表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

7.「傷と回復魔法」



 寮の自室のベッドで仰向けになり、サクラは男子生徒の事を思い出していた。


 名前も知らないが、ウワサとは違うような気がする、不思議な子だなと思う。

 口は悪いし、強めの態度ではあるが、魔法の腕は確かだし、二度もサクラに魔法を指南してくれた。


「それなのになぁ……」


 そういう天才に教えてもらったのに、生かせない自分。

 両手で顔を覆い、考えに浸った。


 分かりやすく落ち込んでいるサクラを、メリアは何を尋ねるでもなくそっとしてくれている。

 こういう時に余計な言葉をかけてこないのも、彼女の良いところだ。

 

 寮の部屋は二人一部屋で、ベッドの間で仕切りカーテンがあり、その空間にそれぞれ机とクローゼットがある。

 手狭だが、ほとんどの時間を校舎で過ごす学生には、必要十分とも言える。


 カーテンを閉めて、手元の明かりを消すと、サクラの空間だけが仄暗くなる。

 メリアはまだ机に向かっているため、部屋は完全に暗くならない。

 家族に手紙でも書いているのだろうか、メリアがペンを走らせる音がサラサラと響く。

 

(私も、手紙書かないとな…)


 入学して一ヶ月と半。両親は、突然双子がいなくなって寂しく思っていないだろうか。

 それも、片方は消息不明ときたものだ。考えると、やはり気持ちは沈む。


(私だけでも、ちゃんとしないと…ちゃんとやりとげないと)


 ツツジの代わりに学園をちゃんと卒業して、両親の頑張りに応えないといけない。

 それなのに、どんどん自信がなくなっていくのだ。


 全て、ツツジだったら、ツツジの方が、そう考えてしまう。


 昔から。



 あの時だって、ツツジを庇って——




 そこまで考えを巡らせて、サクラはハッと起き上がる。

 

 パジャマの上のボタンを外し、布地をずらして、ブラジャーのホックも外す。

 小柄な身体にしては良く実った胸元にそれらの衣類を寄せ、手を背中に回して肩甲骨の下をなぞった。


 指先でも確かに分かる、深めの傷痕が、まるでユニコーンの片翼のような形で、サクラの背に刻まれていた。


 背の面積と比較すると小さいと言えるが、うら若き乙女の背中にあって良い物でもない。


 黒魔法でついた傷であった。



 幼い頃に、魔法の事故に巻き込まれた時にツツジを庇って負った傷だ。

 高名な医師の治癒魔法でも、完全に消す事が出来なかったそうだ。


 以来、ツツジは黒魔法が大嫌いだと言うようになり、傷を背負ったサクラ自身も、黒魔法に良いイメージは無かった。

 

 その傷痕に触れると、わずかに黒魔法の残滓とも言える魔力が感じられる。

 身体に影響はなくとも、これがずっと傷痕に滞留しているのだ。

 誰だか分からない、使用者の魔力。普段は気にならないが、気持ち悪くないと言ったら、嘘になる。

 

 サクラは息を吸い込み、ゆっくりと治癒魔法を唱えた。



「ヒーリング・リペア」



 何の手応えもあるはずがなく、わずかに傷口の魔力が凪いだくらいだった。

 

 

 




 

 翌日、中庭の片隅。


「ヒーリング・リペア!」


 サクラの杖先が光った瞬間、


 ポンッ。


 スグル=ウィストの頭に、今度は鮮やかなツタが絡みついた。


「……お前な……」


 ツタを頭からだらんと腰あたりまで生やしながら、低く唸る声に、サクラは飛び上がる。

 毎度毎度、この人はあまりにも通りすがるタイミングが良すぎる、否、タイミングが悪いのか。

 他の生徒に生やしてしまったことはないので、どういう発動条件なのかわからない。


「ひっ……ご、ごめんなさい!あ、あの、まだ治癒魔法の練習してて……!わざとでは……」


 慌てて釈明する。


「……花の次はツタか」


 ぶつぶつ呟きながらも、スグルはツタをむしり取り、無言で近くのベンチに足を組んで腰掛けた。


「?」


 サクラが固まっていると、彼は視線だけを寄こして短く言う。


「……練習、続けろ」


 サクラは驚きつつも、杖を構えた。

 見られている緊張で手が震える。けれど、さっきと違って不思議と心細くはなかった。



 何度か失敗を繰り返すうちに、スグルのぼそりとした声が飛んでくる。


「力を込めすぎ」

「……?」

「魔力は押すんじゃない、流す」


 しばらく奮闘していると、


「……イメージが足りない」

「糸で縫いあわせの……?」

「ん」


 アドバイスはどれも短い。冷たい言い方だが、確かに的を射ている。

 サクラは必死に呪文を繰り返しながら、胸の奥がほんのりあたたかくなるのを感じていた。

 


 何度目かの呪文。


「光よ、癒しの糸となれ……ヒーリング・リペア!」


 今度は、かすかにできた擦り傷が、薄い光に包まれて赤みを引かせていく。


「少し治った……!」


 サクラの声は弾んでいた。


「で、出来た!ちょっとだけ!」


 スグルは腕を組んだまま、わずかに顎を引く。


「……」


 褒め言葉の一つも出てこないが、今のサクラには関係なかった。

 

 気をよくしたサクラは、豊かな胸を張って呟いた。


「私だって、やればできるもんね!」


 その勢いのまま、もう一度再現しようと、小石をぎゅっと握りしめて手のひらを切り裂く。



 思っていた十倍くらいの勢いで。




 白い肌にザクリと赤い筋が走り、次の瞬間、鮮血があふれ出した。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ