第37話 魔法の跳弾
「カシム!」
隙を見てジャスティンさんはカシムさんを保護し、首の魔道具を外した。そして、僕の背後を守る位置取りをした。
「マルクくん、何としてでもここを乗り切るぞ!」
「はい!」
その言葉に計画性はない。
Sランク七人と何千という魔物が敵になって僕たちの命を狙っている。こうすれば勝てるとか、そういった状況じゃない。
——いや、違う。
Sランクのうち六人は僕の仲間だ。ミシェルだけが僕の敵だ。
ミシェルに、あるいは魔物に六人のSランクを殺すように仕向ければ、僕はその力を引き継ぐことができる。勝ち目があるとすればそこしかない。
『魔物などお前たちにとってはどうとでもなるだろう。もういい、さっさと殺してしまえ。パーティを全滅させろ』
ギルドマスターの声が物見鳥から聞こえた。
こいつも敵だ。
「死ね!」
二人のSランクが斬りかかってくる。
「う?」
二人の動きが急速に止まった。
「まさか、遅延魔法か?」
「だが、こんな初歩の魔法、すぐに破って……」
それはほんの一瞬でいい。彼らが魔法を破ってしまう前に、僕はその足を斬った。
Sランク冒険者の強みはすべての能力において優れているということである。魔法力や剣技もそうだが、素早さ、防御力も圧倒的に高い。つまり、総合力が図抜けている。その彼らから一つでいい、何かの能力を奪ったらどうなるか。
その力は見る影もないほどにしぼんでしまうだろう。
足を斬られて走れなくなった彼らは、続々と押し寄せる魔物に対処できなくなった。
肉食の魔物は、元気な獲物より弱った獲物を好んで襲う。なぜならばその方が狩りが楽で効率的だからだ。彼らが傷つけられ、弱ってゆくほど魔物は彼らに集まってゆく。
ヒュドラのように一口で食われるなら一瞬で意識が刈り取られるところだが、ダークウルフもケイブベアも口はそれほど大きくない。その肉体は何頭もの魔物に引きちぎられ、かみ砕かれ、残酷な痛みを享受しながら食われることになった。
『仲間を傷つけざるを得ない場面はどうしてもある。例えば、混乱魔法にかかってしまった場合。その仲間を眠らせることができるならそれが一番いいが、それすらできなかった場合は動けなくさせるしかない。だからこの剣は味方を攻撃することそのものは否定しない』
そして、僕の短剣がまた光った。
『この剣で仲間を傷つけてしまっても、それが直接の死因でなければ何も起こらない。だけど、この剣で仲間を殺してしまったら……』
Sランクの審査官が死んだことで、急激に僕の魔法力が高まってゆく。
僕はカシムさんに治癒魔法をかけた。瀕死の状態から意識を取り戻すことができた。
「戦えるか?」
「おうよ!」
元気に答えたが、それでもまだSランクは五人も残っている。
「こうなったら……せっかく助けてもらったのに申し訳ないが、たとえ刺し違えてでもあいつらを止めてやるぜ。その間にとにかくここから逃げる方法を考えてくれ」
カシムさんの言葉には決死の覚悟が含まれていた。
「ダメです!」
僕は即座に否定した。
「……へへ、そうか。命は粗末にするなってな」
違う。仲間同士で殺しあえば、僕に力が受け継がれないからだ。
「だけど、どうやったらここを切り抜けられるんだ!?」
「私に任せろ!」
ジャスティンさんは、ガンガンと盾を打ち鳴らして魔物の注意をこちらに向けた。
「こっちにこい!!」
挑発された魔物たちは僕たちに一斉に襲い掛かってきた。
「うおおお、障壁魔法!」
障壁で僕たち全員を守ってくれた。でも、どんどん襲い掛かってきて障壁は覆い尽くされ、真っ暗になって周りが見えなくなった。
「おい、ジャスティン。この状況はまずくないか」
「いや、奴らはこれを好機ととらえて魔物ごと私たちを魔法で吹き飛ばすはずだ。その魔法は詠唱を必要とする。一度使えば次に放つまで時間がかかる。その隙を狙う」
魔力消費と次の魔法までの時間を奪う戦術だ。
「俺たちは魔法で吹っ飛ばされないのかよ!?」
ドン!!
大爆発が起こって、魔物たちが粉々に砕けながら肉片になって飛び散ってゆく。
「魔法障壁!!」
ジャスティンさんは魔法障壁が使える。Sランクの魔法を相手でも、魔物の壁も相まって何とか防ぎきることができた。
「やった!」
いや、Sランクの彼らがここで僕らは生き残っていないと確信しているだろうか。生き残っていたから「なぜだ?」なんて驚いたりするだろうか?
視界を遮る血煙から一瞬見えるその奥をしっかり観察する。
やはりSランクはもう次の魔法の準備をしている。
「ジャスティンさん、次の魔法障壁を!」
「なんだと?」
「右からです!」
その言葉に即座に反応してくれた。
「う!?」
視界が晴れたその先には誰もいなかった。ジャスティンさんが振り向いた右のさらに右、そこからミシェルが狙っていた。
「くそ!!」
即座に剣に魔法障壁を乗せて弾き返そうとした。だが、弾き返すにはタイミングが遅い。
僕の指示が不適切だったのだろうか。「右」という指示はあまりに曖昧過ぎただろうか。
いや、違う。
凝縮されたレーザービームのような魔法は、ギリギリでジャスティンさんのこれまでに聞いたこともないような激しくきしむ音を立てて剣に弾かれた。
もし正面から弾いていたなら、おそらくミシェルのほうに跳ね返って避けられていただろう。だけど、鋭角に剣に弾かれた魔法は、四散しながら横にそれた。
爆炎で視界が悪い中、広範囲魔法を使うと仲間を巻き込む可能性が高い。
だからSランクが狙ってくるのは点で破壊する一点集中型の魔法のはずだ。これならば、見えていなくても仲間の位置を把握していれば誤射することはない。
そしてそれは、彼らの間での共通認識であり、暗黙であっても了解されたことだった。
だからこそ魔法が横に弾かれて飛んでこようなどとと考えもしなかった。
Sランクたちは、あっと思う暇もないまま弾丸のような魔法に貫かれた。
ある者は額を撃ち抜かれ、ある者は足を撃ち抜かれた。
動けなくなった者はもれなく魔物の餌食になった。
これによって、三名のSランクを同時に倒すことができた。
魔法を放ったのは敵であるミシェルだ。
僕の剣はまたしても光を放った。
剣が光るとき、なぜか僕は戦場全体が見渡せるような感覚になる。何を言って何をすれば、その後に何が起こるのかもわかる。
僕はすべて把握した上でジャスティンさんに「右」だと言った。結果としてミシェルの魔法は思わぬ方向への跳弾となって、仲間のSランクを三名殺した。
すべては僕の思い描いた通りだった。
残るSランクはあと二人。
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