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【完結】恋の蛍に奏でれば~由緒正しき公爵令嬢は、自由恋愛を掴み取る~  作者: 五十鈴 美優


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13/13

◆終 くもりなく

 瑞奏親王の舞は、古代の祈禱術だったという。


 皇族の祖先はこの極東の島国の先住民であり、千年以上前から祈禱(きとう)術によって国を治めていた。

 国としては小さく、力のない国であった。それでも千年前、迫害から逃げ延びた音霊術を扱える人々を当時の帝は快く受け入れた。


「いつの日か我々の祈禱術と音霊術が重なり合い、共に国の歩みを辿れるように」


 当時の帝は、そう願い国の名前を“奏和国”と改めた。その恩返しに、と提供した音霊術の力によって、奏和国は大国とも渡り合えるほど成長した。


 千年の時を超え、当時の帝の願いは成就したのであった。



 その日、玉響(たまゆら)神宮は晴れていた。

 雲一つない青空の下、清らかな白無垢が光を含んでゆるやかに揺れる。絹の表面に走る光沢は、淡い春陽のように潤花の頬を照らし、薄紅をのせていた。


 隣に立つ恵風は、黒地に家紋付羽織袴を身につけている。凛とした黒が白無垢の白さをいっそう引き立て、並び立つ二人は墨と雪の如く相反しながら調和していた。


 今日は二人の祝言の日だった。


 厳粛な儀式を終え、祝言後の会食の間には柔らかな灯りがともされ、親族たちの笑い声が湯気のように立ち上っていた。鯛の香ばしい香りがたゆたっていた。


 潤花と恵風は、横並びに座しながら、酌を交わす親族らを静かに眺めていた。襖越しに聞こえる笑い声に、緊張していた肩がようやく落ちていく。


「まるで夢みたいね。もっと長い時間がかかるかと思っていたわ」


 潤花はうっとりとした声で呟いた。


「俺もだ。まさか、あんなことになるなんてな……」


 視線を合わせたふたりは、同時に苦笑をこぼす。思い返せば、あの後、戦争が終結してからが本番だったのだ。



 戦後、カルディア帝国の新型兵器を打ち砕いた功績は国中に知れ渡り、その中心にいた西城院家・東宮寺家の名は、誰もが無視できぬほどの重みを持った。

 政治的にも、両家が協力した方が圧倒的に国益に適う。その象徴として、二人の婚姻は秒読みである。そんな空気が固まりつつあった。


 しかし、父たちは頑なであった。


 両家間で開かれた会議では、過去に前例がないほどの談論風発を極めた。


「恋愛に現を抜かすなど、愚の骨頂だ!結婚など認められん!」

「あんな醜聞のこともある!学業と修行に支障をきたすだろう!」


 潤花の父が腕を組んで唸ると、恵風の父も負けじと声を張り上げた。


 ちなみに、雅律会で撒かれたビラは全くの出鱈目(でたらめ)であったことが後に発覚した。

 カルディア帝国から送り込まれた黒ずくめの男を、雅律会の日に桂蘭館まで手引きしたのは、恵風に見合いを断られた一人の令嬢の家だった。

 

 当時、見合いを断られてばかりだと囁かれていた恵風に断られるという事態は、顔にも家名にも泥を塗られるほどの屈辱だったという。


 復讐を代行させるべく依頼した業者の中に、あろうことかカルディア帝国の人間が紛れ込んでいた。

 その上、腹いせになると目論んでビラに書かせた「敵対する家の、忌み嫌い合っている令嬢との恋愛関係」が、図らずも真実だったという、偶然に偶然が重なった次第だ。


 潤花は俯き、恵風は眉間を押さえた。勝利の余韻どころか、これでは戦場以上の緊迫である。仲裁しようにも当事者であるし、「子どもは黙っていろ」と当主に言われれば打つ手なしである。


 何もできず、これ以上火に油を注がぬよう明後日の方向を見ていることしか出来ない所に、襖が勢いよく開いた。


「いい加減にしなさい、あなたたち」


 鋭い声に、二人の父はビクリと肩を震わせた。

 堂々と入ってきたのは北御門夫人、背後には夫である北御門家当主が、まるで散歩にでも来た風情でにこにこと笑っている。


「貴方たち、人のことを偉そうに言えた立場かしら?青春時代のこと、忘れたとは言わせませんよ」


 両家父者は同時に顔をこわばらせた。恵風と潤花は目を丸くする。


「……青春時代?」


 北御門夫人はやれやれと肩をすくめる。対照的に父二人には脂汗が滲み、身体を丸めている。


「この二人、学園時代に“同じ女生徒”をめぐって争っていたのよ。勿論、恋愛としてね」

「えっ!」


 二人の声が揃った。潤花の父は赤面し、恵風の父は咳き込んで誤魔化す。威風堂々といった様子の二人は見る影もない。


「……それで、勝者は?」

「両者敗北よ」


 恵風がおそるおそる訊くと、北御門夫人はきっぱりと言った。続けて、すっと自分の夫を手で示す。


「強いて言うなら……彼かしら」


 北御門当主は「ははは」と柔らかく笑い、頬をかきながら視線を逸らした。どうやらその女生徒は、のちに北御門夫人となったらしい。勝者というものは、得てして余裕に満ち溢れている。


 恵風と潤花は同時に「ああ……」と納得した声を上げた。

 雅律会での二人の言い争いを止めたのも彼女だ。それだけではなく、潤花たちを南港付近に送り届けた際に言っていた「用」とは、今のように父二人に何か灸をすえたのかもしれない。


 そう考えれば、寄り添って朝を迎えた二人に今のような憤怒の形相を見せなかったことにも納得がいく。

——単に戦場だったからという理由かもしれないけれど

 北御門夫人は二人の父をきりりと睨む。


「貴方たちが意地を張る理由がどこにあるのです?」


 凛とした言葉は静まり返った座敷に落ち、しんとした空気が満ちた。潤花の父は、ぽつりと視線を落とした。

 北御門夫人は「それから」と付け加え、二人の前に坐した。


「今回の功績は宮様のものでもあるのです。これ以上続けられれば宮様、ひいてはうちの小春の結婚まで影響が出ますのよ。悪い方に」


 そう言われた二人は顔を見合わせ、大きく息を吐いた。


「……何も言えんな」

「ああ。俺たちは、少しやり過ぎた」



「……主張の違いにしては、互いに嫌悪がすぎるとは思ったんだ」


 恵風が苦笑しながら呟く。

 あの会議の後、北御門夫人が「昔の恋煩いをこじらせた結果でしょう」と涼しい顔をして言い放ったことで、両家の母は恵風と潤花の側についた。


「学園時代に女性をめぐって争っていたなんて……ね。父としては思い出したくもない歴史でしょうけれど」


 潤花が袖で口元を隠して笑うと、恵風も「そうだな」と肩をすくめた。


「お義父上には申し訳ないが、少々……可愛いと思ってしまったな」

「ええ。それにしても……北御門公爵家だけは敵に回してはならないわね」


 潤花の脳裏に、北御門夫人と小春が浮かぶ。


 トラックを運転する婦人など、この国では両手に収まるほどしかいない。その上、夫人は南港までを飛ぶような速さで走らせていた。


 その娘である小春もまた、何でもない顔をして窓から脱出するための長縄を渡してきた。袂にあっても外から分からないほど細い割に、頑丈な縄だった。手当たり次第に持ってきたとは思えない。

——どこから持ってきたのか、未だに怖くて聞けていないのよね……


 潤花と恵風は、この先一生、北御門家には頭が上がらないだろう、と頷き合った。



 祝言の席は、夜の帳が下りてもなお、終わりが見えぬほどの賑わいであった。


 大広間には灯りがさざめき、親戚たちの談笑や杯の触れ合う音が、まるで祝福の雨のように降りそそいでいる。色とりどりの袴や訪問着が揺れ、香の匂いと温かな料理の匂いが漂い、そこは確かに「新しい家族」が生まれた場所だった。


 けれど、ふと気づけば、恵風の姿だけが見当たらない。潤花はそっと席を立った。白無垢の裾が絹鳴りを立てる。

 庭へ出ると、夜空の下、淡い灯に照らされた恵風がひとり佇んでいた。黒紋付の背が、静かな影となって地面に落ちている。


「……恵風?」


 振り向いた彼の顔には、宴のざわめきから離れた分だけ、飾りのない素の横顔があった。国の重鎮たちに酒を飲まされ、顔がほんのりと色づいている。彼は酔っているのか、潤花に気付くと、普段は見せない柔らかな笑みを浮かべた。


「少し、息をつきたくてな」


 そう言いながら、彼は庭の向こうに伸びる松並木へ視線を向けた。風が梢を揺らし、さらさらと琴線のように鳴る。


「そ、そう……。私も風に当たりたいと思っていたところよ」

「そうか。同じだな。嬉しいな」


 普段は見られない恵風の柔らかな笑い方に、潤花の胸はどきりと痛む。


「……先ほど、思い出した」


 言いながら恵風は庭の向こう、黒く沈む松林を見ていた。灯籠の光が目に映り、揺れる。恵風は、不器用な口調で続けた。


「え?」

「……俺がまだ子どもだった頃だ。どこかの奉納演奏だったと思う。舞台の端で、琴を弾く女の子がいた。その音が……やけに澄んでいて胸に残った」


 潤花は驚いて目を瞬く。恵風は気恥ずかしそうに、視線を逸らす。ほんのりと赤い頬が、さらに赤くなった。


「その時は名前も知らなかった。が……あの子は潤花だった。思えば、あの音を聞いた時から、俺にとって潤花は特別だったのかもしれない」


 強い言葉でも飾った言い回しでもない。だが、潤花にはその言葉が胸の奥にまっすぐ落ちてきた。


「その、潤花はいつから俺のことを……どう、思っていたんだ…?」


 酔っているからか、普段は言わないような聞かないようなことを言っている。それでも恵風の肩に緊張が走り、黒紋付の袖がわずかに震えている。

 潤花は目を伏せ、袖口で口元を隠す。


「……覚えて、いないわ。貴方の太鼓の音が好きだったからかもしれないし……叩いている時の姿が」


 そこまで言った所で、火照った恵風の首筋に一筋の汗が流れた。潤花の瞳孔が一気に開く。それを自覚した潤花は、慌てて手扇で顔を隠す。


「いえ、やっぱり秘密よ」

「なんだ?気になるだろう」

「あ、後で言うから……」


 探るような視線と、逃げたくなるような心臓の疼きが混じり合っている。その空気を変えるように、潤花は思い出したように声を上げた。


「そういえば、返歌をできていなかったわね」


 ひとつ深呼吸して、懐から折りたたんだ和紙を取り出す。香を焚きしめておいたため、わずかに白檀(びゃくだん)が香る。

 潤花の手は、ほんの少し震えている。恵風の前に差し出す指先は細く、これまで琴と共に生きてきた年月が刻まれていた。


 恵風は黙って受け取り、紙を開く。そこには流れるような細い筆跡で、こうあった。


『あかねさす 君とゆく道 その日まで

まつにあらずと 遥かに結ぶ』







最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


本作のちょっとした裏話を活動報告に掲載する予定ですので、よかったらチェックしていただけると嬉しいです。

また、この先、華乃や瑞奏など他の登場人物たちのお話などを書くかも……?


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もしご興味があれば覗いていただけると励みになります。


改めて、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!


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