第30話 ファルタさんの旧友
「じゃあ、今度また会ったときはよろしくお願いします」
翌朝、僕とセシリーさんは別れた。結局、パーティを組まないかと提案することはできなかった。あんまり彼女の親切に甘えるわけにもいかない。
別れ際、困ったような笑顔が何か言いたかったんじゃないかと思ったが、彼女は何も言わなかった。
さて、これからどうしよう。
ギルドでどうしたらいいか聞くと、ジェシカさんが「まずは装備をそろえるといいですよ」と教えてくれた。せっかくの親切をいつも無碍にしてしまって申し訳ないと思っているけど、ジェシカさんはいつもいいアドバイスをくれる。
「見るだけなら構わんが、お子様に装備は売らないぞ」
防具屋へ向かったのだけど、店主に子供と間違えられた。ギルド証を見せると驚いていたけど、それからは親切に防具の説明をしてくれた。
「魔物と戦うなら、足の装備が大事だぜ」
「そうなんですか」
「人と戦うなら、お互いに上半身を見るだろ。攻撃は主に上半身にくる。だから上半身の防御をしようと考える。だけど魔物の多くは目線が人間より下だ。必然的に足下を狙って攻撃してくるのさ。少なくとも新人の間はそういう敵としか戦わないだろ」
確かに、先日まで所属したパーティも足をやられて大怪我をしていた。
足をやられると機動力がなくなり、まともな攻撃すらできなくなる。
とはいえ、防具が足枷になったらむしろ邪魔でさえある。
「坊やはまだ小さいし、足の防具は柔らかくて軽くて厚手のものを選ぶといいぞ」
声をかけたのはまた別の男だった。巨人特有のがっしりとした肉体に大きな盾を背負っている。なんとなくだけどこの人のことは覚えている。
ギルドでファルタさんの死を聞いて泣いて悲しんでいた人だ。
「おや、きみは……」
彼も僕のことを覚えていたようだ。幼く見えるから印象に残ったのだろう。
「これなんかいいかもしれないな。綾織の布が三層か四層重ねてある。綾織は柔軟性があって獣の爪で簡単に破ることはできない。それが何層もあれば意外にやられたりしないものだ」
これ見よがしな甲冑をまとう人に言われても説得力がない。
「このおっさんはタンクだから重装備なんだよ。坊やはどう見たって無理だろ。おっさんの見立てが正しい」
「タンクですか」
タンクとはパーティの中の役割の一つだ。敵を挑発して攻撃を自らに集中させることで仲間の攻撃機会を増やす。必然的に防御は厳重になり、複数の攻撃を受けてもびくともしない屈強な肉体が求められる。
「買うなら、明後日までに仕立て直しておいてやるぜ。坊やのサイズはさすがに置いてないからな」
「値段もこれなら買えそうです」
「じゃあ、もう少し見栄えがよくなるようにこれはサービスしておいてやるよ」
店主はそう言って木製の胸当てを付けてくれた。
「心臓貫かれたらさすがに即死だからな。安物だが、一回くらいは命を守ってくれるだろうぜ」
心臓……。
何かもやっとするものがあったけど、なんだったかよくわからない。
「ありがとうございます」
深く頭を下げて店を出た。
「なあ、もしよかったら飯でも食わないか? おごるよ」
一緒に店を出た甲冑の巨人が声をかけてきた。
「ファルタの話を聞かせてほしいんだ」
何を聞くというのだろう。どうやって死んだかは話したはずだ。おごると言いながら、友人を見殺しにしたとか脅してくるのかもしれない。少しためらうものがある。
「おう、ジャスティン、いいものあったか?」
「ジャスティン!」
三人の冒険者が店の前で待っていた。彼のパーティメンバーであることはすぐに分かった。彼らの屈託のない笑顔は信頼の証でもあった。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
ちょっと怖いけど、仲間たちの態度は警戒しなくてもいいのではないかと思えた。
大きな盾をもつ重装備の男の人はジャスティンという名前で、Aランク冒険者だそうだ。
彼の馴染みの食堂に連れて行かれると、大量の食事を注文してくれた。
「しっかり食って、大きくならないとな」
「ひゅー、いただきまーす」
僕より先にパーティの仲間の方が先に食べ始めた。
軽装の狼人がBランク武術士のカシムさん、ポケットだらけの服を着ている女性がBランクレンジャーのテファニーさん、いかにも魔道士といった女性がBランクのミラさんだ。ミラさんは小人なので僕と見た目の年齢はそう変わらない。
「パーティ全体のランクはAなんですか」
「ああ、個人のランクは昇級試験で決まるけど、パーティのランクは実績で決まるからな。まあ、俺たちがしょぼくてもジャスティンがなんとかしてくれるから」
「ジャスティン以外みんなBなのに」
「ジャスティンさまさまだね」
「ほう珍しく俺をもち上げるじゃないか」
ジャスティンさんがひげを生やして老けて見えるのに対して、メンバーはみんな若いのもあって、なんだか先生と生徒の関係のように映る。
「ジャスティンは今度Sランク昇格試験を受けることになるんだよ」
「すごいですね」
「ファルタとは幼い頃から冒険者を目指して一緒に切磋琢磨してたんだ。ただ、体格も得意も似たもの同士になってしまって、同じパーティに同じ役割はいらないって、別々にやっていくことになったんだ」
この前のDランクパーティもそんな感じだった。一緒にやっていると、努力の方向も似てきてしまうのだろう。
「あいつ、クソがつくほどの真面目だったろ?」
「そうですね。それにとても親切でした」
裏切られたとき以外は、とても頼りになる人だった。
「ギルドでどうしたらいいかわからなかった僕を、見習いのためにパーティに誘ってくれたのもファルタさんでした」
「はははは、そうか。あいつらしいな」
「ジャスティンだって真面目すぎてついて行けないときがあるよ」
テファニーさんが横から入ってくる。
「この前とかさ、偶然出会った迷子の親を見つけるのに丸一日潰したこともあるんだぜ。結局その日の依頼は達成できなくて参ったよ」
困ったようにいうのはカシムさんだった。
「あいつとはどっちが先にSランクになれるか勝負していたんだが。まさか死んでしまうとはな……。でも仲間をかばってのこととは、あいつらしい」
「Sランク試験はどんな内容なんですか?」
僕はファルタさんの話が深まるのが嫌で、別の話を振った。
「そうだな。まずは同じAランクと一対十で戦って勝たないといけない」
「十人が相手ですか? 同じランクで」
「ああ。でも同じランクといってもその差はかなりあるからな。中程度の者が十人選ばれる。それに勝てないようじゃSにはなれないさ」
なんだか簡単なことのように言う。
「どの昇級試験でも一対十だよ」
「うへー」
「その後は判断力や指導力を見られる。ダンジョン攻略をして、パーティの仲間に適切な指示ができているかをチェックされるんだ。Sランクはパーティに一人だから、必ずそのパーティのリーダーになる。効率的に敵を倒し、仲間を成長させつつ安全に帰す。これらができるかってとこだな」
「目的は試験だから、ボス討伐はなしよ」
確かに、アルベリオさんも無茶はさせてたけど、どうやったら成長できるかという点においては的確だった。
「マルクくんも昇級試験見にこない?」
「いいんですか?」
「別に非公開でも何でもないから。趣味で見にくる人もたくさんいるよ」
「まだパーティ決まってないなら暇だろ。見るといい刺激になるぜ」
僕は素直に面白そうだと思った。
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