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【完結】恋の蛍に奏でれば~由緒正しき公爵令嬢は、自由恋愛を掴み取る~  作者: 五十鈴 美優


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3/13

◆一 ひさかたの

「本日は以上です。明日は通常の時間ですのでお間違えの無いように」

「ありがとうございました」


 再び音楽堂の第一練習室に戻った潤花は、学びに来た弟子たちに陽が落ちるまで琴の稽古をつけた。音霊術(おとだまじゅつ)を統括する家はその楽器の師として門戸を開き、演奏技術の高い平民には一代限りで音霊術を授けることができる。


 雅律院学園の音楽堂は楽器を学ぶ平民に開放され、学園に通う高位華族の子は家が統括する楽器の指導をする。

 これは生まれながら音霊術を持ち、物心つく前から稽古を受けてきた華族の義務である。現在、潤花には幼い子どもから隠居した老人まで幅広く弟子がいる。


 帰路につく弟子たちを見送ると、ふいに力強い打音が(とどろ)いた。その音につき動かされるように、潤花は早々と片付けを済ませ音楽堂の中を進んだ。

 音は音楽堂の中心に構える大講堂から響いていた。

——もうすぐ、だったわね



 大講堂は主に学園主催の演奏会で使われるが、それがない日は予約制で練習にも使われる。今日は、和太鼓の稽古のようで大講堂の扉には『公開練習中』と張り紙がしてあった。

 潤花は既に大講堂に集まっている生徒たちに気づかれないように、大講堂の後方から舞台の方を見やった。


 女子生徒たちの歓声の先には稽古に来た弟子たちがいる。力強い打音が魅力の和太鼓は、特に男性に人気がある。最近は色男で評判の呉服屋の息子や人気舞台俳優が弟子入りし和太鼓の稽古を見学する女子生徒が増えた。


 しかし潤花の目当ては呉服屋の息子でも舞台俳優でもない。

——今日も綺麗ね……

 “彼”は弟子たちの前に立ち、師として和太鼓を叩いている。その腕には筋が浮かび、額には汗が滲んでいる。抜きんでた明瞭な掛け声が、大講堂中に響く。

 

 その姿を見ていると、和太鼓の速いスピードに合わせ鼓動が早まっていくのを感じた。


 呪文を唱えていない通常の演奏には、音霊の効力はない。それでも彼の演奏には聴く者を鼓舞(こぶ)する不思議な力があると、潤花は思う。


 見合いを断り続ける潤花に対し、“彼”は見合いをしても断られ続けているという。身分には申し分ない“彼”だが、その厳しそうな顔立ちと硬い雰囲気は女性には圧迫感がある。


 そのことが、潤花にとって唯一の安寧で隔靴搔痒(かっかそうよう)だった。


 潤花は、敵対する公爵家の長男・東宮寺恵風のことを密かに恋い慕っていた。


 けれども家同士の壁は高く、厚い。数多の華族令息と見合いをさせられていても、恵風とだけは行われない。潤花にとって、恵風と結婚することは平民と結婚することよりも難しいことだった。

——いっそ、早く他の誰かと結婚してくれれば……


 華族として、この国を守る音霊術の継承のためには結婚しないという手はない。華族であるならば、この恋を諦めなければいけない。


 頭ではそう分かっているのに、潤花はこの想いを断ち切れないでいた。



 翌朝。

 潤花の所属する女子高等科二年一組教室は、一段と熱気に溢れていた。男女で校舎が分かれているからか、女子生徒たちは思い思いに喋っている。潤花は窓際の自席で外の景色を眺めていると、一人の生徒が一際大きな声で話し始めた。


「お聞きになって?紅葉さまがご婚約なさるそうだわ」


 紅葉は一学年上に在学している前島伯爵家の長女だ。筝を扱う家で、西城院家の傍系血族でもある。音霊術の継承が最重要事項の華族は、見合いだけでなく在学中の結婚も珍しくない。


「しかもお相手は平民の方だそうですよ。まあ平民と言っても実業家の方だそうですが」

「それでは婿入りでしょうか。潤花さまはどう思われます?」


 一人が発したその言葉に、教室中の注目が潤花に集まった。学園内では身分の差による特権は無効とされているが、それでも人はより身分の高い者に“答え”を求める傾向がある。


「まだなんとも言えませんわ。三つ下には弟君がいらっしゃいますもの」

「そ、そうですわね。私ったら早計なことを……」

「いえ、お気になさらないで」


 基本的に、潤花の言ったことは“正解”として扱われる。「公爵家の娘の言うことだから」と。それは幼稚部の頃から不変のことだが、潤花にとっては孤独なものだった。常に正しくあらねばならず、下らない雑談一つも気軽にできない環境は居心地のよいものではない。


「潤花、大変よ!」


 突如教室の扉が音を立てて開いた。黄色地に桜柄の着物とうぐいす色の袴を合わせ、肩まで伸びた髪を揺らす女子生徒が小走りで潤花の元までやって来た。


「小春?」


 彼女は北御門小春。四大公爵家の一つ、北御門家の三女である。


「恵風が階段から落ちて手を怪我したの。頭も打ってしまったみたいで。今、音楽堂にいるのだけど手当てをお願いできる?」

「……分かったわ!」


 音霊術が強力な力を持つこの国で、楽器を操る身体の負傷は重大事項である。潤花は小春に続いて教室を出た。


「元々練習のし過ぎで辛そうだったから私が軽く防御をかけておいたのだけど」


 小春は力なく零した。

 北御門家の統括する音霊術は、笙による防御魔法だ。身体への刺激、衝撃、負担を緩和するが魔法の程度が小さいと防ぎきれないことがある。戦争では高度魔法により兵士の前にバリアと呼ばれる障壁を出して防御することもできる。


 治癒魔法があるといっても、手当てが遅れると後遺症が残ってしまうこともある。そして、楽器を演奏できなくなった能力者の心の傷は治癒魔法ではどうにもできない。

 潤花は、それをよく知っていた。





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