27.「クリアリーフの森⑦」
「……でも、私、まだ全然だった~」
ルナナは、ほんの一瞬、眠たげな瞳を細めた。
呑気な口調の奥に、的確な自己認識が潜んでいる。
「ちゃんと色んな魔法の勉強しよっかなぁ」
「え?」
意外すぎる言葉に、サクラもスグルも思わず声を揃える。
「だって、あんな魔獣程度の返還命令も効かないんじゃ、まだまだだなって」
「あんな程度どころじゃなかったよ!?」
サクラはそこに驚いているが、スグルは別のツッコミを入れる。
「お前、まだ黒魔法に手を出すつもりか」
「適性者じゃなくても、呼び出せはしたんだから~修行したらもっと出来るようになると思わない?」
「思わねーよ」
ズバッと切るスグルの事などどこ吹く風、ルナナはスグルの杖を指先でつついた。
「キミたちの側にいれば、黒魔法も近くで体験出来て、いい勉強になりそ~だし」
スグルはこれまで見たこともないような嫌そうな顔になる。
凄い才能だと畏敬の念は抱くが、それはそれとして、ルナナの事をまだ快くは思っていないらしい。
歓迎されていない事を察したのか、ルナナは唇を尖らせて、投げ出した足をパタパタとさせた。
「キミたちにも、利があると思うけど~」
「え……」
「仲間を探してる匂いが、恋人からする~」
ルナナはつついていたスグルの杖先を指で持ち上げ、サクラに向けた。
「えっ」
そんなことまで匂いになるのか。思わずサクラは自分の身体をパタパタと叩いてローブを嗅いで確かめる。
土埃と焦煙の匂いしかしない。
ルナナは両腕を広げ、サクラに向かって可愛らしく首をかしげてみせた。
「生徒会長さん。私を仲間にどうぞ~ちょっとはお役に立つかもよ〜」
「えっ……あっ……えーと、待って。恋人じゃないよ!」
そこをまず律儀に否定したサクラに、ルナナはキョトンと、スグルは苦虫を噛み潰した表情になる。
ラーナ先生に言われた、「注視する」は、確かにルナナが役員として近くにいれば実現する。
問題は、生徒会自ら問題を起こしそうなこの子をどう扱うかだ。
だが、先ほど見たスグルとの連携プレーはとても良く見えた。勉強に前向きになった今なら、話も通じるかもしれない。
「どうすんだ、リリーバレー」
スグルに問われ、サクラはむぐぐ……と唸った。
(そっか。決定権は私なんだ……)
スグルは自分の見解はあっても、サクラの考えを否定する事はしないだろう。
ふと思いついて顔を上げる。
「ミスティさん」
「ルナナでいいよ~」
「ルナナ……あなたを生徒会役員にします。——風紀員として」
今度唸ったのはルナナの方だった。
袖口で口元を覆い、逃げたさ満載の引き姿勢になる。
「……風紀員~~?? やだぁ~それ、ルール守らせる側じゃん~」
スグルも、何を言い出すんだこいつという顔でサクラを見る。
生徒に規律を守らせる・取り締まる・管理する役職。と、学園長から渡された冊子には書いてあった。
最もそぐわない役柄であるには違いない。
サクラは胸の前で片手を握りしめ、もう一方の手で包み込む。
その指をそわそわとなぞりながら、慎重に言葉を探した。
全員に納得させるためにどう言えば伝わるのか。
生徒会長なら、この決断に説得力を持たせないといけないんじゃないか。
何よりも、まず自分が納得しないといけない。
「……わっ、私には、ルナナ、あなたがやったことを先生に報告する義務がある」
「え~」
人体召喚の禁忌を破り、適性者でもないのにB級魔獣を呼び出した。これだけのことを起こせば、退学必至だ。
「でも、私、今、そのルールを破って、先生には言わない」
「……脅し~~??」
「違うよ。——共犯」
サクラの言葉に、ルナナはぱちぱちと瞬きをする。
「ルールってね、人を縛るためじゃなくて、守るためにあるんだと思う。だから、私はあなたを守るためにルールを破る。……でも、あなたには、人を守るためにルールをちゃんと考えていって欲しい、生徒会の役員として」
勝手な召喚はもうしないでほしい。
授業をさぼらないでほしい。
無茶な魔法も、もう使わないでほしい。
——ルールを守ることは、誰かを守ること。
上手く言えなかった気がして、不安でサクラはルナナの様子を伺う。
首を大きくかしげて考えていたルナナだが、やがてにまっと笑った。
「わかったよ~会長」
理解できない様子のスグルに向き直り、サクラは「いいよね?」と聞く。
「……好きにしろ。どうなっても知らねーからな」
嫌そうな顔で微妙な回答が返ってきたが、あえて気にしないことにした。
こうして、生徒会に——風紀員ルナナ=ミスティが加わった。
役員探しは、あと一人。




