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命の魔剣に魅入られた僕は、裏切られる度に最凶へと成長する  作者: ヴォルフガング・ニポー


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第24話 新人殺し

「新人殺し?」


「文字通り、パーティに入った新人研修の子を殺すのさ」


 いくら噂話とはいえ、あまりに突飛で意味がわからなかった。魔物の討伐は必ずしも安全が約束された仕事ではないから、犠牲者が出ることはある。だから、ギルドには新人を危険な戦いに連れて行ってはならないというルールがあり、破れば厳罰が待っている。


「そんなことして、何の得があるんですか?」


 ジェシカの兄はここでしたりと笑みを返した。


「保険金だよ」


「保険?」


「ああ、新人研修の際は保険加入が絶対だ。治癒魔法で治せない大怪我は保険で治すしかない。そして、死んだときにはきちんと死亡保険が出る。そしてそれを届けるのは預かっていたパーティだ」


「それを、もしかして……」


「ああ。もちろんこの辺りに住んでる奴はギルドの事情にも詳しいから保険金をくすねようなんてすればばれちまう。だが、町の外のギルドの事情を知らない者はどうだ?」


 死亡保険が受け取れることすら知らないだろう。


「とくに家族のいない新人ならねこばば放題だ」


 マルクは村を追放されてこの町にきたと言っていた。


「実はさ、アルベリオは新人をこれまでに十人ほど預かっていて、そのうちの五人はかなり優秀な冒険者に育ったらしい。でも、残りの五人はみんな死んでいる」


 五人も?


 セシリーがアルベリオの行動原理について理解できなかったことがある。


 間違いなく彼はマルクに対して死んでも仕方ないような訓練を課していた。途中で気に入らなくなったのは客観的にもわかった。だからといって死なせてどうする。罰があるだけで何の得にもならない。


 だからこそ、彼の課す訓練には何か意味があると思ったし、マルクはそれに応えて成長していた。仲間もそれを支えていたから、そういうものなのだと思っていた。


「アルベリオはその常習犯だったって、俺たちの間では噂になってたんだよ」


 それはセシリーがずっと感じていた疑問を氷解させるものだった。だが、安易に信じるわけにもいかない。


「だけど、ちょっと待ってください。仮にアルベリオさんが保険金を目当てにマルクくんを危険な目に遭わせたとして……あの人はそんなにお金に困っているようには見えませんでした。そんなことする必要あるんですか?」


「あいつは浪費癖がひどかったらしいからな。ただ、それが理由じゃなかったとしても新人殺しに慣れてきたら、気に入らなくなったってだけで、十分な殺す理由にはなるんじゃないか?」


 ――そうかもしれない。


 魔物討伐においても、初めはどんな獰猛な魔物でも傷つけることを躊躇う。だけどそのうちに慣れて平気で倒せるようになる。それは相手が同じ人間であってもそうだろう。


 そしてそのうち簡単に人の命を弄ぶようになる。


「そんなアルベリオが仲間を助けるために死ぬなんてありえない。俺たちの間では新人殺しに失敗して、返り討ちにあったんじゃないかって噂になってるんだ。実際のところどうなの?」


 こんな質問がくることに、低ランク冒険者のSランクに対する僻みが現れている。


 でも、それは事実に近いのではないか。


 例えば、このようなシナリオが考えられる。アルベリオは以前ダンジョン攻略に成功したものの、得たものは少なかった。それは彼のプライドを傷つけた。だからすぐに次に取りかかった。かなり難しい敵をあえて選び、成功すればその名声は華々しいものになるだろうし、失敗しても新人を殺せば保険金を盗むこともできる。


 いずれにしても利益はあるのだ。


 自分は悪事の生き証人になった。彼を告発すべきじゃないだろうか。


「あの……それだと、マルクくんがどうやってアルベリオさんを倒したかってことになります。それは無理があるんじゃないかと」


 しかし、セシリーはマルクの嘘に合わせることにした。


 それはすでに断罪されるべきアルベリオが死んでいるからに他ならない。それに、短剣が死んだ仲間の力を吸収していったと言っていたが、にわかに信じがたかったこともある。


 何より、あの短剣の秘密が知れればマルクが大変なことになると直感したからだ。


「だよなー。新人がSランクに勝てるわけないよな。だけど、アルベリオが仲間のために死んだってのも嘘くさいんだよね」


「……すみません、あのときのことは混乱しててよく覚えてなくて」


「そうか、大変だったんだな」


 数時間前まで心神喪失状態だった者に事件のことを噂交じりで聞くなんて言語道断だが、ジェシカの兄はそのあたりまでは知らなかった。このデリカシーのなさは、場合によってはセシリーを再び錯乱状態に引き戻してもおかしくない。


 だが、彼女の中に芽生えたマルクを守らなくてはならないという使命感が、彼女の精神の均衡を保たせていた。


「でも、新人殺しとか……そんな噂がまことしやかに広まっていたなら、ギルドは調査とかしないんですか。それに不名誉な噂が流されたら、本人も黙ってないでしょうに」


「簡単なことだよ。Sランクの連中のほとんどが新人殺しをやってるからさ」


「え?」


「そしてそれをギルドも黙認している」


「そんな……な、なんでギルドはそんなひどいことを黙認してるんですか?」


「簡単だよ、ギルドがSランクの連中にかなわないからさ。金や権力でそれなりに押さえつけることはできても、暴力じゃどうしようもない」


 昔はギルドのマスターがもっとも強く、他の冒険者を力で押さえつけることができた。だが皮肉なことに、ギルドの教育水準が上がったことによって、若くしてギルドマスターの能力を上回る冒険者が何人も現れるようになった。


「現在、二〇〇〇人いるという冒険者のうちSランクは六十七人だぜ。それが集団になって反乱を起こせばどうなるか、ちょっと想像力をはたらかせればわかることだ」


 昔はSランクなんてなくてAランクが最上級だった。だけどAランクの中でも飛びぬけた能力をもった者が現れ、Sランクができたのだ。


「ランクの昇級試験は、まず同じランクの冒険者十人を相手に一人で戦うんだ。つまり、一つ上のランクになると十倍の強さだと単純計算できる。二つなら百倍、三つなら千倍。ということは、SランクはEランクの十万倍強いということだ。実際にはそこまで違うってことはないだろうが、あくまでも理論上ではそういうことになる」


 確かに、Sランクのアルベリオが放つ最強の魔法であれば、十万人はわからないにしても、一般人なら一万人くらい吹き飛ばしてしまうのではないか。


「表面的にはギルドにぺこぺこしてるけど、実際にはギルドを裏から操っている」


 今日、不思議に思ったことがあった。


 ギルドマスターに報告したとき、なぜかSランクの人が混じっていた。


 何の権限もないはずの冒険者が、ただ仲が良かったという理由だけでその場にいた。


 あのときは何も思わなかったけど、今考えるとおかしくはないだろうか。


 Sランク冒険者がギルドを裏から操っている。あるいは共謀している。


 あらゆる疑問の辻褄が合う。


「っていうのが、俺たちの間での説なんだけどな。なかなかそういう証拠が出てくるわけでもなく。くっそ、ギルドなんて潰れちまえばいいのにな」


 重い話はここで腰を折られることでただの噂に戻ってしまった。ジェシカの兄は想像だけで物事を決めつけるような愚か者ではなかった。


「でもギルドが潰れてしまうと」


「まあ、俺たちも働き口がなくなるわけだけど、ギルドマスターが役人上がりのくそ野郎に代わってから、ルール、ルールで押さえつけて、昇級試験もまともに受けさせてくれねえ。そのくせ報酬をじりじり削りやがる。くっそ、もっと自由にやらせろってな」


 それはSランクが在籍するパーティにいたのでは実感できない、現場の声だった。


「ごめんよ、セシリーさん。下らねえ愚痴に付き合わせちまった。今日は疲れてるんだろう。さっさと風呂に入って寝てくれ」


 確かに、今日初めて会ったギルドマスターは冒険者出身という雰囲気ではなかった。何かあるのかもしれない。ただ、さっき聞いた話はすべて噂話だ。安易に信じるべきではないだろうが、心に留めておくくらいはしておいた方がよいとセシリーは思った。

読んでいただきありがとうございます。

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