第20話 ギルドに戻って
ボスがいなくなったダンジョンはみるみる魔素が薄くなり、紫がかった空気は晴れ上がっていった。
僕は清浄な空気を肺いっぱいに取り込んだ。なんとなくだけど、生きている実感がした。
そして、これまでのことを振り返る。
ざまあみろと思わないでもない。
正直、アルベリオさんからは悪意しか感じなかった。だけど、これまでの指導は正しかったようにも思える。
ファルタさんとトリエルさんとライナさん。
個性はそれぞれだったけど、いい人たちだった。だからこそ裏切られたあの瞬間の衝撃は大きかった。
そして、みんな死んだ。
そうなるように仕向けた。
僕の中には別の誰かがいる。その人がそうなるように仕向けた。
結果として僕は生き残った。
それが事実だ。
「さて、魔物は倒しました。ダンジョンを出ましょう」
僕はセシリーさんに手を伸ばしたけど、むしろ拒まれた。
「大丈夫ですか?」
「ひいいい……」
彼女の衣服の下腹部がじわじわと濡れていく。
「あなたは……私を殺すの……?」
「なぜですか? 大切な仲間じゃないですか」
できるだけの笑顔をつくるけど、彼女は受け入れるようではなかった。
生存本能というのは恐ろしいものだと思う。結局、あれだけ僕に怯えていたセシリーさんは、ダンジョンに独り取り残されるのも困ると思ったのか、僕と一緒にダンジョンを出て町に戻った。
町までの一日の行程でほとんど言葉を交わさなかったが、セシリーさんは僕についてきた。なぜそうするのかよくわからないが、その気持ちがよくわかる気がした。
「あれ、アルベリオたちはどうした?」
あの宴会で顔を覚えられた僕たちは、すれ違う冒険者たちに声をかけられた。
「ああ、まあ」
適当にごまかした。
だけどギルドではごまかすことはできない。冒険者としてやっていきたいなら、逐一討伐に向かった後の報告はしなければならない。
「マルクくん!」
ギルドに入るなり受付嬢のお姉さんは僕を見るなり抱きしめてきた。
「大丈夫だった? もう、ヒュドラのダンジョンに連れて行かれるなんて。すごく心配したんだからね」
「ありがとうございます。でも……」
「セシリーさんも無事だし、アルベリオさんたちは? 今は別行動かな?」
「……いえ、ヒュドラと戦って亡くなりました」
「え?」
「アルベリオさん、ファルタさん、トリエルさん、ライナさんは亡くなりました。ヒュドラに食われて」
にわかにギルド内がざわつく。
「ア、アルベリオさんたちが……?」
それを聞いた奥に控えていた別の受付嬢が慌ただしくギルドマスターの部屋へ走る。
「じ、じゃあ、マルクくんたちは逃げてきたということね」
「ええ、まあ。ヒュドラは倒しましたけど」
「倒した? 誰が?」
この辺りから辻褄が合わなくなってくることはわかっていた。見習いの僕が倒したなんて誰も信じるはずがない。だけど、ヒュドラを倒したというのは事実だ。嘘の報告はそのうち必ずばれる。
「セシリーさん、何があったの?」
問われたセシリーさんは自我を失ったかのように呆然としたまま答えなかった。
それだけで何かがおかしいと誰もが気づく。
「ファルタは……ファルタは本当に死んだのか?」
知らない冒険者が駆け寄ってきた。その人はファルタさんと同じ巨人ということもあって似たような空気感をもっていた。大きな盾とがっしりとした肉体が印象的だ。何より一見誠実な態度がそう感じさせる。
「あいつとはどっちが先にSランクになれるかを競ってきた。人格的にも素晴らしい奴だった」
人格的に? まあ、僕も裏切られる直前まではそうだと信じていた。その人はひざまずいて涙を流した。
「ファルタさんは、僕たちを逃がすために身をもって盾になってくれました」
「……ああ、あいつならそうしたかもしれないな」
僕は流れに合わせて嘘をつくことにした。
多分この後、ギルドにも何があったのか詳しく報告をしないといけないのだろうけど、その方向性にしよう。セシリーさんがそれは違うと言うかもしれないけど……多分この状態であえて真実を述べるなんてないだろう。
それからほどなく、ギルドマスターに呼び出された。
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