4.「邂逅」
中庭。
再試験を控えた一年生たちが、思い思いに呪文の練習をしている。
サクラも、隅の花壇の前で、眼前に小石を置いて杖を握りしめていた。
生徒会役員の紋章はしっかりと刺繍されてしまっていたため、ローブは部屋に置いてきた。
万が一、誰かに気付かれでもしたら、会長になる覚悟も出来ていないサクラは困ってしまう。
浮遊魔法は、物を浮かせる魔法である。
魔法の中では基礎だが、重量次第でもあり、難易度はやや高い。
使いこなす事ができれば、重い荷物の移動が楽にできるようになる。
今回は、浮遊魔法を使って物を自在に移動させる試験だった。
一回目は浮かせるだけで移動が出来なかった。
(大丈夫、大丈夫……これくらい出来ないと……!)
(動かすイメージ……重いものではなくて羽みたいな軽いものをイメージ……羽とか、花とか?)
緊張で額に汗を浮かべつつ、呪文を唱える。
「風と糸、見えない手で導け——レヴィータ・ライン」
サクラの少ない魔力が走り、杖の先が一瞬まぶしく光った。
「えいっ!」
次の瞬間。
「……」
「……へあ?」
何も起こらなかった。
確かに、魔力が何かに消費された感覚はあるのに、目の前にある、浮かせるために置いた石は微動だにしていない。
しかし。
目の前を通りがかった黒髪の男子生徒の頭に、ポンッと花が咲いた。
「!?」
相手も驚いたように立ち止まり、サクラの方を見る。
その目付きに、見覚えがあった。
例の、アルカナクラスの怖い生徒だと認識し、サクラの顔が青ざめる。
鋭い目付きに強張った顔と、深海の色をした黒髪に、不似合いに咲いたピンクの花。
周りで練習していた他の生徒も、思わず振り返り、口に手を当てて何かを堪えていた。
「…………」
「…………」
サクラと男子生徒、数秒の沈黙。
やがて。
「……おい」
男子生徒――スグル=ウィストが、ぐっと眉間に皺を寄せて、頭上の花を乱暴にむしりとる。
「人の頭を花壇扱いするな」
静かな怒りを含んだ声に、鋭い瞳で睨まれ、サクラは飛び上がった。
「ひっ、ご、ごめんなさい~~~!!」
慌ててサクラはその場を逃げ出した。
(噂通り怖い人だ!)
勢いよく走り去るサクラの背を一瞥し、スグルは手のひらに残った花びらを見つめた。
花びらは、ふわりとほどけるように宙に溶け、跡形もなく消えていく。
眉間に皺を寄せ、スグルはしばし無言のまま、何もない掌をじっと眺めた。
「……転移魔法じゃない」
試験のある中央棟に向かって走りながら、サクラは先程の失敗を思い返す。
(羽とか花とか考えていたから、花を転移させちゃったのかな!?でも、浮遊魔法の呪文は間違えていなかったはず!転移魔法だって下手くそだから、ごっちゃになっちゃったのかなあ!?)
先程睨んできたアルカナの男子生徒。酷く苛立っているようだった。頭に花を咲かせてしまった所も、周りの大勢が見ていたし、笑っていた。
こんなに魔法が下手くそな自分が、生徒会長だなんて、無理に決まっている。
このまま全ての試験を受けずに、退学処分になった方が良いのかもしれないとさえ思う。
それでも、サクラの足は無意識に試験教室の前に立っていた。
真面目な自分が憎い——いや、逃げる勇気もない自分が。
出来ないと分かっていても、挑戦する自分もだ。
当然のように魔法は上手く発動せず、更なる追試がサクラに言い渡されたのだった。