20.「呪術、再チャレンジ」
放課後。
中庭のベンチでスグルと顔を合わせたサクラは、今朝の出来事を一気に話した。
ラーナ先生に呼ばれた事、頼まれた事、そして、ルーンクラスの男子生徒の事を。
「ユーリ=レイトンって名乗ってた」
言いながらサクラは困ったように眉を寄せる。
「なんか、変な男の子だったなぁ……」
スグルは、だるそうに半目でサクラを見た。
「要するに、ウソつき男が一人いたって話か」
「う、うん……まぁ、たぶん」
サクラの困惑顔に、スグルの胸の奥が謎にザワザワする。
「……妙なやつなんて、この学園には山ほどいる」
スグルは視線を逸らし、靴先で石を軽く蹴った。
サクラは「そうだった」と同意のうなずきをするが、返ってきたのはそっけない声。
「通りすがりなんか、いちいち気にするな」
「えっ? 気にしてなんか……」
サクラが慌てて否定すると、スグルは軽く咳払いをして話を切り替えた。
「……で、本題のミスティは」
「そうだった」
サクラは姿勢を正す。
「授業に出てないのは本当みたいで。今日一日探してみたけど、見かけなかったんだよね」
休憩時間や昼休み、メリアにも協力してもらって寮も捜索したが、ルナナ=ミスティの姿はどこにもなかった。
「生徒会として、あの子を注意しなきゃいけないみたいで…一度話をしたいんだけどな」
話して解決するような相手でもなさそうだが、やらないよりは、とサクラは思う。
「めんどくさ」
ストレートなスグルの感想に、同意しかないが、同意してはいけないのだろうとググ…と唇を歪めるサクラ。
スグルは唸るサクラを眺めながら、顎に人差し指の背を当てる。
一巡、二巡……くらいの時間を思考に費やしてから、呟くように言った。
「……人探しの呪術、使うか」
「えっ……?」
昨日失敗して暴発した事を鮮明に思い出し、サクラは目を丸くする。
「あの時は、猫相手だったから失敗したのかもしれねぇ」
「でも……」
どうしても、昨日の出来事が頭をよぎる。
あんなに苦しむ姿は、できればそう何度も見たくない。
サクラの不安を感じ取ったのか、スグルはいつもはしない説明を付け加える。
「媒介は、マナリスを使う。あの花なら心配ない」
「マナリスって……なんで?」
首をかしげるサクラに、スグルは少し考えてから答える。
「呪術は、生命力を媒介にした方が安定する。インクは人工物だから魔力を弾きやすい。花は、生きている間の魔力の流れを覚えているし、特にマナリスは記憶を吸う花だ。媒介として間違いない」
「記憶を吸う花……」
サクラは小さく呟いた。
確かに、実家でも「想いを封じて香らせる花」だと聞いた事がある。
手紙と一緒に贈ると、想いが届く。そんな言い伝えのある花だ。
「……でも、昨日みたいに暴走したら……」
まだ不安が滲んでしまうサクラを、スグルは一瞬だけ見つめてから、静かに言う。
「暴走はしない。今度はお前を心配させるような事は、しない」
「……!」
思いがけない一言に、サクラは狼狽えて、持っていた杖を落とした。
彼の魔法への自信の表れだと分かっていても、胸の奥が何故だかくすぐったくなる。
スグル自身も、口にした直後に気づいたらしい。
すぐに視線を逸らし、肩をわずかに反対方向にそらす。
「……とにかく、やるなら準備する」
「マナリスはどうするの?私、花の知識はちょっとあるんだよね」
少しドヤ気味に、サクラは胸を張る。
「花屋の娘なので!」
スグルの肩先がピリッと震えたように見えたが、気のせいだっただろうか。
「……実家、花屋かお前」
「……うん」
自分が進みたかった道を思い出し、サクラに少し感傷的な気分が沸き上がる。
何度自分を納得させても、現状を受け入れても、夢は心の底にこびりついたままだ。
「街に出るには週末まで待たなきゃなんねーし、マナリスはどっかで採取するしかないな」
実家でも、たまにしか置かなかった人気のない花。抹茶色の茎に、泥のような色の花をつける。
香りだけは良く、甘く蜂蜜のような匂いがする為、香水の材料として求める人が多く、呪術の材料になる事などサクラは知らなかった。
「マナリスなら、クリアリーフの森にありそうだけど……」
珍しい花ではないが、少々癖がある。清流の傍にしか咲かないのだ。
魔法修練場の裏手の森は、クリアリーフの森と呼ばれ、植物採集にうってつけだと聞いていた。
本来、授業以外で生徒が立ち入る事は禁じられている。
だが、「生徒会」は別であったらしい。
ラーナ先生に生徒会の仕事だと断りを入れ、日も落ちかけてきた夕方。サクラとスグルは並んで森へ入る。
寮の門限まで二時間もあれば、十分採取が出来るだろうと踏んだ。
鳥の声と自然の音に、二人が草を踏んで歩くサクサクという音が混じる。
スグルは相変わらず話しかけなければ無言のままなので、サクラが二言三言、他愛ない話を持ち掛ける。
寮のご飯のメニューであるとか、お風呂のシャワーが面白いこととか。
スグルは黙ってそれを聞き、たまに短く相槌を打つだけだった。
何故か、それが今のサクラにとって居心地が良い。
寮生活になってから、誰かにこういう話を聞いて欲しかったのだ。
今までツツジがサクラの話を聞いてくれていたように。
忙しく真面目なメリアには遠慮してしまうような話を、聞いてくれる存在が嬉しいのだった。




