第38話 ジャスティン、死なないで
僕の戦場を見渡す能力は、戦況に応じた少ない選択肢の中からその人が何を選択するかをかなりの精度で推測できることにある。逆に言えば、戦闘が休止すると思考の選択肢が多すぎるので先が読めなくなるということでもある。
Sランク三人が同時に死んだことで、戦闘は停止した。
ミシェルが自分のやらかしてしまったことに茫然自失してしまったからだ。
意図せずして仲間を三人殺した。いや、その前も含めると四人だ。いくら敵が小賢しく足掻いたからといっても、半分の仲間を間違って死なせてしまったのだ。
おそらく今、事実を認められなくて誰かに責任転嫁しようと思考を巡らせている。
もう一人の生き残りのSランクの表情は明らかに不信感に満ちていた。
「おい、何見てんだ、てめえ!」
味方であるはずの者に恫喝を始めた。
「俺は新人殺しだって普通にやってるんだ。このくらいがなんだっていうんだ。どいつもこいつも味方のくせに使えねえ!」
こう言わないと、自身が保てないのだろう。
「なんかざわついてるぞ。今、もしかして勝てるチャンスじゃねえか?」
カシムさんが言う。一気にSランクが消えたことで、気が大きくなっている。
「バカを言うな、Bランクが束になってもSランクには勝てん。お前たち、ミラを抱えて逃げろ!」
でもジャスティンさんだけが残ったら一対二になって分が悪い。そこでジャスティンさんがやられたら、確実にあいつらは追ってくる。そのとき僕たちは勝てないだろう。
六人分のSランクの力を得た今の僕なら勝てるかもしれない。だけど百戦錬磨の彼らに片腕だけで勝てる保証はない。
魔物も減ったとはいえ、まだ数百匹いる。
どうすべきか。
むこうはどうしてくるか。
確かなことは、追い詰められたと感じているのはこちらよりもむこうだ。もちろん状況的にではない、精神的にだ。
それは危険な状況だった。
「え?」
一瞬のうちに、ミシェルがカシムさんの目の前にきていた。
強引に殴りつけてきたのを両腕で防御するも吹っ飛ばされる。
「ぐわ!」
ミシェルはカシムさんにさらに迫った。
彼にとってそこまで脅威でもないカシムさんを?
それはまずい思考だ。
達人が何らかのミスをしたとき、基本を確かめることで心を改める。人殺しの達人がミスをしたら、弱そうな者を正しく殺して基本を確認する。
「くそ!」
僕とジャスティンさんは即座に追いかけた。
「や、やられてたまるかよ!」
カシムさんは体勢を立て直してミシェルを迎え撃つ。数手拳を交えるなら、僕らが手助けに入るまでの時間ができるはずだ。
だが、そのことはミシェルも理解していた。
カシムさんが蹴りを放つ。それにミシェルが蹴りを合わせる。Sランクの蹴りは、カシムさんの足ごと胴を真っ二つにしてしまうほどに強烈だった。
即死だった。
すぐにこちらを振り向くとミシェルは構えた。僕たちも突っ込むことができず足を止めてしまう。
「さて、久々に俺本来のスタイルに戻ってみるかぁ」
「奴は昔、武術家だったと聞くが……」
「ははは、武術家とはいいねぇ。ただの喧嘩屋だったけどな!」
指がもげてない左腕でジャスティンさんを盾の上から殴りつける。Aランクの戦士五人を簡単に受け止めた盾が粉々に砕け散った。
さらに指のない右腕でもお構いなしに拳を連続で打ち込んできた。ジャスティンさんの鎧がみるみる砕けていく。
「ジャスティンさん!」
僕が助けに入ろうとすると、もう一人のSランクが襲いかかってきた。
「じゃあ、お前を殺すのは俺かな」
相手は剣で斬りつけてくるが、一対一なら今の僕には難なく対応できた。
だけど迷った。
こいつを殺すべきだろうか。
敵だと宣言すれば戦って殺しても問題ない。
だけどこいつまで殺してしまうと……足りなくなる!
その考えが判断を鈍らせた。
「こいつ、Eランクのくせになぜだ!?」
相手も格下の思いもよらない的確な対応に驚いているけど、そうこうしているうちに魔物が集まってきて隙をうかがって襲うようになった。
「ちいっ!」
相手が邪魔な魔物を魔法で吹き飛ばした。
そこに隙ができる。
僕が狙い澄まして急所を掻き斬れば相手は死ぬ。
だが躊躇ってしまう。
そこに魔物が絡みついてくる。
邪魔な魔物を斬撃で薙ぎ払った。
そこを相手に狙われる。
僕はなんとか弾き返す。
ダメだ、何をやってるんだ僕は!
もしかして、Sランクがごっそりいなくなって一番浮足立っていたのは自分だったんじゃないのか?
ただ無駄に剣を交えているうちに、気づけばジャスティンさんは完全に追い詰められてしまっていた。
鎧は砕けてしまってもう用をなさない。
防御のスペシャリストであるはずなのに、ミシェルの速くかつ強烈な拳と蹴りに完全に圧倒されてしまっている。
Sランクになろうかという者とSランクで長く君臨してきた者とではここまで差があるというのか。
魔物たちは彼らに襲いかかることもなく、すぐに餌できそうだとじっと見ているだけだ。
顔面に入った拳は間違いなくジャスティンさんの頭骨を粉砕していた。
「死ね」
すでにすっかり落ち着きを取り戻したミシェルは冷静かつ冷酷に宣言した。
助けに行かなければ。そう思ったときにはすでに遅い。迷いが何もかもを後手に回してしまっていた。
ミシェルの凄まじい拳がジャスティンの胸を貫いた。
と思った瞬間だった。
どぼっ。
貫かれたのはミラさんだった。
心臓があるであろう胸中央の少し左から真っ赤に染まった拳が飛び出していた。
ジャスティンさんをかばおうとしたんだ。
「ジャス……ティン……死なないで……」
そう残して彼女は事切れた。
果たして、彼女がここで盾になったことがこの戦いをこちらの有利に導くような結果をもたらすのだろうか。
そんなはずはない。
絶対にこの選択は間違っている。
だけど、なぜかその光景は僕の心を激しく抉った。
「……は! は! は! は!」
おもむろに呼吸が速くなる。
心臓を貫かれて死んだ……
心臓を……!!
「……ステラ!!」
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