第25話 密談
その頃、人気のなくなった冒険者ギルドでは、ギルドマスターの部屋にだけ明かりがついていた。そこでは昼間の三人が集まり改めて話し合っていた。
「だからアルベリオが仲間をかばって死ぬわけねえっていうんだ。あのガキかエルフの女が卑怯な手を使って殺したんだ!」
「なんでお前はそこまで頭が悪いんだ! 論点はそこじゃない!」
ギルドマスターのネイサンは思わずミシェルの胸ぐらをつかんでいた。
「あのダンジョン攻略の結末は三通りしかなかった。全員生還か全滅か、あるいはアルベリオが生き残って新人が死ぬ。アルベリオが死んで新人が生きて帰るという結末はあり得なかったんだ。それがどういうことかわからんのか」
「だから、あのガキどもがアルベリオを殺したんだろが」
「なんで新人にSランクが殺せるんだ」
「じゃあ、どうやって殺したんだ」
「そんなのわかるか!」
ほとんど成立していない言葉のやりとりの末、ミシェルがネイサンを突き飛ばす。
「あいつがどうやって死んだかより問題があることがわからんのか」
「はあ?」
「我々が新人殺しをしていることが公になるかもしれんということだ」
彼らは新人殺しをしていた。
ジェシカの兄の噂は真実だった。
Sランク冒険者たちはギルドと結託して行っていた。
新人の死亡保険金は銀貨五〇枚となっている。ダンジョンのボスを倒して希少な鉱物が見つかったときの方がはるかに実入りはいい。だが、ちょっとした借金があったり、しばらく遊びたかったり、思うように攻略が進まなかったり、あるいは嗜虐心を満たすために、様々な理由でそれが行われてきた。
とくに身寄りのない新人は狙われた。
そしてそれをギルドは見て見ぬふりをしてきた。Sランク冒険者たちが徒党を組んで反乱することを恐れたからだ。
つまり、噂はすべて正しかった。
実際の所、ヒュドラ討伐の許可を出したのはネイサンだった。もちろん、新人殺しをアルベリオが計画しているのを見越してのことだ。
それによって直接的な利益があるわけではないが、間接的、すなわち将来的に彼らを味方につけて暴力と権力を手に入れた上で、国家の要職にありつくことをもくろんでいたのだ。
だが、まさか死ぬとは思わなかった。どのような許可を出したのか誰も知らないことを幸いに、「ダンジョン調査を依頼した」と嘘をつくことにしたのだ。
「そもそも新人殺しは証拠が絶対に出ないという前提で、我々ギルドが黙認してきたんだ。Sランクどうしで秘密を守り、パーティ内で秘密を守り、殺すべき相手を確実に殺す。他のパーティが偶然発見でもしない限り証拠は出ない。そして、その可能性はギルドで確実に消してきた」
同じ悪企みをしているならしゃべらないし、弱い者には暴力をちらつかせればしゃべらない。そしてSランクが新人を仕損じることなどありえない。あとはギルドがすべてのパーティの位置を把握しておけば、運悪く見つかるなどありえない。一般人が魔物うろつく場所をほっつき歩くなんてこともない。
「だからこそ、標的となった新人が生きて帰り、なおかつそれを企んだ者が死んでしまうなど可能性として限りなくゼロなのだ」
実際にここ五年で計二〇五件実行されているが、関係者以外誰もそれを目撃していない。
「なのにそれが起こった。あの小僧が殺されかけたと言いふらせば、ギルドに国からの査察が入る。そうなればもうおしまいだ!」
「だったら言いふらされる前にあのガキを殺せばいいじゃねえか」
「馬鹿たれが! そんなことをすれば、確実に査察が入るぞ!」
一喝したのは名誉会長であるボルトだった。
「多くの冒険者たちは噂ではあれ、新人殺しを疑っておるのだ。いや、噂自体はここの領主さえ知っておる。ここですぐにあの新人が死んだら噂に信憑性を与えるだけだ。騒ぎが大きくなって、領主は動かざるを得なくなるぞ」
「だから今集まっているんだ。慎重に事を運ばねば取り返しのつかないことになるぞ」
「は! そうかね、うまい具合にあのガキを始末すれば解決すると思うがね」
彼らの元には討伐計数機という魔道具が届けられていた。マルクたちが帰ってきたダンジョンに向かった調査隊が見つけたものだ。
討伐計数機は冒険者が討伐した魔物の種類と時間を刻々と記録する。かつては魔物を討伐した証としてその死体の一部をもって帰らなければならなかったが、これによってその手間がなくなり、帰りの荷物が増えない分より多くの魔物も討伐できるようになった。
この計数機は極めて正確であることがわかっており、この記録に基づいて報酬が与えられる
また、この計数機の特徴として冒険者が魔物を殺した場合のみを数え、魔物どうしの共食いは記録しない。あるいは魔物が冒険者を殺した場合のみを数え、冒険者が死亡した場合、詳細こそ不明だがある程度その状況がわかるようになっている。
これがあちこちに飛び散ったヒュドラの肉片とともに転がっていた。つまり、これをもっていた冒険者がヒュドラに食われ、爆発によって吹き飛んだということを示唆している。
「討伐計数機にパーティメンバーの名前がなかった場合、それは冒険者が冒険者を殺したということだ。もしそうであれば、あのマルクという見習いの言ったことは嘘だったということになる」
ネイサンが討伐記録をチェックしていく。
「ち、あの小僧の言うとおりだ。ライナ、トリエル、アルベリオ、ファルタの順で死んでいる。そして最後にヒュドラだ」
「つまり、アルベリオは仲間に殺されていない。新人が殺したわけではない」
「ということは、ありえない美談を信じなければならないということですか」
別に美談なのだから放っておけばよい、という風にはならない。後ろめたさを背負う人間は、その弱みを絶対に握られるわけにはいかないからだ。
「ちょっと待て、ファルタが死んでからヒュドラが死ぬまでに十秒ほどだが時間差がある。マルクは相打ちだったといったが、これはおかしい気がするな」
「どういうことですか、ボルトさん」
「当然のことながらヒュドラは相打ちしようなんて考えない。考えるなら残された希望のファルタだ。だから命がけで敵に突っ込んでいったとしよう。先にヒュドラを殺して、その後で力尽きるというのが状況として妥当ではないか?」
ミシェルとネイサンは、ボルトの分析力に驚いた。
「もちろん、ファルタの与えた傷が致命傷で、ファルタが死んだ後にヒュドラが死んだという状況も想定できるが、再生能力が異常なあのヒュドラだぞ。可能性としては低いと言わざるを得ん」
「なるほど」
「まあ、不審点を探せという観点での話だ。確証はない」
「だが、不審点ではあります」
「もういいじゃねえか。不審点があるあのガキは殺す。もっともらしい状況で死んだなら誰も疑いはしねえ」
結局その結論に落ち着いてしまう。
だがミシェルのいうこのやり方が問題解決としてはもっとも適しているのも事実だ。
権力をもっていると思っている者、権力を守らないといけない立場にある者にとって、個人の命などあまりに軽い。
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