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命の魔剣に魅入られた僕は、裏切られる度に最凶へと成長する  作者: ヴォルフガング・ニポー


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第19話 命の剣

 撤退はパーティにとって——とくにそれを率いるリーダーにとっては屈辱的であるに違いない。


 冒険者にとってその強さを示すことこそが矜持といえるだろう。彼らは常にその矜持と自らの命を天秤にかけているのだ。


 弱い敵から逃げることはそれほどでもない、単に面倒だったからと言えば、誰もが納得する。だけど強い敵から逃げるということは、それは相対的な自分の弱さを認めることになるからだ。


 そのときに仲間の犠牲が出たことを理由にするならば、他者はどのように受け取るだろうか。多くが仕方がないと思うことだろう。


 パーティはそれぞれの能力を活かしてひとつの組織として機能して魔物と対峙するのだ。仲間の犠牲とはすなわち、パーティの手足が奪われたに等しい。その状態で戦えなんて無理だし、逃げても誰も蔑んだりしないだろう。


 そして、体のいい言い訳のために僕は見捨てられた。


 どうしていいかわからないセシリーさんは何度もこちらを振り返り、申し訳なさそうに足を止めたりしながら結局は遠ざかって行った。


 優しく献身的な人だってこの状況ではそんなものなのだろう。何より僕を助けにきたところで何もできやしないのだから。そして、僕の犠牲だけでは間に合わなかった場合、彼女が次の犠牲になるんだ。


 僕の役目は、彼らが逃げ切るまでできるだけ長い間ヒュドラの攻撃を躱し続けることだ。


 すべてが理解できたとき、僕の思考は停止した。




「にゃははははは、頑張れ……にゃ!?」


 走りながらライナが卒倒した。


「ライナ、こんなところで転ぶな!」


 いや、アルベリオが見ると泡を吹いているではないか。その横に転がるマルクの短剣が怪しい光を放っていた。


 次の瞬間、障壁魔法を突き破ったヒュドラが襲ってきて彼女を食ってしまった。


「ライナ!」


 叫んでももう遅い。口の中から残酷な悲鳴が響いてくる。


「うあああ、ぎゃあああああああ!!」


 別のヒュドラの首が襲い掛かってくる。


「く、障壁魔法!」


 改めて繰り出した魔法だが、一瞬にしてかき消された。


 まさか、ヒュドラは障壁を無効化する能力を持っているのか?


 いや、さっきはそんなことできなかったはずだ。


 そのときトリエルは、怪しく光る短剣がふわりと浮いて、そのまま本来の持ち主のもとへ飛んで行くのを見た。手にしたマルクの顔は、さっきまでと打って変わってしたりとした笑みを湛えていた。


 次の瞬間、真っ暗になったと思ったら、巨大な牙に肉体を破壊された。


「うわああああ!」


 アルベリオは恐怖に駆られて逃げた。だが、見えない障壁が行く先を阻む。


「なんだと、障壁魔法?」


 トリエルは死んだ。誰がこの魔法を?


 振り返った先のマルクの邪悪な笑みを見て直感した。


「お前か! 坊主……」


 言いかけたそのとき、視覚の外の頭上から襲い掛かってきた氷にブレスによって凍りつき、直後に砕け散った。


 犯人探しなどに気を取られてなければ、彼なら容易に躱せていたはずなのに。


 残ったファルタは戦慄した。


「マルク……これはお前がやったのか……?」


 彼らの混乱などヒュドラには関係ない。目の前にいる残り三人の人間を殺すために襲いかかってくる。


 だが、次の瞬間にはヒュドラのすべての首が大爆発して吹き飛んだ。


「これは……さっきのアルベリオの魔法?」


 放ったのはマルクだった。


「なるほど。表皮から一メートルくらいを吹っ飛ばせるのか。だからもっとも大きな胴体が残るわけか」


「なぜお前が……」


「これは村の伝承です」


 振り返るマルクの目が赤く輝く。


「二〇〇年前、死んだ目をしたドワーフが僕らの村を訪れました。そして『勇者は敗れた』とだけ残して去ったとのことです」


「な……なんの話だ」


「鍛冶師でもあった彼はそのまま近くの山奥にこもり、一本の短剣を、それこそ身命を注いで打ち続けたそうです」


 すっと差し出された短剣、まさにこれのことを語っているのだ。


「遠くから聞こえる金属を叩く音に心配して見に行った者によれば、彼は勇者が魔王に敗れるまでの経緯を簡潔に語ったそうです。


 魔王にたどりつく前に仲間はみな死んだ。


 誰もが勇者にすべてを託して死んでいったと」


 それはおぞましいほどに穏やかな光を放っていた。


「彼らの思いを勇者は受け継いだ。だけど、彼らが死ぬたびにパーティの力は失われ、疲弊していった。彼は思ったのです」


 ファルタは悪寒を覚えた。




「死んだ者の“力”を受け継ぐことができたなら、勇者は敗れることはなかったと」




「まさか、その剣が……」


「”命の剣”と呼ぶそうです」


 口走るマルクの顔は人のそれとは思えなかった。


「今、この剣の所有者は僕です。死んだ仲間の能力はこの剣と僕の身体に受け継がれてゆきます」


 そんな語りをしている間にヒュドラはみるみる再生してゆく。


 マルクはヒュドラを改めて見る。


「なるほど、分厚い肉の中にある心臓をつぶさないと倒せないのか」


「それは……ライナの鑑定眼なのか……?」


「敵の弱点を分析できる人がいたなら、なんで聞かなかったのかな。パーティ内の連携がとれてないじゃないですか」


 マルクは短剣を両手で持って構えた。


「うおおおおおおお!!」


 短剣を振り上げると、斬撃がヒュドラを肉深く切り裂いた。


 この剣術は昔アルベリオがよく使っていたものだ。だが、破壊力のある魔法に興味をもち始めてからは使わなくなった。この技をマルクに見せたことはなかったはずだ。


「ダメだ。このくらいの力じゃヒュドラは倒せない」


 再生はますます速くなり、傷口はすぐに塞がり、頭も再生しようとしていた。


「わかったから……だからもう逃げよう!」


「そうだ、ファルタさんの重戦士の力があれば切り裂けるかもしれない」


「何を言って……う!?」


 自分の目の前に魔法障壁ができているではないか。自分とヒュドラがその檻に閉じ込められている。


「な……マルク。お前……」


 目の前の少年に表情はなかった。


「頑張ってください」


「待て、マルク! 助けてくれ!」


 ヒュドラは次々と首を再生させ、ファルタに襲い掛かってきた。


「うわあああああ! さっきは悪かった、アルベリオに逆らえなかったんだ! だから……だから!!」


 遮二無二剣を振り回してヒュドラの攻撃を跳ね返してゆく。


 だが、そんな防御がいつまでも続くはずがなかった。


「ぎゃー!!」


 上半身を食いちぎられてファルタは絶命した。


 そして、短剣が怪しく光る。


「ファルタさん、あなたの遺志は僕が受け継ぎます」


 もう一度両手で短剣をもって斬撃を放つ。


 ずばあっ!!


 その斬撃はヒュドラの心臓もろとも胴体を真っ二つに切り裂いた。


 そのまま激しい振動を伴って倒れると、もう二度と再生しなくなった。

読んでいただきありがとうございます。

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