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2.「学園長と魔法鏡」

 


 銀白の髪を後ろで束ね、瞳の奥に老成の光を宿す男性が、石畳の部屋の中央に立っていた。


 深い紺のローブに金糸の刺繍をまとっている。


 オーリッド魔法学園の学園長である、エルダリオ=セラフォン。


 御年九十八歳にも関わらず、彼の姿はまだ初老にも満たない若さがある。


 より良く魔法を使う者は、悪しきものに寿命を悟られてはならない。

 歴代の学園長がそうであったように、彼もまた、魔法で姿をそのように保っている。


 魔法陣が描かれた石畳の中央に、大きな鏡が浮かんでいる。

 鏡面は水面のようにゆらめき、人の姿を映し返すのではなく、その奥に広がる光と影を揺らめかせていた。


 魔法鏡。


 オーリッド創設の頃から学園に仕え、人選や運営に助言を与えてきた存在である。

 

 学園長の指示に従う半面、独自の意志を持ち、言葉を交わすこともできる。

 

 その存在は、代々の学園長をはじめとする学園の中心部以外には秘匿されている。

 現学園長のエルダリオも実際、この魔法鏡が何者なのかを突き詰めてはいない。

 

 

「……さて」


 エルダリオ学園長は、それに向かって話しかけた。


「今年も新緑の五月がやってきたね。魔法鏡」


 魔法鏡は、やや低めのトーンでそれに応えた。


『今年は、選ぶのが難しいよ、エルダリオ』

「おや……どうしてだい。一年生から三年生まで、優秀なオーリッドの生徒たちが、君のお眼鏡にかなわないなどという事があるのだろうか?」


『いや、毎度のことだが、君は自分の生徒たちを信じすぎている』

「選んでいるのは、君だよ、魔法鏡」


 学園長の静かな反論に、魔法鏡は言いかけた言葉を切る。


「実際に、君が選んだ生徒たちは、これまで皆が立派に務めを果たした」


 誇らしげに腕の紋章を掲げていた生徒たちの顔を思い出しながら、学園長は催促する。


「さあ、今年のオーリッドの運命を担う者を、君のその光で選んでくれたまえ」


『難しいんだよ、エルダリオ……ああ、この者は三年生で優秀だが、大変身体が弱くて心配だ。この二年生は白魔法を極めているが、女性関係がだらしなくてクラスの信頼を失っている』


「一年生はどうかね」

『入学したての一年生から選んでも構わないのかい?』

「構わないよ。今年は粒ぞろいだからね」


 学園長は手元の書類を軽く宙へ浮かせた。魔力に揺れる紙束が、ぱらりと開く。


「入学試験にひとつ仕掛け難題を加えておいた。あれを突破できた者が……二人いたよ」


 学園長が指先を払うと、その瞬間、魔法鏡が光を帯びはじめる。

 水面のように揺らめく鏡の奥――そこに、ぼんやりと人影が立ち現れた。


「サクラ=リリーバレー」


 学園長が名を呼ぶと、鏡面に映し出されたのは小柄な少女。

 だがその姿は、どこか歪んで揺らいでおり、何者かの残滓が重なっているように見える。とうとう老眼かもしれないなと学園長は眉を顰めた。


「そして……スグル=ウィスト」


 次に映ったのは、冷静なまなざしをした黒髪の少年。鏡の中の姿はサクラのように揺るがず、魔力をまとって輝いている。


 学園長はその像を見比べる。

 

『一年生から選んで良いのであれば、当然この生徒にするよ、エルダリオ』


 魔法鏡は、切り替えて中庭の様子を映し出す。

 斜め上からのものと見られる光景に、サクラとメリア、向かってくる黒髪の男子生徒――スグル=ウィストがいる。

 

『この生徒にしよう』


 魔法鏡がズームして見せたのはスグル=ウィスト……ではなく、そこを横切ったサクラだった。


『あっ』


「ナルホド、サクラ=リリーバレーだね、面白いじゃあないか。妙に揺らいだ生徒だ」

『……』


 違っている。魔法鏡は、スグルを推したつもりであった。

 まさかその瞬間に、二人がすれ違って、サクラが焦点に入ってくるまでは想定外である。


 意志と記憶を持つ魔法鏡は、何百年もの間、この学園で正しい導きをしてきたという矜持があった。


 間違えたなどと言えるものかという、困ったプライドが、それを訂正させなかった。


 この少女には何の力も感じられない。しかし、学園長が受けさせたテストをスグルと同レベルでクリアしている事や、言う通り、妙に揺らいだオーラの事に魔法鏡も興味が出た。



 だから、止めなかった。




「今年のオーリッド魔法学園生徒会長に、サクラ=リリーバレーを任命する」

 

 

 

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