第21話 ギルドマスターの聞き取り
建物の三階にあるマスターの部屋は控えめではあるが装飾品が取りそろえられており権威を主張しているように見えた。
ソファが三つ並んでそれぞれに人が座っている。いずれも人相はあまりよいとは言えない。テーブルを挟んで向かいの長いソファに座るように促された。
「私がギルドマスターのネイサンだ。このたびは大変だったな」
三人のうち中央に座った男が最初にしゃべった。剣などもったこともないような眼鏡をかけた若い細身で、身なりや態度こそ一丁前だがどことなく小役人のような雰囲気が気になる。
マスターとかいいながらギルドの新人講習では一度も顔を見たことがない。
「俺が名誉会長のボルトだ。ヒュドラ討伐、よくやってくれた」
右隣の人が自己紹介した。筋骨隆々の四〇代くらいの髭の男だが、こちらの方がギルドマスターといった方がしっくりくる。名誉なんとかというと、以前はマスターをしていたのかもしれない。とはいえ、この歳でマスターを降りるには早過ぎはしないだろうか。
「俺はSランクのミシェルだ。アルベリオとは仲良くやってた」
アルベリオさんと同じ狼人だった。ソファにふんぞり返っていかにもガラが悪そうだ。類は友を呼ぶとはこのことを言うのだと思った。
なんでSランクだからってこんな所にいるんだろう。
僕はうつむいてばかりのセシリーさんの手を引いて席に着く。
「さて、ヒュドラのダンジョンへ潜ったときの経緯について聞きたい。私が許可したのはダンジョンの構造を調査するということだった。それは今後Sランクのメンバーをそろえて攻略するにあたってより効率のよい戦略を構築するにあたって重要だったからだ。なぜヒュドラと戦った?」
眼鏡をくいとあげてギルドマスターが尋ねた。
「僕たちはヒュドラを倒しに行くと聞いていました。みんなは反対しましたが、ギルドマスターの許可が出たから大丈夫だということでした」
「なんだと。では、アルベリオが嘘をついて、仲間を危険に曝したのか?」
「おいおい、確かにあいつには粗暴なところはあるがパーティを壊滅させるようなバカじゃねえぞ。お前が嘘をついてんじゃねえのか」
口をはさんできたのはミシェルという人だった。
「それはアルベリオさんに聞かないとわからないことです」
「はあ? こいつ、落ち着き払いやがって。なんか信用できねえな」
「よさないか。仮に嘘だったとして、彼に何の得がある。そもそも見習いにそんな決定権はないぞ」
怒鳴って諫めたの名誉会長だった。ミシェルという人が短絡的な性格だという印象はますます強まった。
僕も何かおかしいと思った
最初に受付に通したときは却下された。ヒュドラを倒しに行くと言ったからだ。だけどそれをギルドマスターが覆して許可したんじゃなかったか。
それとも、ギルドマスターの耳に届いたときにはダンジョンの内部調査ということにすり替わっていたということだろうか。
では、どのタイミングで話がすり替わったのか。
「なぜ全員が反対したのに、無茶な意見が通るんだ?」
「僕にはわかりません。パーティ内の人間関係かもしれません」
ギルドマスターは不愉快な顔をした。
「そっちのきみはどう思うのかね?」
話を振られてセシリーさんは青ざめて震えはじめた。
「おい、どうなんだ?」
詰め寄るマスターを名誉会長がたしなめる。
「おい、さっきから様子が明らかにおかしい。あまりに凄惨だったから精神的にやられたんだろう。無理をさせるな」
「は、はい」
どうやら立場的には名誉会長の方が上のようだ。
「では、マルク。ヒュドラと対戦したときにお前が見たことをできるだけ克明に話してほしい。どういう経緯で戦うことになり、どうやって戦って、どうやって彼らが死んだのか」
ギルドマスターは自分を落ち着かせるようにゆっくりしゃべった。
「わかりました。まず、あのダンジョンは空気が紫がかるほど魔素が強く、魔物の強さも数も尋常ではありませんでした。ボスにたどりつく前に疲弊してしまいましたが、アルベリオさんの魔法が強力だったおかげで進むことができました」
「まあ、そうだろうな」と言ったのはミシェルさんだった。
「そして僕たちはヒュドラを倒すまたはその強さを確かめるという目的でダンジョンに入ったのでそのまま戦闘になりました」
「そこが解せんな。アルベリオは我々をたばかったのか。この判断ミスはあってはならない。Sランクは剥奪されねばならないぞ」
「あるいはダンジョンの調査とヒュドラの強さの調査を勘違いしたか。死んでしまったとなれば確認のしようがありませんが」
ギルドマスターが最後を強調するように言った。
「そして、ヒュドラと戦いました。アルベリオさんのおかげで優位に進められるかと思いましたが、異常なまでの再生速度でこっちの方が追い詰められました。最初に仲間を助けようとしてライナさんがやられました」
隣のセシリーさんが肩をピクリと震わせた。
「後方支援がいなくなって、アルベリオさんは逃げる選択をしました」
「なるほど」
「トリエルさんが何重にも障壁魔法を張って逃げるのを助けてくれました。だけど最後まで残ったせいでトリエルさんも食われてしまいました。追ってくるヒュドラを何とか抑えるためにアルベリオさんは火炎魔法を連発しました。これで僕たちはあと少しで逃げ切れるところまでくることができました」
僕は淡々と嘘をついた。
「でもギリギリのところでアルベリオさんもやられてしまい、最後の一瞬をついてファルタさんが特攻してヒュドラの心臓をつぶしました。ただ、そのせいでファルタさんも食いちぎられて相打ちになりました」
裏切られたという思いがあるせいか、怖い顔の男の人たちを前に僕は自分でも驚くほどにつらつらとそれっぽい作り話を語ってみせた。その横でセシリーさんはがくがくと震えていた。
「嘘ついてんじゃねえぞ、このガキ! アルベリオがそんなやられ方するはずねえだろ!」
軽薄なアルベリオさんが仲間のために自分を盾にするはずがないということだろうか。
「よさんか。じゃあなんで見習いのこの子たちはヒュドラを倒して無事に帰ってこられたというんだ。彼らの犠牲があったからとしか説明がつかんではないか」
「ヒュドラを倒したのが嘘かもしれねえ」
「そんなすぐにばれる嘘などついてどうする」
ミシェルという人の荒れようはちょっと理解しがたかった。多分、仲のいいアルベリオさんが死んだことが受け入れられないというのはあるんだろうけど、何でも嘘と決めつけるならそもそも話を聞くべきじゃないのに。
「お嬢さん、大丈夫かね? いや、報告はもういい。すでにダンジョンには調査隊が向かっている。ヒュドラを倒したことが嘘ならすぐにわかる。彼らは大変な目に遭ったんだ。今日はゆっくり休みなさい」
若者の未熟な態度に耐えられなくなったようで、名誉会長は強引に話を打ち切った。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆☆☆☆☆、リアクション、感想お願いします。




