれば幽閉だ、と脅され、男爵家に連れ戻されていた。

領地経営の勉強をさせられ、段々疲れ果てて、逃げる気力も無くなった。


 そんなシャルトリュー元王女とマンクスの様子を、王家から報告を受けたデプース公爵家は、ラグドールに、今後の身の振り方を聞いた。






※ラグドール視点



 私は、デプース侯爵領へ行く事も考えたが、もう少し、ガット領にいたいと思った。


最近、バーミーズ嬢の隣で、絵を描くようになった。


 羽ペンではなく、絵の具を使って。


私の絵を見たバーミーズ嬢が、褒めてくれ、更に、羽ペンより絵の具で!と画材を色々用意してくれたので、描いてみた。

また褒められた。とても嬉しい。

 ガット伯爵夫妻や、バーマン嬢やマチカ侯爵夫妻に見せたところ、全員から褒められた。

 ガット家の執事やメイドや料理長や庭師、出入りの商人や領地の人々…もう、色んな人達から褒められ、何枚も絵を描いた。

 描くたびに褒められ、額縁に入れて売ろう、という事になった。

 移住計画は内緒なので、名前は伏せる事にした。


楽しくなった私は、最初は猫の絵だけだったが、風景も描くようになった。


 その間、剣術の稽古も領地経営の勉強も疎かになったが、ラガマフィン兄上が、しばらくはデプース侯爵領を私に任せろ、と言ってくれた。


デプース侯爵領は、ガット領から、あまり離れていない。


 商売上手なガット伯爵とマチカ侯爵が、兄上が任されたデプース侯爵領に売り込みに行き、更に、デプース侯爵領産の絹を使い、猫刺繍つきのハンカチやナプキン、ショールなどを売る事になった。


兄上にも利益があるので、話はどんどん進み、発売と同時に売れ行きは好調、領地収入も上がり、ガット伯爵とマチカ侯爵を尊敬した兄上と私であった。


 兄上から、領地経営を教わり、デプース侯爵領を案内してもらった。

何度も話し合い、兄上が公爵を継ぐ時に、私にデプース侯爵領を任せる、という事になった。


 今はまた、ガット領の別荘に戻り、生活している。

絵は程々にして、今後の為に、領地経営の勉強や、剣術の稽古もする事にした。

 名前は出してないのに絵を売れば即売。

好きにさせて協力してくれるバーミーズ嬢やガット伯爵夫妻、バーマン嬢やマチカ侯爵夫妻、そしてデプース公爵家の家族やメインクーン義姉とマオ公爵家に、感謝する日々だ。


 兄上から聞いた話だが、私が婚約破棄される事や、追放されるかもしれないという事を、最初に言ったのはバーミーズ嬢らしい。


つまり、今の穏やかな生活は、バーミーズ嬢のお陰だという事になる。


 ある日バーミーズ嬢に、何かお礼をしたい、と言ったところ


「ラグドール様が幸せに生きる事がお礼です」


 と言われた。


 ここに移住してきた頃は、結婚を迫られるかも知れない、と思っていたが、そんな事は無かった。

全然。

全く。

欠片も。

ほんのりもなく。

良い雰囲気もなく。


…私は男としての魅力が無いのだろうか?


と、思ったところで、もしかして、私はバーミーズ嬢の事が好きなんだろうか、と思った。


 いや、助けてくれたから、恩を感じているだけだ。




 これから、バーミーズ嬢との恋が始まるかも知れない。

いや、私より猫に夢中だから、始まらないかも知れない。


 どうなるか、楽しみだ。

猫の絵を描くバーミーズ嬢の隣で、私は今日も猫の絵を描く。


読んでいただきありがとうございます

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