25.「クリアリーフの森⑤」
スグルは防御魔法の前に立ち、ルナナが描きやすいようにスペースを作る。
その背中を、サクラは見るしかできない。
魔獣は何を思ったか、三人とは反対方向にゆっくりと動き始めた。
木々を倒し、ズルリズルリと闇を引きずるように進んで行く。
「学園の方向に……!」
ますます、このまま行かせる訳にはいかなくなった。
魔獣が学園内で暴れでもしたら。
優秀な先生たちの手によって仕留める事は余裕だろうが、被害が出ないとは言い切れない。
そして、これを召喚したルナナの責任は必ず問われるだろう。
「ミスティさん!!」
サクラの叫びに、ルナナが観念したように返す。
魔獣がこちらに注意を向けていない、今しかなかった。
「わ、わかった〜」
ルナナはようやく杖を構え、地面にその先を走らせる。
返還陣。
異界へ送り返すための白魔法の一種だが、召喚と同じく精密な術式が求められる。
「はやくしろ!」
スグルは振り向かずに叫び、防御魔法を重ねて展開し、続けて黒魔法を唱える。
「深き奈落、束縛せよ、アビス・チェイン!」
黒い鎖が轟音とともに走り、魔獣の巨体を絡めとった。
魔獣の咆哮と鎖の軋みが混ざり合い、耳障りな音を奏でる。
鎖はのたうつ魔獣に幾重にも巻きつき、引きずるようにルナナが描く返還陣へ押し戻しはじめる。
「まだか!」
「ま~だ〜!」
ルナナの額にも、汗がにじんでいた。返還の術式を間違えれば、終わりだ。
基本の円環は描けるが、複雑な術式はルナナにとっても時間が必要で、まして想定していなかった返還陣は記憶をたどりながら慎重に描くしかない。
一方で、人より多くとも、スグルの魔力にも限界がある。
先ほどまで何度も唱えてきた魔法の疲労もあり、魔獣を引っ張る事が出来ているのが奇跡というくらいだ。
腕に疲労による震えが伝い、鎖ごとガクガクと震えた。
次第に歯を食いしばる様子を呈してきたスグルを見て、まだ杖を動かしているルナナを見て、サクラは何も出来ない自分がもどかしくなる。
(お願いだから何とかなって!)
サクラは杖を握りしめ、ただ必死に祈った。
震える杖から、かすかな光がにじむ。
見えない何かが、周囲でふわりと揺れた気がした。
その瞬間。
ぽんっ、と場にそぐわない軽い音がした。
「……っ!?」
スグルの黒髪に、ふわりと小さな黄色の花が咲いた。
サクラは目を点にしてその頭を見る。
「ええ……」
「またかよ……!」
スグルは苛立ちを滲ませるが、今はそれをむしる暇もない。そのまま鎖をさらに強く締め上げる。
(……待てよ、なんだ、これ)
魔法に集中しながらも、スグルは自身の感覚に違和感を感じた。
この感じは———
「で〜きた!」
ルナナは二人が待ち望んだ声をあげる。
スグルの思考は中断し、再び魔力を鎖に注ぎ込む。
「展開しろ!」
「はいよ~」
ルナナが前方に描いた返還陣は、この状況にもかかわらず、乱れのない正確な円だ。
そこの右端にサインを刻み、ルナナの詠唱がはじまる。
「世界を満たす理よ~描かれた線に従え~
異界のものよ還れ——リターン!」
正しく描けたのであろう、綺麗な蒼がライン通りに走り、円陣から光が迸る。
後はここに、魔獣を押し込むだけだ。
「……く!!」
スグルが鎖を引き寄せる。
無形の魔獣は、苦しむように暴れるが、鎖はガッチリと全体を巻きとっている。
「ミスティ! こいつを押せ!」
スグルの声に、ルナナはしばらく考えたあと、防御魔法を唱える。
「光と風、見えざる壁よ~押し返せ~ガーディアン・ウォール!」
スグルの魔法と、ルナナの魔法が重なり、鎖ごと魔獣を返還陣へと押し込む。
陣は強烈な光を放った。
鼓膜がどうにかなりそうな咆哮と共に、魔獣は返還陣に呑み込まれた。
残ったのは、木々がなぎ倒された跡と、荒れた地面と、三人の泥だらけの学生。




