19.「様子のおかしい嘘つき」
職員室を辞して、中央棟からクラス棟に移動しながら、サクラは考える。
ルナナ=ミスティを注視しておく。と言われても、どうすれば良いのか見当もつかない。クラスも違う。
可愛らしい見た目に反して、突拍子もない事を言う子だった。
生徒会である限り、今後も、このような生徒の問題がたくさん舞い込んでくるのだろうか。さらに、便り猫の件みたいなトラブルまでも。気が重い。
「とりあえず、ウィストくんに相談しよう…」
彼に聞いても解決しそうにはないが、一人で抱え込まなくて良いというのは、やはり心強いものだ。
一階に続く長い階段を降りながら、サクラは考えを巡らせ——そして足を滑らせた。
視界がぐらりと傾き、体が宙に浮く。
「う、わぁ!」
魔法が得意な人なら、浮遊魔法を自分にかける事が出来ただろうが、生憎、サクラにはその機転も魔力もなかった。
(落ちる!)
痛みを覚悟した、その時。
「風と光、編み目となれ! ——ガーディアン・ネット!」
軽やかな声が響き、透明な糸の網がバサッと広がった。
ふわふわしたハンモックのような感触に、サクラはぽすんと受け止められる。
「ひゃ……? あわわ…」
落ちた衝撃はほとんどなく、ただ小動物が捕獲されたかのように網の真ん中でバタバタする。
「アブナイよ、お嬢さん」
にやりと笑って網を解除したのは、淡い金髪を揺らす男子生徒。
襟の黄金色はルーンクラスの証。ズボンの色から、一年生だと分かる。
愛嬌のあるクルっとした碧眼で、座り込んだサクラを覗き込み、片手を差し出した。
「怪我はない?」
「あ、ありがとう」
サクラは呆然と彼の手を取り、助け起こされる。
「空から女の子が降ってくるなんて、運命の出会いと言ってもいいかもしれない!」
「……え」
(空からではないんだけど)
ルーンクラスの男子は、にっこり笑って、握ったサクラの手の甲にキスをする真似をした。
ギリギリ唇はつかない、絶妙な振る舞いだったが、免疫のないサクラは驚いて手を振り払った。
「!? なに……っ」
「しかし! すまないお嬢様! 僕には既に決められた婚約者が居てね! 君の運命には応えられないんだ」
明るくそういう男子生徒に、二の句が告げないサクラ。
(助けてくれたのに、全然ありがたみがない……!)
しかし、防御魔法も初級の授業に入ったばかりの一年生が、これだけの魔法が使えるのは腕が良い事には違いない。
人をも受け止めるレベルの大きな魔法は、魔力も技術も必要であるはずだ。
ルーンクラスも、優秀な生徒が多いのだろうか。
ふと思いついて、サクラは尋ねる。
「あのっ……ルーンクラスに、ミスティ……さんがいると思うんだけど」
「ミスティ?いるけど」
彼の顔が、ふと曇る。額に指を当て、困ったように首をひねった。
「いや、いるけど……いないのかな」
「?」
「彼女、めったに授業に来ないからさ」
俺もあまり会った事はないんだよね、と男子は続けた。
「そ、それは……許されるの?」
不登校になる生徒自体は、魔法学校でも存在するとは思うが、もう義務教育ではない。退学処分となってもおかしくないはずだ。
「そう、だから、ギリギリ週イチくらいで来てるんじゃないかなぁ。女子寮で見ないの?」
見た事は無い。それまで気をつけて見ていなかったというのもあるが、多分、無い。
サクラは首を横に振る。
彼は、考える仕草をして、思い出したように言う。
「実家が大金持ちみたいで、学園にめーっちゃ寄付してるらしいよ」
「そうなんだ……」
「嘘だけどね」
「!???」
サクラはぽかんと口を半開きにして、男子生徒を見た。
「あと、ミスティは実は学園長の隠し子だって噂もある」
「そ、それ本当なの!?」
「もちろん嘘」
「?!!」
混乱して顔を真っ赤にしたサクラを後目に、彼はおどけたように指を一本、額に当てて大げさに考える素振りをする。
「一番すごいのは彼女が学校に来ない理由だよ。時間を魔法で操っていて、朝になると時間を巻き戻してるんだ」
「……え、それも……」
「嘘ぴょん」
「なんで全部嘘を!? ……えっ、もしかして、ミスティさんを知っているのも、嘘!?」
当然の疑念を持つサクラに、彼は笑って両手をあげた。
「大丈夫、大丈夫。ミスティの名前と顔くらいはちゃんと知ってるよ。サクラ=リリーバレー」
「えっ……」
どうして私を知っているのかと、サクラは一瞬言葉を失う。
「一年生全員知ってる。記憶力はいいんだよ」
そう言ってひらひらと片手を振ると、彼は軽い足取りで歩き出した。
「あっ、ねぇちょっとあなた!」
「ユーリ=レイトンだよ、サクラちゃん」
名乗りだけを残して、飄々と去っていく背中を、サクラは呆然と見送った。




