7.「傷と回復魔法」
寮の自室のベッドで仰向けになり、サクラは男子生徒の事を思い出していた。
名前も知らないが、ウワサとは違うような気がする、不思議な子だなと思う。
口は悪いし、強めの態度ではあるが、魔法の腕は確かだし、二度もサクラに魔法を指南してくれた。
「それなのになぁ……」
そういう天才に教えてもらったのに、生かせない自分。
両手で顔を覆い、考えに浸った。
分かりやすく落ち込んでいるサクラを、メリアは何を尋ねるでもなくそっとしてくれている。
こういう時に余計な言葉をかけてこないのも、彼女の良いところだ。
寮の部屋は二人一部屋で、ベッドの間で仕切りカーテンがあり、その空間にそれぞれ机とクローゼットがある。
手狭だが、ほとんどの時間を校舎で過ごす学生には、必要十分とも言える。
カーテンを閉めて、手元の明かりを消すと、サクラの空間だけが仄暗くなる。
メリアはまだ机に向かっているため、部屋は完全に暗くならない。
家族に手紙でも書いているのだろうか、メリアがペンを走らせる音がサラサラと響く。
(私も、手紙書かないとな…)
入学して一ヶ月と半。両親は、突然双子がいなくなって寂しく思っていないだろうか。
それも、片方は消息不明ときたものだ。考えると、やはり気持ちは沈む。
(私だけでも、ちゃんとしないと…ちゃんとやりとげないと)
ツツジの代わりに学園をちゃんと卒業して、両親の頑張りに応えないといけない。
それなのに、どんどん自信がなくなっていくのだ。
全て、ツツジだったら、ツツジの方が、そう考えてしまう。
昔から。
あの時だって、ツツジを庇って——
そこまで考えを巡らせて、サクラはハッと起き上がる。
パジャマの上のボタンを外し、布地をずらして、ブラジャーのホックも外す。
小柄な身体にしては良く実った胸元にそれらの衣類を寄せ、手を背中に回して肩甲骨の下をなぞった。
指先でも確かに分かる、深めの傷痕が、まるでユニコーンの片翼のような形で、サクラの背に刻まれていた。
背の面積と比較すると小さいと言えるが、うら若き乙女の背中にあって良い物でもない。
黒魔法でついた傷であった。
幼い頃に、魔法の事故に巻き込まれた時にツツジを庇って負った傷だ。
高名な医師の治癒魔法でも、完全に消す事が出来なかったそうだ。
以来、ツツジは黒魔法が大嫌いだと言うようになり、傷を背負ったサクラ自身も、黒魔法に良いイメージは無かった。
その傷痕に触れると、わずかに黒魔法の残滓とも言える魔力が感じられる。
身体に影響はなくとも、これがずっと傷痕に滞留しているのだ。
誰だか分からない、使用者の魔力。普段は気にならないが、気持ち悪くないと言ったら、嘘になる。
サクラは息を吸い込み、ゆっくりと治癒魔法を唱えた。
「ヒーリング・リペア」
何の手応えもあるはずがなく、わずかに傷口の魔力が凪いだくらいだった。
翌日、中庭の片隅。
「ヒーリング・リペア!」
サクラの杖先が光った瞬間、
ポンッ。
スグル=ウィストの頭に、今度は鮮やかなツタが絡みついた。
「……お前な……」
ツタを頭からだらんと腰あたりまで生やしながら、低く唸る声に、サクラは飛び上がる。
毎度毎度、この人はあまりにも通りすがるタイミングが良すぎる、否、タイミングが悪いのか。
他の生徒に生やしてしまったことはないので、どういう発動条件なのかわからない。
「ひっ……ご、ごめんなさい!あ、あの、まだ治癒魔法の練習してて……!わざとでは……」
慌てて釈明する。
「……花の次はツタか」
ぶつぶつ呟きながらも、スグルはツタをむしり取り、無言で近くのベンチに足を組んで腰掛けた。
「?」
サクラが固まっていると、彼は視線だけを寄こして短く言う。
「……練習、続けろ」
サクラは驚きつつも、杖を構えた。
見られている緊張で手が震える。けれど、さっきと違って不思議と心細くはなかった。
何度か失敗を繰り返すうちに、スグルのぼそりとした声が飛んでくる。
「力を込めすぎ」
「……?」
「魔力は押すんじゃない、流す」
しばらく奮闘していると、
「……イメージが足りない」
「糸で縫いあわせの……?」
「ん」
アドバイスはどれも短い。冷たい言い方だが、確かに的を射ている。
サクラは必死に呪文を繰り返しながら、胸の奥がほんのりあたたかくなるのを感じていた。
何度目かの呪文。
「光よ、癒しの糸となれ……ヒーリング・リペア!」
今度は、かすかにできた擦り傷が、薄い光に包まれて赤みを引かせていく。
「少し治った……!」
サクラの声は弾んでいた。
「で、出来た!ちょっとだけ!」
スグルは腕を組んだまま、わずかに顎を引く。
「……」
褒め言葉の一つも出てこないが、今のサクラには関係なかった。
気をよくしたサクラは、豊かな胸を張って呟いた。
「私だって、やればできるもんね!」
その勢いのまま、もう一度再現しようと、小石をぎゅっと握りしめて手のひらを切り裂く。
思っていた十倍くらいの勢いで。
白い肌にザクリと赤い筋が走り、次の瞬間、鮮血があふれ出した。