22.「クリアリーフの森②」
森の奥に踏み入ると、かすかな魔力の残滓が漂っている。
呪術は既に切れていたが、その残滓を辿ると、少し開けた木々の合間に、ルナナがいた。
夕暮れに赤く染まった森の中、ルナナは眠たげな瞳のまま、何事もなかったように杖をくるくると回していた。
沈む太陽の朱と、彼女の長い髪の淡いブルーが重なりあい、紫のレースのように広がる。
その姿は、まるで木漏れ日に舞う妖精のようだった。
その前方、地面に展開された召喚陣の上に、スグルが倒れていた。
「……ミスティさん!」
サクラが叫ぶと、彼女はようやく気づいたように顔を上げる。
「あ、恋人だ。ちょうどいいとこに~このヒト、起こして欲しい~」
口調は、まるでお茶の用意でも頼むかのように軽い。
「ウィストくん!」
「……っ」
サクラはスグルに駆け寄り、肩を揺する。
わずかに呻くようにして、スグルが両手をついて起き上がり、しかし立つ気力はないように座り込んだ。
「……ミスティ……おまえ……」
眩暈がするようで、片手で頭を抱えてスグルは二の句が継げない。
物理的に身体を別の場所に持っていかれるという召喚陣が、人体にとってどれほどの負荷なのか、サクラには想像もつかないが、魔力が高いスグルでさえこの様子であるならば、自分だったらどうなっていたかと背筋が凍る。
人身召喚が禁じられている理由の一つは、身体への負担が著しい事だ。
まだ森の中の近距離であったから、スグルはこの程度なのだろうが、もし、遠かったら。
「人を……人を召喚するなんて、許されてないんだよ!」
サクラは自分でも驚くくらいの大きな声で言葉をぶつける。
だがルナナは、どこ吹く風だ。
「試してみたかったんだ~。このヒト、適性者なんでしょ? 人身召喚も耐えられるかなって」
悪びれる様子もなく言う彼女に、サクラの背筋がいっそう冷たくなった。
「だめったら、だめ! 絶対にそんなことしちゃダメ!」
この憤りをどう表現したら良いか分からず、駄々っ子のようにサクラは叫ぶ。
案の定、ルナナには届いていないようだった。
「けちんぼ恋人だぁ」
「恋人じゃないよ!」
しっかり否定した上で、サクラはルナナを睨みつけた。
「でも、ウィストくんに何かあったら、私はあなたを許さない!」
ルナナは、サクラの睨みを受けても、相変わらず眠そうな目を細めてニンマリする。
「そんなに大事なんだぁ、恋人」
「恋人じゃないってば!」
必死に否定するサクラの後ろから、まだ焦点の合わないスグルの視線が背に向けられる。
「でも、大切な、友達なの!」
サクラが振り絞った言葉に、わずかにスグルの目尻が震えた。
だがルナナは、真剣なサクラを他所に、もう興味を別に移していたらしい。
「協力してくれないならいいや。一人でやる~」
「ミスティさん……!」
ルナナが軽やかに杖を振ると、足元に新しい召喚陣が浮かび上がった。
幾何学模様が幾重にも重なり、青白い光が空気を震わせていく。先程の陣の三倍はある。
一朝一夕で描けるようなものではない。
あらかじめ準備をしていたのだ。
「やめて!」
サクラの制止も空しく、ルナナは詠唱を始めた。
「光に抱かれし影よ、闇を越え、鎖を解き、呼び声に応えよ——我がもとへ!」




