第28話 修復師
ホーンラビットは、見た目はウサギに似た魔物だからそういう名がついているが、歯並びは肉食動物で明らかにウサギとは異なる。その特徴は群れをつくらないことだ。しかしながら縄張り意識もないため、死肉に何匹もたかっている光景は珍しくない。
少なくとも自分の意思で群れようとしないので、せいぜい群れていても十匹が関の山だ。それを知っているからこそ冒険者はその群れを見つけても近くに他の群れがいるとは考えない。そしてそれはほぼ正しい。
でも今日は違った。
ホーンラビット十匹ほどの群れと戦っている最中に別の群れが襲いかかってきた。これに対応できないほどこのパーティは愚鈍ではない。だけど運の悪いことに、またさらに、さらにとなぜか次々と連続的に群れで襲ってきた。
それでもなんとかもちこたえていたが、ある瞬間、ユーノさんが倒した敵の死骸を踏んづけて転んでしまった。これによって互いに背中を預けるこのパーティ独自の陣形が崩れた。
敵の目標になってしまったユーノさんを助けようとしたディエゴさんの足にホーンラビットの牙が食い込んだ。筋肉をごっそり削られてしまってもう立てない。
「俺のことは構うな! 戦ってくれ」
傷を負った本人はそう言うが、戦力が五人から四人に減り、なおかつ負傷した仲間をかばうことで戦力は格段に低減する。簡単なことじゃない。
ホーンラビットの毛には燃えやすい脂がついている。ここで何匹かの敵に火炎魔法で火をつけて、次に旋風魔法で延焼させることはできないだろうか。
できない。
それはこのパーティの陣形が仇になるからだ。全員が集まって敵にあえて囲ませることで視野を確保する戦術のため、敵を燃やしてしまうと自分たちが炎に包まれることになる。だからこの方法は使えない。
「うおおおおおお!」
僕は力をためて、短剣を薙いだ。
囲む敵の半分を斬撃が一気に斬り裂いた。もう一度反対側に同じ技を放って敵を全滅させることに成功した。
「早く治療を!!」
ディエゴさんに治癒魔法をかけるが僕らが使える程度では止血もままならない。セシリーさんがいてくれればと思ったが、彼女でもこの傷を治すことはできないだろう。
壊死の可能性があるが、失血死するよりはましだ。布で太ももをきつく縛り上げて止血する。急ごしらえの担架に乗せて走って町に戻った。
「こうなったら修復師のところへ行くしかない」
施術院に駆け込むと、初老の女性修復師はまず始めにこう言った。
「ちゃんと保険入ってるの?」
支払い能力の確認だった。見習い期間を終えて正式に冒険者になると、保険への加入は任意になる。保険が出ない冒険者を治療してしまえば大損だから仕方ないけど、ちょっとひどいとも思った。
幸いにも保険に入っていたので治療を受けられることになった。
「じゃあ、肉屋で豚肉の塊を買ってきな。生のやつだよ」
言われたとおりに買ってくると、肉を適当な大きさに刻んで失われた部位に詰め込んでいく。
「うぎゃあああ! 痛い! 痛い!」
「うるさいよ、しっかり密着させないとちゃんと修復できないからね」
そして魔法をかけていくとみるみる肉体と同化してゆく。ブタの肉がヒトの肉につくり直されていくんだ。見ていて気持ち悪いと思ったけど、そこから目を離すことができない不思議な感覚に陥った。
そして失われた部位はきれいに元に戻った。
「ほらよ、これで歩く程度ならなんとかなるだろ」
促されてベッドから立ち上がると、なんとふらふらしながらも歩けているじゃないか。
「一週間ほどは松葉杖が必要だろう。人肉を使えばすぐ治るけど、そういうわけにはいかないからね。完全に馴染むまで一ヶ月はかかるよ。その間に筋力もかなり落ちるから戦えるまでにざっと三ヶ月ってところかね」
「あ、ありがとうございます……」
「おっと、保険の申請書にサインしといてくれよ」
修復師とは、最上級の治癒魔法でもどうにもならない肉体の欠損を元に戻してくれる。おかげで現場復帰できた冒険者は数え切れない。
修復師には莫大な量の魔力が要求され、その魔力量はSランクであっても全く及ばない。そのために大変な訓練が必要だけど、それでも一万人に一人なれるかどうかだそうだ。
「なんで修復師って、みんなあんなに心が歪んでるんだ」
「ある意味、他人の弱みにつけ込んだ商売だから、そうなるんじゃないの」
修復師になるために人生を捧げた人は、たいていそれだけしかできない人になってしまい、戦闘能力は皆無でパーティに参加できない。人間関係もうまくできず、意思疎通は一方的だ。人間的に歪んでくるらしい。
「これでまた保険の等級が下がっちまう。保険料が上がっちまうよ」
「ひどい目に遭っても報酬が増えるわけでもないし……」
施術院を出て行くパーティは全員がうなだれていた。
「すまなかったな、マルクくん。研修最終日だから、軽く打ち上げでもと思ったが、そうもいかないようだ」
「いあ、あの……なんかすみません」
「あまりいい経験をさせることもできなかった。アルベリオのパーティにいたときの方がよっぽど勉強になっただろう」
「そんなことはないです」
そんなことはないはずだ。だけどこの言葉はただのごまかしにしか思えなかった。
「ところでさ、敵に囲まれてやばかったとき、最後に使ったあの技はすごかったね」
「ああ、あれは……」
アルベリオさんが死んで僕に受け継がれた技だ。
「アルベリオさんに教えてもらいました」
「ははは……そりゃすげえや」
その後、ギルドに行って研修期間が明けたことが証明され、僕はEランク冒険者になった。
「昇級試験は二週間たったら受けられるはずだ。きみならすぐ合格するさ。頑張れよ」
イアンさんはそう言うと、名残惜しさも何もないまま去って行った。彼は結局、最後まで自分たちがDランクであることの劣等感を隠さなかった。
それでもきちんと面倒を見てくれたのだから感謝はすべきだ。
だけど……
僕には一抹の不安があった。
彼らのことをいつまで覚えていられるのだろうか。
それはいけないことなのではないだろうか。
アルベリオさんのこともそうだ。
短剣によってあの人の技や力は確かに僕に受け継がれているはずだ。だけど、ヒュドラを斬ったあの技を使ってホーンラビットが斬れただけだ。つまり技が劣化しているんだ。
僕はもうあの人たちのことを忘れてしまおうとしているのだろうか。
「…………」
くよくよしても何かいいことがあるわけじゃない。ひとまず今回は誰も死んだりしなかったことはよかったと思うことにしよう。
だって、彼らが死んだところで僕の役に立てるわけじゃないんだから……。
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